特別連載シリーズ|1/4(全4回)

空気を信用するのをやめた世界

―エアレスタイヤとゼロトラスト
が示す次世代インフラ―

―エアレスタイヤとゼロトラストが示す次世代インフラ―

特別連載シリーズ|第1回


なぜ「ちゃんとやっているのに」事故は起きるのか
― 現場努力が報われなくなった理由 ―

「ちゃんとやっている」現場ほど、違和感を抱えている。

点検はしていた。教育もしていた。ルールも整備されていた。それでも事故やトラブルは起きてしまう。しかもその多くは、「想定外」や「不注意」という言葉で片づけられる。しかし本当にそれは、現場の問題なのだろうか。社会インフラやITセキュリティの現場を見渡すと、いま共通した違和感が広がっている。「これ以上、何を頑張ればいいのか分からない」という声だ。

チェックリストは増え、教育は定期的に行われ、注意喚起の掲示も充実している。それでも事故はゼロにならない。むしろ「想定外」は静かに増えている。その結果、現場では「気が緩んでいたのではないか」「ベテランなら防げたのではないか」「ルールの理解が足りなかったのではないか」といった空気が生まれがちになる。ここに一つの落とし穴がある。

問題は「努力の量」ではなく、「設計の前提」。

ここで立ち止まって考えてみたい。現場は本当に怠っていたのだろうか。それとも、頑張ること自体が前提になりすぎていなかっただろうか。多くの現場では、人は注意し続けられる、環境は大きく変わらない、想定外は例外である――こうした前提が無意識のうちに置かれてきた。これらは長い間うまく機能してきたからこそ、疑われにくかった。

しかし現在は、人手不足が常態化し、業務は複雑化し、ITやクラウド、外部連携が当たり前になり、しかも24時間止められない運用が求められている。この環境では、「注意し続けること」そのものが、次第にリスクへと変わり始めている。

現場努力が“リスク”に変わる瞬間。「頑張らせる設計」から「前提を疑う設計」へ。

たとえば、事故を防ぐ最後の砦が「人の気づき」になっており、問題が起きたときの説明が「確認不足」「注意不足」に回収される構造を想像してほしい。この構造では、事故が起きれば起きるほど、現場はさらに頑張るしかなくなる。だが人は疲れ、慣れ、判断を省略する。これは個人の資質の問題ではない。人間の特性そのものだ。つまり必要なのは、「現場が悪い」という見方ではなく、「現場に頼りすぎた設計が限界に来ている」という視点である。

ここで重要なのは、努力や教育を否定することではない。問題は、それらを安全が成立するための前提にしてしまっている点にある。システムを人が管理し、パスワードを人が覚え、不審な兆候に人が気づく――こうした設計は、「人が常に正しく振る舞う」ことを前提にしている。しかし前提が崩れた瞬間、その設計は一気に脆くなる。いま多くの分野で起きているのは、努力不足ではなく、前提そのものの破綻なのだ。

次に問われるのは「誰が頑張るのか」ではない。

これから問われるべきなのは、「もっと注意喚起すべきか」「教育を強化すべきか」という話ではない。本当に問うべきなのは、「その役割は本来、誰が担うべきなのか」という設計の問いである。人が担うべき役割と、構造や仕組みが担うべき役割。この切り分けが曖昧なままでは、どれだけ努力しても、事故やトラブルはなくならない。

現場努力が報われなくなったのは、現場が弱くなったからではない。設計の前提が、時代に合わなくなったからだ。(第2回に続く)

目次 | NEXT(2026年6月配信予定)

特別連載シリーズ|全4回

信用できることを前提にした設計は、長く社会インフラを支えてきました。しかし、ITやセキュリティ、運用環境が高度化、複雑化する現在、その前提自体が問い直されています。本特集は、エアレスタイヤとゼロトラストを軸に、信用に依存しない設計思想が次世代インフラにどのような意味を持つのかを整理する全4回の連載です。

ミニQ&A

Q1. なぜ「ちゃんとやっているのに」事故は起きるのですか? 
A. 現場の努力不足ではなく、人が注意し続けることを前提にした設計が、現在の環境に合わなくなっているためです。人手不足や複雑化が進む中で、努力そのものがリスクに転じています。

Q2. 努力や教育を否定しているのでしょうか? 
A. いいえ。問題は努力や教育ではなく、それらを「安全が成立する前提」に置いてしまっている設計です。努力に依存し続ける構造は、いずれ破綻します。

監修:
株式会社 東芝
セキュリティ・自動化システム事業部 紙幣処理機器・セキュリティシステム技術部
加藤 雅一

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