• 東芝レビュー 78巻5号(2023年9月)

特集:データの力で一人ひとりに寄り添う昇降機

昇降機業界では,安全・安心の追求や大容量高速化などに加え,DX(デジタルトランスフォーメーション),CX(顧客体験価値)技術に,各社が注力しています。東芝エレベータ(株)は,安全で高性能な昇降機を開発するだけでなく,運転中に得られるデータなどの活用により,“一人ひとりに寄り添う” 快適な昇降機を提供し,新たな価値の創出に取り組んでいます。この特集では,当社が磨き続けてきた昇降機技術をご紹介します。

特集:データの力で一人ひとりに寄り添う昇降機

浅見 郁夫

建物の高層化,大型化が進む中,様々なニーズの変化に俊敏に対応していくため,エレベーターやエスカレーターなどの昇降機は,社会インフラとして継続的な進歩が求められている。

東芝エレベータ(株)は,「安全・安心の,その先にある笑顔の実現へ。」をミッションに掲げており,昇降機は,CPS(サイバーフィジカルシステム)の中で重要な役割を担う存在へと変化していく必要がある。このため,DE(デジタルエボリューション)・DX(デジタルトランスフォーメーション)を活用することで,昇降機の安全・快適を更に追求していくとともに,他システムと連携させた“つながる昇降機”として,関係する全ての人に,新しいCX(顧客体験価値)を提供することに取り組んでいる。

木村 和生・会津 宏幸・石井 浩一

東芝エレベータ(株)は,重要な社会インフラであるエレベーター・エスカレーター(昇降機)を長年にわたり提供してきた。その知見に加えて,昇降機をCPS(サイバーフィジカルシステム)の構成要素と考え,フィジカル空間にある昇降機をサイバー空間とつなぐことで,安全・安心・快適・便利の提供に向けて様々な取り組みを進めている。その中で,エレベーターを,ビルや街のデータを収集するセンシングポイントとして,更に,利用者に情報を届けるサービスポイントとして捉えることで,“一人ひとり”に寄り添い,つなぎ,心躍る体験の共有を実現する,Elevator as a Service(EaaS)を推進している。

今回東芝グループは,ソフトウェアディファインド技術を適用した制御システムを開発し,エレベーター稼働開始後における,タイムリーな機能アップデートを可能にした。また,サービスポイントの一つとして,デジタルサイネージシステムを商品化した。

田中 和宏・近藤 昇平・渡邉 雄太

地震発生時の早期復旧やコロナ禍での感染拡大防止など,エレベーターをより安全・快適に使用したいという利用者のニーズが高まっている。

これに対応するため,東芝エレベータ(株)は,地震発生後に自動で診断・仮復旧運転を行う機能を強化した“自動復旧運転機能プラス(検出精度向上仕様)”や,ボタンに触れずにエレベーターを操作する“非接触ボタン(センサー組込形)”を開発した。これらの新技術により,エレベーターの安全性と快適性の更なる向上を実現した。

高草木 康史・田原 真介・横山 裕基

エレベーターのガイドレールの据付工事は,作業者の熟練技術を必要とするが,据付現場では,少子高齢化と働き方改革による人手不足が問題になっており作業時間の短縮が求められている。

そこで,東芝エレベータ(株)は,安全性と作業性を向上させる要素技術を開発した。ブラケットの接合では,ドリルねじによる溶接レス工法を開発し,強度を保ちつつ作業の負担やリスクを改善した。ガイドレール調整技術では,レール調整最適化手法を開発し,乗りかごの水平振動を最小化するように調整位置を自動計算することで,作業負荷軽減と乗り心地改善を両立した。更に,自動化技術として,可搬性と作業性を両立したロボットアームを製作し,様々な現場環境に対応したボルト位置検出や,熟練作業者の臨機応変な施工技術を再現する制御を実現した。

北岡 恭治・木下 英治・名和 誠

東芝エレベータ(株)は,電子デバイスを活用した,保守フィールド業務の効率化を以前から行ってきた。しかし一方で,安全作業の遵守や作業項目の確実な履行管理など,保守員への統制的管理も必要である。

そこで,音声認識技術を活用して,効率化と統制の両面を兼ね備えた保守フィールド作業のモバイルシステムを開発した。また,IoT(Internet of Things)・ICT(情報通信技術)化への施策として,自社の保全活動への活用だけでなく,コロナ禍やリモート環境下でも,昇降機状態や報告書などを顧客へ電子媒体で提供できるよう,顧客向けの付加価値サービスシステムの活用展開も開始した。

矢崎 雄一・渡辺 尚央

昇降機は現代社会で,高層ビルや地下鉄の駅など,高低差のある場所での移動に欠かせない存在になった。過去の利用者事故や,故障によるエレベーターかご内への閉じ込めなどを防ぐために,重要な制御回路の二重化やブレーキ動作の監視など,機器の安全性向上対策が重要になっている。併せて,修理やメンテナンスのための運行停止時間(ダウンタイム)を短縮する要求も高まっている。

東芝エレベータ(株)は,昇降機製品の更なる品質向上のために信頼性評価技術を開発し,安全・安心な製品を提供するとともにダウンタイムを抑制することで,利用者の安全性と利便性の向上を図っている。

一般論文

有田 圭吾・林 祐輔・高尾 和人

再生可能エネルギーや蓄電池の導入を促進し,カーボンニュートラルを実現するため,電力系統との接続や電力制御に用いられる電力変換器(コンバーター)の高パワー密度(注1)化(小型化)・高効率化が強く求められている。

そこで東芝は,コンバーターを小型化するために,電界結合方式を適用した絶縁型DC(直流)–DCコンバーター(以下,電界結合コンバーターと略記)を開発した。電界結合方式は,キャパシターを用いて絶縁することが特徴であり,従来絶縁のために用いられて大きな体積を占めていたトランスを取り除くことで,小型化を実現できた。試作器により,最大98.8 %の高効率と,従来(磁気結合)器と比較してパワー密度を1.5倍の15 W/cm3へ大幅に向上できることを実証した。

(注1)出力電力値を体積で除したもの。小型化効果を表す性能指標。

村上 貴臣・寺本 圭一・前川 智則

蓄電池や太陽光発電などの分散電源を活用したエネルギーサービスでは,分散電源を構成する多種大量の機器を効率的,かつ,効果的に束ねることで,サービスの価値を高めることができる。そのためのプラットフォームには,マルチベンダー構成に対応したオープン化が不可欠だが,インターフェース標準化と商用システムへの適用に課題がある。

東芝グループは,個別機器制御やデマンドレスポンス(DR)に対応したAPI(Application Programming Interface)の標準化に取り組んでいる。APIをVPP(仮想発電所)向けプラットフォームに搭載する手法を開発し,低圧分散電源の監視制御やデマンドレスポンスなどのサービス連携を実現した。

金子 雄・本宮 拓也・丸山 ほなみ・志賀 慶明

再生可能エネルギー(以下,再エネと略記)の主力電源化に向けて施行されたFIP(Feed-in-Premium)制度では,再エネ発電事業者が計画値同時同量の責務を負うとともに,卸電力取引市場などを利用して電力を販売することが必要となる。このため,再エネ発電事業者を束ねてバランシンググループ(BG)を組成し,発電量予測や市場取引などの業務を代行することで,再エネ発電事業者の収益を安定化する,再エネアグリゲーターが求められている。

東芝エネルギーシステムズ(株)は,ドイツのネクストクラフトベルケ社と共同で,発電量予測や市場取引計画の作成,蓄電池の最適運転などのAIを搭載したシステムREBSet™を開発し,2022年に再エネアグリゲーションサービスを開始した。統合予測アルゴリズムの適用により,安定した発電量予測精度を実現し,太陽光発電(PV)での予測誤差の平均が約1.5 %であることを実証による性能評価で確認した。

鈴木 智之・廣畑 賢治・伊藤 安孝

人々の生活を支えるインフラ機器を安心・安全に使い続けるためには,入念な設計・製造だけでなく,運用中に異常の予兆を捉えて的確に保全することが重要である。しかし,異常発生メカニズムは複雑なため,センサーの異常波形を検知する従来技術では,原因の特定が難しかった。

東芝は,機器の温度を推定するシンプルな物理式を,複数の測定点温度の時系列データから自動生成する機械学習技術を開発した。物理式と現象は対応付けしやすいため,原因の特定が容易になる。詳細数値解析との比較検証を行い,生成された物理式は詳細数値解析によく一致する結果を短時間で算出できることを確認した。この技術で運用中に温度を推定して,その変化から異常予兆を検知することで,異常原因の特定も可能になる。

久連石 圭・村田 由香里・仲 義行

AIは高度で複雑な処理の実現が期待できるものの,出力に誤りが含まれることもあるなど品質を担保する上での問題も多く,AIを活用したシステム(以下,AIシステムと略記)の品質を保証することは難しい。

そこで東芝は,AIシステムの品質を保証するためのプロセス・技術体系を整備した。AIシステム特有の品質保証の観点をまとめたAI搭載システム品質保証ガイドラインをベースに,AI品質保証プロセスを定義し,品質評価に活用できる技術の開発を進めている。更に,品質保証活動の記録をAI品質カードに可視化する。これをAIシステム開発に適用することで,高品質なAIシステムを提供していく。

田村 正統・蛭田 宜樹・松本 剣斗

音声合成技術は,深層学習の導入により基礎技術が急速に変化し,新規参入のベンダーも含めて競争が激化している。

東芝デジタルソリューションズ(株)は,人の発声と遜色のない高音質の実現と,音声合成ミドルウェアToSpeakの機能性とを両立した新しい音声合成技術を目指し,深層学習に基づく次世代方式の開発を進めている。DNN(Deep Neural Network)コンパクト化技術を適用し,組み込み用途に利用可能な小サイズの実現とともに,逐次的な波形生成機能,韻律の作り込み機能,問題箇所の調整機能などを実装し,ビジネス応用での顧客要望に応えられる次世代音声技術を開発した。

R&D最前線

杉本 寛太

Cu2O太陽電池の特性を再現可能なデバイスモデルの構築により,高い変換効率を実現する最適構造を導出    

自動車や電車などモビリティーの電動化を実現するキーデバイスとして,太陽電池が注目されています。様々な機関が各種太陽電池開発を進める中,東芝は,コストと性能の両立が期待できる,亜酸化銅(Cu2O)をトップセルに用いたタンデム型太陽電池の研究開発を進めています。Cu2O太陽電池は積層構造であり,各層及び層界面の特性や太陽電池構造を適正化できれば高いエネルギー変換効率(以下,変換効率と略記)を実現できます。Cu2O太陽電池の性能向上に向け,実験値の再現及び設計やプロセスの改善指針を提示可能なシミュレーション技術を開発し,その結果から得た指針を試作に反映して,世界最高(注1)の変換効率9.5 %を実現しました。

(注1)2023年6月現在,透過型Cu2O太陽電池として,当社調べ。

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