• 東芝レビュー 79巻3号(2024年5月)

特集:サプライチェーンの進化を支える物流自動化ソリューション

物流はサプライチェーンを支える社会基盤であり,EC(電子商取引)の伸長や働き方改革の推進に伴って急速な人手不足に直面しています。東芝グループはサプライチェーンの進化を目指して,長年にわたり社会インフラを支えてきたフィジカル技術と,データの力を生かしたサイバー技術によって,物流の自動化技術を開発しています。この特集では,知能化ロボティクス技術やAI予測・最適化技術などを活用した物流自動化ソリューションをご紹介します。

特集:サプライチェーンの進化を支える物流自動化ソリューション

江原 浩二・松本 裕司

物流は,サプライチェーンを支える重要な社会基盤の一つである。物流業界は,厚生労働省の告示「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」の適用に起因する2024年問題や,少子高齢化による労働力の減少,そしてEC(電子商取引)市場の拡大による小口荷物の増加などにより,作業量に見合う労働力が確保できないという問題に直面している。

東芝グループは,“人と機械のベストマッチ”を掲げ,人の作業を代替・支援する物流自動機器や,人と機械の協調動作を可能にする運用管理システム(WES)などのCPS(サイバーフィジカルシステム)を構築し,物流作業の更なる自動化と新たな価値の提供に取り組んでいる。

榊原 静・粂川 叶・吉田 琢史

物流倉庫内の作業者にとって,出荷商品を棚に取りに行きピッキングを行う出庫作業の負荷が大きくなっており,作業の効率化や自動化が求められている。自動搬送車(AGV:Automated Guided Vehicle)が導入されている物流倉庫業務のスループットを最大化するために,AGVが商品の棚を作業者の作業場所に自動搬送する棚搬送ロボットシステムについて,出荷指示(オーダー)の処理順とAGVの運行計画の二つを最適化する技術を開発した。これらの最適化エンジンを試作してシステムに搭載し,客先にて実適用を行った結果,作業者が棚から商品を取り出す効率を約10 %向上させると同時に,棚を待つ時間も約19 %短縮させることに成功した。

岩﨑 利夫・和田 裕介・紺田 和宣

近年,物流分野では,EC(電子商取引)の利用拡大に伴う業務の複雑化への対応や人手不足による労働者の負担増大の軽減が課題となっている。特に,ピッキング作業では,扱う物品が多様なため,認識・把持の観点で完全自動化が困難なことから,人とロボットの協働による省力化が一つの解決策となる。

そこで東芝インフラシステムズ(株)は,倉庫内の流動的な人員配置に対応して人と協働できる高い可搬性と可用性を備えた知能化ピッキングロボットシステムを開発した。このシステムでは,協働ロボットアームを採用し,セーフティーレーザーセンサーを搭載して安全柵を不要としたことで,従来システムに比べて設置面積を92 %削減して可搬性を高めた。また,ピッキングに失敗した際のリカバリー処理機能の導入などにより,業務継続率99.999 %の達成見込みが立ち,実証実験での確認を開始した。

藤岡 健太郎・岩渕 雄太・吉田 琢史

物流業界におけるトラックドライバーの時間外労働時間の上限設定に起因する“2024年問題”対策の一つとして,トラックの荷待ち時間の短縮が求められる。短縮には,倉庫側の作業との連携が不可欠である。

東芝グループは,倉庫の作業時刻を考慮した出荷バース(荷積みをするためにトラックを駐停車する場所)割り当ての最適化技術を開発した。複数棟の積み回り有無などの情報を基に,複雑なケースを最適化できる。評価したケース(倉庫は5棟で合計50出荷バース,車両は25〜200台)では,荷待ち時間を1/8〜1/4に短縮できた。荷待ち時間短縮と倉庫側作業効率化への貢献に向け,倉庫運用最適化サービス LADOCsuite(ラドックスイート)/WESの新機能として提供を開始した。

松村 淳・松尾 琢也・王 亜成

近年,不足する物流作業者の代わりに様々な作業工程に自動化機器の導入が進んでいるが,運用効率を上げるには,作業滞留による機器停止を防ぐための各工程にある自動化機器の作業進捗の連携や,機器では難しい作業を人に振り分けるなどの人と機器との連携が必要であった。

東芝グループは,人作業とのバランスを取りながら自動化機器の運用効率を向上させる倉庫運用管理システム(WES:Warehouse Execution System)として,人と機器の作業進捗の統合管理機能や作業の振り分け最適化機能を開発し,実際の倉庫データによる検証で,出庫作業の効率向上を確認した。

一般論文

小野 聡一郎・馮 思萌・古畑 彰夫

人手不足解消や作業効率化の一環として,光学的文字認識(OCR:Optical Character Recognition)の分野では,様々な様式の帳票からデータを自動抽出する非定型帳票認識の精度向上が求められている。近年目覚ましく発展しているAIをOCRに活用する動きがあるが,事前の学習や人による作り込みなどが必要で,手間やコストが掛かる問題があった。

東芝デジタルソリューションズ(株)は,提供している“AI OCR文字認識サービス”にAI言語モデルを組み合わせた非定型帳票認識技術を開発している。文字列認識結果の部分文字列に対する属性推定技術を導入し評価試験を行った結果,事前準備の手間を削減しながら,従来技術と同等の抽出精度が得られた。また,生成AIを活用して,ユーザーがカスタマイズしやすくする技術も開発している。

長谷部 佳文・森本 淳

電気機器において,電気信号や電力などを伝達するキー部品であるケーブルは,製品の可動部に配線した場合,繰り返しの屈曲によって断線するおそれがある。しかし,使用期間内に断線しないことを試作品の評価試験で確認するには,長い試験時間が必要となる。製品開発の生産性を向上するには,設計段階で,断線しにくいケーブルを選定し,適切な経路で配線することが求められる。

東芝テック(株)は,これに対して,製品に搭載されたケーブルが断線するまでの屈曲回数を予測する技術を開発した。ケーブルの屈曲動作が停止している時間を考慮した数値解析手法を適用することにより,実使用における破断までの屈曲回数の予測が可能となった。この技術を実際の製品開発に適用し,屈曲耐久性を大幅に向上できる見込みが得られた。

山田 啓壽・本間 亨・渋谷 隆司

IoT(Internet of Things)機器などの無線通信用に,Bluetooth Low Energyモジュールが広く使われている。無線認証取得済みのアンテナ一体型無線モジュールは,無線の専門知識がなくても導入しやすいが,アンテナとプリント基板の配線の干渉を回避するための基板占有面積が広く,最終製品の大型化の要因となっていた。

東芝は,シールド上にスロットアンテナを配置する独自設計技術SASP(Slot Antenna on Shielded Package)を適用して小型化したBluetooth Low Energyモジュール(以下,SASPモジュールと呼ぶ)を開発し,2021年からサンプル提供してきた。2023年にはアンテナ設計技術の向上で更に小型化し,世界最小(注1)の基板占有面積35 mm2を実現した。SASPモジュールは配線禁止エリアも狭く,配線や部品配置の自由度も高いため,ウエアラブル機器やヒューマンインターフェース機器,産業向けセンサー機器に適しており,オープンなソフトウェア開発環境を活用して開発できる。

(注1) 2023年11月現在,アンテナ・シールド付きで水晶振動子を2個内蔵したBluetooth Low Energyモジュールとして,当社調べ。

・Bluetoothは,Bluetooth SIG, Inc.の登録商標。

日高 亮・濱川 洋平・辰村 光介

組み合わせ最適化問題は,社会や産業の様々な場面で頻繁に現れる重要課題として広く知られているが,量子コンピューター由来の東芝独自アルゴリズムを搭載したシミュレーテッド分岐マシン(Simulated Bifurcation Machine,SBMと略記)は,組み合わせ最適化問題を高速に解くことが可能である。

東芝グループは,2019年から,SBMの金融分野への応用に取り組んで来た。SBMによって,これまでは現実的な時間内で解くことが困難とされていた複雑・高度な組み合わせ最適化問題に基づく取引・投資戦略を実現できる。今回,SBMの金融分野への応用例として,SBMを用いた株式ポートフォリオ運用戦略を開発し,運用シミュレーションにおいて,従来のソルバーよりも6,230倍高速で,95 %以上の高い解精度が得られることが確認できた。

桐淵 大貴・松田 匠

風力発電所の発電効率向上のため,複数の風車を,互いの距離などの制約を満たした上で,年間エネルギー生産量(AEP)の合計値が大きくなるように配置する必要がある。山間部のような複雑な地形では,AEPなどを求めるために時間の掛かる風況解析シミュレーションを行う必要があるため,人手で配置を変えながら試行錯誤する手法では,限られた時間で適切な配置を見つけることが難しい。

東芝グループは,機械学習によりシミュレーション結果を推定し,その推定結果を用いて最適な風車の配置を求める風車配置最適化技術を開発した。人手では3時間掛けても制約を満たす配置が得られなかった事例にこの技術を用いたところ,制約を満たした上で,合計AEPが人手での最大値より約33 %大きい配置を自動設計できた。

徳野 陽子 ・内田 健哉

再生医療や個別化医療(精密医療)などの先進医療に向け,コラーゲン材料の研究開発が進んでいる。

東芝は,エレクトロスピニング(ES)法を用いた製造技術で,2種類のコラーゲンナノファイバーシート(以下,コラーゲンシートと略記)を開発し,実用化を進めている。一つ目は,体内移植のため,生体組織を模倣した3次元(3D)配向のものである。独自のファイバー密着プロセスでハンドリング性と生体適合性を両立し,更に今回のマウス皮膚フラップ下移植で,壊死(えし)抑制効果を確認できた。二つ目は,早期がん診断のため,生きたがん細胞を培養・観察できるものである。イメージセンサー表面に薄く形成し,高い生着率で乳がん細胞を観察できた。

R&D最前線

萩原 将也

高耐熱性磁石を開発・適用して大出力モーターを空冷化し,高出力密度化により航空機推進系の電動化を可能にする   

航空機の電動化には,モーターの出力密度向上が不可欠です。東芝は,高温でネオジム磁石以上の高い磁力を持つ独自開発のサマリウム(Sm)コバルト(Co)磁石と,冷却機構を簡素化できる空冷方式を組み合わせて,大幅な軽量化を図った高出力密度モーターを開発しています。開発した磁石は,約300 ℃の高い耐熱性があり,一般的な高耐熱ネオジム磁石には必須で資源リスクの高い重希土類を含みません。2 MW級モーターで検討した設計コンセプトを生かし,100 kW級を試作して,航空機環境を模擬した条件での空冷成立性を検証し,出力とフィンの放熱が見込みどおりであると確認しました。今後,MW級電動推進システムへの搭載を目指します。

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