• 東芝レビュー 77巻4号(2022年7月)

特集:カーボンニュートラルに貢献する水素エネルギーソリューション

持続可能なカーボンニュートラル社会の実現に向けたソリューションの一つとして,水素製造・輸送・利用などの技術が世界中で提案され,実証試験が行われています。東芝グループは,長年培ってきた水素関連技術を基盤とし,水素の製造・貯蔵・利活用のほか,最適なエネルギーマネジメントなど,総合的な水素エネルギーソリューションを開発し,カーボンニュートラル社会の実現に貢献しています。この特集では,これらの最新技術を紹介します。

特集:カーボンニュートラルに貢献する水素エネルギーソリューション

佐藤 純一・斎藤 聡

近年,カーボンニュートラルに向けた動きが世界的に加速している。その実現のためには,再生可能エネルギー(以下,再エネと略記)の大量導入や,カーボンリサイクルなどの様々な技術を駆使して,多方面から総力を挙げて取り組んでいく必要がある。中でも,水素が果たす役割は極めて大きい。

東芝グループは,再エネ導入加速に向けたPower to Gas(P2G)ソリューション,水素の大量導入と低コスト化に向けた水素製造技術,水素の利用拡大に向けた燃料電池技術,及び二酸化炭素(CO2)の利活用に向けたPower to Chemicals(P2C)ソリューションなど,水素社会の実現に向けた水素エネルギー技術の開発とソリューションの提供を推進している。

中嶋 啓太・馬場 隼祐

東芝エネルギーシステムズ(株)は,国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託により,世界有数規模の10 MWの水素製造装置及び20 MWの太陽光発電(PV)設備を備えた水素製造施設(福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R))の開発・実証運用事業を,福島県浪江町で2016年に開始した。

2019年までに水素プラントの建設工事と試運転を完了し,制御システムの開発及びFH2Rへの実装後,2020年から制御システムを用いてデマンドレスポンス(DR)機能の確認などを目的とした実証運用を進めている。

吉永 典裕・菅野 義経・霜鳥 宗一郎

出力が変動し,かつ設置場所が偏在する再生可能エネルギー発電の電力を,水電解で水素(H2)に変換し,輸送・貯蔵して利用するPower to Gas(P2G)が注目されている。H2への変換技術であるPEM(Polymer Electrolyte Membrane)水電解は,変動する電力への追従性に優れているが,高効率及び長期耐久性を確保するために,高コストの貴金属触媒を大量に用いなければならない。

東芝グループは,スパッタリング法を使った独自のナノ構造制御技術及びH2リーク抑制技術を開発し,効率と耐久性を維持したまま,貴金属触媒の使用量を一般的なPEM水電解装置に比べて1/10に低減した。また,電解質膜に発生するしわを抑制した大型の膜電極接合体(MEA:Membrane Electrode Assembly)の製造技術も確立した。

吉野 正人・長田 憲和・長谷部 千人

カーボンニュートラルの実現に向けた動きの中で,再生可能エネルギー(以下,再エネと略記)発電電力を用いた二酸化炭素(CO2)フリーな水の電気分解(電解)による水素製造技術の開発・導入が加速している。

東芝エネルギーシステムズ(株)は,高温で水蒸気を電解することで高効率化が期待できる固体酸化物形水電解技術の開発を進め,小型のセルにて,既に電流密度0.8 A/cm2以上の初期電解性能と4〜5年の耐久性にめどを得ている。今回,安価な構成材料を適用した改良仕様のセルを用いて,従来仕様セルと同等の初期電解性能を達成した。また,500 kW級電解システムの設計及び製造プロセス開発を推進しており,大規模水素製造システムの早期実用化を目指している。

干鯛 将一・小笠原 もも・永田 優作・佐々木 広美

カーボンニュートラル実現の世界的な潮流の中で,中国では水素エネルギー利用技術の開発が注目されている。

東芝エネルギーシステムズ(株)は,中国広州のMore Hydrogen Energy Technology Co., Ltd.(MOH社)のメタノール改質型燃料電池システム向けに,5 kW燃料電池スタックを開発した。家庭用燃料電池システム“エネファーム”で実績のある燃料電池セルをベースに開発することで,高い耐久性を実現した。混合ガスでの性能確認及び加速試験による耐久性試験を実施し,MOH社のメタノール改質型燃料電池システムに適用可能であることを確認した。

澤本 徳達・鈴木 孝志・山形 康一

東芝エネルギーシステムズ(株)は,燃料電池増産に対応するため,2020年9月に製造拠点を移転し,生産能力の強化とともに,品質向上を目指した製造改革に取り組んでいる。燃料電池の製造プロセスで起こる品質・生産・安全面のトラブルを未然に防止できる製造ラインを構築するため,IoT(Internet of Things)技術によってリアルタイムに取得した様々なデータを情報化し,AIを活用して異常兆候などを自動で検知し,現場でのPDCA(Plan-Do-Check-Act)サイクルの高度化・自動化が可能なスマートファクトリーを目指して活動している。

水口 浩司・尾平 弘道・花井 哲

2050年のカーボンニュートラル実現に向け,再生可能エネルギー(以下,再エネと略記)の主力電源化や,電動化,水素の社会実装への取り組みなどが大きく前進すると予想される。一方で,製造過程で二酸化炭素(CO2)排出量の削減が難しい化石燃料由来の化成品やモビリティー燃料などは代替品が必要になる。

そこで東芝エネルギーシステムズ(株)は,排ガスや大気中のCO2を再エネで電気分解(電解)して一酸化炭素(CO)に変換するCO2電解技術で,COとグリーン水素(H2)を合成して化成品や合成燃料などを製造するP2C(Power to Chemicals)の実用化を推進している。P2CのコアとなるCO2電解技術として,燃料電池用製造設備を活用したセルスタック型高スループット電解装置及びモジュールを開発しており,2030年には年間数万トンレベルのCO製造を目指している。

長田 憲和・市川 長佳・犬塚 理子

二酸化炭素(CO2)排出量の大幅な削減に向け,CO2を炭素の資源として利用する高温電解技術が注目されている。

東芝エネルギーシステムズ(株)は,高効率水素製造装置用として固体酸化物形電解セル(SOEC)を開発している。今回,SOECをCO2と水(H2O)を同時に電解する共電解技術へ適用するため,主反応及び副反応を含めた共電解電極上で起こる反応解析を実施した結果,電極組成によってCO2及びH2Oの還元率が異なることを明らかにした。また,高温水蒸気電解用の大規模システム向けに開発したニッケル–ガドリニア添加セリア(Ni-GDC)電極が,共電解用電極として高い性能を示すことも明らかにした。

熊澤 俊光・板倉 昭宏・佐藤 航大

水素は,エネルギーを長期間かつ大量に貯蔵できることから,再生可能エネルギーを活用したカーボンニュートラルの実現に向け,水素関連技術の開発が各国で進められている。

東芝グループは,水素燃料電池や,水素製造装置,蓄電池などの装置開発を進め,これらを組み合わせた水素エネルギー供給システムを製品化し,納入している。今回,水素エネルギー供給システムに求められる導入効果を,提案・設計段階で可視化する技術を開発した。評価シミュレーターとして整備したことで,顧客への迅速かつ適切なソリューション提案が可能になった。

一般論文

峯野 勝也・宮本 陽

近年のIT(情報技術)化の進展によって,急速に増加するデータ処理量・通信量に対応するため,大規模なDC(データセンター)の建設が世界各地で進められている。大規模化に伴う電力消費量の増加に対応するため,従来に比べUPS(無停電電源装置)の大容量化が求められている。

そこで東芝インフラシステムズ(株)は,大規模DC向けに1,000 kVA超の装置容量を持つモジュラーUPS TOSNIC™-U350を開発した。高信頼性を実現するモジュラー構成の採用や,DC全体の電力使用効率を向上させる高効率運転,三相4線400 V配電方式に対応可能などの特長を備えている。

大野 博司

様々な製造工程で加工中又は加工後の製品表面の3次元形状を,撮像装置で取得した複数の画像から算出し,非接触で外観検査を行う方式が広く普及している。しかし,従来の撮像方式では,製品表面のミクロンサイズの微小形状を鮮明な画像にすることが難しく,形状識別ができなかったり,見落としたりするという問題があった。

そこで東芝は,微小形状からの反射光の方向成分をカラーマッピングして鮮明な画像を取得し,その1枚の画像から3次元形状を算出する技術を開発した。試作機による実験で,微小な3次元形状を瞬時に計測できることを確認した。

清水 洋介・宮崎 健太郎・齊藤 真拡

従来,製造ライン構築時の設計レビューは図面を用いて実施されていたが,現場作業者の視点から作業性を確認することが不十分で,製造ラインの立ち上げ時にレイアウト変更などの後戻りが発生するリスクがあった。

東芝は,この問題を解決するため,製造ラインの設計レビューにVR (Virtual Reality)技術を採用し,製造ライン全体の配置を確認できる機能とともに,VR空間内で手の位置を認識できる機能や,設計を修正できる機能などを備え,実作業に近い感覚で作業性を確認可能な設計レビュー手法を開発した。量産ラインの開発に適用した結果,作業者視点で事前に修正することにより,後戻りのリスクを排除できることを確認できた。

鈴本 悟・中島 暢康・池田 和史

工場やインフラ設備の運用・メンテナンス(O&M)向け監視システムでは,監視対象の設備や業務が運用中に変更されるため,監視画面のユーザーインターフェース(UI)を変更状況に応じて容易にカスタマイズできることが求められる。

そこで東芝グループは,監視画面で共通に必要となるUI部品を備え,ローコードで監視画面を開発できるUIフレームワークを開発した。このUIフレームワークは,分かりやすいユーザー操作や,最小限のプログラミングによる画面のカスタマイズ,Webブラウザー上で動作することなどの特長があり,監視システムの規模拡張が容易なクラウドサービスとして提供することを予定している。

R&D最前線

山下 道生

移動ロボットの走行ルート・スケジュールを自動生成する技術と,仮想的な経由点を設けた交差点通過順序を制御する技術で,渋滞や衝突なく多数の移動ロボットが効率的に搬送業務を実行

労働人口の減少が深刻化する中,自律性を持たせた移動ロボットの活用が期待されています。多数の移動ロボットを運用・管理するシステムでは,移動ロボット同士の順番待ちによる渋滞や鉢合わせによる衝突などにより,システム全体の作業効率が低下します。

東芝は,搬送業務を行う大規模なシステムをモチーフとして,状況に応じて走行ルート・スケジュールを生成する技術,仮想的な経由点を設けた衝突回避技術,及び交差点の通過順序を管理する技術を開発しました。開発したこれらの技術を運行管理システムに搭載することで,多数の移動ロボットが渋滞・衝突することなく搬送業務を効率的に実行し続けることを,実機の移動ロボットで検証しました。

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