特集・トピックス:病巣にピンポイント照射
がん治療に新たな可能性を拓く
日本人の死因の第一位で、今や2人に1人が罹患すると言われている「がん」。その治療の3本柱といわれるのが、体から病巣を切除する「手術」、抗がん剤を用いた全身治療「化学療法」、そして病巣に放射線を照射し、がん細胞を死滅させる「放射線治療」である。医療の現場では、日々、がんの根治を目指して研究開発が進められているが、中でも近年特に注目されているのが新たな放射線治療の一つ、「重粒子線治療」だ。
放射線治療は外科的なアプローチが難しい体の深部のがんにも有効であるうえ、患者の体への負担を抑えられるのが大きな特長。放射線はX線やガンマ線のほか、電子より重い「粒子線」に分類され、粒子線治療は、陽子線治療と、炭素イオンに代表される重粒子線治療に分けられる。
重粒子線治療では、サッカー場規模の巨大な加速器を用いて炭素イオンを光速の約70%にまで加速させ、病巣のみに線量を集中させて照射する。重粒子線はX線や陽子線よりもがん細胞に対する殺傷効果が2~3倍大きく、照射回数をさらに少なくしつつ、強いダメージを与えることができるのだ。
がんの病巣に対して、この最先端の技術はどのように活用されているのか。重粒子線がん治療の最前線を知るため、国内では最新(※1)の重粒子線治療施設『i-ROCK(アイロック)』を擁する神奈川県立がんセンターを訪れた。
(※1:2019年3月20日時点)
放射線治療の特長と、重粒子線治療のメリット
放射線治療では正常な細胞とがん細胞の違いを生かし、高い治療効果を得ている。
「通常、細胞は分裂とDNA合成を繰り返しながら増殖するのですが、放射線のターゲットはがん細胞の中にあるDNAです。放射線によってDNAに傷がついたがん細胞は、すぐには死なないものの、遺伝情報が壊れているため上手く分裂できずに死滅していきます。一方、健康な細胞は修復力が高いので、例えDNAが少々傷ついても修復されるので、繰り返し放射線を照射することで、徐々にがんが治っていきます」
そう語るのは、神奈川県立がんセンターの重粒子線治療部長 加藤弘之氏。同センターの『i-ROCK』は、国内5箇所目となる最新の重粒子線治療施設であり、東芝が開発した装置を導入している。
「全身に効く抗がん剤治療と異なり、狙った部位にしか効かないのは外科手術と同様であり、転移や再発したがんに対する治療としては現時点では万能とは言えないのも事実ですが、放射線治療の最大のメリットは、患者さんの体に外科的な傷をつけることなく治療できる点です。多くの患者さんは、入院せず通院での治療も可能で、仕事など社会生活への影響を最小限に抑えられます」(加藤氏)
治療後のQOL(Quality of Life/生活の質(※2))まで含めて考慮すると、放射線治療は患者に優しい治療のひとつと言えるだろう。
(※2:心身の健康や仕事へのやりがいなど、ひとりの人がどれだけ自分らしい、人間らしい生活を送り、人生に幸福を見出しているのかをとらえる尺度)
では、がん治療で重大な問題となる、副作用についてはどうか。外科手術の場合は臓器や体の一部の機能を失うケースがあり、抗がん剤治療では、全身の正常な細胞も攻撃するため強い副作用で体力を弱めてしまう場合もあるという。
「放射線治療は光でDNAを破壊するので、当たった瞬間はほとんど何も変化がありません。例えるなら日焼けのような反応であり、副作用が起きるまでにタイムラグがあります。10~20年後の発がんの原因になったり、遺伝子に影響が出たりする可能性がゼロでは無く、不安に思う患者さんがいらっしゃるのは事実ですが、ごく低い確率であると推測されています」(加藤氏)
それぞれの治療には一長一短があるため、患者の病状に合わせて治療を組み合わせるのが一般的だ。それでは、とりわけ重粒子線治療に適したタイプのがんとは何だろうか。
「ある場所にがん細胞がとどまっていることがはっきりしていながら、患者さんの体力的な問題があるなど、外科手術に踏み切れない理由があるケースでは、重粒子線治療が非常に有効です」(加藤氏)
「重粒子線治療は、これまでの放射線治療と比べ、線量(※3)の集中性が格段に高く、病巣の周りの正常な部位への照射を最小限に抑えられるのは大きなメリットです。重粒子線が効果的に使用されるのは、通常の放射線では十分な治療が行えない症例です。例えば、2016年の診療報酬改定で保険適用となった骨軟部腫瘍。外科的に切除できないケースでは、世界的にも重粒子線が良いと言われており、高い効果が期待されています」(加藤氏)
(※3:放射線の量を表す)
『i-ROCK』では、細いビームを多層的に照射する3次元スキャニング法によって、腫瘍の部位に高精度に、従来の放射線の約3倍の効果があるとされる重粒子線を照射し、がん細胞を死滅させる。
東芝が開発したこの3次元スキャニング法は、重粒子線を細いペンシル状に絞ったビームにして、がん病巣を素早くペンで塗りつぶすようにして照射する技術。これにより、複雑な形をしたがん病巣に対しても、重粒子線を従来以上に無駄なくがん病巣に当てることができ、高精度かつ効率的な治療ができるという利点があるのだ。
東芝の3次元スキャニング法によるペンシル状のビーム照射技術
最新医療と快適な治療室を兼ね備えた『i-ROCK』
最先端科学と医療技術が理想的に融合した重粒子線治療施設。昨年4月に神奈川県立がんセンターに着任された加藤氏は『i-ROCK』の施設の特長を次のように語る。
「重粒子線治療施設のスタートは千葉県の放射線医学総合研究所病院で、これはどちらかというと研究用途の目的に沿ったものでした。それが国内3施設目となる群馬大学・重粒子線医学センターでの計画から、将来的な施設普及を念頭に、患者さんの立場に立って快適性への配慮が大きくなり、最新の5施設目となる当センターの『i-ROCK』では、施設のデザイン面でもかなり洗練されてきています」(加藤氏)
治療室にある東芝製の治療台は7軸の多関節アームでスムーズな動きを実現し、患者に安心していただけるようデザイン面の配慮もされており、また、医療スタッフにも操作しやすい設計となっている。放射線治療の現場において、こうした治療施設の快適性は無視できない要素だという。
「治療を受ける際、患者さんは皆、不安と緊張を抱えながら治療室に入ります。重粒子線の治療は麻酔をかける治療ではないので、照射時に的を外さぬようできるだけ身動きをせず、体勢を維持していただくことがとても重要です。患者さんの不安は治療に大きく影響しますから、少しでもリラックスし、安心できる施設環境であることが、スムーズな治療につながります」(加藤氏)
「重粒子線治療については、まだ実績が十分とされていないことも課題のひとつです。例えば小さなお子さんにこの治療法を適用するかどうかは、より慎重に検討されなければいけません。しかし、テクノロジーの進化によって重粒子線治療はさらに高度化していくでしょうし、医師や医学物理士、放射線技師に看護師も含めた複数のエキスパートが集まり、チーム一丸となって治療に当たれることは、この現場の醍醐味でもあると思います」(加藤氏)
「間違いなく言えるのは、『i-ROCK』があることでがん治療に関わる放射線治療のスタッフとして、最も良いと考えるものを患者さんに提案できるということで、医者の立場からすると非常にありがたいことです」(加藤氏)
科学と医療現場の叡智を結集し、より多くの患者を救うことができる未来に向け、着実に前進している――。最後にそんな実感を、加藤氏は力を込めて語ってくれた。
【出典】TOSHIBA CLIP (http://www.toshiba-clip.com/detail/7168)(株式会社東芝)