• 東芝レビュー 78巻3号(2023年5月)

特集:カーボンニュートラルやエネルギー安定供給に貢献する原子力技術

持続可能なカーボンニュートラル社会の実現に向けて,エネルギー需給構造の変革が進められています。安全性(Safety)を大前提とし,自給率(Energy Security),経済効率性(Economic Efficiency),及び環境適合(Environment)を同時達成する「S+3E」の取り組みの中で,原子力の社会的価値が見直されています。東芝グループは,原子力のプラント建設・燃料供給から,運転・保守サービス,次世代革新炉の開発,原子力基盤技術の応用開発に至るまで,幅広く事業を展開しています。この特集では,東芝グループの最新の原子力技術を紹介します。

特集:カーボンニュートラルやエネルギー安定供給に貢献する原子力技術

薄井 秀和・萩原  剛

我が国では,2030年度の温室効果ガス46 %削減や2050年のカーボンニュートラル実現を目指し,安定的で安価なエネルギー供給の課題に対して,需給構造を転換するグリーントランスフォーメーション(GX)を掲げており,GXの実現には原子力の活用が重要な役割を担っている。また,近年はエネルギー安全保障の観点でも原子力への期待が高まってきている。

これらの社会的なニーズに応えられるよう,東芝グループは,プラント建設・燃料供給から,運転・保守サービスの提供,次世代革新炉や原子力応用技術の開発に至るまで,幅広い事業を展開・推進することで,GX実現に寄与していく。

中原 貴之・杉浦 鉄宰・奈良部 徹

2011年3月11日に発生した東日本大震災とそれに伴う津波により,東京電力ホールディングス(株) (以下,東京電力HDと略記)福島第一原子力発電所(以下,1Fと略記)1〜3号機は炉心を損傷する未曽有の事故に至り,事故直後から現在まで,官民一体となった事故収束と,安全確保に向けた対策が進められてきた。

このような中で,東芝エネルギーシステムズ(株)は,使用済み燃料プールからの燃料取り出し設備の設置,原子炉格納容器内部の状況調査,及び汚染水処理設備の設置などで貢献してきた。これらの知見を生かし,廃炉・汚染水・処理水対策に引き続き取り組んでいる。

岩崎  敦・長谷川 健・山本 好克

女川原子力発電所2号機の再稼働に向けた安全対策として,主要機器の耐震補強工事や,新規制対応設備への配管・電路構築など,数多くの工事が進められている。これらの工事は,既設発電所内の限られたスペースで異なる請負業者によって同時に進められている。

工事の錯そうややり直しによる再稼働の遅延を防ぐため,東芝エネルギーシステムズ(株)は,東北電力(株)と共同で,工事成立性検証を実施するとともに,3D Plant Viewerやエリア管理ツールなどをほかの工事会社と共用して配置設計や作業エリア確保を図っている。また,再稼働リスクの低減活動を関係者が一体で推進している。

黒田 理知・日隈 幸治・長谷川 学・小岩井 正俊

原子力発電プラントの再稼働後は,安全を最優先とした安定運転と設備利用率向上の観点から,運転状態の監視,及び最適な保全計画の立案と効果的な実行が重要になる。

東芝エネルギーシステムズ(株)は,原子力発電所構内に,電力事業者の運営技術と当社のフィールド・設計技術の緊密な連携を可能にする仕組みとして,運転&定期検査(以下,定検と略記)管理センター(O&OCC)を設置する検討を進めている。O&OCCでは,プラント設計や,支援経験と人工知能(AI)技術などを用いた分析・評価ツールの開発で,効果的・効率的なプラント運営に貢献する。また,点検・保全・更新に最新技術を導入することで,プラント信頼性を確保しつつ,発電量の最大化を目指している。

三木 佑介・前原 尚裕・鈴木  淳

東芝エネルギーシステムズ(株)は,原子力発電プラントメーカーとして原子燃料サイクルの確立に向けた中核プラントである,日本原燃(株)の六ヶ所再処理工場の設計,建設に携わり,低レベル廃棄物処理・貯蔵施設や制御建屋のような施設全体から,清澄機や燃焼度計測装置(BUM:Burn-up Monitor)のような再処理特有の重要設備まで,幅広く納入してきた。また,福島第一原子力発電所の事故後,安全性に関する規制基準が改正されたことを受けて,現在,再処理工場のしゅん工に向けて,納入した施設や設備の新規制基準に対する適合性評価と改造工事によって安全性を更に向上させる取り組みを進めている。

松本 圭司・米田 哲也・青木 保高・後藤 圭太

2011年3月に発生した東日本大震災による東京電力ホールディングス(株)福島第一原子力発電所の事故で,現在も多くの周辺住民が避難生活を余儀なくされている。これを受けて国内では,新規制基準の施行に伴って既設炉には多くの動的安全設備や外部特定重大事故等対処施設(特重施設)が追加された。新設炉には更に経済性も大きな課題となっている。

東芝エネルギーシステムズ(株)は,大規模自然災害に対する深層防護を考慮した安全設計を徹底した革新軽水炉iBRの開発を進めている。万一の過酷事故(SA)時でも,緊急避難不要かつ長期移住なし,及び外部支援なしで静的安全系による7日間のグレースピリオド(運転員の操作が不要で安全を確保できる期間)が達成可能である。また,建設実績のある改良型沸騰水型原子炉(ABWR)をベースとし,建設が容易で経済性の高いプラントを実現できる。

藤原 斉二・浅野 和仁・高山 智生

高温ガス炉(HTGR)は,高温耐性を持つセラミックス被覆燃料によって,炉心溶融を回避可能な安全性を備えた原子炉である。700 ℃を超える高温の熱利用が可能で,発電だけでなく水素製造や産業プラントへの熱供給などが期待でき,各国で開発が行われている。我が国でも2030年代の実証炉建設計画が進められている。

東芝グループは,HTGRの早期実用化に向けた研究開発を推進している。ベースロード発電に加え,再生可能エネルギー(以下,再エネと略記)などによる電力需給変動への対応や,産業・民生・運輸部門の熱利用分野への多様化を実現するため,蓄熱システムを備えた発電システムを富士電機(株)と共同で検討するとともに,高温水蒸気電解による水素製造システムの検討に取り組んでいる。

山崎 之崇・山本 雄司・北川 大二郎・有馬 由紀

エネルギー安全保障の確保とカーボンニュートラルを両立できる手段として,世界では,小型炉から大型炉までの多様な原子力発電プラントの建設需要が増加している。

東芝エネルギーシステムズ(株)は,国内の沸騰水型原子力発電プラント(BWR:Boiling Water Reactor)の建設や運転・保守で培った技術に基づき,加圧水型原子力発電プラント(PWR:Pressurized Water Reactor)も含めて多種の機器,運転・保守サービスを世界に提供している。特に大型PWRの建設では,福島第一原子力発電所の事故以降に着工したプラント8基に対してタービン・発電機設備を供給している。これまでの大型炉の経験や火力発電向けタービン・発電機の豊富な知見と経験を活用することで,継続して信頼性の高い機器と運転・保守サービスを提供し,世界のカーボンニュートラルの実現に貢献していく。

岩城 智香子・久保 達也・春口 佳子

東芝エネルギーシステムズ(株)は,これまで培った原子力分野の基盤技術をベースに,社会的要請に応える革新的原子力システムの構築と同時に,他分野への展開も推進している。

炉物理と熱流体の技術をベースに,固体減速材と熱サイフォンの採用で自律的な炉停止と高安全性を達成する,独自の超小型炉MoveluX™のコンセプトを,また,材料技術をベースに,軽水炉の更なる安全性・経済性向上に向け,炭化ケイ素(SiC)の耐食性改善や,フェーズドアレイ超音波探傷データの画像判定技術などを確立した。更に,放射線計測技術を応用して宇宙線ミュオンを用いる計測手法を開発し,燃料デブリ監視への適用のほか,インフラ工事のモニタリングなどへの展開を進めている。

一般論文

石口 翔太・今野 純也

鉄道変電所において,電気車に直流(DC)電力を供給するため,ヒートパイプ自冷式シリコン整流器が広く使われている。経年による機器更新の場合,変電所屋内の設置スペースの制約などで更新が困難なケースが生じていた。

そこで東芝グループは,小型・ 軽量化を図った屋内用コンパクトシリコン整流器を開発し,初号機を阪急電鉄(株)大山崎変電所に納入した。設置スペースの制約から更新が困難な屋内変電所であったが,従来製品に比べ約40 %小型・軽量化したコンパクトシリコン整流器の採用で,今後更新が予定されるほかの変電機器の設置スペースを確保した上での更新が可能になった。

丹後 俊宏・吉野 忠行・千見寺 隆光

携帯システムの通信方式は,従来の4G(第4世代)から高速・大容量伝送の5G(第5世代)へと移行が本格化している。

東芝インフラシステムズ(株)は,基地局からの電波を光ケーブルで分配して通信エリアを拡張するための分散型アンテナシステム(DAS:Distributed Antenna System)を開発してきたが,今回4G・5G対応のDAS装置及び運用・保守を行うDAS監視システムを開発した。DAS装置では,親機のスロット構造化と機能分割した実装ボード,及び汎用性の高いRF(Radio Frequency)トランシーバーICの採用により,ハードウェア(HW)の設計プラットフォーム化を実現した。また,新開発の5G TDD(Time Division Duplex)信号のタイミング検出機能と,子機パワーアンプ特性の最適化で,無線特性が標準化規格に十分準拠することを確認した。DAS監視システムでは,OSS(Open Source Software)を中心に構成することで,ランニングコスト低減と品質を両立させた。

江藤 雅哉・工藤  力・田中 和幸・高原 勝彦

近年,化粧品メーカーなどにより,エンドユーザー向けの肌解析サービスが提供されている。肌解析には高価な機器や専門家の作業が必要で,コストが掛かる問題があった。

そこで東芝デジタルソリューションズ(株)は,(株)ファンケル(以下,ファンケルと略記)とともに,同社独自の肌解析サービスである“角層バイオマーカー® 解析”を自動化するために,肌の角層画像から細胞形状やバイオマーカー値を推定するAIモデルを開発した。このAIモデルを,東芝アナリティクスAI“SATLYS(サトリス)”のAI共通基盤で提供することにより,インターネット経由でアクセスして数十秒で結果を得られるので,肌解析サービスの時間短縮とコスト削減が可能になった。

寺島 芳樹・今井  功・横山 悠平

近年,センサーなどのIoT(Internet of Things)機器データを活用するために,クラウドサービスが広く利用されている。クラウドサービスの利用では,ハードウェアなどの基盤の品質は事業者側で,構築したシステムの品質は全てシステム構築者側で責任を持つ。このため,クラウドシステムの構築とその運用において,セキュリティーの確保は重要な課題となる。

東芝グループは,大量のIoT機器からのデータ収集・遠隔操作機能などを提供する東芝IoT基盤サービスHABANEROTS(ハバネロッツ)を開発し,運用している。今回,HABANEROTSのセキュリティーを確保して継続的な運用をするためのセキュリティー監視システムを開発し,IaC(Infrastructure as Code)によるセキュリティー監視システムの管理とその監視運用の体制を構築した。

緒方 啓史・木見田 康治

東芝は,従来の製品の製造・販売から,製品を介したサービス事業(PSS)に重心を移すサービス化を目指している。サービス化を進めるには,社内の専門領域が異なる部門間で知識・スキルを補い合って新たなケイパビリティー(組織的能力)を獲得する必要がある。そのためには,必要な知識・スキルの保有の有無について,複数の部門間で,情報共有することが求められる。

そこで今回,サービス化に必要なケイパビリティーのうち,デザイン部門が現在保有する知識・スキル情報を評価し,他部門と共有できるようにサービス化能力マップとして可視化した。

R&D最前線

関口  慧

場所・時間ごとに変化する系統状態に応じて系統連系変換器を制御し,再生可能エネルギーや直流送電の安定運用を実現    

カーボンニュートラルの実現に向けて,再生可能エネルギーや蓄電池の導入,高効率な直流送電システムの構築が急速に進んでいます。系統連系変換器は,これらと電力系統との接続に不可欠ですが,場所・時間ごとに変化する系統状態によって系統と変換器の間に高調波共振が発生し,運転できなくなる問題が多数報告されています。そこで,変換器制御の特性を動的に調整することで,系統状態の変化にも対応し,高い安定性が得られる高調波共振抑制制御を開発しました。複雑化する系統にも円滑に系統連系変換器が導入可能となることから,電力系統の高信頼化に加え,再生可能エネルギーの増加にも貢献します。

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