特集・トピックス:ファーストプラズマが未来を灯す!
核融合発電「地上の太陽」の夢(前編)

G20リヤド・サミット(2020年11月21~22日)において、菅首相は「カーボン・ニュートラル」実現に言及し、日本は、2050年までに温室効果ガス排出を実質ゼロにする取り組みへの決意をあらためて表明した。また、新興国でのエネルギー不足や資源枯渇にも、世界が直面している。CO2の排出量を減らし、地球温暖化を抑制しながらエネルギーを確保する。これは人類共通のミッションであり、そこで注目されるのが核融合発電だ。

重い原子核を「分裂」させる原子力発電とは反対に、核融合は軽い原子核を「融合」させるので、高レベル放射性廃棄物が発生しない。また、核融合を停止させるのは容易なため暴走の危険がなく安全性が高い。太陽の内部現象と同じで膨大な熱エネルギーが発生するので大規模発電ができ、火力発電のようにCO2を排出することがない。まさに「夢のエネルギー」として注目される核融合発電。実現に向けた研究開発は、日本をはじめヨーロッパ、アメリカ、ロシアなど世界各極で進められている。その一つがITER(国際熱核融合実験炉)であり、日本がリードするJT-60SA(核融合超伝導実験装置)である。

核融合発電を実現するための実験を人類史上最大級の国際プロジェクトであるITERで行い、ITERの支援や高圧力プラズマの制御技術の確立などを目指した挑戦的な試験をJT-60SAが担っている。その先には、原型炉での発電実証、そして商用炉での実用が待っている。ここではプラズマ※1着火を目指し、本格的な試験開始を射程に入れたJT-60SAにフォーカス。核融合発電の最前線に迫る。

※1 固体・液体・気体に続く物質の第4の状態。核融合では一億度以上でプラズマを生成する。

図:「今後の核融合研究開発の推進方策について」(平成17年10月原子力委員会核融合専門部会)を基に作成
図:「今後の核融合研究開発の推進方策について」(平成17年10月原子力委員会核融合専門部会)を基に作成

「地上の太陽」実現を支えるJT-60SA
日本で進む試験への期待

茨城県那珂市・那珂核融合研究所の一角 ドーナツのような円環型の真空容器を収めた高さ16mの大型実験装置がそびえ立つ。核融合発電に向けた研究の中核となるJT-60SAだ。日本・欧州が共同で取り組むプロジェクトであり、まさに世界の核融合発電「地上の太陽」実現に向けた研究の最前線である。

量子科学技術研究開発機構(以下 量研)でJT-60SA組立を統括してきた那珂核融合研究所 副所長 花田磨砂也氏が核融合研究の意義を語る。

「核融合発電に向けた大きな試金石がITERです。ITERの成功なくして核融合発電の成功はなし、と言っていいでしょう。研究者はそれだけの責任感を持って取り組んでいます。当然ながら、ITERと並行して日欧が進めるJT-60SAへの期待も大きいものがあります。ITER、JT-60SAを早期に動かし、弾みをつけなければ、その先の原型炉、商用炉にはたどりつけません。できるだけ早期に実験を始め、成果を速やかに発信し、社会の信頼を得ていかなければ。私たちはそのような緊張感を持ち、JT-60SAの組立に取り組んできました」

量子科学技術研究開発機構 那珂核融合研究所副所長 花田 磨砂也氏
量子科学技術研究開発機構 那珂核融合研究所
副所長 花田 磨砂也氏

花田氏によるとJT-60SAの目的は、「ITERの研究支援」「原型炉の実現に向けた補完研究」「人材育成」の3点が挙げられるという。

「ITERの燃料は重水素と三重水素(トリチウム)ですが、JT-60SAでは軽水素や重水素のみで実験ができます。放射性物質を使わないため規制も少なく、試験に小回りが効くのです。これにより、様々な研究を行い、そのデータをITERに生かすことができます。加えて、核融合装置の小型化を目指し、高圧力プラズマを、長時間安定に生成・維持する運転方法の確立を目指します。これによってコストを抑えた装置開発が視野に入り、原型炉の実現に向けて前進できます。

また、長期にわたる核融合研究の拠点となり、人材育成にも寄与できます。現時点では世界で最大の核融合実験装置ですから、日本やヨーロッパから研究者が集まってくるでしょう。ここ那珂で育った人材がヨーロッパに渡り、ITERの研究でイニシアチブを取るという将来像にも期待がかかり、ITERの知見を持って日本に帰ってきてもらうのが理想的です。人材還流の面からも最適の場になることは間違いありません」

10m級の構造物で誤差は数mm
組立に求められる超高精度とは

JT-60SAは2007年から建設がスタート。2008年10月に最初の機器の製作に着手し、2013年には組立へ。着実にステップを刻んで進行し、2020年3月にすべての組立が完了している。組立の設計検討から参画する量研の芝間祐介氏、東芝でプロジェクトリーダーを務めた佐川敬一氏が、製作の途上に立ちはだかった障壁を振り返る。

量子科学技術研究開発機構 那珂核融合科学研究所 トカマクシステム技術開発部 JT-60本体開発グループ上席研究員 芝間 祐介氏
量子科学技術研究開発機構 那珂核融合科学研究所 トカマクシステム技術開発部 JT-60本体開発グループ
上席研究員 芝間 祐介氏

「装置の土台部分(クライオスタットベース)はスペインで製作したものを、プラズマを閉じ込めるための磁場を発生させるコイル(トロイダル磁場コイル)はイタリア、フランスで製作したものを日本で組み立てました。仕様は厳密に決められているものの、やはり作った国ごとに個性があり、欧州と日本側それぞれの寸法に微細な違いが出てしまいます。数mm台の精度を求めていくなか、どの組立工程にもそれぞれ技術課題がありました。すべてがチャレンジング。それがJT-60SAの組立です」(芝間氏)

東芝エネルギーシステムズ株式会社 パワーシステム事業部課長代理 佐川 敬一氏
東芝エネルギーシステムズ株式会社 パワーシステム事業部
課長代理 佐川 敬一氏

「設計検討の段階から難題の連続でした。欧州側を相手に議論を重ね、最適な作業手順を工程ごとに定めなければなりません。組立に際しても、製作と組立でメーカーが異なるとこれほど難易度が高まるのか、と痛感させられました。国を越えて一つのものを作り上げるためにはコミュニケーションが何より重要です。技術課題を解決するために欧州の研究者や技術者と打ち合わせを行い、必要に応じて欧州に渡って現地工場での仮組立の状況を確認し、その後に日本で組立の検討を行いました」(佐川氏)

10m規模の構造物で、許される誤差はたったの数mm。この超高精度を実現するために、他にどのような工夫があったのか。その工夫は、量研と東芝の連携でどのように現実化したのか。「ファーストプラズマが未来を灯す! 核融合発電「地上の太陽」の夢(後編)」では、一歩踏み込んだ解説と、それを実現する人材の力に焦点を当てる。

JT-60SAの構造と、輸送具より吊り出され移動中の中心ソレノイド提供:量研
JT-60SAの構造と、輸送具より吊り出され移動中の中心ソレノイド提供:量研

10m規模の構造物で、許される誤差はたったの数mm。この超高精度を実現するために、他にどのような工夫があったのか。その工夫は、量研と東芝の連携でどのように現実化したのか。「ファーストプラズマが未来を灯す! 核融合発電「地上の太陽」の夢(後編)」では、一歩踏み込んだ解説と、それを実現する人材の力に焦点を当てる。

JT-60SAの前に並ぶ、花田氏、芝間氏、佐川氏