• 東芝レビュー 77巻6号(2022年11月)
東芝レビュー 77巻6号(2022年11月)

特集:未来社会の変革を加速する量子技術への取り組み

量子時代の到来を控え,その革新的な技術により,未来の暮らしや社会がより安全で快適になることへの期待が高まっています。この分野で世界をリードする東芝グループは,一丸となって,国内産業の振興,我が国の国際競争力の強化,更には量子技術でこそ解決できるグローバルレベルの様々な課題解決に,寄与していきます。この特集では,未来社会の変革を加速していく最先端量子技術の開発と実用化への取り組みを紹介します。

特集:未来社会の変革を加速する量子技術への取り組み

平岡 俊郎・市村 厚一

量子技術は,将来にわたる様々な社会課題を解決できる技術として,その研究開発が世界中で活発化している。産業競争力の源泉としての期待が高まるとともに,安全保障上も重要視され,各国政府による研究開発投資も盛んである。

このような中で東芝グループは,単一光子源などの量子技術を起点として,量子鍵配送(QKD:Quantum Key Distribution)を事業化した。また,量子コンピューターの研究開発から派生した,組み合わせ最適化問題を解くことが可能なシミュレーテッド分岐マシン(Simulated Bifurcation Machine,SBMと略記)を開発し事業化した。基礎研究から社会実装まで多方面の取り組みにより,量子技術による高度に情報化された,豊かで安全な社会の実現に貢献できる。

村井 信哉

近年の量子コンピューター技術の急速な進展は,新たな計算機応用の創出に期待が集まる一方で,現在の情報通信で広く利用されている暗号アルゴリズムが,短時間で解読される危険性を高めている。この問題への対策として,量子暗号通信が注目されており,社会実装も進みつつある。

東芝グループは,長年培ってきた量子暗号通信技術の実用化と事業化を推進している。既に,商用サービス化を前提としたトライアルを世界各国で開始し,将来にわたって安全な暗号鍵を多くのユーザーに届ける量子鍵配送(QKD)サービスの実現を目指している。

友田 正憲

量子鍵配送(QKD)ネットワークにおいて,鍵管理システム(KMS)は,QKDリンクで光ファイバーなどを通じて共有した量子鍵を用いて,暗号鍵を安全に共有し,暗号通信装置に提供する役割を担っている。

東芝デジタルソリューションズ(株)は,2019年からKMSの製品化を進めており,商用利用でのニーズに応えるために国内・海外での実証実験へ適用し,今後必要とされる機能の開発に生かしている。

タオフィク パライソ・アンドリュー シールズ

量子鍵配送(QKD)では,量子力学の法則によって最高レベルの通信の秘匿性が保障される。QKDを広く使用できるようにするには,コストや,大量生産,標準的な通信インフラとの互換性などの課題を効率的に解決する必要がある。近年,これらの課題解決に向けて光集積チップを使ったソリューションの開発が世界的に行われているが,主要な機能を全てチップ化したチップベースQKDシステムの実証には至っていなかった。

東芝欧州社 ケンブリッジ研究所は,QKDの主要な機能を実装した3種類の光集積チップを開発し,これらを適用した世界初(注1)のチップベースQKDシステムを実証した。実験の結果,実用的な動作条件で数日間にわたって安定に動作することを確認した。

(注1)2020年12月時点,当社調べ。

ミルコ  ピタルガ・アンドリュー  シールズ

量子鍵配送(QKD)は,サイバー攻撃する側がどのような計算リソースを使用するかに関わらず,情報通信のための暗号鍵を二者間で安全に共有できる唯一の方法である。QKDでは,物理的な量子状態,すなわち量子ビットを,多くの場合光ファイバーで伝送するが,送信できる量子ビット数は,伝送距離とともに指数関数的に減少するため,QKD回線の最大長には限界がある。

東芝欧州社 ケンブリッジ研究所は,独自のTwin Field QKD(TF-QKD)プロトコルとデュアルバンド安定化と呼ばれる位相安定化技術により,世界最長(注1)となる600 kmを超える伝送距離を達成し,大規模な量子暗号通信網の実現可能性を実証した。

(注1)2021年6月現在,当社調べ。

リー  ジョンソン・川倉 康嗣・佐藤 英昭

東芝グループは,量子鍵配送(QKD)システムを活用したQKDネットワークを構築し,鍵提供サービスをグローバルに展開するために,様々な国や地域のパートナーと協業し,ユーザー企業とともにQKDネットワークを実証するテストベッドの構築を進めている。

英国ではBTと共同で,世界初(注1)の商用向けメトロネットワークを構築し,トライアルサービスを開始した。米国ではJPモルガン・チェース及びCienaと共同で,金融分野のブロックチェーンにQKDを適用する実証実験を行った。韓国ではKTと共同で,韓国ソウル特別市と釜山市の間の約490 kmを,異機種のQKD装置でつないだ韓国最長(注2)となる長距離QKDネットワークを構築し,サービス品質を検証した。

(注1)2022年4月時点,東芝及びBT調べ。
(注2)2022年3月現在,東芝,東芝デジタルソリューションズ(株),及びKT調べ。

後藤 隼人

様々な社会課題において,膨大な選択肢の中から最適なものを見付け出す組み合わせ最適化問題が存在している。近年,これら難しい数学の問題を高速に解くために量子コンピューターへの期待が高まっているが,扱える問題サイズに制約があり,既存のコンピューターを有効に利用する実用的な解決策が望まれている。

東芝グループは,量子分岐マシンと呼ぶ独自の量子コンピューターの研究過程で,新しい組み合わせ最適化アルゴリズムであるシミュレーテッド分岐(SB)アルゴリズムを用いたシミュレーテッド分岐マシン(Simulated Bifurcation Machine,SBMと略記)を開発した。SBアルゴリズムの特長である高い並列性を生かして最先端の並列プロセッサー上に実装し,大規模な組み合わせ最適化問題を高速で解くことに成功した。

高畠 和輝・木村 圭一・岩崎 元一

創薬分野は,投資コストの削減と,開発プロセスをより効率的に進めることが求められており,量子コンピューターの有望な適用分野の一つである。

東芝デジタルソリューションズ(株)は,(株)Revorfと共同で,量子インスパイアード最適化ソリューションSQBM+™を用いることで,タンパク質のアロステリック制御を従来手法に比べてより高精度に予測する計算創薬の手法を開発した。これにより,創薬が困難であったタンパク質を創薬対象とすることが可能になり,従来は治療が難しいとされていた疾患に対しても医薬品開発の可能性を広げることができる。今後,in vitro実験(試験管や培養器内での実験)による実証を行い,創薬プロセスでのこの手法の有効性を検証する。

泉 泰一郎・村山 勝人・奥野 舜

東芝デジタルソリューションズ(株)は,東芝の量子コンピューターの研究過程で発明したシミュレーテッド分岐(SB)アルゴリズムに基づき大規模な組み合わせ最適化問題を高速・高精度に解ける量子インスパイアード最適化ソリューションSQBM+™を開発し,提供している。

今回,Microsoft社のAzure Quantumのクラウドサービスとして,SQBM+™ Cloud on Azure Quantumをリリースした。SaaS(Software as a Service)サービスとしてツールやサンプルプログラムの利用が可能で,利用者の負担になっていたSQBM+™の固有パラメーターの調整を不要にしたことで,すぐに使用できる。

辰村 光介・濱川 洋平・山崎 雅也

リアルタイムシステムは,金融・車載・通信などの分野において,時々刻々と変化する状況を分析し,その状況への応答行動を即時に実行する。従来の高速リアルタイムシステムは,その時間的制約のために単純な判定により応答を決定することも多い。

東芝グループは,量子インスパイアード組み合わせ最適化計算機であるシミュレーテッド分岐マシン(Simulated Bifurcation Machine,SBMと略記)を開発した。これは,決定論的な応答時間を持ち,エッジシステムへの組み込みが可能であるといったリアルタイムシステムに必要な特長を併せ持つことから,組み合わせ最適化に基づいた,より合理的な判断を行う高速リアルタイムシステムの実現を可能とする。 このような新しいリアルタイムシステムに関する,様々な技術実証を行っている。

山嵜 朋秀

再生可能エネルギー(以下,再エネと略記)システムや,蓄電池,電気自動車(EV)など,膨大な数の分散電源を統合制御し,一つの発電所のように機能させる仮想発電所(VPP)を実現する上で,従来のコンピューターでは,組み合わせ最適化計算の解を現実的な時間内で得られない場合があった。

そこで,東芝エネルギーシステムズ(株)は,シミュレーテッド分岐マシン(Simulated Bifurcation Machine,SBMと略記)をVPPへ適用する概念検証(PoC)を行った。その結果,出力が急峻(きゅうしゅん)に変動する再エネ対策などの問題に短時間でより良い解が得られる可能性を確認した。また,電力系統の制約を考慮した最適潮流計算についてもPoCを実施した。

一般論文

土橋 浩慶

近年,公共施設に集まる不特定多数のソフトターゲットに対するセキュリティー対策の強化が喫緊の課題となっている。オープンエリアでは,警備が困難な場合や,人流の抑制などは利用者にストレスを与えたり,利便性を大きく損なったりする場合がある。

東芝グループは,ミリ波レーダーを用いた段階的スクリーニング方式の採用で,人流を抑制することなく安全性を確保できるセキュリティーシステムを開発している。オープンエリアにおいて,非接触かつ高スループットの実現が可能な警備支援サービスの提供を目指している。

青木 朝海・山口 恵一・木本 圭優

電波で雨雲の分布や降雨強度を測る気象レーダーでは,低仰角での観測において山やビルなどからの不要な反射信号(グランドクラッター)を精度良く識別・除去することが,観測データの質の向上に不可欠である。従来,特徴量としきい値を比較する条件分岐型のアルゴリズムによってグランドクラッターを識別・除去してきたが,専門知識を持つ技術者がレーダーサイトごとにしきい値を調整する必要があり,熟練者への高い依存,及び調整に要する負荷を,軽減することが課題であった。

東芝は,機械学習を用いてグランドクラッターを自動で識別し,気象観測データから学習用データも自動で生成できる技術を開発している。マルチパラメーター フェーズドアレイ気象レーダー(MP-PAWR)の実データを用いた性能評価で,観測データから自動生成した識別モデルでも従来手法と比べて同等以上の識別性能を実現できることを確認した。

雁木 比呂・田口 安則・井口 智明

低耐圧シリコン(Si)パワーMOSFET(金属酸化膜半導体型電界効果トランジスター)は,情報通信用電源やモーター駆動装置などの高効率化にとって欠かせない半導体となっている。品種は多様化の一途をたどり,開発効率の向上が求められている。

東芝は,機械学習を用いてパラメーターの最適化が効率的にできる自動設計技術を開発した。これにより,設計に要する実働時間を人手による場合に比べて90 %以上削減できた。更に,最適化できるパラメーターの数が従来の3倍以上になったことで,オン抵抗RonA(導通時の電気抵抗)を41 %低減できる新構造を設計できた。

岡部 令・吉川 知秀・篠原 尚人

自動車業界では,自動車の排出ガスに含まれる二酸化炭素(CO2)の更なる排出量削減が世界的な規模で求められており,メーカー各社は48 Vマイルドハイブリッド技術で車両コストの上昇を抑えつつ燃費の改善を図っている。

東芝は,車載用補助電源として5 Ahクラスのリチウムイオン二次電池SCiB™セルを採用した48 V SCiB™モジュールを開発し,テストサンプルの提供を開始した。小型・軽量で高入出力特性を実現し,エンジンから発生するエネルギーと減速時に発生する回生エネルギーを有効活用することが可能で,48 Vから300 V級のバッテリーシステムを構成でき,省電力に有効な高電圧化が図れるスケーラビリティーを備えている。

R&D最前線

内田 美幸

ニューラルネットワークの中間層を利用した自動モニタリング技術により,製造現場におけるAI画像検査の信頼性を向上    

東芝は,ニューラルネットワークを用いたAI画像検査システムの,製造現場への導入を進めています。製造条件の変更や装置の経時変化が検査精度を低下させることがあるため,現状,検査システムには,技術者による保守管理が必要です。その省人化に向け,検査精度のモニタリング技術を開発しました。この技術は,画像の特徴が数値化されたニューラルネットワーク中間層の高次元空間において,学習画像と検査画像のマハラノビス距離の変化をモニタリングすることで,検査精度低下の検知を可能とし,信頼性の向上に寄与します。今後,自動再学習技術の開発により,保守管理を容易にすることで,AI画像検査の普及促進を図ります。

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