特集・トピックス:電気抵抗ゼロの世界
超電導技術の大いなる飛躍

電気抵抗ゼロの世界
超電導技術の大いなる飛躍

京浜事業所 原子力機器装置部 住吉幸博氏(左)、高見正平氏(右)
京浜事業所 原子力機器装置部 住吉幸博氏(左)、高見正平氏(右)

2013年にノーベル物理学賞で話題となった「ヒッグス粒子」。1964年からその存在が提唱されていたものの、長く発見されていなかったが、2012年に発見された。この発見に貢献した技術こそ、東芝の超電導技術である。

「超電導」とは、特定の金属などを極めて低い温度に冷却することで電気抵抗が「ゼロ」になる現象のこと。超電導状態になった物質を超電導体と呼び、それをコイルにした超電導磁石に大きな電流を与えると、他では得られないほど強力な磁場が得られる。

この強力な磁場を発生させる超電導磁石は、半導体などの産業分野、MRIなどの医療分野、リニアモーターカーなどの交通分野などで幅広く適用され、私たちの生活に身近な技術となってきた。

今回、日本の超電導の夜明けを支えたベテラン技術者・住吉幸博氏と、現在最前線で活躍する中堅技術者・高見正平氏との対談を通し、超電導にかける“想い”に迫ってみよう。

超電導技術の夜明け

――東芝は1960年代初頭から超電導物質の研究を開始。それ以降、現在に至るまで、超電導研究の成果を受け継ぎつつ、最先端を切り開いてきました。

住吉氏 超電導を磁石として用いようとし始めたのは1970年代から。私が入社した1981年頃は国内で開発が始まっていて、我々も技術を確立すべく、東北大学と共同で超電導磁石の開発を行っていました。

この時代の研究課題はいかに高い磁場を形成できるか。超電導磁石は高い磁場を作り出せるのがメリットであるものの、磁場が高くなりすぎると次第に超電導状態を保てなくなるという弱点がありました。加えて、同じ強さの磁場をいかに広い範囲に形成するかということも重要な研究テーマでした。

そのような中、東北大との共同開発で誕生したのが12テスラの超電導磁石。テスラは磁場の強さの単位で、12テスラは当時世界最大といわれました。

この超電導磁石は東北大学金属材料研究所に納入され、その後、通常の磁石と組み合わされたハイブリッド磁石として世界最大定常磁場31.1テスラを実現しました。

東北大学 金属材料研究所向け30テスラ級ハイブリッド磁石
東北大学 金属材料研究所向け
30テスラ級ハイブリッド磁石

当時は超電導の黎明期で解明されていることが少なく、大学教授も上司も、私のような新入社員も横一列で研究を進めていました。こうした中で超電導材料が徐々に進化していったのです。

1985年頃からは、医療機器であるMRIに使用する超電導磁石の開発が始まり、私もその開発に携わることになりました。MRIは、X線を使用するCTとは異なり、磁場を用いて体の断層画像を撮影します。より高精細な画像診断を可能にするためには、より強い磁場が必要となるため、MRIへの超電導磁石の適用が検討されたのです。

高見氏 MRI用は東北大の研究とは違って量産品の開発。量産品では高品質であっても価格が高いと受け入れられないことも多いですよね。

住吉氏 まさにそこが難しかったんだ。MRI用の超電導磁石特有の技術的な課題もありましたが、加えて、MRI用では良いものを安く、たくさん生産しなければならない。当時の我々は東北大の12テスラに代表される、一つの記録品のようなものの開発を手掛けていました。それに対し、MRI用の開発では大きな発想の転換を迫られたのです。

住吉氏
住吉氏
高見氏
高見氏

後悔から継承へ 超電導技術者のスピリット

当時開発したMRI用超電導磁石(東芝未来科学館HPより転載)
当時開発したMRI用超電導磁石
(東芝未来科学館HPより転載)

住吉氏 我々がMRI用の超電導磁石を提供する直接のお客様は医療機器メーカー。しかし、最終的には一般の方々が使用します。いわゆるBtoBtoCといわれる製品です。
※「Business to Business to Consumer」の略。

しかし今振り返ると、当時の我々は、磁場精度の向上など、超電導磁石としていかに良いものを作るかということに専念しすぎて、「C」のエンドユーザーのところまで意識しきれていなかった。利用者の視点を考慮して設計ができていなかったところは大きな反省だと思っています。

――こうした反省がその後の東芝の超電導技術の開発に取り組む姿勢に大きな影響を与えているのでしょうか。

高見氏 そうですね。私は重粒子線がん治療に使われる重粒子線がん治療装置用の超電導磁石の開発に携わりましたが、エンドユーザーを意識して開発・設計できたことが、この技術のブレイクスルーにつながったと思っています。

――重粒子線がん治療とは、放射線の一種である重粒子線を用いた最先端のがんの治療法。加速させた重粒子を患部に当てて治療を行いますが、重粒子の軌道を制御して照射するためには、高磁場が必要ですね。


住吉氏 従来、重粒子線の軌道を制御できず、患部に照射する際、患者の体を傾けていました。でも体への負担を考えると、がんを患っている方を動かすことなんてできません。

そこで重粒子線を発生させ照射を行う構造体 「ガントリー」に超電導磁石を使用することで、ガントリーの小型化を実現。患者を動かすのではなくガントリーの方を回せたのが画期的だったんだよね。

重粒子線がん治療装置 回転ガントリー(協力:量研/放医研)
重粒子線がん治療装置 回転ガントリー(協力:量研/放医研)

高見氏 ガントリーの回転にはさまざまな技術が必要で、そのうちの一つが磁場を高速で変える技術。患部がいかなる位置にあっても正確に重粒子線を照射できるように、患部の位置に合わせて磁場を変え、照射の軌道を制御する必要があるのです。

しかし、普通の超電導磁石は高速で電流を変えるのが苦手で、すぐに温度が上がってしまいます。磁場を高速に変化させる技術を開発したことにより、ガントリーを回転でき、さらに患者の治療時間も短くなりました。

一般の方々が実際に利用する製品として良いものが作れる。開発者として、これほどうれしいことはありません 。

住吉氏 今後も大学や研究機関と連携しながら最先端の技術に取り組みつつ、そこで培った技術をより良い製品づくりに生かしていくというサイクルが重要です。こうしたサイクルを通じ、技術を継承してくことが我々の使命だと思っています。

住吉氏(左)、高見氏(右)
住吉氏(左)、高見氏(右)

高見氏 量産品に求められるのは安いだけでなく、品質の良いものですから、常に最先端の技術を量産品にも盛り込んで、製品の品質を上げていく必要があります。

現在、超電導技術は、医療やリニアモーターカーなど我々の身の回りで適用され始めていますそうした時代において、きちんとエンドユーザーのニーズを察知し、設計・開発段階から取り入れることを意識しなければと思っています。

――高見氏が開発に携わった重粒子線がん治療装置には、今回ご紹介した磁場を高速で変化させる技術の他にもさまざまな技術が搭載されています。次回、詳しくお話しいただきましょう。