• 東芝レビュー 77巻1号(2022年1月)

特集:デジタル変革を支える次世代の計測・制御システム

製造業や社会インフラを取り巻く環境が変化し,現場のスマート化が求められる中,DX(デジタルトランスフォーメーション)を実現するために,計測・制御システムの役割はより重要になっています。計測・制御システムが取得した現場のデータを,生産・業務効率の向上や意思決定に役立てるために,東芝グループは,エッジリッチとクラウドコンピューティングの技術を進化させています。長年培ってきた技術基盤を生かした,データ解析能力の向上や,仮想化技術による情報処理とリアルタイム制御の機能統合,現場の作業員の負担を軽減するリモート監視・操作などの最新技術を紹介します。

特集:デジタル変革を支える次世代の計測・制御システム

阿南 和弘・佐藤 光永・高柳 洋一

製造業や社会インフラで用いられる計測・制御システムは,IoT(Internet of Things)隆盛の時代から更なるDX(デジタルトランスフォーメーション)による変革の時代を迎えている。IoT技術により,現場機器はネットワークに接続されて様々なデータが収集可能になり,クラウドコンピューティング技術を応用したデータ利活用も始まっている。しかし現場では,老朽設備と新しい設備の混在によりリモート監視・操作の統合が難しい,サイバー攻撃やデータ漏洩(ろうえい)などの脅威といったDX化を阻む問題がある。

東芝グループは,これらの問題を解決するため,あやつり制御技術や,制御システムセキュリティー技術などを開発して,エッジリッチ化を進めてきた。そして,今後の現場のDX化や工場のリモート化を見据えて,エッジリッチ戦略(分散)で蓄積してきた技術とクラウドコンピューティング(集中)を連携させることで,更なる自動化・省力化を可能にする次世代の計測・制御システムの開発を加速している。

新沼 佳樹・稲荷 将・中村 隆樹

社会インフラ・産業分野における監視・制御システムや自動化システムなどでは,DX(デジタルトランスフォーメーション)の進展に伴うクラウドシステムへの負荷集中の回避が課題となる。その解決には,フィールド機器から収集された膨大なデータを現場(エッジ)に分散配置された産業用サーバーなどで処理して制御を行う,エッジコンピューティングが有効である。

東芝インフラシステムズ(株)は,エッジコンピューティングに対応した産業用サーバーの最新機種としてFS20000R model 200/100(以下,FS20000Rと略記)を開発した。産業用途に求められる,製品の長期供給・保守や,高信頼性,耐環境性などの仕様・機能を備えるとともに,データ量の増大に対応した大容量化と,高度なデータ分析が可能なCPUアーキテクチャーで,従来機種に比べて約1.3倍の高処理速度化を実現した。また,AI技術の活用を想定し,並列処理に優れたGPU(Graphics Processing Unit)ボードの実装が可能な構造とし,拡張性を確保した。

村上 佳介・立野 元気・劉  榴

計測・制御システムは,スマート工場の実現に向けて,エッジリッチ戦略やクラウドコンピューティングを応用したデータ利活用を図ることで,DX(デジタルトランスフォーメーション)に対応するために進化し続けている。

東芝インフラシステムズ(株)は,従来の計測・制御システムをDX化する上でキーとなるコントローラー“ユニファイドコントローラVmシリーズ typeS”(以下,typeSと略記)を開発して提供し,更に機能・性能の拡充を続けている。また,DX化に向けた新たなクラウドサービスをユーザーに提供するため,リモート環境でのエンジニアリングを可能にして開発・運用効率を向上させる統合エンジニアリング環境“nV-Toolsクラウド”と,様々な機器やシステムでデータを利活用するための,顧客システムごとにデータを管理するプラットフォームを開発した。

飯島 拓也

流量計などのフィールドセンサーは,産業用途で広く使われているが,近年,センシング対象が現場作業員へと拡大され,管理者が各作業員の生体情報をリモートで計測して安全管理を行うニーズが高まっている。

東芝インフラシステムズ(株)は,温湿度といった環境データに加えて活動量や脈拍などのデータから作業員の暑さに対するストレスレベルを定量化できるリストバンド型センサー MULiSiTEN™(マリシテン) MS100を開発した。MS100は,動作の継続性や通信障害時におけるデータ欠損防止のため,ハードウェア及びソフトウェアを独自に開発して産業用途で求められる信頼性を確保し,高温環境下の各作業員の状態をIoT(Internet of Things)技術で総合的に管理することを可能にする。

川島 優樹・米川 栄・チャラ デ アポロニャ

鉄鋼・非鉄金属などの圧延ラインで板厚測定に用いられるX線厚み計は,圧延材の形状制御や品質保証に不可欠な計測機器である。X線厚み計の故障は圧延ラインの停止につながり,特に,X線発生器の故障では交換・調整に約1日を要するため,故障前に交換を促す機能が求められている。

東芝インフラシステムズ(株)は,X線発生器の管電圧・管電流データから,故障部位による異常発生パターンを独自のアルゴリズムで統計的に分析し,異常予兆を検出・通知する異常予兆検出システムを開発した。これにより,故障前に交換を計画することで,板厚測定中の故障リスクの低減とともに圧延ラインの安定稼働の実現が可能になる。

小笠原 時則・安藤 数馬

産業プラントの安全で安定な操業には,全ての管理対象の状態をリアルタイムに計測することが望ましいが,連続的な計測が困難な対象もある。近年,このような対象の状態を計測可能なデータを使って推定するソフトセンサー技術が注目されている。

東芝三菱電機産業システム(株)は,プラント監視・制御システムなどで連続的な計測が困難な対象の状態を,過去データの学習に基づいたモデルの構築によってリアルタイムに予測できるソフトセンサー技術を開発し,リアルタイムプロセス情報管理システム PLANETMEISTER(以下,PMDと略記)に搭載してリリースした。コンピューター機能を持つコントローラーに搭載すれば,プロセス制御での信頼性検証に適用が可能である。

岡本 真慶・馬場 穣・坂本 匡

鉄鋼・非鉄金属プラントでは,操業安定性と製品品質は,これまでも高性能・高信頼性の制御システムによって実現されてきたが,保守は,定期保全が中心でシステム的な予兆保全の実現には至っていなかった。予兆保全の実現には,コントローラーやドライブ装置で高速サンプリングした大量の信号をリアルタイムに処理・分析することが求められる。

東芝グループは,高速演算・解析機能が特徴の,コントローラー“ユニファイドコントローラVmシリーズ typeS”及びドライブ装置“TMdrive-10e3”を開発し,これらを用いた次世代制御システムを鉄鋼・非鉄金属プラントに適用することで,予兆保全の実現を進めている。

一般論文

柳町 武志・髙木 雅哉

製造業では,保有設備を最大限に活用することで,投資を抑えつつ生産量増加や品質向上を図っている。半導体やストレージ製品などの製造ラインには,複数台の装置を並列に設置した工程が数多く存在し,装置の性能差が製品品質を左右することから,生産量増加と良品率向上のトレードオフを考慮しながら,加工誤差が小さい装置だけを選んで使っていた。

東芝は,特定の装置組み合わせの実績データを基に,良品率向上に寄与する重要工程を選定し,複数工程間で実績データがない装置も組み合わせて使用することで,生産数を下げることなく良品率を向上させる装置組み合わせ適正化手法を開発した。量産工程を想定した数値シミュレーションにより,良品生産数が5〜20 %増大する結果が得られ,開発手法の有効性を確認した。

上田 紘司・笹川 憲二・藤田 崇

発電所や変電所などの電力インフラ施設では,少子高齢化に伴う人手不足を背景に,巡視点検業務の一部を自動化する省力化が検討されている。

東芝エネルギーシステムズ(株)は,あらかじめ設定した巡視ルートを定期的に走行し,計器類など点検対象の画像情報を自動的に収集可能な走行ロボットを開発した。施設内の巡視では,狭い通路の自律走行機能,点検対象の確実な撮影機能,及びロボットの異常発生時に巡視を中止して停止・帰還する機能が求められる。これらの機能を搭載した走行ロボットを用いた屋内外での実験の結果から,基本的な自律巡視機能の実現性を確認した。

津崎 修・藤岡 純・田内 亮彦

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)などの感染予防として,紫外線照射による細菌やウイルスの不活化に注目が集まっている。

東芝ライテック(株)は,Withコロナ社会に対応した,様々なシーンでクリーンな空間を提供可能なウイルス抑制・除菌・脱臭装置 UVish(ユービッシュ)を開発した。UVishは,ピーク波長280 nmの紫外線発光ダイオード(UV-LED)と可視光応答型酸化チタン(TiO2)を用いた光触媒技術により,高い抗ウイルス性能に加えて除菌・脱臭性能を達成している。また,設置が容易な小型・軽量筐体(きょうたい),繰り返し使用できる光触媒フィルターユニット,及び静音運転も実現した。

道庭 賢一・田中 孝浩・春木 耕祐

我が国では,1970年頃から高齢化率が急激に上昇し,生活習慣病の患者数が増加している。それに伴い,医療費が年々増加し,社会問題になっている。更に,人々の健康状態は,経済や企業の活動にも大きな影響を及ぼすことから予防医療への意識が高まり,健康経営に積極的に取り組む企業も増えてきた。

東芝は,医療費増加と予防医療に対応するため,人々の健康な生活を支える精密医療の領域に取り組んでいる。今回,定期健康診断データなどを基に,生活習慣病の発症リスクを予測する疾病リスク予測AIと,生活習慣改善を提案する生活習慣改善AIを開発した。前者で発症リスクを高い精度で予測し,それを基に後者で客観的な保健指導を行って行動変容を促すことで,生活習慣病の予防に貢献できる。

大橋 輝之・河野 洋志・飯島 良介

新世代のパワーデバイスであるSiC(炭化ケイ素) MOSFET(金属酸化膜半導体型電界効果トランジスター)では,寄生pn(p:p型半導体,n:n型半導体)ダイオードの動作時に生じる特性劣化に対応するため,SBD(ショットキーバリアダイオード)をMOSFETと同一チップに内蔵したSBD内蔵MOSFETの開発が進んでいる。しかし,SBD内蔵MOSFETは,寄生pnダイオードの動作を抑制できる上限の電流密度Jumaxが温度上昇とともに低下することから,高温でのクランプ能力向上が課題となっていた。

東芝グループは,SBD内蔵MOSFETの新たな等価回路モデルを導出し,これを用いてJumaxの更なる向上が可能なデバイス構造を設計するための手法を開発した。この手法で開発したデバイス構造を持つ3.3 kV系SBD内蔵SiC MOSFETを試作し,200 ℃におけるJumaxが従来構造の4.7倍に向上することを確認した。

R&D最前線

山口 晃広

誤検出・見逃しのリスク,及び学習データの信頼度を考慮して判定根拠を提示できる,時系列波形の異常診断技術を開発

インフラ・製造分野では,IoT(Internet of Things)の普及に伴って時系列波形データが大量に蓄積されており,AIを用いた波形診断のニーズが高まっています。これらの分野にAIを適用するには,専門家に判定根拠を提示できることだけでなく,誤検出のリスクや学習データの信頼度を考慮できることが求められます。

そこで東芝は,判定根拠の提示を必須要件とした上で,代表的な波形パターン(Shapelets)学習をベースに,誤検出・見逃しのリスクに応じた学習技術LTSpAUC(Learning Time-series Shapelets for Optimizing Partial AUC(Area Under the ROC(Receiver Operating Characteristic)Curve)),及びデータの信頼度に応じた学習技術RLTS(Robust Learning Time-series Shapelets)を開発しました。

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