特別連載シリーズ 第二弾|1/4(全4回)

ゼロトラストはなぜ現場で機能しないのか

―エアレスタイヤとゼロトラスト
が示す次世代インフラ―

―現実環境における課題と実装の考え方―

特別連載シリーズ 第二弾|第1回


ゼロトラストはなぜ難しいのか
― 現場努力が報われなくなった理由 ―

ゼロトラストは正しいが、それだけでは機能しない

ゼロトラストの重要性は、いまや多くの現場、特にインフラや公共、医療などの分野で共有されている。社内外を問わず常に検証するという考え方は、クラウド利用の拡大やリモートアクセスの常態化が進む現在の環境において極めて合理的であり、従来の境界型セキュリティでは守りきれないという認識も広く浸透している。

一方で、実際の現場では「導入しても期待した効果が見えにくい」「運用が複雑化し負担が増えた」といった声も少なくなく、正しさが共有されているにもかかわらず、止められない業務を前提とする現実の環境では十分に機能していないという状況が生まれている。ここに、理想と現実のあいだに存在するギャップがある。ゼロトラストが難しいのは、その考え方が間違っているからではなく、現場には教科書どおりには進まない事情や制約が存在するためである。

従来の仕組みが機能しなくなったわけではない

ゼロトラストが注目されるようになった背景には、従来のセキュリティ対策が完全に機能しなくなったという事情があるわけではない。むしろ境界型セキュリティは、長い間多くの組織で合理的に機能してきた。利用者や端末の管理主体が比較的明確であり、社内ネットワークの内側と外側を区別できていた時代には、その考え方で十分に成立していたのである。

しかし現在は、クラウドサービスや外部サービスとの連携が一般化し、利用者は場所を問わず業務を行い、複数の端末や拠点をまたいでシステムにアクセスするようになった。ネットワークの境界そのものが曖昧になったことで、従来の前提だけでは十分な安全性を維持することが難しくなっている。つまり問題は過去の仕組みが間違っていたことではなく、それを支えていた前提条件が変化していることにある。

多くの組織が取り組んでいるが、同時に行き詰まっている

このギャップは個別の企業に限ったものではなく、多くの組織が共通して抱えている課題でもある。実際にはゼロトラストの必要性そのものは広く理解されている。しかし一方で、既存設備との共存や運用負荷、人材不足、予算制約などの問題によって、理想どおりに実装できていない現場も少なくない。

また、ゼロトラストという言葉は理解されていても、それを既存環境にどのように適用するのかまでは整理できていないケースも多い。新しい仕組みを追加すれば解決すると思われがちだが、実際には認証やアクセス制御、端末管理などが複雑に関係しており、一つの対策だけで完結する問題ではない。その結果、多くの組織が取り組みながらも、どこから手を付ければ良いのか分からないという状況に直面している。

難しさの本質は「技術」ではなく「前提の置き換え」にある

ゼロトラストの検討では認証強化やアクセス制御、端末管理といった技術的な議論に注目が集まりやすいが、実際に現場で障壁となるのはそれらの手前にある運用の前提である。従来の環境では、一度認証された利用者はある程度信頼され、社内ネットワークは比較的安全とみなされ、管理下の端末であればアクセスが許可されるといった暗黙の前提のもとで運用が成立してきた。

しかしゼロトラストはこれらを前提とせず、アクセスのたびに検証し、状況に応じて権限を制御し、環境の変化に応じて再評価することを求めるため、単なる機能の追加ではなく信頼の置き方そのものを見直すことになる。その結果として業務フローや利用者の行動、管理者の運用負荷に直接影響が及び、そこに現実との摩擦が生じるのである。

問われているのは導入ではなく運用である

このように考えると、ゼロトラストの難しさは何を導入するかという技術の問題ではなく、その仕組みを現場でどのように成立させるかという設計と運用の問題であることが見えてくる。認証を強化すれば利用者の負担は増え、制御を細かくすれば管理の負担は増え、監視を強めれば対応件数も増えるといったように、セキュリティを高めるほど運用が複雑化する構造が存在するためである。

その中で本当に問われているのは、それらの対策を現実の制約の中でどこまで無理なく継続できるかという視点である。ゼロトラストとは導入して終わる仕組みではなく、継続して運用されて初めて価値を発揮する考え方である。そしてこの問いをさらに掘り下げていくと、「誰を、どのように信頼するのか」というより根本的な問題が浮かび上がり、次の論点へとつながっていく。

目次 | NEXT(2026年11月配信予定)

特別連載シリーズ|全4回

本連載では、「ゼロトラストはなぜ現場で機能しないのか」という問いを起点に、その背景にある設計と運用のギャップを整理する。単なる概念論にとどまらず、実際のインフラ環境で発生している課題、とりわけID管理や認証に内在する弱点に着目しながら、現場で無理なく実装・運用可能なセキュリティの考え方を段階的に掘り下げる。最終的には、「信頼しないこと」を前提とした設計をどのように現実の環境に適用していくか、その具体的な視点を提示する。

ミニQ&A

Q1. ゼロトラストが機能しないのは、現場の理解不足なのでしょうか? 
A. そうではありません。多くの現場では必要性は十分に理解されています。問題は、従来の前提のまま新しい設計を適用しようとしている点にあり、理解の問題というより設計と運用のあいだにあるギャップに起因しています。

Q2. まずはツールを導入すれば改善するのでしょうか? 
A. 導入だけで解決することは多くありません。重要なのは、どのような前提で運用が成り立っているかを整理したうえで、その前提を見直す設計に移れるかどうかです。

監修:
株式会社 東芝
モビリティ・インフラソリューション事業部
加藤 雅一

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