活動事例

開発秘話

当社開発の製品や技術について、そのきっかけや開発過程のエピソードなどを紹介します。

「大型地熱蒸気タービン用ロータ材料の開発と実用化」
- 高出力・高効率化実現で地球温暖化の緩和に貢献 -

50t級大型地熱蒸気タービン用ロータの課題

近年、新エネルギー発電の一つとして、地熱発電の開発が進み、現在では世界の地熱発電容量は既に10GWeを超えています。特に近年、地熱蒸気タービンの単体の出力増加ニーズが高く、機器サイズも増大しています。今回、大型地熱蒸気タービンの心臓部品であるタービン用ロータ材料の開発と実用化について紹介します。

図1に、地熱発電システムおよび地熱蒸気タービンの一例を示します。東芝は、これまで1mass%Cr-Mo-V(1)系の低合金鋼(2)で数多くの地熱蒸気タービンロータを製造してきましたが、そのタービンロータの重量は、最大で30t級でした。

ところが、地熱蒸気タービンの大型化によりタービンロータの重量は最大で50t級となりました。製造過程に、ロータの元となる鋼塊(3)を作るプロセスがありますが、大型になると現行の化学成分では、鋼塊中心部の軸方向に沿って炭素(C)偏析(4)が増加し、その影響を受けて熱処理(焼入れ)の段階で鋼塊に焼割れ(5)が発生するリスクが高まります。また、炭素偏析が多くなりますと、その偏析が多い部分を切り捨てることになり、製品に供する鋼塊健全部が少なく、大型製造は困難となります。

地熱蒸気タービンは回転体であり、タービンロータに動翼が植え込まれて遠心力が掛かるため、タービンロータに対して高い強度と靱性が要求されています。強度と靱性の性質は高温状態から急冷させる焼入れという熱処理で得られます。しかしながら、現行の化学成分では、大型鋼塊の焼入れ時に水スプレー冷却を行っても、鋼塊中心部の冷却速度が十分に得られません。焼入れ性が十分に確保されないと、タービンロータの強度および靭性に影響を及ぼす所定の金属組織が得られません。焼入れ性を向上させるために、現行の化学成分を調整する必要があります。

一方、タービンロータは、硫化水素(H2S)などの腐食性成分を含む地熱特有の蒸気雰囲気に置かれるため、高い耐応力腐食割れ(SCC)性も要求されています。現行の化学成分を調整する際には、耐SCC性も考慮しなければなりません。耐SCC性および焼入れ性を向上させるために、一つの方法として化学組成に含まれるクロム(Cr)の含有量を増やすことが有効ですが、Cr含有量が3mass%以上になると、高速回転中にタービンロータを支える軸受部で凝着摩耗(6)を生じて摺動性が悪くなるリスクがあります。従って、軸受部の摺動性を確保するために、Cr含有量を一定レベル以下に制限する必要があります。

以上のことを踏まえ、図2に示すように、50t級大型地熱蒸気タービン用ロータ材料は、「強度・靭性」、「焼入れ性・炭素偏析」、「耐SCC性」、および「摺動性」の4つの要求特性をバランス良く満足させる必要があります。

図1 地熱発電システムおよび地熱蒸気タービンの一例
図1 地熱発電システムおよび地熱蒸気タービンの一例

図2 大型地熱蒸気タービンロータ材料の要求特性
図2 大型地熱蒸気タービンロータ材料の要求特性

(注1)クロム(Cr)の質量パーセントが1%で、金属組成にモリブデン(Mo)およびバナジウム(V)が含まれているという意味です。
(注2)鋼の性質を変え、使用目的に合う特性を得るために合金元素ニッケル(Ni)、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)などを1種類以上添加した鋼で、これらの合金元素の合計量が10.5mass%以下の場合、低合金鋼と呼びます。
(注3)鋳造用の型(鋳型)に溶かした金属を流し、そこで固まってきた金属塊のことを言います。
(注4)炭素(C)が不均一に鋼塊に偏在している現象です。
(注5)焼入れしたときに生じるひび割れ現象です。
(注6)金属どうしの接触摩擦により、表面が傷つけられる現象です。

材料開発の取組み

50t級大型地熱タービン用ロータ材料開発においては、現用材料の組成をベースに十数種の材料組成を設計しました。

鋼塊中心部における炭素偏析の程度には、炭素含有量に加えて合金元素の種類や含有量が影響を及ぼすため、鋼塊の熱処理後の強度および靱性を損ねない範囲で、炭素偏析をより抑制する化学組成の微調整を行いました。まず、炭素含有量を減らし、ニッケル(Ni)およびマンガン(Mn)含有量を増やし、炭素偏析の抑制と強度・靭性の確保を図りながら、焼入れ性の向上を図りました。

次に、耐SCC性および焼入れ性を向上させる観点から、現用材料よりCr含有量を増やしました。前述したように軸受部の摺動性を確保するために、Cr含有量を3mass%以下に抑えました。

設計した十数種の材料組成で試作および熱処理を行い、それぞれの試作材の強度、靱性を評価しました。その結果、図3に示すように、2mass%Cr-Mo-V系の低合金鋼という開発材料は、現用材料と同等レベルの強度を持ちながら、靱性が大きく改善されていることがわかりました。

耐SCC性については、地熱発電プラントで多数の使用実績がある現用材料と同等以上の耐SCC性があれば、実機へ適用するのに必要な耐SCC性を持つと判断できます。そこで、米国防食技術者協会(NACE)が規定するH2S環境中での低合金鋼SCC試験法TM0177のMethod Bに基づき、SCC試験を実施しました。

図4に開発材料と現用材料のSCC試験結果を示します。ここで、Sc値はNACE規定に基づいて算出した数値で、材料の耐SCC感受性を表す指標の一つです。Sc値が大きいほど、耐SCC性が高いことを示しています。図4に示すように、開発材料のSc値は現用材料より大きく、高い耐SCC性を持つことが示されました。

図3 開発材料の強度・靱性評価結果
図3 開発材料の強度・靱性評価結果

図4 開発材料と現用材料の耐SCC性試験結果
図4 開発材料と現用材料の耐SCC性試験結果

製造性検証

50t級大型地熱タービン用ロータ材料の製造には100t程度の鋼塊が必要です。そこで、100t程度の実鋼塊製造時の炭素偏析を検証するため、開発材料の2mass%Cr-Mo-V系の組成を用いて、炭素偏析の濃度を推定可能な8t砂型鋼塊(7)を試作しました。その後、8t砂型鋼塊の中心断面を切出して調査しました。その結果、図5に示すように、開発材料は現用材料と比べて偏析の模様が著しく低減していることがわかりました。

さらに、8t砂型鋼塊の断面から、分析用のサンプルを細かく採取して炭素偏析濃度を調べました。最新の解析技術を用いて、得られたデータから開発材料の組成で、かつ、100t程度の実鋼塊製造時の炭素偏析の濃度分布を推定しました。その結果、現用材料と比べて開発材料の方が、大型製造時の炭素偏析の濃度は要求される制限値を超えることがないと確認できました。これにより製品に供する鋼塊の健全部が十分大きく、優れた焼入れ性を有していることを確認でき、開発材料による大型製造が可能と分かりました。

図5 8t砂型鋼塊試作と製造性検証
図5 8t砂型鋼塊試作と製造性検証

(注7) 砂で造形した鋳型を用いて作った鋼塊のことです。

開発材料の実用化

優れた焼入れ性、強度・靭性とともに、耐SCC性を有し、かつ鋼塊中心部の炭素偏析を低減させた新しい材料を開発できたため、最大重量が50t級の地熱用タービンロータの製造が可能となりました。現在、図6に示すように、開発材料を適用した大型地熱タービンロータが製造されており、多数の地熱発電所に製品として納入されております。

最後ですが、今回の一連の材料開発により、従来よりも高出力・高効率で、かつ、地球温暖化の緩和に大きく貢献することができる大型地熱蒸気タービンの実現が可能となったことが評価され、H27年一般社団法人日本電機工業会重電部門優秀賞を受賞しました。

図6 開発材料の実用化
図6 開発材料の実用化