研究者紹介

生分解性リポソームナノカプセルで
未来の医療を切り開く

フロンティアリサーチ部門 奥村 周

2021年度入社 バイオエンジニアリング専攻

ターゲット指向性を持つナノカプセルの研究開発

私の研究は、遺伝子治療から再生医療までをカバーする薬物の送達プラットフォームの構築です。そのために、リポソームと呼ばれる100nm未満のサイズの脂質分子で包まれたナノカプセルの研究開発をしています。その中に薬剤を入れて細胞に送り届けます。近年がんの治療法として遺伝子治療が注目され実用化が始まっていますが、それに用いるリポソームの脂質を適切な配合割合で作れば、がん細胞だけに薬剤が入り正常な細胞には入らないといった、ターゲット指向性を持たせることが可能になります。東芝には特許を取得した独自開発の脂質があります。これに市販の脂質などを混ぜることで特性を変えていくのですが、パラメータの数が多く、そのすべてを実際に作って実験するのはコストも時間もかかり過ぎてしまいます。そこでAI技術を活用して脂質組成の最適化を行うことで、最小限の試行回数で効率的に目的の組成を探します。これに加え、マイクロ流路を使ったリポソームの新規作成技術も開発しています。1mm未満の微細な流路の中にリポソームの原材料を入れてミキシングすることで、カプセルが製造できるものです。一般的な製造方法にはフラスコの中に水と脂質を入れるとリポソームができるというのがありますが、大きさや品質が安定しないという問題がありました。今回独自に開発したマイクロ流路を使えば、混合を再現良く得ることが可能であり、薬剤の内包効率が高まり、均一な大きさのリポソームを作ることができるだけでなく、何回やっても同じものを作り出せる、品質の安定性の高い製造が可能になります。

説明イラスト

結束力の強いチームで助け合いアイデアを出す

AIを使った脂質組成の最適化に関しては、AIは専門外だったので、入社してから自分で進んで学びました。脂質組成の最適化はボタンを押せば出来上がるようなものではなく、AIでありながらも実際に自分の手を動かして、ハイパーパラメータを「こっちの組成の方が良さそうだな」と筋を読みながら決めていく職人的な技が必要です。AIだけに専門があれば良いというのではなく、実際にものを知っている人でないと最適化は難しいです。この技術は現在注目を集めているマテリアルズ・インフォマティクスと呼ばれる研究領域になるのですが、AIとバイオの両方の専門性が必要です。リポソームを作るというテーマには、入社してから取り組んでいます。最初はわからないことも多かったですが、仲間が助けてくれたり、積極的に議論して一緒に考えてもらったりすることが頻繁にあるので、研究は順調に進められています。リポソームのチームは結束力があり、お互いへのリスペクトを大切にする強いチームだと感じます。リポソームの医療応用は東芝にはこれまでなかった事業です。それゆえに新しく事業を作っていこうという強いベンチャースピリットを皆が共通して持っています。顧客に対して脂質組成をカスタマイズして提供するのが大きな付加価値になるので、東芝独自の技術とそういった個別化の戦略から事業化に向けて突き進んでいきたいと考えています。

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ある出勤日のスケジュール

8:15
メールチェック/1日のスケジュール確認
  • ・タスクの重要度を判断し、数分でできるものはそのまま実行
9:00
実験開始
  • ・リポソームを試作
10:00
テーマミーティング(週1回)
  • ・業務連絡と進捗の報告
12:00
昼食
13:00
実験再開
  • ・リポソームの試作の続きや評価
16:00
雑誌会(不定期)
  • ・技術トレンドを調査し理解を深め、チームで共有
18:00
実験片付け、メールチェック、データ整理
18:30
退社

ある在宅勤務日のスケジュール

7:15
メールチェック/1日のスケジュール確認
8:00
ベイズ最適化プログラムの作成と実行
9:00
データ整理・資料作成
  • ・生成AIも積極的に活用してアイデア出しも行う
12:00
昼食
13:00
特許調査
  • ・論文や特許文献などの公知技術の検索と読み込み
15:00
計算結果の整理
17:30
勤務終了
  • ・子供を風呂に入れる、離乳食を食べさせる、寝かしつけ

工学を“人の役に立つ”という軸で捉える

大学ではバイオエンジニアリングを専攻し、DNAを使ってデータを処理する新しいタイプのコンピュータに関する研究に没頭していました。この研究は挑戦的でしたが、最終的にNatureという世界的に有名な科学誌に論文が筆頭で掲載されました。このことは今でも大きな自信になっていると同時に、この経験を通じて、「どんなに小さな発見でも人の役に立つという軸に合致すれば、研究として価値がある」という工学研究ならではの奥深さを実感しました。この「人の役に立つ」という基本的な価値観を突き詰めることが、私の研究者としてのキャリアの中核を形成しています。東芝の面接は学会発表と似たような雰囲気で、研究に対して的確な質問をたくさんされたことを覚えています。研究への深い理解と情熱に加えて、未来の研究の在り方について語り合うなど、革新への意欲を感じました。私の所属するフロンティア・リサーチ・ラボラトリーはリポソームだけでなくマイクロRNA検査技術、量子コンピュータや脳型コンピュータなどの先進的な研究チームの集まりで、新しい研究テーマを生み出していく使命をもった部門です。アンダーザテーブルという、勤務時間の10%を新しいテーマに使っていい制度があるので、そのための実験もしています。プライベートでは山に登ることが多く、一昨年は念願の剱岳に登ってきました。山では仕事を忘れて等身大の自分と向き合うことができます。一方山から降りてきて温泉に浸かっているとき、研究アイデアがふと降って来ることもあります。休日は家事が中心ですが、昨年は1歳の子供をベビーキャリアに乗せて、妻と一緒に尾瀬に行きました。研究のことを考える時と忘れる時のメリハリをつけると、自分にとってはバランスがよくなると思います。

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学生の皆さんに一言

『自分が熱意を持てることを見つけたら、それを大事にしてください』

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自分は研究に熱意が持てるし、バイオ分野に関して、とりわけ一所懸命に頑張れるところがありますが、もし他の職種だったらおそらく熱意を出せないと思います。自分の特性が業務内容や職場環境と一致していることが、その人にとって最良の職場だと思います。もちろん、さまざまな経験をするうちに、何に情熱を感じるかは変わってくるかもしれません。ですが、今、何かに夢中になれること、集中できることを見つけることがとても大事です。ただ待っていても、そういった熱意を持てることはなかなか見つからないと思います。だから、自分から積極的に探しに行ってみて下さい。さまざまなことに挑戦して経験を重ね、自分が熱意を持てるもの、ストイックになれるもの、登頂したい対象を探していくことが、自分自身の理解や自分に適した仕事につながっていくのだと思います。