活動事例
開発秘話
当社開発の製品や技術について、そのきっかけや開発過程のエピソードなどを紹介します。
「水車用調速制御技術」
-水力発電所の建設コスト低減を可能にする制御方式の開発-
水力発電は、発電時にCO2を排出しないクリーンな発電方式であるとともに、電力の需要変動に応じて発電量を迅速に調整できること、また出力応答性が高いことが大きな特長です。しかし近年の水力発電所、とりわけ揚水発電所は、経済性追求の観点から長大な管路を構成することが多く、電気を低価格で供給する上で建設コストをいかに低減するかが課題となっています。
東芝は、高効率の水力発電を実現する水車の技術開発をはじめ、水力発電プラント全体の運転制御装置の開発まで、幅広い技術開発に取り組んでいます。ここでは、水力発電所の建設コスト低減を実現した制御技術について紹介します。
水力発電所の建設コスト低減に向けて
水力発電所では、上部調整池から下部調整池に向かって管路内を流れる水流のエネルギーによって水車発電機を駆動して発電します。調速機からの調速制御指令に基づいて水車の案内羽根で水流量を調整し、水車の回転速度を一定に保つ調速制御と、発電指令値に発電出力を追従させる出力制御が行われています。
水が流れる管路には、緊急停止時の管路閉鎖などで発生する管路内の圧力変動の伝播による衝撃を和らげるために、図1のように導水路と水圧鉄管の間にサージタンクと呼ばれる調圧水槽が設置されています。上部調整池とサージタンクの間で発生する水流変動と発電指令周期との共振により、サージタンク水位は大きく変動することがあります。
サージタンクは、この水位変動を吸収し決して溢れることがないような構造物になっています。水力発電所の建設コストを低減するために、安全性を維持しながらサージタンクを縮小化する制御技術の開発が望まれていました。この要望に応えて図2に示すようにサージタンク水位変動の安定化によりサージタンクの縮小化を可能にするために、従来の調速制御に加えてサージタンクの水位変動を安定化させる水流調整の機能をもつ制御技術を開発することになりました。
高度な水流量の調整制御技術の開発
一般的な調速制御技術は、要求された発電指令値にすばやく出力追従するように調整するために、サージタンク水位変動が大きくなってしまいます。一方で水位変動を大きくしないように調整すると発電量の追従性が低下するというトレードオフの関係にあります。このように従来の調速制御方式では、発電出力追従性と水位変動低減を両立することは困難でした。
図1 揚水発電所概略図
図2 水位変動の安定化によるサージタンクの縮小化
発電出力追従性と水位変動低減を両立させるために、新たに開発した調速制御器は図3に示すようにフィードバック制御機能とフィードフォワード制御機能の2つの機能を持っています。フィードバック制御は計測信号を使って制御量の誤差を修正する方式のことで、フィードフォワード制御は指令値信号を使って制御量をすばやく指令値に追従させる方式です。
フィードバック制御では、鉄管水圧を含む計測情報からサージタンク水位変動などの非計測情報を水力発電プラントのモデルを使ってリアルタイムで推定します。この機能をソフトウェアセンサと呼んでいます。最適制御器は、従来の水車の調速制御を行うと同時に、推定した水位変動に基づいて水位変動にブレーキをかけるように水流量を調整して変動を抑えます。この新機能を実現するために、複数の制御目的を考えることができる最適レギュレータ理論を採用して最適制御器を設計しました。これまでにこの理論を大規模な水力発電所の制御に実用化した事例はありませんでした。
また、フィードフォワード制御機能では、発電出力の指令値を最適制御器からの制御出力に直接加算することで、発電出力指令値の変化にすばやく反応できるように追従性の向上をはかりました。このようにフィードバック制御とフィードフォワード制御により、発電量追従性向上とサージタンク水位変動低減の両立を可能にしました。
図3 開発した調速制御器
実用化に向けた機能検証
開発した新しい制御方式は従来制御と大きく異なる方式を採用しましたので、実用化するためには、新制御方式による水力プラント全体の動きを確認し、従来の水車の調速制御機能に加えてサージタンクの水位変動を低減できることを検証する必要がありました。そのために、高精度な水力プラントモデルを開発し、想定される数十通りもの計算条件でシミュレーションによる検証作業を行いました。
また調速機の工場出荷前に水力発電所の実物での検証はできませんので、この検証のために、水力プラントのリアルタイムシミュレータを開発しました。これは水力発電所の実物と同様の計測信号をリアルタイムで出力可能なシミュレータです。図4のように開発した調速制御装置をリアルタイムシミュレータと連携し、HILS(Hardware-in-the-Loop Simulation)という手法によって調速制御機能の検証を実現しました。
図4 検証システム
おわりに
2005年12月、本技術を適用した東京電力株式会社殿・神流川揚水発電所の1号機が営業運転を開始しました。サージタンク水位変動の大幅な低減により、サージタンクの規模を約30%小さくすることが可能になりました。この水力発電所の建設コスト低減に寄与した新しい制御技術の実用化が評価され、社団法人計測自動制御学会の技術賞などを受賞しました。
環境・エネルギー問題の解決に向けて、これからも制御技術の新しい価値の創出に貢献していきたいと考えています。
(2010年9月公開)