• 東芝レビュー 80巻3号(2025年5月)

特集:未来を創る電力流通システム技術の最前線

2050年のカーボンニュートラル実現に向け,温室効果ガス削減のために野心的目標の設定などの検討が進んでいます。電力の大消費地と再生可能エネルギーを主とした電源は地理的に離れており,それらを結ぶ電力系統網の整備が必要です。また,データセンターの増加などで電力需要が増えており,電力流通システムを高度化・効率化する技術が求められています。この特集では,電力系統網の拡大に応える新しい電力流通システム技術を紹介します。

特集:未来を創る電力流通システム技術の最前線

佐藤 純正・南 裕二

2050年のカーボンニュートラル実現に向けて,電力ネットワークの次世代化が進んでいる。すなわち,電力ネットワーク設備の環境負荷低減,既設設備能力の最大限活用による脱炭素化,再生可能エネルギー(以下,再エネと略記)の導入拡大に向けた電力安定供給の基盤強化,自然災害などに備えた電力供給のレジリエンス強化,及び電力系統運用の高度化・デジタル化の進展である。電力ネットワークは,電力の供給と制御を行う様々な機器とシステムから構成されている。これらの機器・システムは電力流通システムと称され,電力ネットワークの次世代化の中核として,その役割は今後一層重要になる。

東芝グループは,電力流通システムの開発を通して電力ネットワークの次世代化(特集の概要図)に貢献していく。

高尾 修平・大西 智哉・白井 英明

送変電機器の高電圧絶縁媒体として使用されてきた六フッ化硫黄(SF6)ガスは地球温暖化係数が極めて高く,その削減はカーボンニュートラルの実現に大きく貢献することから,世界的にSF6ガスフリー化の動きが進んでいる。

東芝エネルギーシステムズ(株)は,自然界に存在するガスを絶縁媒体に用いた新しい変電機器ブランドAEROXIA™の開発を進めており,その初製品として, SF6ガスを用いない合成空気(ドライエア)絶縁の72/84 kV ガス絶縁開閉装置(GIS:Gas Insulated Switchgear)を開発した。高電圧導体の表面状態の改良やガス接地開閉器への消弧方式の最適化などによってコンパクト化を図り,東京電力パワーグリッド(株)府中変電所GIS更新のために納入した初号器では,リプレース可能なサイズを達成し,国内初(注1)の電力用SF6ガスフリーGISとして,2023年に運転を開始した。

(注1)2025年2月時点,電力用SF6ガスフリーGISとして,当社調べ。

野口 直樹・石川 拓・内田 圭祐

ガス絶縁変圧器に用いられる六フッ化硫黄(SF6)ガスは,絶縁性・冷却性に優れたガスである。一方,地球温暖化係数(GWP)は二酸化炭素(CO2)ガスの24,300倍と非常に高く,メンテナンスの際に機器内のガスを回収するなどの厳格な取り扱いが求められる。近年,カーボンニュートラルに貢献する送変電機器が必要とされており,ガス絶縁変圧器でも,より環境負荷の低く,取り扱いの容易なガスを用いた機器が求められている。

東芝エネルギーシステムズ(株)は,自然由来ガスである窒素(N2)ガスを用いて,66 kV–20 MVAの配電用ガス絶縁変圧器と負荷時タップ切換器(LTC:on Load Tap Changer)を開発した。N2ガスを採用したことで,環境負荷の低減のみならず,取り扱いが容易なことによるメンテナンス性の向上が可能である。

山下 駿也・野澤 強久

カーボンニュートラルの実現に向けて,電気絶縁油に,従来の鉱油系電気絶縁油(以下,鉱油と略記)に替えて天然エステル(注1)を使用した油入変圧器(以下,天然エステル油入変圧器と呼ぶ)の導入が進んでいる。特に,燃焼点が300 ℃を超える天然エステルの特長を生かし,火災安全性が要求される屋内変電所などに設置する電力流通設備への導入拡大や,経年設備のレトロフィル(鉱油を天然エステルに入れ替える)需要への対応が求められる。

北芝電機(株)は,このような市場の要求に応え,屋内変電所向けに,油入変圧器のタンク構造を改良して移動経路や据付場所の寸法・質量制限を満足するコンパクト化・軽量化を実現した。また,天然エステルに菜種油を用い,レトロフィル需要に応えるため,入れ替え後の菜種油中の残存鉱油量及び燃焼点などの特性を把握し,消火設備の簡素化が可能な要件を満たすことを確認した。

(注1)JIS C 2390-2:2019(日本産業規格C 2390-2:2019)“生分解性電気絶縁油—第2部:天然エステル(植物油)”に規定された,植物油。

石黒 崇裕

2050年カーボンニュートラルの実現に向けて,2023年に電力広域的運営推進機関(OCCTO)から「広域系統長期方針(広域連系系統のマスタープラン)」が示された。この中で,高圧直流送電(HVDC: High Voltage Direct Current)の導入が,複数計画されている。

東芝エネルギーシステムズ(株)は2019年に,新北海道本州間連系設備(以下,新北本連系設備と略記)(第1極)のHVDCシステム向けに,我が国初(注1)の自励式交直変換設備を実用化した。主要部品の自励式交直変換器にMMC(Modular Multilevel Converter)方式を適用し,高調波除去フィルターや調相設備を省略した。また,新北本連系設備の第2極増設工事向けの自励式交直変換設備も受注するなど,電力供給の安定化や再生可能エネルギー(以下,再エネと略記)の導入拡大に貢献している。

(注1)2019年3月時点,当社調べ。

後藤 成彦

避雷器は, 雷などの自然災害による停電の防止や系統操作に伴う様々な過電圧・過電流の抑制に重要な役割を担っており,その中でも外被にポリマー材料を適用したポリマー形の需要が高まっている。

東芝エネルギーシステムズ(株)は,酸化亜鉛(ZnO)素子,絶縁支持物などの避雷器内部要素に直接シリコーンゴムを接着させたダイレクトモールド製法を採用して,従来の磁器がいし形に比べて大幅な小型・軽量化を実現し,避雷器の最新の規格JEC-2374:2020及び耐震設計指針JEAG5003-2019に適合したポリマー形避雷器を,500 kV用までシリーズ化した。500 kV用は,近年の多重直撃雷によるガス遮断器(GCB:Gas Circuit Breaker)の事故を踏まえ,エネルギー処理性能を大幅に向上させた高耐量型避雷器も製品化した。

大成 高顕・下尾 高廣・上田 隆司

データセンターや生成AI活用などの増加に伴い,増大する電力輸送への対応が求められている。電力系統設備の増強には時間・コストが掛かるため,既設送電設備の送電可能容量を環境条件に合わせて変化させるダイナミックラインレーティング(DLR)の適用が期待されている。

東芝エネルギーシステムズ(株)は,センサーレスのDLR技術を開発している。このDLRは,気象予測と地形を考慮した風況解析技術を組み合わせ,送電線のボトルネックとなる地点を確認して計算することで,センサーを使用せず,送電可能容量の限界値を動的に計算する。実用化に向けて,風況推定手法の検証を行ったところ,実際の観測値の傾向を精度良く捉えられることを確認した。DLRの適用拡大で,既設送電設備の有効活用につなげていく。

星野 友祐・犬塚 直也

カーボンニュートラルの達成に向けて再生可能エネルギー電源(以下,再エネ電源と略記)の主力電源化が検討されているが,再エネ電源が大量導入されると慣性力や同期化力を持つ火力発電などの同期発電機が減少し,系統安定性が低下する問題が生じる。

東芝エネルギーシステムズ(株)は,系統事故発生時に電源制限や負荷制限を行って系統安定性を維持する電力系統安定化システムにおいて,難易度が高まっている平常時の電圧安定性維持にAI技術を適用して適切な電圧制御を実現するシステムや,レジリエンス強化として基幹送電線4回線同時事故(N-4事故)時の同期安定性維持,再エネ電源が解列するリスクに対する周波数安定性維持への対応が可能なシステムを開発した。電力系統安定化システムの導入は平常時の送電可能容量の増大にも寄与することから,再エネ電源の大量導入にも貢献している。

水谷 遼太・豊嶋 伊知郎・舘小路 公士

電力系統では点検・補修・工事のために,電力設備を停止する作業(以下,停電作業と呼ぶ)が必要である。停電作業は送配電事業者ごとに年間数万〜十数万件に上り,事前の調整は豊富な運用知識と経験を持つ技術者が人手で行っている。近年,経年設備の増加や,再生可能エネルギー(以下,再エネと略記)の大量連系による系統運用の複雑化,働き方改革による業務環境の変化などにより,停電作業調整が一層困難になると予想される。

東芝エネルギーシステムズ(株)は,これまでの系統制御システム開発のノウハウを生かして停電作業調整支援システムを開発している。停電作業調整を効率化する新たな業務フローを考案して適用し,送配電事業者の実系統でのフィールド実証を通して,基本機能の有効性を確認した。

永田 真一・山口 晃広・齊藤 暁斗

保全業務の経済性向上と効率化のために,ガス絶縁開閉装置や変圧器などに取り付けたセンサーからデータを取得する変電設備のIoT(Internet of Things)化が進んでいる。これらのデータは,設備の異常兆候の早期検知や故障復旧の迅速化への有効活用が期待されており,信頼性と感度の高い診断技術が不可欠である。

東芝グループは,独自のAIを活用することで,設備の正常データを学習するだけで時系列波形データの変化から変電設備の異常を検知する技術,及び対象設備の1DCAE(注1)モデルを利用して異常箇所を特定する技術を開発し,基本機能を確認した。

(注1) システム全体を機能ベースで表現し解析評価を可能とすることで,製品の初期設計やシステム最適化に活用する手法。

黒瀬 雄太・廣川 歩己

変電所の新設・更新においては,デジタル技術によって設備構成を最適化し,ケーブルを省線化した“デジタル変電所”の実現が要望されており,これに向けて,変電所保護制御システムは,従来のメタルケーブルでの接続を中心とする構成から,LANケーブルでの伝送を中心とする構成へと置き換わりつつある。

東芝エネルギーシステムズ(株)は,複数の電力会社の要望を受けてIEC 61850(国際電気標準会議 61850)規格に準拠したデジタル変電所における保護制御システム(以下,デジタル変電所保護制御システムと略記)の構成機器を開発し,その実機検証を進めて実案件への導入を行うとともに,デジタル変電所の特長を生かし,蓄積データの活用による装置異常の検出・要因分析や,システム自動復旧などの新たな機能の実現に向けた取り組みを進めている。

一般論文

福島 大史・田村 裕治・張 昊・川村 弥

再生可能エネルギー(以下,再エネと略記)や新たな電力需要の増加により,電力系統の安定運用に向けた対策が必要になっている。有効な対策の一つであるSTATCOM(Static Synchronous Compensator)は,高速かつ無段階に可変な無効電力出力で電力系統の安定度を向上させることができる。

東芝エネルギーシステムズ(株)は,MMC(Modular Multilevel Converter)方式を採用した新形STATCOMを開発し,四国電力送配電(株)中村変電所に納入した。この装置は,デルタオープン変圧器を採用することで,通常使用されるバッファーリアクトル(BR)を不要にし,主回路機器の設置面積50 %低減を実現した。また,電力系統の安定度を向上させるPSS(Power System Stabilizer)制御機能も搭載し,その有効性についても,系統連系試験などにより確認した。

田中 孝浩

近年,生成AIへの関心が世界中で急速に高まる中,多様な応用分野において新たなサービスが次々と登場し,市場が拡大している。しかし,生成AIの利用に伴う誤情報や有害コンテンツの拡散,秘密情報の漏洩(ろうえい)などに対する懸念も増大している。

東芝は,生成AIの入出力を監視してユーザーへの不適切な情報提供を防ぐ複数のガードレールと,社内文書などを活用した知識検索でより正確な情報を提供するためのRAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)高精度化技術を開発した。これらの技術により,生成AIを活用したアプリケーションの信頼性を高めることができる。

R&D最前線

齊藤 廣大

少数の正解教示で新規物体の個数を推定するFew-Shot物体カウントにロス関数を導入    

画像中の物体の個数を数える物体カウント技術の中で,近年,Few-shot物体カウントが注目されています。学習データに含まれない新規物体も,推論時に少数の正解教示を与えるだけでカウントできるため,現場での再学習が不要で,実用上有用です。しかし,従来手法は,画像中に複数のカテゴリーの物体が含まれる場合,過検出することがありました。そこで,対象の物体が写っていない負例データを学習データに追加するシンプルな学習手法を提案しました。検証の結果、従来手法に比べて約40 %の過検出低減を確認しました。

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