• 東芝レビュー 79巻6号(2024年11月)
東芝レビュー 79巻6号(2024年11月)

特集:共生社会を支える5Gインフラソリューション

モバイル通信は,インターネットやスマートフォンの普及に伴い,人々のライフスタイルや働き方に大変革をもたらしました。更に,5G(第5世代移動通信システム)によって,社会・業界をまたぐビジネスの創出に寄与する総合的ネットワークインフラとして発展していくことが期待されています。東芝グループは,全てのユーザーが公平・高速なモバイル環境を享受でき,世代や属性を問わず,つながり・支え合う共生社会の実現に向けて,5G向けインフラシェアリング装置技術の開発に取り組んでいます。

特集:共生社会を支える5Gインフラソリューション

土井 敏則・丹後 俊宏

モバイル通信は,人々の生活基盤として広く浸透しており,更に5G(第5世代移動通信システム)には超高速・大容量に加え,IoT(Internet of Thing)を活用した産業の効率化・自動化・付加価値創出を実現する社会基盤の一つとして,経済成長や社会課題の解決に貢献することが期待されている。一方,モバイルサービスのエリア展開には携帯電話事業者ごとに時間差があるため,サービスを享受できないユーザーが生じることがある。

東芝インフラシステムズ(株)は,Sub6帯域(5Gの周波数帯域の一つ)において国内の全帯域を網羅することで,国内の携帯電話事業者の全てが接続可能なインフラシェアリングを実現する5G向けインフラシェアリングDAS(Distributed Antenna System)を開発し,製品化した。複数の装置でアンテナ出力の送信タイミングを一致させる同期機能を実装し,最大で四つの帯域でのキャリアアグリゲーションを可能にしたことで,国内の全携帯電話事業者に同時に高速通信環境を提供できる。これにより,共生社会を支える通信インフラとして重要な役割を果たしていく。

杉本 雅彦・正木 克実・飯田 康隆

5G(第5世代移動通信システム)において,複数の携帯電話事業者で分散アンテナシステム(DAS:Distributed Antenna System)を共同利用するインフラシェアリングは,TDD(Time Division Duplex)タイミングを携帯電話事業者ごとに検出する必要があるが,装置の構成を簡易化するために,TDDタイミング検出回路の小規模化が求められている。

東芝インフラシステムズ(株)は,データ復調におけるシンボル同期の高精度化と,データ判定における位相回転への耐性を向上することで,クロック再生や,伝送路推定,波形等化などの演算量の多い処理を用いることなく,5G無線信号から同期信号ブロックを復調して,TDDタイミングを検出する技術を開発した。また,この技術を,処理遅延の短縮化や演算回路の時間多重化などの独自アーキテクチャーで回路実装することで,回路規模の増加を抑制した。

正木 克実・杉本 雅彦・大國 英徳

インフラシェアリングDAS(Distributed Antenna System:分散型アンテナシステム)は,携帯電話事業者が進めるオープン化されたRAN(Radio Access Network:無線アクセスネットワーク)のシステム(オープンRAN)への対応が求められている。業界団体のO-RAN ALLIANCEではO-RAN仕様が策定され,オープンRANは,現地設置スペース削減などにより導入・運用コスト低減のメリットがある。

東芝インフラシステムズ(株)は,携帯電話事業者のRANとオープンRANへ柔軟に対応する技術として,従来の基地局用の高周波無線(RF)インターフェースとO-RANフロントホール(FH)インターフェースが混載可能なDASを開発している。課題は,コンパクトな無線信号処理回路技術や,異なるインターフェース間のタイミング同期技術,オープンな遠隔監視機能,誤設定を防止する事業者間リソースマネジメント技術であり,その実現にめどを得た。更に開発を進めていく。

大屋 靖男・旦代 智哉・福島 竜也・大野 健一

特定のエリアや用途に特化して独自に自営の5G(第5世代移動通信システム)無線網を構築・運営できるローカル5Gは,高速・大容量・低遅延なネットワーク特性から,様々な産業分野においてサイバーフィジカルシステム(CPS)の構築手段として注目されている。

東芝インフラシステムズ(株)は,道路や鉄道,河川などに沿って線状に広がる社会インフラシステムに対し,安定的にローカル5Gを提供できる分散型アンテナシステム(DAS:Distributed Antenna System)を開発した。実験により,対象エリア全域への十分な受信電力と安定した通信速度を確保しながら無線エリアを拡張していくことが可能であることや,電波遮蔽物がある状況でも安定した通信が確保できることを実証した。

アドナン  アイジャズ・鬼塚 浩平・米澤 祐紀・谷口 健太郎

5G(第5世代移動通信システム)を活用したローカル5Gシステムは,携帯電話事業者に依存せずに独自のネットワークを構築できるため,製造現場やオフィスなどの様々な環境での利用が期待されている。一方で,アプリケーションごとに異なる通信要求に対応するには,ローカル5Gシステムのカスタマイズが必要であり,迅速な導入や保守の実施が難しい。

東芝は,O-RANアライアンスに準拠したオープンなプラットフォームを用いて,柔軟に構成変更できるローカル5Gシステムを構築した。エンドツーエンドなネットワークスライスの自動生成・管理を実現する技術を開発し,マルチベンダー基地局でのフィールド実証を通して,安定動作を確認した。

一般論文

久國 陽介・渡部 一雄・釘宮 哲也

実世界のデータを基に仮想空間上に対象物の忠実なモデルを構築し,現象の分析・推定や,推定結果の実世界へのフィードバックなどに用いるデジタルツインが注目されている。これを橋梁(きょうりょう)に適用することで,健全性の診断や,劣化の予測,災害時の状態把握といった維持管理の効率化・高度化が期待できる。

東芝は,電子機器の開発で培った大規模構造解析技術を活用し,橋梁の挙動を高精度に表現するデジタルツインを開発している。今回,実在の橋梁を対象に形状モデルを作成し,車両の重量や温度変動による橋梁全体の変形を解析して実測値と比較することで,高精度に解析できることを確認した。

仲 義行・高橋 渓太・生澤 拓也

AIを活用したシステム(以下,AIシステムと略記)が増え,その品質保証の重要性が増している。AIが持つ不確実性や複雑さは特有の仕組みを必要とし,国内外でガイドラインや規制が整備されている。

東芝は,国内の産学連携で策定されたガイドラインに基づき,AIシステムの品質保証を体系化し,品質を可視化するAI品質カードを提案した。今回,MLOps(注1)基盤上で,AI品質カードの自動作成や,各ステークホルダーとの共有が可能な“AI品質カード作成支援システム”を開発した。テンプレートに従い情報を集約・可視化できるようにして,カスタマイズ性を向上させた。適切で最新の情報を共有し,顧客が安心して使えるAIシステムの開発・継続的運用の実現に貢献する。

(注1)Machine Learning Operationsの略で,AIモデルの開発から,運用環境への配置,運用までのライフサイクル全般を管理する一連のプロセス。

會澤 敏満・柴山 武至・渡辺 宏樹

地球規模での気候変動問題を背景としたカーボンニュートラル実現のための,自動車の電動化が進んでいる。

東芝グループは,自動車の電動化を支える車載システムの低コスト化と高性能化を両立するモーターコントロールドライバー(MCD)として,MCU(Micro Controller Unit)内蔵ゲートドライバーSmartMCD™シリーズ TB9M003FGを開発し,東芝デバイス&ストレージ(株)から製品提供を開始した。ベクトルエンジン(VE)を搭載しCPUの負荷を軽減したことで,安価なCPUを用いながら毎秒2万回の高速モーター制御を可能とした。また,低コスト化が可能な1シャント電流検出を採用し,この方式では従来0 %であった低電圧利用率(Duty)時の電流検出率を,三角波・鋸(のこぎり)波・逆鋸波キャリアーを用いることで100 %まで高めた。更に,用途が異なる複数の製品への適用をCPUに組み込むソフトウェアの変更で対応できる,ソフトウェアディファインド(SD)を実現した。

川井 秀介・宮崎 耕太郎・上野 武司

次世代パワー半導体の高性能化に伴う高速動作により,電力変換器の小型・高効率化が期待されているが,高速動作によりノイズが発生するため十分な高効率化が達成できていない。また,ノイズ発生により高信頼化が困難であった。

東芝は,電力変換器の小型・高効率・高信頼化を目的として,半導体をその状態に合わせて駆動できるアクティブゲートドライブ(AGD:Active Gate Driving)技術により次世代パワー半導体の低損失・低ノイズ動作を実現した。更に,この技術を搭載したデジタルAGD回路と過電流保護回路パラメーターの自動設定が可能なデジタル過電流保護回路を1チップに集積した,スマートゲートドライバーICを開発し,27 %のスイッチング損失削減,2.35 µsでの過電流時遮断を達成した。

菅沼 直孝・上田 隆司・馬場 敬行

2050年のカーボンニュートラル実現に向け,再生可能エネルギーの主力電源の一つである洋上風力発電の導入拡大が求められている。大量導入のためには,風力発電施設のコストの30 %超を占めるO&M(運用・メンテナンス)の省力化が必要である。

東芝エネルギーシステムズ(株)は,O&Mの省力化に貢献する,ドローンによる風車の外観点検の自動化技術,及び遠隔アクセス装置による風車ナセル(注1)内部の遠隔点検技術を開発した。ドローンによる風車の外観点検の自動化技術に関しては陸上風車において有効性を実証し,ナセル内部の遠隔点検に関しては作業を省力化する基本技術の有効性を確認した。

(注1)タワー最上部に位置し,発電機などを収容する筐体(きょうたい)。

金輪 拓也・近藤 雄二

広範囲なサービスを提供する企業は,サイト(拠点)ごとに収集したIoT(Internet of Things)データを異なるサイトに複製し,大規模災害に備えるとともに,複数のサイトを横断したデータ分析を行うことが求められている。

東芝デジタルソリューションズ(株)は,IoTデータ管理に適したスケールアウト型データベース(DB)であるGridDBを提供している。この度,GridDBのサイト内レプリケーション(データの複製と同期)機能を拡張し,高い処理性能とサイト間のデータ一貫性を保証したサイト間DBレプリケーションを実現した。これにより, IoTデータに対して障害時の復旧とサイト横断分析を両立させた運用が可能となる。

神谷 朋輝・竪山 智博・中村 勇介

電力機器は,固体絶縁物の欠陥に電界が集中し,故障原因の一つとなる部分放電が生じるおそれがある。そのため,センサーで部分放電を検出して機器の故障を予知する技術が求められているが,測定環境によってはノイズの影響が大きく,検出が困難という課題があった。

そこで,東芝インフラシステムズ(株)は,クラスタリングを適用してセンサー信号に含まれるパルス波形を分類し,パルス波形の位相の広がりも考慮することで,高ノイズ下でも部分放電を検出する手法を開発した。これにより,電力機器の様々な特性・設置環境に応じた最適な診断サービスが適用できる。

R&D最前線

真常 泰

独自の感応膜を採用した小型センサーでカビ臭の自動検査の可能性を確認  

水道水源で発生する“ニオイ”の中で,カビ臭の原因は,主に,湖沼やダムに繁殖した藻類の代謝物で,2–メチルイソボルネオール(2-MIB)という物質です。2-MIBは,水道法に基づく水質基準(注1)が10 ng/L以下と対象物質の中で最も低く,定量的な分析には大型の専用分析装置が必要です。

東芝は,金属有機構造体(MOF)と呼ばれる多孔性材料が,2-MIBをよく吸着することを見いだし,水晶振動子上にMOF薄膜を形成して2-MIBを検出する原理の小型高感度ニオイセンサーを開発し,そのプロトタイプを作製しました。感度評価の結果,基準値10 ng/Lの2-MIB水溶液から発生した,大気中濃度0.2 ppbv(注2)の希薄な2-MIB臭気の検知を確認でき,有効性を実証しました。

(注1)環境省ホームページ「水質基準項目と基準値(51項目)」。
(注2)大気中での体積比10億分の1を意味する濃度単位。0.2 ppbvは一般的な半導体型センサーの検出下限に対して数百分の1の濃度に相当。

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