活動事例

開発秘話

当社開発の製品や技術について、そのきっかけや開発過程のエピソードなどを紹介します。

「光で材料の内部を見る技術」
- レーザと超音波を組み合わせた原子力発電所の検査技術の開発 -

世界初の原子炉内機器のレーザ超音波検査

2005年1月、東芝は、原子力発電所の検査に、世界的にも前例のないレーザ超音波法を採用し、その適用に成功しました(図1)。

この検査は、原子炉内の水面下約20mの位置に数十本設置された内径約10mm程度のごく細い管の内面に、0.1mmオーダの微小なひびが発生していないことを確認するものでした。このような極めて高度な技術を要する検査工事を実現するため、レーザ超音波法という新技術に挑戦した開発についてお話しようと思います。

図1 模擬原子炉に投入される
図1 模擬原子炉に投入される
レーザ超音波検査装置

光で超音波を送受信するレーザ超音波法

超音波は、医療診断でよく知られているように、検査対象の表面や内部の状態を観察するのに非常に有効な手段で、人体だけでなく金属の表面や内部を観察したり、検査したりすることができます。レーザ超音波法とは、この超音波信号をレーザ光によって発生させたり、受信したりする技術を言います。
「光を当てて音(超音波)を発生させる」「光を当てて音(超音波)を受信する」というと、何か不思議な感じがするかもしれませんが、エネルギーが高く、位相のそろったレーザ光を用いると超音波を発生させたり受信したりすることができます。まず、高いエネルギーのレーザ光を金属表面に照射するとその衝撃で金属表面に超音波が発生し、金属表面がナノメートル以下の振幅で振動します。次にレーザ光を金属表面に照射してその反射光を観測すると表面の振動に応じた位相の変化(いわゆるドップラーシフト)を観測することができます(図2)。

図2 レーザによる超音波送受信の概念図
図2 レーザによる超音波送受信の概念図

このように、レーザ超音波法では、超音波を発生させるレーザ光と超音波を受信するレーザ光の2本のレーザ光を使いますが、センサを検査対象に接触させる必要がある通常の超音波法に比べ、レーザ光が届く範囲であれば、検査対象に何も接触させずに検査対象の状態を観測できるという大きな特長があります。レーザ光は光ファイバーやミラーを用いることで狭い部位や複雑な形状をした部位に照射することができますから、接触や近接が難しい対象でも比較的容易に超音波検査を実現することが出来るメリットがあります。

今回の対象である水面下約20mの位置にある細い管の内面の検査に対しレーザ超音波法は“原理的には”非常に魅力的な手法でした。しかし、当時、レーザ超音波法が実用的に利用された例はなく、微小なひびを見つけるためにレーザ光を遠隔の対象部位に正確に照射したり、ナノメートル以下の振動を現場環境に設置した装置で観察したりする技術も未確立でした。さらに、原子炉内機器に万が一、応力腐食割れ(SCC: Stress Corrosion Cracking)と呼ばれるひびが発生した場合には、それを可能な限り早期に(つまり微小なうちに)見つけるだけでなく、ひびの深さまで測定する必要があり、レーザ超音波法で送受信した超音波を使っていかにひびの深さを測定するかについても考えねばならないという状況でした。

表面を伝わる超音波によるひびの検査の実現

レーザ光の伝送・照射に光ファイバを用いるための技術を開発したり、微小な振動計測に共振器型光干渉法と呼ばれる高度な光学技術を駆使し、さらにその安定度を高めたりという装置上の研究・開発も多数してきましたが、何と言っても最も開発に苦心したのは、ひびの深さを正確に測定する方法についてでした。

超音波でひびを検査する際には、超音波がひびに当って反射して返って来るエコー信号を使います。しかし、この方法だけでは微小なひびの深さを精度よく測定することには限界があります。そこで我々が着目したのが、超音波の周波数とひびの深さとの関係でした。

例えば、高い周波数の超音波は表面の浅いところで反射し、低い周波数の超音波は表面の浅い部分の影響を受けずに通過するという性質があります。つまり、ひびの向こう側に様々な周波数の超音波を発生させるレーザ光を照射し、ひびを通過して来た超音波の周波数を分析すれば、そのひびの深さが測定できるというわけです。この手法は新しいひびの検査法として特許を取得しました。

また、原子炉内機器に新しい検査手法を適用するには、学識経験者からなる認定機関から検査手法として認定を受ける必要があります。ここでは検査技術の専門家から、数ヶ月に及ぶ期間、高度な技術的質問や意見が寄せられます。それに的確に答えていくため、膨大な組み合わせの試験を行ってデータの信頼性や精度を確認したり、理論解析や数値計算を駆使して詳細な現象を論じたりしていきました。最終的に、発生初期の浅いひびについて検出性能が充分であること、ひびの深さについては、測定結果と、試験片を切断して測定した(切断試験)真の深さとを比較し、測定精度が極めて高いことを示すことができ(図3)、検査手法として認定を受けることができました。

図3 開発した手法によるひび深さ測定の結果
図3 開発した手法によるひび深さ測定の結果(1)

夢は、他の手法では実現できない検査・計測法を実現すること

レーザ超音波法は2005年12月に2回目の工事も無事完了するなど、順調に実用化が進んでいます。また、レーザ超音波法によるひび検査手法の開発と原子炉内機器における実用化に対し、2006年に電気科学技術奨励賞および同会長賞を受賞しました。

レーザ超音波法による原子炉内機器の検査手法は、我々自身が開発したオリジナル技術であるという誇りをもち、今後、原子力分野だけでなく、新素材などの新しい分野、材料の特性測定などのよりミクロな分野など、様々な応用に取り組んでいきたいと考えています。

参考文献

  • (1) Makoto Ochiai, Takahiro Miura, Satoshi Yamamoto and Toru Onodera: “Laser-ultrasonic study of micro crack sizing and its application to nuclear reactor internals,” 保全学誌、4, No.4 (2006) pp.41-46