活動事例

開発秘話

当社開発の製品や技術について、そのきっかけや開発過程のエピソードなどを紹介します。

「次世代の原子炉燃料開発」
- 小さな実験装置で大規模なプラントを模擬する技術 -

原子力プラント用の燃料開発

CO2の排出削減による地球温暖化防止が求められている中、原子力発電は環境負荷の小さな発電方法の1つです。また、原子炉に装荷した燃料は軽水炉の場合4~5年は燃え続けるので、供給が止まれば数ヶ月で備蓄が枯渇する化石燃料と比較しても、海外情勢の影響を受けにくく、エネルギー・セキュリティの面でも優れています。現在、我々は、従来に比べて小さな環境負荷で、安定にエネルギー供給を実現する原子力プラントを目指し、より長寿命で使用後の廃棄物が少ない次世代原子力プラントに向けた燃料を低コストで供給する開発に取り組んでいます。

東芝は、原子力プラントメーカーとしては唯一、原子力プラント用燃料の特性を調べるための臨界実験装置(Toshiba Nuclear Critical Assembly : NCA)を保有しており(図1)、次世代原子力プラント向け燃料開発を担当する我々としては、大型計算機による解析だけでなく実際に核反応の実験を行なって燃料特性を確認ができるという点で恵まれた状況にあります。

しかしながら、実際の原子力プラントでは、温度が約285℃で圧力が約70気圧の環境に置かれた燃料が核反応しているのに対し、我々が保有している実験装置では、温度が20℃(周囲温度)で圧力が1気圧程度の環境でしか実験を行うことができません。

そこで、我々が実験する場合に常に苦労するのが、いかにして実際の原子力プラントで燃料が核反応している状態を模擬するかということです。

図1 東芝臨界実験装置NCA
図1 東芝臨界実験装置NCA

燃料が燃焼する条件

原子力プラントでは、燃料中のウランが核分裂したときに中性子が発生、発生した中性子が他のウランと反応して核分裂、核分裂によって中性子が発生.....という連鎖反応により核分裂が持続し、エネルギーを発生しています。この核分裂の連鎖反応が持続している状態を臨界と言います。ただし、核分裂により発生した中性子がウランと反応するには、核分裂によって発生した速度の速い中性子を、燃料と燃料との間にある水で適度な速さまで速度を落とす必要があります。遅い中性子の方がウランと反応しやすいからです。核分裂により生じた速い中性子は高速に動き回っていますが、水中の水素と衝突することにより中性子の速度が落とされます(図2)。

図2 水素との衝突で速度が落とされる中性子
図2 水素との衝突で速度が落とされる中性子

具体的には、燃料中のウランと水中の水素の比率が、臨界のための条件となります。原子力分野では、速い中性子の速度を落とすことを減速と呼んでいます。このように、水を使って中性子を減速する原子炉のことを軽水炉と呼んでいます(図3)。

実際の原子力プラントでは、燃料の周囲温度が約285℃で圧力が約70気圧となっていることを述べましたが、核反応にとってはこのような温度や圧力条件下における水の状態が重要なのです。このような条件下では、水は沸騰していて、液体(お湯)と気体(水蒸気)が混じりあった状態になっています。すなわち、実際の原子力プラントと実験装置では、燃料中のウランと水中の水素の比率が、大幅に異なっていることになります。そして、核反応にとっては、温度や圧力よりも、このウランと水素の比率が最も重要な条件なのです。

そこで、実験装置を用いて核反応の実験を行なうときは、いかにして燃料中のウランと水中の水素との比率を、実際の原子力プラントと同じようにするかということが重要になります。

図3 軽水炉模擬炉心
図3 軽水炉模擬炉心

高いボイド状態の臨界実験

先にも説明しましたように、沸騰した状態の水は、液体(お湯)と気体(水蒸気)が混じりあった状態になっていますが、この時、ある体積中に気体が占める割合をボイド率といいます。次世代の原子炉として考えられているものの中では、ボイド率が高い状態で原子炉を運転するものがあります。ある時、ボイド率が高い、即ち、水蒸気が多い状態での臨界実験をして欲しいとの依頼が来ました。指定されたボイド率は70%でした。

しかし、燃料中のウランと水中の水素の比率を設定するところで困ったことが起きました。今までの軽水炉の試験では最高で40%のボイド率までしか模擬したことがありません。この場合は、燃料と燃料の間に、水を排除する物をおいて水素量を調整できたのですが、70%ものボイド率を達成するほどの、水排除材を置く隙間がありませんでした。しかし、水を減らさなければ、実際の発電時の状態を模擬できません。

どうやって水を排除するか、いろいろと考えた挙句、思い付いたのが発泡スチロールでした。発泡スチロールの原料はポリスチレンであり、水と同様に多くの水素を含みます。ポリスチレン中に気泡が混入したものが発泡スチロールです。この気泡の混入度が大きければ軽い発泡スチロールになります。つまり、気泡の混入度をコントロールすることで、発泡スチロールの密度を調整し、沸騰水と同じ水素量を模擬することができると考えたのです。

ただし、普通の発泡スチロールは緩衝材やおもちゃに使用されるので細かい密度まで気にしませんが、原子炉中の水を模擬するためには、高精度に密度を調整する必要があります。そのため、最初は発泡スチロールメーカーと意識が合わず大変苦労しました。こちらは、どうして発泡スチロールが原子炉の中の水と関係があるのかということを説明して高精度を要求しますが、相手はそんな精度の高い発泡スチロールは作ったことがないと言って噛み合いません。とにかく、お互いの意識を合わせるために、こちらは原子炉の仕組みから始めて、燃料棒はこんなものであると実物を見せて説明しました。向こうは発泡スチロールの製造方法について詳しく説明し、気泡の混入度を変えるためには原材料から変えなければならないことや、熱による変形のため穴あけ加工で精度を出すことは困難であることなどが分かりました。議論と試作を重ね、特注の金型を製作し、ついに完成したのが図4の発泡スチロールです。

図4 高温状態水を模擬した発泡スチロール
図4 高温状態水を模擬した発泡スチロール

この発泡スチロールは、ほとんど手作業で作成したもので、高度な職人技が必要なため、結局国内でわずか1箇所の工場でのみ製作できたという貴重な発泡スチロールとなりました。

この発泡スチロールを用いて、ついに70%という高いボイド状態の模擬炉心が完成し、臨界実験を実施することができました。最初の運転の時は、本当に密度は均質になっているか、良い測定精度が得られるか、いろいろ気がかりでしたが、見事に予想通りの燃料の量で臨界となり、大変よい精度のデータを得ることができました。この日は関係者みんなで祝杯をあげ、お互いの苦労をたたえあいました。

このデータは世界でも珍しいもので、軽水炉の設計に大いに貢献できました。

まとめ

臨界実験というものは、測定そのものより、計画・準備・装置製作など、始まるまでが大変です。一つのデータの精度を上げるためには大変な苦労が必要です。しかし苦労の分、一つの実験を通して得られるノウハウも多いのです。臨界実験装置自体、世界でも数えるほどしかありませんので、大変オリジナリティの高い技術が蓄積され、実験技術自体が貴重な財産となります。このような地道な技術の積み重ねが、原子力発電の高い安全性を保っていると考えると、自分も少しは世の中に貢献できているのかなと誇らしく思えます。

今後も、より効率的で環境にやさしい次世代の原子力プラントに向けた燃料を開発するための技術革新に、日々知恵をしぼっていきたいと思います。

参考文献

  • 1) 臨界実験装置に関する解説
    代谷誠治、神田啓治、小林岩夫、中野正文、福村信男、丹沢富雄、山根義宏;日本原子力学会誌 Vol.31 No.5(1989)P513
  • 2)本研究開発に関連する公開文献
    吉岡研一 他;日本原子力学会 2000年秋の大会G41 「修正転換比によるボイド係数の測定」