特集・トピックス:ファーストプラズマが未来を灯す!
核融合発電「地上の太陽」の夢(後編)

日本が2050年までに温室効果ガス排出を実質ゼロにする決意を表明するなど、CO2排出を減らして地球温暖化を抑えながらエネルギーを確保するのは人類共通のミッションだ。そこで注目されるのが核融合発電であり、これは重い原子核を「分裂」させる原子力発電とは反対に、軽い原子核を「融合」させるので、高レベル放射性廃棄物が発生しない。また、核融合を停止させるのは容易なため暴走の危険がなく安全性が高い。太陽の内部現象と同じで膨大な熱エネルギーが発生するので大規模発電ができ、CO2を排出しないため「夢のエネルギー」として注目されている。

その実現に向けた研究開発は、世界各極で進められている。その一つがITER(国際熱核融合実験炉)であり、日本がリードするJT-60SA(核融合超伝導実験装置)だ。核融合発電の実現に向けた実験を人類史上最大級のプロジェクトであるITERで行い、高性能化などを目指した挑戦的な試験をJT-60SAが担う。その先には原型炉での発電実証、そして商用炉での実用が待っている。

図:「今後の核融合研究開発の推進方策について」(平成17年10月原子力委員会核融合専門部会)を基に作成
図:「今後の核融合研究開発の推進方策について」(平成17年10月原子力委員会核融合専門部会)を基に作成

「ファーストプラズマが未来を灯す!核融合発電「地上の太陽」の夢(前編)」では、プラズマ※1着火を目指し、本格的な試験開始を射程に入れたJT-60SAの意義と、その製作過程を追った。後編では、JT-60SAの組立の工夫に深く迫り、それを実現する人材の結晶に焦点をあてる。

※1 固体・液体・気体に続く物質の第4の状態。核融合では一億度以上でプラズマを生成する。

「地上の太陽」実現を支えるJT-60SA
許される組立誤差は数mm以内

茨城県那珂市・那珂核融合研究所の一角、ドーナツのような円環型の真空容器を収めた高さ16mの大型実験装置がJT-60SAだ。量子科学技術研究開発機構(以下 量研)と東芝は、JT-60SAの組立における高難度の技術課題を一つひとつ乗り越えてきた。

10m規模の装置に対して許される誤差は、たったの数mm程度という超高精度が要求された。そんな条件のもと、様々な国で製作した大型部品を那珂の現場で接続することで、JT-60SAは、最終的に一体化された。その過程における特に高難度の工程として、プラズマが生成される真空容器の溶接と、その真空容器を支える脚部の設置がある。東芝でプロジェクトリーダーを務めた佐川氏に、東芝の力量が問われたシーンを尋ねた。

東芝エネルギーシステムズ株式会社 パワーシステム事業部課長代理 佐川 敬一氏
東芝エネルギーシステムズ株式会社 パワーシステム事業部
課長代理 佐川 敬一氏

「溶接による変形を小さくする方法を開発し、それぞれの箇所ごとに最適な方法を適用すると同時に、真空容器を構成する部品の位置も微妙にずらしつつ溶接していきました。もしここで正確に計算できなければ、JT-60SAの真空容器は円環型ではなく渦巻型になってしまうかもしれません。各部品の形状を三次元で計測することで、溶接時の変形をシミュレーションしながら溶接手順を決定し、慎重に進めました。『溶接後に何mm程度収縮するだろうから、このくらい調節して溶接する』といった試行錯誤が常にありました」

スプライス接続: 接続パーツを活用した溶接無潤滑摺動材: 低摩擦、耐摩耗といった特性を備えた素材
スプライス接続: 接続パーツを活用した溶接
無潤滑摺動材: 低摩擦、耐摩耗といった特性を備えた素材

「真空容器の組立後の工程である、真空容器を支える脚の部分(真空容器重力支持脚)の設置も、最も難易度が高い工程の一つでした。真空容器と重力支持脚はネジ締結により接続しますが、重量1tもあるネジ構造物を重力に逆らい、真空容器に噛み込まないように少しずつねじ込んでいきます。東芝の熟練技術者に支援を仰ぎ、重力支持脚のネジ部の中心軸を維持しながら、ネジ部にかかる荷重を最小限にする装置を開発し、すべての重力支持脚を方位±1°以下の精度で組み立てました。30年以上ネジ締結に関する技術と向き合い、ネジ締結構造の権威である技術者のおかげで、成功に導けました」

ベーキング: プラズマの運転開始前に、真空容器内を真空排気しながら150~400℃程度の高温を数時間から数日間維持し、表面に吸着した不純物をガスや蒸気の形にして除去する工程
ベーキング: プラズマの運転開始前に、真空容器内を真空排気しながら150~400℃程度の高温を数時間から数日間維持し、表面に吸着した不純物をガスや蒸気の形にして除去する工程

核融合に取り組み半世紀
東芝の技術資産が未来の礎になる

どの組立工程にも技術課題があり、「すべてがチャレンジング、それがJT-60SA」と口を揃えるのが、量研で組立の設計検討から参画する芝間祐介氏と、JT-60SA組立を統括する那珂核融合研究所 副所長の花田磨砂也氏だ。高精度な溶接など一つひとつの技術を総合的に組み合わせ、多様な課題を乗り越えたことがイノベーティブであり、東芝とのパートナーシップを次のように評価する。

「私が東芝に期待したのは、多様なモノづくり人材の集積です。技術課題があっても最後は人の力で解決してくれる。そんな期待に応えてくれたから、一緒に取り組んでこられました。一つの技術に特化して30年以上も取り組んだ人材がいる……そのような人材の集積こそ、他にはない東芝のモノづくりの強みです。

量子科学技術研究開発機構 那珂核融合科学研究所 トカマクシステム技術開発部 JT-60本体開発グループ上席研究員 芝間 祐介氏
量子科学技術研究開発機構 那珂核融合科学研究所 トカマクシステム技術開発部 JT-60本体開発グループ
上席研究員 芝間 祐介氏

優秀な人材が育つ土壌があるのでしょう、東芝のエンジニアは武士が刀を研ぐように技術を磨きます。自社製作の真空容器だけではなく、他メーカーが製作した機器の組立も私たちと真摯に進めてくれました。打ち合わせで論文に匹敵するレポートを持ってきてくれ、それを読むのが楽しみで仕方なかった。JT-60SAの技術課題に量研と東芝がどう立ち向かったか、これは後進に共有すべき資産です」(芝間氏)

量子科学技術研究開発機構 那珂核融合研究所副所長 花田 磨砂也氏
量子科学技術研究開発機構 那珂核融合研究所
副所長 花田 磨砂也氏

「核融合は総合工学のデパートと言っていい。今後の核融合開発を考えたら、専門的なエンジニアだけではなく、技術を理解した上でプロジェクトを管理し、全体をマネージできる人材を育成しないといけません。JT-60SAで佐川さんと仕事ができたのは、私たちだけでなく社会にとって収穫でした。彼のような人材の育成、輩出が日本の核融合発研究の未来、そして強みの発揮につながるでしょう」(花田氏)

幾多の技術課題に応えられたのは、東芝が1970年代から核融合技術の開発に取り組み、多くの蓄積があったからだ。それは、本体の開発から超伝導コイル、電源設備、加熱装置など多岐にわたる。また長年にわたるプラント建設、フィールドエンジニアリングのノウハウもある。佐川氏はこの膨大な知的資産を「総合力」と言い切る。

「組立の各工程では想定外の課題が噴出しました。電気、物理、機械、材料、溶接といった技術分野のどれか一つに長けているのではなく、すべてに対応できなければJT-60SAは組み立てられませんでした。総合的な技術力の結晶と言えます。核融合の技術開発に半世紀近くも取り組み、さらに原子力発電所などのプラント建設にも世界中で取り組んできた。これらの経験が資産となってJT-60SAの建設につながっています」

この「総合力」を量研も高く評価。今後の核融合研究においても東芝とのパートナーシップに期待を寄せる。2021年のプラズマ着火を目指し、プロジェクトが加速する。花田氏が「世界最大の核融合装置での先進的研究を、意気に感じないプラズマ研究者はいない。プラズマ着火は新たな戦いの始まりです」と語るように、磨き上げられた技術を継承し、次代に紡いでいくために――エンジニア、リーダーたちの奮闘は、最前線で続いていく。

JT-60SAの部品モニュメント前に並ぶ、花田氏、芝間氏、佐川氏