活動事例

開発秘話

当社開発の製品や技術について、そのきっかけや開発過程のエピソードなどを紹介します。

「クリアランスレベル測定装置」
- 廃棄物中の極微量な放射能を測る -

「クリアランスレベル測定装置」って何?

放射性物質を扱う施設で発生する廃棄物に含まれる放射能を測定し、ある値を超えたものは「放射性物質として管理する必要のあるもの」、それ以下であれば「放射性物質として扱う必要のないもの」と定義して、後者を一般の廃棄物として処分できる制度の運用が始まりました1)。この制度をクリアランス制度と呼び、判定するレベルをクリアランスレベル、使用する装置を「クリアランスレベル測定装置」といいます。
クリアランスレベルは、放射性物質を扱う施設や測定装置のメーカが勝手に決めるものではなく、「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」で決められています。クリアランス制度ができた背景や詳細については、文献1)2)3)を参照してください。

クリアランス制度では、主に放射性物質を扱う施設を解体して発生した廃棄物を想定しています。このため、廃棄物を集めてきて順次トレイに載せて測定する据置型のクリアランスレベル測定装置を最初に開発しました(写真1)4)。しかし、大型機器や建物の場合は対象物の汚染を調べてから解体する方法も行われるため、その場合は据置型では対応できません。そこで、据置型だけではなく、手に持って放射能を確認できる可搬型クリアランスレベル測定装置を開発しました(写真2)5)

ここでは可搬型クリアランスレベル測定装置を開発した時のエピソードを紹介します。

写真1 据置型クリアランスレベル測定装置
写真1 据置型クリアランスレベル測定装置

写真2 可搬型クリアランスレベル測定装置
写真2 可搬型クリアランスレベル測定装置

測定に際しての課題 - 天然の放射線がじゃまをする

クリアランスレベルは、放射性物質として扱う必要のないことを判定するレベルなので、非常に低いレベルが要求されています6)。我々の周囲には宇宙からの放射線や地面からの放射線があり、これら天然の放射線のことをバックグラウンドと呼んでいます。クリアランスレベルは非常に低い放射能レベルの測定であるためバックグラウンドの影響を受けてしまいます。開発に際してはバックグラウンドの影響を受けなくするために2つの工夫をしました。

工夫1---バックグラウンドだけを減らす

放射線センサは、廃棄物からの放射線とバックグラウンドを検出していますが、バックグラウンドの影響をなくす方法は、放射線センサが検出する放射線のうちバックグラウンドだけを減らすことです。通常は、放射線の遮蔽効果がある鉛のような重い物質で覆ってバックグラウンドを減らしますが、重い物質を用いた遮蔽を行うと持ち運びができなくなるため、遮蔽以外の方法が必要です。

バックグラウンドは放射線センサの大きさに比例します。そこで放射線センサの寸法を小さくすることにしました。全体の感度が低下すると意味がないので、放射線センサ全体の寸法はそのままで、小さな放射線センサに分割した構造としました(図1)。放射線センサをn分割するとバックグラウンドは1/nに減ります。放射線センサの面積を小さくすると廃棄物からの放射線も減るので、放射線センサの寸法を変えて解析と実験を繰り返し、廃棄物からの放射線とバックグラウンドとの比が大きくなる寸法を決定しました。

図1 放射線センサの分割例(3分割)
図1 放射線センサの分割例(3分割)

放射線センサとしては平板状のプラスチックシンチレータを使用しています。プラスチックシンチレータというのは、放射線があたると発光するプラスチックのことで、発光した光を電気信号に変換して測定します。光を電気信号に変換する部分には光電子増倍管という高感度の光検出器を使っています(図2)。これまでの検出器はプラスチックシンチレータの隅々で発光した光を捉えられるように、大きな受光面を持つ光電子増倍管を用い、ライトガイドで接続していました。このため分厚く、分割すると光電子増倍管が増えるのでさらに重くなります。これではせっかく放射線センサの寸法を小さくしてバックグラウンドを減らすことはできても可搬型には不向きです。このため薄く、軽量な検出器構造を考案する必要にせまられました。

図2 光電子増倍管を用いた検出器の構造
図2 光電子増倍管を用いた検出器の構造

どうしたものかとあれこれ考えているうちに、手元にあった色つきのアクリル板の側面が明るく光っていることに目が止まりました。商品ディスプレイや展示会でのネームプレートに使用する黄色や緑色をした蛍光アクリル材で、光を受けて蛍光を出し、刻んだ文字や板の側面が特に明るく光ります。よく見ると平板状のプラスチックシンチレータも上下面ではなく、側面が青白く光っていることに気がつきました。プラスチックシンチレータ内の光の伝播特性を解析した結果、光がプラスチックシンチレータ内を反射して側面に伝わっていることがわかりました。そこで、プラスチックシンチレータの側面で光を集める方法を検討しました。検討の結果、光を吸収して再発光する波長シフト材を側面に配置し、再発光した光を口径の小さな光電子増倍管まで伝播させることで効率良く充分な感度で光を検出することができるようになりました(図3)。こうして分割構造で、薄型で軽量な検出器が実現できました。

図3 波長シフト材を用いた検出器の構造
図3 波長シフト材を用いた検出器の構造

工夫2---バックグラウンドだけを計って差し引く

バックグラウンドの影響を減らすために、もう一つの工夫を考えました。バックグラウンドは場所により変動しています。可搬型の場合は装置を移動するので測定する場所によりバックグラウンドの変動を受けて計数が変動してしまいます。この結果、計りたい廃棄物からの放射線計数値がバックグラウンドの変動に隠れて検出感度が低下します。バックグラウンドだけを別に計数できればその値を差し引くことで廃棄物からの放射線による計数を正確に求めることができます。

薄く突起がない検出器構造とすることができたことから(図3)、それをもう一台用意し、密着して重ねあわせた2層構造とすることにしました。廃棄物からの放射線はα線、β線、γ線に分類されますが、可搬型のクリアランス測定装置はβ線を計測します。β線は透過する力が弱く1層目のプラスチックシンチレータ内で吸収されてしまいます。バックグラウンドはγ線で、透過力が強く1層目、2層目に同じ割合で入射します。こういう特性を利用すると1層目は廃棄物からの放射線(β線)とバックグラウンドを計数し、2層目はバックグラウンドだけを計数することになります。2つの値を差し引くことでβ線の計数だけを求めることができるので、バックグランドの変動を受けなくできるようになりました。こうしてバックグラウンドの影響を受けにくい可搬型のクリアランス測定装置を製品化し、既に放射性物質を扱う施設で使用されています。

α線で計測する新手法のクリアランス装置の開発

これまでにγ線で計測する据え置き型、β線で計測する可搬型クリアランス測定装置を開発してきました。現在はα線で計測するクリアランス装置の開発を進めています。空気中では数cmしか透過しないα線の、電離作用により発生したイオンを計測するもので、γ線で計測するときのように離れた位置に検出器を置いても、短時間で計測できるようになります7)
今後も常に現象を見つめ、向き合うことで新しい手法・原理に基づいた放射線計測装置の開発をしていく予定です。

参考文献