特別連載シリーズ|第4回
空気を信用するのをやめた世界
― エアレスタイヤとゼロトラストが示す次世代インフラ ―
「空気」とは、何だったのか。
ここまで語ってきた事故、現場努力、役割設計、そしてゼロトラストとエアレスタイヤという技術。一見すると、それぞれ別の話題に見えるかもしれない、なぜ「ちゃんとやっているのに」事故は起きるのか。なぜ現場は、頑張り続けなければならないのか。なぜ、前提を捨てた設計が選ばれ始めているのか。それらの本質が見えてきたのではないだろうか。
本特集のタイトルにある「空気」は、比喩である。ここで言う空気とは、疑われない前提であり、暗黙の了解であり、「いつも通り」という期待であり、人が注意してくれるという信頼だ。つまり、言葉にされない前提そのものを指している。
なぜ今、その「空気」がリスクになったのか。
空気は、決して悪者ではない。むしろ長い間、社会やインフラを効率よく支えてきた存在だ。 うまく回っているとき、空気は意識されない。しかし一度破綻すると、「なぜ気づかなかったのか」「なぜ守られなかったのか」と、その存在が突然問われる。空気とは、うまくいっている間は見えず、壊れた瞬間にだけ姿を現す前提なのだ。
空気が信用できなくなったのは、人が怠慢になったからではない。社会の条件が変わった。人手不足は常態化し、システムは高度化・複雑化し、インフラは止められなくなり、失敗の影響は格段に大きくなった。 こうした環境では、「誰かが気づいてくれる」「いつも通りなら大丈夫」という前提は、支えではなくリスクになる。つまり問題は、人の質ではなく、前提の寿命にある。
「信用を捨てる」とは、疑うことではない。次世代インフラに共通する、いくつかの原則。
ここで、最も誤解されやすい点に触れておきたい。ゼロトラストも、エアレスタイヤも、「信用しない」「人を疑う」思想ではない。やっているのは、むしろ逆だ。人に完璧を求めず、注意力を最後の砦にせず、失敗を例外扱いしない。「信用を前提にしない設計」とは、人に期待しすぎるのをやめる設計なのである。「人がミスをすること」「環境が変わること」「想定外が起きること」それらを責めるのではなく、最初から織り込んでおく。これが、ゼロトラストとエアレスタイヤに共通する設計判断だった。
ここまでの話を整理すると、次世代インフラには共通した考え方が見えてくる。それは、正常運用を前提にしないこと、人の注意力を安全の最後に置かないこと、失敗を例外として扱わないこと、そして役割を人から構造へ移すことだ。これらは、技術の話ではない。設計思想の話である。だからこそ、分野が違っても、同じ判断が繰り返される。
空気を信用するのをやめた世界とは。
もしこの設計思想が、一時的な流行ではなく、構造的な変化だとしたら。次に「空気」を信用しなくなるのは、どの領域だろうか。医療現場の運用かもしれない。エネルギー供給かもしれない。行政手続きかもしれない。AIと人の協働かもしれない。あるいは、私たち自身の仕事の進め方かもしれない。
空気を信用するのをやめた世界とは、冷たい世界でも、疑い合う世界でもない。それは、誰かが無理をしなくても、誰かが完璧でなくても、失敗が起きても、社会やインフラが壊れないように、あらかじめ設計された世界だ。信用を捨てたのではない。信用を前提にしない構造に、置き換えただけなのである。(特別連載・完)
特別連載シリーズ|全4回
信用できることを前提にした設計は、長く社会インフラを支えてきました。しかし、ITやセキュリティ、運用環境が高度化、複雑化する現在、その前提自体が問い直されています。本特集は、エアレスタイヤとゼロトラストを軸に、信用に依存しない設計思想が次世代インフラにどのような意味を持つのかを整理する全4回の連載です。
ミニQ&A
Q1. 「空気を信用するのをやめる」とは、どういう意味ですか?
A. 疑うことではありません。人の注意力や正常運用を最初から前提にしない設計へ移るという意味です。信用を捨てたのではなく、信用に依存しない構造へ置き換えています。
Q2. これは冷たい社会や、監視を強める話ではありませんか?
A. 違います。むしろ、誰かが無理をし続けなくても成り立つ社会を目指す考え方です。失敗を責めるのではなく、失敗しても壊れない設計を重視します。
Q3. この考え方は、どの分野に関係しますか?
A. セキュリティやモビリティに限りません。止められない・人に頼りきれないインフラや業務全般に共通する視点です。
監修:
株式会社 東芝
セキュリティ・自動化システム事業部 紙幣処理機器・セキュリティシステム技術部
加藤 雅一

