新サービスの実証実験におけるデザイナーの役割
交通チケットオープン化プラットフォーム実証実験
どんな取り組み︖
東芝は、鉄道事業者やサービス事業者向けに「QRコード※」を使ったデジタル乗車券サービス「交通チケットオープン化プラットフォーム」を開発しています。新しいサービスを開発する際には、その有用性や技術的な実現可能性を現場で確認するために、実証実験(PoC: Proof of Concept)を行うことがあります。今回、デザイン部門では、より効果的な実証実験を実施するためのデザイン制作やそのデザインが効果的に機能するかの検証に取り組みました。
「QRコード」を使ったデジタル乗車サービスとは︖
「QRコード」を使ったデジタル乗車サービスとは、これまで鉄道事業者しか発行できなかった乗車券を、QRコードを使って鉄道事業者以外のサービス事業者も乗車券を発行できるようにするプラットフォームです。例えば、スポーツジムが自社のWebサイトやアプリで、スポーツジムの利用券と電車の乗車券をセットにしたお得なチケットを発行できるようになるといったものです。1つのQRコードチケットで電車に乗ったり、スポーツジムを利用したりすることができ、移動も含めたシームレスな体験を提供できます。
このようにサービス事業者の独自のサービスが生まれることで、利用客の利便性が向上するだけでなく、サービス事業者や鉄道事業者の利用客の増加も期待することが出来ます。
このプラットフォームサービスの開発にあたり、実際に利用者の感想や満足度を確認したり、意図した通りに利用できるか、駅でのオペレーションやアプリとシステムの連携に課題がないかなどを検証するため、東京メトロ様のご協力を得て丸の内線全線で実証実験を行せていただきました。
Designer:小林潤奈
実証実験の準備で、私たちのところにきた最初の依頼は、今回の実証実験で駅に設置するQRコード読み取り用タブレットのUI画面のデザインをして下さいというものでした。
実証実験では、タブレットは特定の駅の、さらに特定の改札機にしか設置されません。置かれ方も特殊で、改札機のすぐ横に設置されるものもあれば、少し離れた係員窓口に設置されることもあります。このような中、実証実験の参加者や駅員さんのUXを考えると、UI画面のデザイン製作だけでは不十分だと思いました。QRコード読み取り機をユーザーが迷うことなく見つけ出し、スムーズにサービスを体験できるようにするにはどうしたらよいか。QRコード読み取り機にたどり着けない、または、読み取りがうまくできなければ、サービスの体験以前に諦めてしまうかもしれません。さらには、普段から忙しい駅員さんにさらなる負担をかけてしまい、実証実験そのものが継続的に行えなくなるかもしれません。それでは、実証実験の本来の目的も達成できなくなってしまいます。
そこで、ユーザーに何を体験してもらいたいのか、実証実験の本来の目的を共有し、達成するために他にも必要な対策があるのではないかと、事業部門、設計部門、デザイン部門の三者で現場観察や、マインドマップを使ったディスカッションを行いました。更にそれらをジャーニーマップにまとめ、QRコードを利用するまでの段階で、どのようなユーザーの行動やタッチポイントがあるかを整理しました。
その結果から、実証実験に向けて大切なことを以下の3つに定めて、デザインの制作を進めました。
①サービス利用客を増やすためのポスターやWebサイトのデザイン
②駅係員のオペレーションの負荷を減らす駅構内の誘導施策
③改札で滞留をおこさない画面デザイン
“新たなサービスの体験をデザインをする”
1つ目のポイント:サービス利用客を増やすために各サービスアプリ内、プレスリリース、WEBサイトで宣伝を行いました。そもそも、この実証実験に参加してもらう利用客が集まらないと目的は達成できません。東芝の特設WEBサイトでの告知やプレスリリース用のコンテンツデザイン。また駅構内にも広告用ポスターを貼り、その場で興味をもって参加してもらう事も期待しました。またサービスアプリ内ではQRコードチケットの使い方や、QRコード読み取り機の設置場所を伝え、ユーザーに事前知識を持ってもらうようにしました。
また、QRコード読み取り機のUIデザインと一貫したグラフィックにすることで、現場で実物を見かけた時に気づいてもらえるような工夫もしました。
2つ目のポイント:駅係員のオペレーションの負荷を減らす駅構内の誘導施策としては、どこに、どのような案内をするかが重要です。QRコード読み取り機が設置されている改札機は限られているため、対応改札機周辺に誘導用ポスターや床面シールを設置しました。
これらのデザインも、宣伝用グラフィックと同様の考え方で、QRコード読み取り機のUIデザインに揃え、気づいてもらいやすくなることを狙っています。
最後に、3つ目のポイント:改札で滞留をおこさないために、改札を通る際の様々な状況に対応できるようQRコード読み取りの手順や情報を検討し、効果的と思われる案内方法を導きました。スムーズに改札機を通過してもらう為に、画面デザインの要素として極力文章を少なくし、イラストをメインに見せることで瞬時に理解してもらうような工夫をしました。また、「待機中/QRコード読み取り成功/失敗」によって画面全体の色を変えることで、状況判断が直感的に行えるようにしています。駅係員の助けがなくても操作ができるようにすることを目指しました。
検証をより効果的にするために
実証実験の期間中には、検討したデザイン案が想定した通りに利用されているかどうかを評価したり、課題を発見したりするために、ユーザビリティテストを実施しました。
被験者には視線の動きを録画することができるアイトラッキング撮影用メガネを装着してもらい、駅構内からQRコード読み取り機を通って他の駅まで行き、再び改札を通るというタスクを行ってもらいました。
タスクを行った後は、被験者と一緒に撮影した映像を見ながらヒアリングし、その時の行動の意図を明らかにしていきました。それによって想定外の出来事の要因や多くの気づきを得ることが出来ました。このように、サービス利用者の行動や関係するステークホルダーをUXの観点から分析し、フローチャートにまとめ可視化し関係者と共有することで、このサービスを社会に実装していく上で解決しなければならない課題を、より明確にすることにもデザイン部門は貢献しています。
今後に向けて
このように、ユーザーにどのような体験を提供し、この実証実験で何を得たいのかという本来の目的を関係者と共有し協働したことで、実証実験には多くの方々に参加いただき、十分なデータ収集をすることができました。その中で、改札機にたどり着けなかった、使い方が分からなかったというアンケート結果が無かったことから、私たちが想定したユーザー体験の評価を得られる実証実験に貢献できたのではないかと思います。また、実証実験の結果を踏まえ、「交通チケットオープン化プラットフォーム」は、現在さらなるサービスの拡充や品質の向上に向けて開発を進めています。
今回の活動を振り返ると、 デザイン検討の範囲を広げたことで、より多くの方の協力が必要になったり、行うべきことが増えたりして、デザイナーだけでなく事業部門も大変だったと思います。またユーザーテストには鉄道事業者様のご協力が必須でした。実証実験を有意義なものにするためには、各関係者の方々と目的や意義を共有し合意を得ることが大切だと思います。今回の実証実験から得た洞察を活かして、今後のサービス向上に繋げていきたいと考えています。
※QRコードは株式会社デンソーウェーブの登録商標です。
小林潤奈
2007 年入社
UIデザイナー
WORKS LIST
株式会社東芝
DX・デザイン&コミュニケーション部
〒105-8001 東京都港区芝浦 1-1-1