特集:デジタル変革時代に進化し続ける計測と制御の技術
製造業の現場では,OT(制御・運用技術)とIT(情報技術)の融合がソフトウェアデファインドされた自動化システムへと進み,同時に生成AIの活用が加速しています。東芝グループは,クラウド技術と高い適応性を持つ制御技術を組み合わせ,OTサイバーセキュリティーに対応しながら,スマートマニュファクチャリング化を支える計測と制御の技術開発を進めています。
創業150周年記念シリーズ
清國 寿久
馬場 賢二
特集:デジタル変革時代に進化し続ける計測と制御の技術
高柳 洋一
阿南 和弘・関 錚錚・百武 博幸
計測・制御システムは,OT(制御・運用技術)領域とIT(情報技術)領域の融合(以下,OT・IT融合と呼ぶ)に伴い,データの利活用によるデジタルトランスフォーメーション(DX)が進んでいる。
情勢変化への迅速な対応や持続可能な社会への貢献といった時代の要請に応え,OT・IT融合は,生成AIなどの新たな革新技術を取り込みながら,機能要素のソフトウェアデファインド化により柔軟なシステム構成を可能とするシステム自動化(ソフトウェアデファインドオートメーション)の段階へと進む。同時に増大するセキュリティーリスクに対して,OTサイバーセキュリティーもますます重要になってきている。
東芝グループは,OT・IT融合を推進するOTコンポーネントやそれを応用して進化する計測・制御システムを提供し,製造業や社会インフラの技術革新に貢献する。
佐多 邦昭・坂田 真一郎・石井 賢・日下部 峻
作業の現場は,環境としては近年,暑さからの熱中症による救急搬送が増加傾向にあり,また事故としては長年,高所からの落下が最も多い。これらの対策は,安全な現場環境を実現する上で重要とされており,現場環境管理の改善がこれまで以上に求められている。
東芝グループは,現場環境管理で重要なファクターである暑さと落下に対し,リストバンド型センサーMULiSiTEN(マリシテン)で改善に応えられる。暑さは,ストレスのリスクを定量的にレベルとして表示・通知する機能を持つ製品MS100を提供してきた。落下は,今回,高所作業とその中での落下を検知・通知する機能を盛り込んだ新たな製品MS200を開発し,提供を開始している。
賀川 武・渡邊 慶典・山田 裕太
製造業の生産性向上を目指し,現場機器のデジタル化が求められている。現場機器から得られるデジタルデータをリアルタイムに収集・分析することで,効率的な製造プロセスの監視及び制御が行える。
東芝は,鉄鋼プラントの圧延ライン向けに,板状の被測定物の厚みをオンラインで測定する厚み計を提供している。今回,高速かつリアルタイムにデータ伝送を行える情報・制御ネットワークTC-net 100による厚み計と制御機器間の接続を実現するためのアプリケーションインターフェースライブラリーを開発した。これにより,リアルタイム性を維持しながら板厚測定値出力のデジタル化が図れ,圧延ラインのデジタルトランスフォーメーション(DX)化に貢献している。
林田 章裕・萩原 剛・村上 将一・市川 麻理子
製造業の労働生産性を向上させるため,製造業及び各種施設でのデータ利活用の推進が求められている。
東芝グループは,IT(情報技術)とOT(制御・運用技術)のデータ連携を可能とするコンポーネントを提供して,スマートマニュファクチャリングを推進している。産業用コントローラーの制御機能をパブリッククラウド上に実装することで,リアルタイムかつセキュアに現場データを収集・分析・制御することを実現し,AI連携,リモート化,ライトアセット化を実証した。また,エッジ側だけで生産改善可能な産業用コントローラー及びシミュレーターのラインアップを拡充した。このシミュレーターにより,CPS(サイバーフィジカルシステム)向けの高度なシステム開発を,上流工程の実機がない段階から,下流工程の実機レストレーニングまで支援できる。現場でOTデータを収集,蓄積,分析する要となる産業用コンピューターの適用も進んでいる。
久保田 馨・安藤 数馬
製造現場では,人手不足の解消のため省人化が求められている。その解決策の一つとして,AI技術を適用した,製造工程の異常検知の自動化が進められている。更に,異常検知の結果を取り込んで制御に役立てる需要もあるが,この実現にはデータ連携のリアルタイム化が課題である。
(株)TMEICは,AIシステムの開発と,制御システムの開発を並行して進めてきた。AIシステムについては,製造システムに特化した独自アルゴリズムを開発し,異常要因分析の精度向上と,適用範囲の拡大を実現した。また,制御システムについては,コンピューター機能を搭載したコントローラー,及びAIシステムなどのデータに自由にアクセス可能なサーバーシステムで構成した,東芝製の統合制御システムを活用して,データ連携のリアルタイム化を進めている。
一般論文
林 和宏・ディネッシュ クマー・田中 明良
近年,サイバーセキュリティーに対する脅威がますます高まり,産業用オートメーション及び制御システム(IACS:Industrial Automation and Control System)でも,脆弱(ぜいじゃく)性への攻撃が急速に増加している。IEC 62443-4(国際電気標準会議規格62443-4)は,IACSのセキュリティーを確保する国際標準規格であり,特に機器・コンポーネントのセキュリティー要求事項を定義している。
東芝は,東芝グループ製品向けOS(基本ソフトウェア)である東芝LinuxⓇディストリビューション“Skelios”において,IEC 62443-4に対応するため,OSS(オープンソースソフトウェア)コミュニティと共同で,具体的な技術とプロセスを導入して組み込み機器のセキュリティー強化に取り組み,IEC 62443-4-1規格の第三者機関による適合確認を取得した。
小林 和也・赤木 裕一郎・松田 克己
デジタルアイソレーターは,電気的絶縁が必要な機器の通信・制御で安定動作を支える重要な役割を担っている。その消費電力はシステム全体のエネルギー効率に影響を与えるため,カーボンニュートラルの実現に向け,産業や車載機器など広範なシステムで,低消費電力化は重要な課題とされている。
東芝デバイス&ストレージ(株)は,民生用から産業・車載用まで,デジタルアイソレーターの低消費電力化を進めている。今回,新規回路を採用し,小型低消費電力4チャネルロジックを開発した。伝送データレートが1 Mビット/sで0.165 mA,25 Mビット/sで2.6 mAと,低消費電力であることを確認した。
山下 恭平・木原 洋平・鷹股 光
固体高分子型燃料電池は,様々な用途への実用化が進んでいる。近年は,トラック・バスなどの比較的大出力・高耐久が要求されるHDV(Heavy Duty Vehicle)用途への展開が期待されている。
東芝エネルギーシステムズ(株)は,高耐久性が特長である独自の内部加湿方式の固体高分子型燃料電池スタック(以下,内部加湿型スタックと略記)を製品化し,これまで定置用途に適用してきた。更に,高出力密度化・低コスト化により,HDV用途への適用拡大を目指している。セル性能向上に向けた開発として,1D(1次元)モデルシミュレーションにより,セル部材の物性値に基づくセル性能予測を行った。その結果,新規候補材料の採用により,現行製品の約4倍の電流密度を実現できることを示した。
和田 卓久・小澤 優太
近年,気候変動により世界中で降雹(ひょう)による被害が急速に増加しており,降雹予測技術の開発が急務となっている。従来技術では,降雹を予測したのに実際には降らなかった例(空振り)が多く,信頼性に改善が必要であった。また,降雹は短期的かつ局所的な気象現象のため観測データの数が十分ではなく,降雹予測の精度評価が困難であった。
そこで,東芝グループは,3次元空間の降水粒子の種類を,混合ガウスモデルを用いて判別することで,空振りを抑えた降雹予測技術を開発した。また,社会に広く定着しているSNS(Social Networking Service)の投稿情報を活用した,降雹予測精度の評価指標(予測成功率(注1)と過剰予測率(注2))を考案し,降雹予測技術の開発に生かした。開発した予測技術を用いて実証実験を行い,予測成功率98 %,過剰予測率12 %の精度を確認した。
(注1)降雹を観測したSNS投稿を予測できたかどうかを示す指標。
(注2)過剰に降雹予測アラートを生成したかどうかを示す指標。
R&D最前線
清水 暁央
深層学習とはんだ接合部の寿命予測技術を組み合わせ,実装基板の部品配置設計案の長期信頼性を瞬時に評価
製品開発では,開発コスト削減や目標開発期間遵守を優先して,長期信頼性を十分に評価できない場合があります。東芝は,電子部品のはんだ接合部を対象とした寿命予測技術と,深層学習を活用して構築した二つのサロゲートモデルによるシミュレーション結果予測技術を組み合わせ,実装基板の長期信頼性を瞬時に評価できる技術を開発しました。これにより,従来のシミュレーション結果に対し,誤差10 %以内での寿命予測結果を数秒以内で得られることを確認しました。
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