活動事例

開発秘話

当社開発の製品や技術について、そのきっかけや開発過程のエピソードなどを紹介します。

粒子法を用いた液体・気体混合流のシミュレーション技術開発
- 経験式を排除した流体シミュレーションに向けてのチャレンジ -

滝やダムから落ちる水しぶきなど、液体と気体が混合したような二相流のシミュレーションは、通常の液体や気体のみからなる単相流と比べて、複雑な計算を必要とします。ここでは、二相流をターゲットとする粒子法とよばれるシミュレーション技術の開発について紹介します。

滝の写真

流体シミュレーションってどうやるの?

川の流れや川面を渡るそよ風のような、水や空気などの流体の運動はナビエ・ストークス方程式とよばれる微分方程式によって表されます。流体シミュレーションの技術者は、通常、このナビエ・ストークス方程式を、コンピュータで計算が可能な近似式に変換して計算し、流体の運動を予測します。

流体解析の分野では、従来から、差分法や有限要素法という手法が研究されてきました。これらの手法では、計算対象とする空間領域を細かいメッシュに分割し、流速や圧力のような計算量を各メッシュに割り当てます。そして、それぞれのメッシュごとに、力の釣り合いや質量の保存を考慮しながら計算を進めます。

現実の流れはほとんどが二相流です

気体と液体が混合した二相流の場合はどうでしょうか?

自然界で出くわす流れは、むしろ二相流が一般的です。二相流の場合、気体と液体の境界面での力のやりとりを考えなければなりません。例えば、パイプの壁に水がへばり付いている場合と、小さな液滴がたくさん壁にぶつかっているような場合では、摩擦力は大きく異なります。

空間メッシュを用いる従来の手法では、気体と液体の境界面の形を正確に計算することはできません。摩擦力など、境界の形に依存するものについては、流れの状況(気泡が大きいとか小さいとか)に応じて実験から推測した経験式を必要とします。経験式はメッシュごとに流れの状況をパターン化し、そのパターンに対して作成されています。例えば、図1の左図に示すような流れに対して、経験式で再現される流れは右上図のようになり、正確に流れを再現するものではありません。流れの状況が変化してパターンが変われば、同じ経験式が適用できなくり、計算精度は悪くなります。また、気体と液体の境界面が移動した場合、作成したメッシュが計算に適したものではなくなります。

図1 従来法と粒子法の比較
図1 従来法と粒子法の比較

粒子法との出会いと二相流への適用

開発当時、私たちは、どうすれば経験式を極力排除でき、かつ、精度よく計算できるかを考えていました。そこで出会ったのが粒子法です。粒子法では、液体や気体を小さな粒子の集合として捉えます。二相流の場合、液体の粒子と気体の粒子が混合して流れているイメージです。ここでは、計算で求められる流速や圧力のような物理量を、各粒子に割り当てます。ナビエ・ストークス方程式を解く際に空間メッシュを用いない手法であり、気体と液体の境界面が自由に動く場合や、液体が液滴へ分裂する場合にも容易に対応できます。つまり、洪水時の濁流のように、空気と液体と固体が入り混じった複雑な流れも計算できるということです。

粒子法は1990年代前半に東京大学の越塚教授によって提唱されました(1)。私たちは、粒子法に液体の表面張力のモデルを組み込み、3次元の二相流を直接取り扱える世界で最初の計算プログラムを開発しました。ナビエ・ストークス方程式と表面張力のみで二相流の計算が可能になりました。図1の右下図に粒子法で再現されるイメージを示していますが、実際の流れと比べてみて、気泡の形状がよく再現できることがわかります。気泡の形状が正確に再現できるため、液体と気体あるいは壁面との間の摩擦力も精度よく計算できます。

開発途中には、さまざまな問題にぶつかりました。その一つは、水と空気が混合する密度差が大きい領域で、うまく計算ができないというものでした。計算が途中で止まってしまうのですが、その原因が容易にはわかりませんでした。プログラムを走らせながら、プログラム内部のいろいろな変数を一つ一つ順番にチェックするという地道な調査を繰り返しました。その結果、水粒子と気体粒子がぶつかって運動量(密度×速度)をやり取りする際に、大きな速度を持った気体粒子の一部が不自然に動いていることがわかりました。密度差が極端に大きいため、軽い気体粒子と重い液体粒子がぶつかったときに、極端に速い気体粒子が生まれていたのです。

物理現象では、大きさや速さが大きく異なる現象を計算するには、注意が必要です。この問題に対して、気体領域と液体領域の計算順序を調整する新しいアルゴリズムを見出し、安定に計算ができるようになりました。

この手法は経験式を含んでいませんが、これまでに多くの実験解析を通して二相流を正しく再現できることを確認しました。図2に水柱が崩壊する様子を計算した例を示します。左側に溜まった水が流れ出し、右端の壁にぶつかります。このときに生じる水しぶきをよく再現しています。

粒子法による水柱崩壊のシミュレーション
図2 粒子法による水柱崩壊のシミュレーション

さらなるチャレンジへ

現在、この手法を原子力プラントに適用し、燃料棒周りの冷却水の流れを計算しようとしています。原子炉の中には燃料棒をまとめた集合体があります。沸騰水型原子炉の特徴として、燃料集合体の冷却水中には蒸気が存在するため、二相流のシミュレーションが必要となります。私たちは、粒子法によるシミュレーション結果から作成した方程式を、大規模な体系を扱うことが可能な従来手法に組み込むことを目指しています。精度よいシミュレーションが可能になれば、燃料集合体の形状を効率よく設計することができます。

今後は、これに加えて、洪水時の濁流のような、実験を行えないような現象に対して粒子法を適用すべく、開発を進めていきます。

参考文献

(1)例えば、越塚誠一、「計算力学レクチャーシリーズ(5) 粒子法」、丸善、2005.