活動事例

開発秘話

当社開発の製品や技術について、そのきっかけや開発過程のエピソードなどを紹介します。

「中空糸膜フィルタを用いた大型ろ過器の開発」
- 繰り返し利用可能な極細フィルタのモジュール化による処理能力アップ -

皆さん、“フィルタ”と聞いてどのような物を思い浮かべるでしょうか。エアコン、換気扇、洗濯機、マスク・・など、身のまわりにはフィルタを内蔵した製品がたくさんあります。いずれも空気中や水中に存在する不純物を取り除く役目をしています。現在では家庭用浄水器として普及している「中空糸膜フィルタ」を用いた原子力発電所向け大型ろ過器の開発について、以下に述べます。

中空糸膜フィルタとは

中空糸膜フィルタはその名の通り中空繊維状のフィルタで、図1に示すように厚み部分に微細な孔がまるで網の目のように無数に開いています。孔の大きさは約0.1μmで、それ以上の大きさの不純物、例えば鉄錆などの懸濁物を除去することができます。中空糸膜フィルタを用いたろ過器の特徴は、小さな容積の中に大きなろ過面積が得られることです。家庭用浄水器は長期に亘って使用しても水量の低下が起こらないのはこのためです。

外観
外観

ろ過原理
ろ過原理

図1 中空糸膜フィルタの構造とろ過原理
図1 中空糸膜フィルタの構造とろ過原理

原子力発電所の水

原子力発電所では超純水に近いきれいな水が使われています。図2に示すように、水質を維持するため水中の微量な固形分(主に配管などから発生する鉄さび)と水に溶けているイオン成分を、発電に使われる系統水から除去する浄化装置が設置されています。この浄化装置にはフィルタとイオン交換樹脂が使われています。また、これらのフィルタやイオン交換樹脂は定期的に水で洗浄しますが、発生する洗浄水についても、系統水浄化用とは別に設けられた浄化装置(廃液処理装置)で固形分とイオン成分を取り除き系統水として再利用されます。
わが国では1970年から商用原子力発電所が稼動していますが、系統水の水質をよりよいものに改善する努力が続けられ、1980年代にはほぼ満足できる水質が得られるようになっていました。浄化装置に使われていたフィルタは、粉末イオン交換樹脂などのろ過助材を用いるタイプのフィルタで、ろ過助材は定期的に洗浄・排出する必要がありました。

図2 沸騰水型原子力発電所の水の流れ
図2 沸騰水型原子力発電所の水の流れ

原子力発電所向け中空糸膜フィルタの開発

市販のフィルタや高性能の遠心分離機など種々の固液分離試験を試みましたが、除去性能とろ過助剤などの廃棄物発生抑制の両者を満足する結果は得られませんでした。そこで着目したのが人工肺などに用いられていた医療用の中空糸膜フィルタです。孔径が0.1μmと小さいこと、中空糸膜フィルタの外径が0.4mmと細く表面積を大きくとれるという特徴がありました。開発当初は、未だ家庭用浄水器は市販されていませんでしたが、フィルタメーカーと協力して中空糸膜フィルタの内径、外径、膜厚、孔径などを変えて、現在の浄水器に内蔵されている中空糸膜フィルタモジュール(中空糸膜フィルタの集合体をモジュールと称する)と同程度の膜面積をもつ試験用フィルタモジュールを試作して基礎的な試験を行いました。廃液を模擬した懸濁液を通水して、固形物を除去できることを確認しました。
微小粒径の固形分に対する除去性能は確認できましたが、原子力発電所向けに実用化するためには、①フィルタで除去した固形分をフィルタから分離回収してフィルタを何度も使用できるようにすること、②廃液処理用としては数10m3/h、系統水の浄化用としては数1000m3/hの水処理流量が得られる大容量ろ過器の開発、という課題がありました。

①逆洗方法の開発

フィルタ表面で捕集した固形物をフィルタから分離回収する方法として、図3に示すように、(1) 通常のろ過処理とは逆方向にろ過水を押し流して表面から剥離、(2)下方からの空気バブリングにより膜を揺動し振るい落とし、の2ステップによる逆洗を開発しました。この方法で、フィルタで除去した固形分をフィルタから分離回収してフィルタの性能を回復させ何度も使用できることを確認しました。

図3 中空糸膜フィルタの逆洗
図3 中空糸膜フィルタの逆洗

②大容量ろ過器の開発

大容量化のためには、多数本の糸を束ねるモジュール化と糸長を長くして膜面積を増やすことが必要です。しかし、中空糸膜フィルタは内径約0.3mmの細い管であるため、糸長を長くして膜面積を増やしても、中空糸膜の内管をろ過水が通るときの圧力損失が大きくなり、中空糸の長さを500mmより長くしても処理容量を増やすことができません。この特性を最大限に活かす構造として、図4に示すような、長さ1mの中空糸膜の束を上下端で固定し、中心部に、ろ過水の流量で圧力損失が小さい集水管を設けたモジュールを開発しました。このモジュールでは、上半分のろ過水は上端に、下半分のろ過水は下端に集められたあと、集水管を通って上部に集められることになり、このモジュールを多段接続することで、効率的な長尺中空糸膜モジュールが実現しました。

図4 多段化中空糸膜フィルタモジュールによる大型ろ過器の開発
図4 多段化中空糸膜フィルタモジュールによる大型ろ過器の開発

これらの開発成果により、「中空糸膜フィルタを用いた“復水浄化システム”の開発」で1993年度日本原子力学会賞技術賞を、また「中空糸フィルターを用いた発電プラント復水・ 廃液処理システムの開発」として1993年度化学工学会賞技術賞を受賞しました。
現在、原子力発電所の復水浄化系において、1時間当たり5,000m3を超える浄化システムが稼動しています。イオン交換樹脂では除去するのが難しかった微小で電荷を持たない鉄錆などが除去できるため、原子炉への鉄の流入量を減少できたことでお客様からも高い評価を得ています。また火力発電所へも適用し、プラント起動から運転までに行う浄化運転時間が従来の約1/10にでき、コストを低減することができました。

中空糸膜フィルタの機能化

表1 浄水場向け機能性中空糸膜の特長
表1 浄水場向け機能性中空糸膜の特長