• 東芝レビュー 79巻4号(2024年7月)

特集:スマートマニュファクチャリング化を加速する最先端のデジタル技術

国内製造業では,労働人口の減少に対応するための効率的な生産プロセスへの転換,自然災害や地政学的リスクに備えたサプライチェーンの地理的多様性確保,及びカーボンニュートラル・サーキュラーエコノミーの実現に向けて,デジタル技術の活用が進んでいます。
この特集では,IoT(Internet of Things)やAIなど様々なデジタル技術を活用したスマートマニュファクチャリングへの進化に寄与するソリューションや,製品ライフサイクルを横断してデータをつなぐ技術,企業間のデータ連携を進めるデジタルプラットフォームなどを紹介します。

特集:スマートマニュファクチャリング化を加速する最先端のデジタル技術

岸原 正樹

製造業が顧客に価値を持続的に提供し利益を獲得するためには,社内だけでなくサプライヤー・顧客ともつながり,そのデータを活用して価値を創出していく必要がある。また,欧州を中心とした製品カーボンフットプリント(CFP)や再生材利用率などの情報開示・目標値遵守などの規律化に伴い,国内外でサプライチェーン・バリューチェーンを横断したデータ連携基盤の構築が進んでいる。このような動向の中,製造に関わる全ての領域にデジタル技術を適用したスマートマニュファクチャリング化が注目されている。

東芝グループは,設計・開発,製造,製品利用,リユース・廃棄といった製品ライフサイクル全体のスマートマニュファクチャリング化と製品価値向上を支えるために,OT(制御・運用技術)・IT(情報技術)領域で企業内・企業間をつなぐソリューションを提供している。

石川 恭

東芝グループは,より効率的な生産体制の実現を目指して,IoT(Internet of Things)技術を活用したスマートファクトリー化を推進している。この活動では,スマートファクトリー構築手法を体系化するとともに,東芝デジタルソリューションズ(株)のものづくりIoTソリューション Meister Factoryシリーズを活用してきた。

スマートファクトリー化を推進する中で,製造現場は短期的な効果を求めているのに対し,経営層は中長期的な投資効果を求めているという違いが明らかになった。Meister Factoryシリーズの活用でデータ統合・データ活用を実現することにより,双方の要求を両立できる。このような取り組みは,東芝グループ内だけでなく,顧客での課題解決にも役立てられる。

稲田 稔・加茂 隆康・大石 佳之

製造業を取り巻く環境は大きく変化しており,DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進で事業を効率化するとともに,製品に関わるサービスをユーザーに提供することによってサービス事業として立ち上げ,競争力を強化することが求められている。しかし,サービス化を実現するには,サービスを提供するためのプラットフォームが必要となる。

東芝デジタルソリューションズ(株)は,設備・機器メーカー向けアセットIoTクラウドサービス Meister RemoteXをプラットフォームとして活用することで,顧客である設備・機器メーカーからユーザーへのサービスの提供を実現している。このプラットフォームの活用により,これまでに,水処理機械メーカーのサービスビジネスへの転換や,エレベーターの快適性・利便性向上及び管理支援などに貢献できた。

深井 英五・百武 博幸・林田 章裕

東芝グループは,製造現場へのIT(情報技術)ソリューションの導入を可能にするOT(制御・運用技術)コンポーネントの提供により製造業のDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進している。

OTコンポーネントとしては,厳しい現場環境で制御盤に設置可能なラックマウント型産業用コンピューターを新たに開発した。また,ソフトウェアデファインド化された産業用コントローラーの適用で,製造ラインの増設や組み替えへの柔軟な対応を可能とした。更に,リモート環境からクラウドシステム上でエンジニアリングだけでなく製造現場の制御が可能な計装コンポーネント仮想化プラットフォームを提供することで,不良品検査プロセスにおける機能拡張性向上やライトアセット化などに貢献している。

石井 賢・日下部 峻・坂田 真一郎・門倉 悠真

近年,少子高齢化などによる人手不足が進み,作業効率の改善や,安全な労働環境の提供が求められている。

東芝インフラシステムズ(株)は,作業現場の作業員から脈拍などの計測データを収集して暑さストレスレベルを表示するリストバンド型センサー MULiSiTEN(マリシテン)を提供している。計測データから心的ストレスを推定する技術や,体調改善策を提示する推薦機能などを新たに開発し,実用化に向けた検証で有効性を確認した。東芝デジタルソリューションズ(株)が提供している“Meister Apps 現場作業見える化パッケージ”にこれらの技術・機能を搭載してMULiSiTENの計測データを活用することで,製造現場の作業効率化と安全な労働環境の提供を支援する。

原田 浩史・中村 麻周

自動車のEV(電気自動車)シフト,若手人材の減少,熟練工の技術継承不足の中,新型コロナ感染拡大をトリガーに,製造業は,従来の手法では次の時代に存続できない状況にある。今までの人数以下で今まで以上の品質にするため,AR(拡張現実)やMR(複合現実),VR(仮想現実)などのXR(クロスリアリティー)が注目されている。特に製造現場では,目で見て判断する検査や技術が重要で不可欠なため,現実世界にデジタル情報を重ねて表示する表現の作業指示が,検査,研修・教育などの分野へ積極的に導入されている。

東芝デジタルソリューションズ(株)の“Meister AR Suite”や,“Meister MR Link”は,誰でもどこでも使えることが特長のすぐ始められるソリューションとして,現場作業の確実な実施と効率化に貢献できる。

北原 博隆・須田 菜摘・マニーサエン ナニチャ

製品開発を効率化するため,数値モデルやシミュレーターを活用するモデルベース開発(MBD)が普及している。更に,MBDのモデルを流通させ,複数の企業で利用するモデル流通の動きが広がっている。

東芝デジタルソリューションズ(株)は,複数の企業や拠点にあるモデルを接続したシミュレーション(以下,分散・連成シミュレーションと呼ぶ)を実現する,分散・連成シミュレーションプラットフォームVenetDCPを提供しており,この活用はモデル流通にも寄与する。この度,シミュレーションツール(以下,ツールと略記)を遠隔操作するリモート操作機能を拡充し,異拠点にあるモデルの自動パラメーター推定などを可能にしたことでモデル流通における活用の幅が広がった。

中間 雅彦・池田 和史

我が国の製造業は,サステナビリティー社会の実現に向けた世界的な省エネやカーボンニュートラル化への対応を加速していく必要があるが,これらの環境への配慮と生産性の維持・強化を両立するには,計画策定や,推進体制の構築,対応資金の捻出,既存業務への融合,関連企業との協業など多くの課題を解決していかなければならない。

東芝デジタルソリューションズ(株)は,製造業向けソリューションMeisterシリーズの活用で,東芝グループ内外での豊富な実績を持つアセスメントプログラムやデジタル技術・商品・サービスを提供し,製造業のサステナビリティー活動をサポートしている。

廣川 央子・浅野 豊

近年,グローバルレベルでのサプライチェーン寸断による調達リスクの発生や,カーボンニュートラルへの対応などのCSR(企業の社会的責任)活動を踏まえ,サプライチェーン全体の再構築による強靱(きょうじん)化や高度化が求められている。

東芝デジタルソリューションズ(株)は,サプライヤーを含めたものづくりに関わる企業同士をつなげ,企業間の情報発信・共有を促進して事業活動をサポートすることで,データサービスによる新たな価値を提供するサプライチェーンプラットフォーム「Meister SRM ポータル」を展開している。今回,当社が既に市場へ提供している戦略調達ソリューション「Meister SRM」と,Meister SRM ポータルの双方を活用することで,サプライヤーとバイヤー間の高度なコミュニケーションやサプライチェーン全体のコミュニケーションなどから生成される情報を可視化し,新たな事業創出やビジネス変革につなげるためのコミュニケーション基盤を構築した。

一般論文

三島 直

カメラ映像の解析は,危険検知や,顧客行動分析,業務効率改善などへの活用が期待できるが,人手による解析や用途に応じた専用AIの開発が必要であった。一方,近年,大規模な画像とテキストのデータを用いて事前学習された視覚言語基盤モデルの研究が進み,高度な映像理解が可能になった。

東芝は,視覚言語基盤モデルに基づく画像質問応答AI (VQA:Visual Question Answering)を活用し,映像中の物体ごとの質問に回答する独自の映像解析技術である物体指向VQAを開発した。物体指向VQAは,画像の内容を理解した上で様々な質問に回答できる。質問のテキストを変えれば複雑なタスクにも対応可能で,人手による開発を削減できる。また,対象とする物体の質問だけに回答するため,計算量が少ない。オフィスや,製造・物流現場,サービス業など,多くの場面で映像解析の利用が容易になる。

樽家 昌也・望月 翔平

東芝が開発しているHABANEROTSは,IoT(Internet of Things)データ収集とアセット管理のプラットフォームであり,テナント(利用者や顧客)が,直接特有の開発に専念できるように設計されていて,アプリケーション運用のための多くの機能を担っている。現在,複数のテナントがHABANEROTSを利用しているが,より多くのテナントへ継続的にサービスを提供するためには,その運用コストを削減する必要があった。

これを解決するため,HABANEROTSにリソースをシェアするマルチテナント環境を構築した。リソースの特徴を考慮するのに加え,ホスティング環境に対して適切な設定とポリシー制御による設定制約を導入することでセルフサービス化も行い,更なる運用コスト削減と柔軟なサービス設定の実現を達成した。

渡部 一雄・高峯 英文・奥村 橋一

橋梁(きょうりょう)などのインフラ構造物の経年劣化が顕在化しつつあり,維持管理の効率化による人手とコストの削減が社会的要請となっている。

東芝グループは,材料が壊れるときなどに発生する微弱な弾性波(AE(注1): Acoustic Emission)を用いたコンクリート構造物の劣化診断システムを開発してきた。この技術を応用して,車両通行時に発生するAEから橋梁床版内部の劣化をデジタル化し,健全度を解析して可視化する劣化評価技術を開発した。高速道路での実証試験で,劣化状況を精度良く評価できることを確認した。これにより,橋梁床版の劣化状態に応じた補修計画の策定や工事の実施が可能になり,人手やコストを削減できる。

(注1)ここでは,骨材(砕石)同士のこすれなどによる弾性波も含む。

山田 裕太・岡部 基彦

プロセス制御システムでは,近年,プラントなどの現場から収集した膨大なデータの分析結果を,制御と高度に連携させて操業の効率化・最適化を図る,DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進が求められている。

東芝インフラシステムズ(株)は,その実現に向けて,次世代DCS(Distributed Control System)用として,DCS型の産業用コントローラー“ユニファイドコントローラ Vmシリーズ typeL” (以下,typeLと略記)と,DXに対応したWebベースHMI(ヒューマンマシンインターフェース)のOI-VS10及びOI-VS20を開発し,リリースした。これらの製品で構成するプロセス制御向け統合制御システム CIEMAC VSを,反応缶のオンライン制御に適用した結果,センサー情報のセンシングから解析・制御までをtypeL1台で処理でき,省スペース化,メンテナンスコストの抑制,及びケーブル敷設工事不要の効果が得られた。また,クラウド環境の24時間365日体制でリモート監視の実現にめどが得られた。

R&D最前線

中嶋 宏

ソフトウェアで,顧客の要望するサイバーフィジカルシステムを迅速に構成でき,柔軟に変更できる技術を実現    

ハードウェア依存からの脱却とシステム拡張性の向上が可能な,ソフトウェアデファインド化(以下,SD化と略記)が注目されています。東芝は,WebAssembly(WASM)を活用し,仮想マシンやコンテナよりも高いポータビリティー(可搬性)と安全性を持つソフトウェアコンポーネントのモジュール化を実現しました。これにより,サイバーフィジカルシステム(CPS)は,WASMの最小機能単位のソフトウェアをコアにした柔軟なシステム構築で,サイバー空間からの迅速な構成変更・更新が容易になりました。更に,将来は生成AIと組み合わせることで,コーディング不要のシステム開発にすることを目指しています。

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