東芝研究開発センターは、人と社会の未来に役立つ技術を創出することをミッションとしています。そのためには、未来構想を基点として研究開発に取り組むことが大切であると考え、技術の進化と人々の生活の両面から未来を描画する「長期計画策定活動」*を行っています。
ひとつは、現在から20年付近までの「技術のロードマップ」に基づき、技術が提供する価値群を示して未来の社会課題を解決する技術を抽出する「技術トレンドマップ」です。もうひとつは、未来社会で生活する人を具体的に想像することで、人々の未来のニーズを抽出する「未来シナリオ」です。この2つをマッチングさせることで人と社会の未来に役立つ商品やサービスの創出につながると考えています。
本ページでは、私たちが描いた「未来シナリオ」の一部をご紹介しています。
近年は社会課題が多様化・複雑化し、予測困難な時代いわゆるVUCAの時代と言われています。複雑で変化の激しい環境下では、人の欲求や願いに起因する未来のありたい姿が重要と考え、2050年に生きる人を具体的に想像して世界観を作成しました。私たちは、この「未来シナリオ」を多くの方々と共有し進化させていくことで、共に目指す未来を描き、よりよい未来を創り上げていければと思います。
介護サービスを受けながら一人暮らしをしているキョウコは、自宅にいながら世界の大地を踏みしめ、各国の友人とハグを交わす
マダガスカル島の観光ガイド パスカル
「キョウコさん、ようこそマダガスカルへ」
起動直後のヒューマノイドにもよく見えるように、大きなジェスチャーを心がけながら、パスカルは、タラップを降りてくる今日のお客様を迎えた。
「足もとに気を付けてくださいね」
この歓迎の場面で、ヒューマノイドの操作感覚を習得してもらうのだが、今日のお客様はちょっと危なっかしい。バランスを崩しそうな様子に、急いで手を差し伸べる。
「あら、ありがとう」
ヒューマノイドの向こう側で、お客様が少し驚きつつも、おっとりと微笑んだのがわかった。
年配の女性だ。控え目で上品な雰囲気が伝わってきた。冒険には慣れていないタイプだ。
この人にこの島の刺激あふれる光景を見せたとき、どんなに驚いて喜んでくれるだろう?パスカルは、がぜん張り切って、今日のガイドプランを“WOW多め”に微調整した。
出張看護師 アイラ
デリーの病院で午前中のシフト勤務を終わらせた後、アイラは小学生の娘と一緒に昼食をとりながら、
午後のヒューマノイドの接続先を確認した。―午後は、日本での訪問介護だ。
久しぶりにキョウコの自宅で起動すると、彼女は以前と比べて目を見張るほど活力にあふれていた。聞けば、前回、介護を担当したときに勧めたヒューマノイドでの旅行を試してみたといい、興奮気味に孤島の最高峰に登り、途中で珍しいサルの歌声を聴いた話をしてくれた。
うらやましいと感想を返すと、今度、一緒に行きましょうよ、と誘われた。
キョウコ
就寝前に、もういちど来月の旅行プランを表示させてみた。
看護師のアイラさんは小さな娘さんを連れてきてくれるというし、現地ガイドのパスカルさんは前回の帰り際に「次はもっとすごい!」と何度も繰り返していた。
「楽しみねぇ」
満ち足りたため息とともにベッドのリクライニングを倒し、十年前に動かなくなった両足から歩行補助器を外した。
世界中から有志を集め、従来の会社組織では対応しきれなかった様々な社会課題をスピーディに解決する。そんなプロジェクトを数多く主導するキーマンが語る成功の秘訣とは
年の功とAI
――休暇中のインタビューで恐縮ですが、よろしくお願いいたします。さて、先のプロジェクトには8か国からメンバーが集まったと伺いました。言語の違いで苦労されたのでは?
その心配もありましたが、実際は自動で即時翻訳されますから問題になりませんでした。苦労したのは、言葉ではなくて考え方の違いでしたね。仕事の話の前に、常識が違うところを見つけて調整しないと何も進まない。企業時代に学んだマネジメントスキルはほとんど役に立ちませんでした。
――なるほど、文化や生活習慣の違いが障害になったわけですね?そこは新海さんの人徳や人望で乗り越えたのでしょうか?
人徳も人望もプロジェクトが成功した後でついてくるものだと思います。…最年長ということで、
年の功、というのはあったかもしれませんが、それはAIをどう使いこなすか、というかなり実践的なノウハウに現れたと思います。
――AIと年の功というのは意外な取り合わせですね。どういうことでしょうか?
そうですね。…例えば、あるときタスクの締め切りを金曜日にしようと提案しました。みんな週末に休暇を予定しているのでしょう、それがいいと口々に賛成してくれます。
――そうでしょうね。
ところが、どことなく全員一致で賛成している気がしない。私も歳が歳なので、目も耳も悪くて細かい状況を観察できませんから、普通なら気のせいだと流してしまうところです。しかし、その感覚に意識を向けてAIに原因を探らせてみると、インドネシアの若者が、一人だけ挙動が違うとわかりました。
――賛成していない?
“どことなく浮かない顔”というあいまいな判定でした。しかし、そこまで把握できれば、ひょっとするとインドネシアでは金曜日に締め切られると困るのかもしれないという考えが意識に上ります。AIがその意識を拾ってくれて、“金曜日がイスラム教の休日だから”と状況を解釈してくれます。
――なるほど、プロジェクトメンバーと対話しながら、同時にAIとも対話しているような感じなんですね。
そうです。現在の国際プロジェクトは、言ってみれば、多様な人々とAIによる協働作業で成り立っています。
――すると、こういった活動においてはAIの存在感は大きいのでしょうか?
はい。今、お話ししたような成功体験は、AIにとっても学習機会ですから、こういった経験を蓄積して、AIの存在感は大きくなっています。
「存在感」というのは比喩ではありません。今では細かい意見のすり合わせや、たたき台を出すような“下処理”としてのミーティングには、私の代理としてAIが参加しています。開催時間が真夜中の国々は代理AIの出席率が大きいですしね。
――代理AIですか。そこまで信頼できるものですか?
部下に任せるようなものですよ。…と、言いたいところですが、そこまで信頼していません。なんといっても、半分、自分ですからね(笑)。今も代理AIがいくつか会議に参加しているので、午後に報告を受けてきちんとフォローアップする予定です。それまでは、休暇です。では、今日の波を堪能してきます。
――行ってらっしゃい。よい波を!
全世界が手をとりあい、長い年月をかけて地球環境の回復に取り組んだ結果、各地の気候災害もようやくピークをつけ、最悪の時期から脱しつつある。この変化の大きな過渡期に、私たちはそれぞれの状況に応じて暮らしのスタイルを選びとってきた。例えば、こんな「住まい」も
学生時代から幾星霜を経た暮らしの近況を互いに教えあう「同窓会話」。今回は、卒業以来20年ぶりのミサさんとタカセさんの対話を収録。
サ(M) それで、タカセは今なにしてるの?
タカセ(T) 俺は、今、北海道にいるよ。利尻
M えー、東京出たんだ!? ってリシリ?島!?
T ああ、どこにいてもできる職業だからね。こっちでノンビリやってるよ
M あれ?でも、生産管理の資格とって大手メーカーの工場に就職したよね?転職したの?
T いや、今も工場管理やってるよ。あちこちの工場を見ているから、むしろテレワークじゃないと回らないんだ
M へー、そういうもんか…。そっちは、“100年に一度の大雨”みたいなのは大丈夫なの?
T ちゃんと災害予報をチェックして危険のない場所を渡り歩いているよ。夏場は北海道で、冬には九州に移動するんだ
M ええー、定住してないってこと?...え、でも、確か結婚案内きたよね?ご家族は?
T 息子がいるよ。3人家族だ
M 息子さん、転校してばっかり?大丈夫なの?
T あ、引っ越しというか、トレーラーハウスなので家ごと移動するんだけど、学校はヴァーチャルでずっと同じところだよ。友達も多いよ
M リアルでの人との触れ合いが少ないのは心配じゃない?
T いや、別に世捨て人じゃないから(笑)。必要なら都会にすぐ行けるよ。病気になれば病院に急行するしね。ただ、もうメタバースはリアルと区別つかないから、普段はほとんど支障ないかな。今だってこのとおり
M そういわれてみればそうね。じゃあ、不便なことはあまりない?
T 必要なものは揃うよ。自家発電だし、いろいろ自給自足できるし
M 自給できない食料や日用品は?
T トレーラーは登録してあるから、宅配便が追っかけてきて、なんでもすぐに届けてくれるよ。品ぞろえもミサのところと変わらないと思うよ。ミサの方は?どこに住んでいるの?
M こっちは東京。卒業してからずっと
T そうか。東京なら…もしかして、あのすごい集合住宅?
M そうそう、アルコ東京っていうね、巨大な建物?に住んでるよ
T あー、やっぱり!
M 街をぎゅっとビルに凝縮した感じで便利だよー。なんでも近所にあって、個人用の乗り物に座ってるだけですぐに着く
T へぇ、すごいところに住んでるんだな。...家賃が高そうだ
M あはは。それなりにね。でも、生活費は安いよ。アルコの中にいれば大雨も平気だし
T そんなにたくさんの人が集まって暮らしていると、閉塞感あったりしない?
M 私も心配していたけど、実際は、なかなか開放的なんだよ。プライベートスペースは少ないけど、共有スペースはとっても広いから。ご近所の人とランチする場所や子供が遊ぶ場所もたくさんあるしね
T すごい人口密度なんだろ?共有スペースの取り合いとかないの?
M かなり勝手気ままに使っているけど、なぜだかうまくいっているよ。水や電気も使いたいだけ使えるし…
T へぇ?環境負荷のない閉じたエコシステムっていうから、もっと“みんなで節約!”って感じなのかと思っていたよ
M そうよね。考えてみるとどうなっているんだろうね?
T おっと、子供が帰ってきたみたいだ
M あ、こっちもちょうど帰ってきたみたい
T じゃあ、また
M お久しぶりでした。では、またどこかで
いつの時代にもジェネレーションギャップは存在する。価値観や習慣が目まぐるしく変化している現在ならなおさらだ。誰もが遭遇するそんなギャップを、読者から投稿いただいた体験エピソードからご紹介
祖父は、子供心に「かっこいいおじいちゃん」だった。80過ぎてなお現役で、世界中の“若いやつら”と一緒にいろんな事業を立ち上げることをライフワークとしていた。世間では、先端技術を使いこなす老練イノベータと言われていたけれど、私はそうではないことを知っている。
確かに祖父は、AIをはじめとする最新ツールを使いこなしていたが、それは仕事上必要に駆られた末の努力の結果であって、日常生活ではその努力をあっさり放棄し、なんでもかんでも私に頼った。
特に、祖父が使っていたリサイクルサービスCLOSETは酷い状態だった。部屋の収納には、控えめに言って懐古趣味、率直に言えば時代錯誤
の服ばかりがあり、何故こんなものを借りているのかと問い詰めると、呆れ果てたことに、それらはレンタルではなく、すべて祖父自身の所有物だという。
昔の人は資源を循環させず、家財道具を抱え込んで無駄の多い生活をしていたというが、それを目の当たりにして愕然とした。もったいない!
好きにしていいと言われたので、すぐさまCLOSETに投入した。すると、見たことのない結果が表示された。まず、服とすら認識されないものがあった。古すぎてIDを照合できなかったらしく、それらは素材として回収されていった。一体いつの時代の服なんだろうか。それから、現在の採寸データとの乖離を指摘された。再学習せず、すべて無視するように頼んだ。
この体たらくに、いやな予感がして稼働中のレンタルポートフォリオをのぞいてみた。案の定、祖父は、「安いものを適当に」選んでおり、こうも服の好みやTPOに無頓着だと、学習される服の傾向も奇抜な様相を呈してくる。お金をかけないことだけを考えると、他の人が欲しがらない服を受け入れることになるからだ。かくして、祖父は、売れ残った福袋のような無秩序なラインナップから着回すことになっていた。
この惨状を伝え、半眼で懇々と諭すと、祖父から全権を託されたので、祖父に相応しいコーディネートをイチからセットアップしてあげた。祖父からは大変感謝されたので、古服の資源回収で得たポイントは、コンサル料として私のCLOSETに振り込んでおいた。
世界を持続させるために、あらゆる地域、あらゆる分野で絶え間ない社会変革が推し進められている。この希望と活気にあふれた「今」を切り取る小さなエピソードをご紹介。とある技術イノベーションのための行政特区が、計画外の成長を遂げて
シナイギ空港からエアエクスプレスで30分。そこに広がるのは静かな湯屋町。―今、最も注目されているヘルスケアリゾートRMA4を取材した。
森の小径をのんびり歩くと、湯屋の丸いドームがいくつも見えてくる。
ともすれば山間の温泉街を訪れたような感覚にとらわれるが、その実、ここは最先端の技術イノベーションを背景に誕生した計画都市である。
1年前、へき地医療を担っていた医師たちの小さなグループが、この地に国家プロジェクトによる大規模投資を呼び込んだ。その結果、限界集落が点在するこの地域に突如として都市が誕生した。
その狙いは人を集めることではなく、先端技術を用いた社会実験の行政特区をつくることにあったようだ。今では我々の生活になじみつつあるこの技術は、当時はバイオインクといわれていた。
バイオインクに聞き覚えのない人でも、臓器の3Dプリントのコア技術といえば記憶に残っているだろう。これにより生体移植の民主化が一気に推し進められた。なにしろ、小さな湯屋で自分の生体情報をスキャンすれば、医療施設で臓器をプリントしてすぐさま移植手術が可能なのである。当然、臓器提供を待つ長いリストに命を託して希望と絶望の日々を数えていた人々は、全世界からこの町に殺到した。そこに産業が生まれる。
もともと技術開発と実験に主眼が置かれていたため、
最初の住人は研究者と公務員が大半を占めており、生活インフラは必要最小限の実に簡素なものだった。ところが、集まった新たな住民たちには、術前、術後のケアが必要であったし、誰もが長期間の療養生活を少しでも豊かにしたいと願った。かくして、医療の他にも様々なイノベーションを伴い、町は独特の成長を遂げた。現在のヘルスケアリゾートRMA4の誕生である。
ここでは、山と海の幸がおすすめだ。山も海もないこの地だけの最高峰のプリンタ料理である。
このアンバランスな街をぜひ一度体験してはいかがだろうか?