• 東芝レビュー 79巻1号(2024年1月)

特集:モノづくりテクノロジーの進化と展開

就労人口の減少,製品・サービスの多様化,地球温暖化の対策推進をはじめとする社会的な状況が変化する中,モノづくりへの要求も高度化・複雑化しています。東芝グループは,モノづくりにデジタル技術を活用しながら,カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーの実現を見据え,事業の効率化と新たな価値の創造を進めています。この特集では,これらを実現するための,“かしこく,つながり,進化する”モノづくりテクノロジーや,それを適用したスマートファクトリー化などの取り組みを紹介します。

特集:モノづくりテクノロジーの進化と展開

宮内 孝・牛島 彰

就労人口の減少と高齢化,顧客ニーズの多様化や環境問題対応などの社会的な状況変化の中で,モノづくり(注1)への要求も高度化・複雑化している。これらに対して,“かしこく”自律的に働き,“つながる”ことでより大きな価値を創出し,世の中の変化に素早く対応して“進化する”モノづくりテクノロジーが求められている。

東芝グループでは,工場や倉庫の自動化・省人化に役立つ知能化ロボットをはじめ,地球温暖化対策に貢献する加工点技術や,現場情報を効率的にデジタル化するツール,新規技術導入のリスク評価ツール,工場全体のスマートファクトリー化など,かしこく,つながり,進化するモノづくりテクノロジーの開発と実用化を進めている。

(注1)工場で製品を作る“ものづくり”だけでなく,製品を作る活動に関連して創出する技術やサービスなども含む幅広い活動。

酒井 理佐・後藤 亮

製品開発の初期段階に,新規技術の開発コストを把握して適切なコストで開発できることを確認する必要がある。従来は,過去の実績から開発コストを見積もっていたが,新規技術の開発項目の見落としなどにより追加開発や工程後戻りなどが発生し,実際のコストと乖離(かいり)することがあった。

そこで東芝は,経験者の業務知識を形式知化して記述する知識ばらし™を活用して開発項目を網羅的に可視化し,開発項目同士の影響を考慮して新規技術の開発コストを高精度で算出する開発コスト見積もり手法を開発した。この開発コスト見積もり手法を大型インフラ機器の新規技術開発に適用した結果,実際のコストに対して誤差21 %の高精度で予測できた。

石川 翔太・髙木 雅哉

製造業において製品を計画どおりに生産・出荷するためには,生産能力を正しく把握する必要がある。一般に,生産能力はサイクルタイムや稼働時間などから算出するが,製造方式により入力項目や計算式が異なるため,複数の製造方式が混在する生産ライン全体の生産能力を算出することは難しい。

そこで,東芝グループは,異なる製造方式が混在する生産ラインでの生産能力算出方法を統一し,短時間に高い精度で計算できる生産能力評価ツールを開発した。また,このツールを利用することで,生産能力の計画値と実績値の乖離(かいり)要因を分析し,短期間で運用改善が可能な仕組みを構築した。

外川 隆一・黄川田 昌和

環境負荷を低減する取り組みとして,高導電率材や軽量材,再生化しやすい材料の製品適用が増えており,精密部品を熱損傷なく接合する技術や,再生化率を向上させる分離技術が課題となっている。

東芝グループでは,熱影響が小さく精密加工ができるレーザー加工技術の特徴を生かし,高導電率の銅材や二次合金を主原料とするアルミニウムダイカスト材(以下,アルミダイカスト材と略記)の溶接や,除去・分離技術としての適用を進めている。溶接ではレーザー波長やパルス照射条件の適正化,加工点モニタリングの適用により安定性,生産性の向上を実現し,ハードディスクドライブ(HDD)などの製造工程に適用した。また,レーザークリーニングでは,製造工程で付着する樹脂を,製品に損傷を与えず除去する技術の適用を進めている。

平塚 大祐・星野 ともか・井岡 久美子

金属やセラミックスの焼結や樹脂の硬化など熱処理工程での電力消費量は,製造業における全消費量の25 %を占め,最大である。熱処理条件は,経験則に基づいて温度と処理時間に大幅なマージンを付加して設定される場合が多く,これを適正化して電力消費量を削減する技術が求められている。

そこで東芝は,熱処理工程の適正化技術を開発した。化学反応の進捗を定式化するマスターカーブ(MSC)を用いて,反応進捗を可視化し,更に,熱流体解析と連成させて適正な条件を導出する。窒化ケイ素(Si3N4)ベアリングボール製品に適用した結果,熱処理時間を32 %,電力消費量を25 %低減できた。

澤 和秀・岡 佳史・古茂田 和馬

近年,物流分野では,eコマース(電子商取引)の利用拡大に伴う業務の複雑化への対応や人手不足による労働者の負担増大の軽減が課題となっている。ピッキング作業についても自動化のニーズが高まっているが,高速性に加えて,扱う物品の多様な変化に対応することも要求され,自動化の普及を妨げている。

東芝グループは,倉庫内の機器を管理・制御する上位のITシステムである倉庫運用管理システム(WES:Warehouse Execution System)と知能化ピッキングロボットを連携させることでピッキング作業を自動化する,知能化ロボット制御システムを開発した。ロボットや周辺機器への指示を高速性と複雑な処理の必要性に応じて階層化した制御ループに振り分けることで,多種多様な物品のピッキング作業での高いスループットや長時間連続運用が実現できることを実験で確認した。

桑村 音晴・大島 宏友・櫻井 勇樹

就労人口減少への対応や基礎収益力強化を目的として,生産・据付・保守の現場にも,デジタル技術を活用した業務プロセス変革が求められている。

東芝は,現実の事象をデジタル化してデータを蓄積・活用する作業情報デジタル化技術を開発し,東芝グループ内の生産・据付・保守現場に適用した。画像認識技術により,作業者の位置・動き,及びモノの位置・形状を自動的に検出し,作業進捗をリアルタイムに把握できる。また,音声認識技術により,作業者は手を使わずに製品状態や検査結果を既存の帳票に登録できる。作業情報デジタル化技術の適用により,現場の様々な作業情報を高速にデジタル化・収集・分析して作業の効率や品質を向上させ,業務プロセス変革を進めている。

白須 義紀・山田 渉・石川 恭

東芝グループは,CPS(サイバーフィジカルシステム)テクノロジー企業にふさわしい生産体制の実現を目指して,スマートファクトリー化を推進している。事業全体で目指す姿と,それを実現するためのロードマップを策定した上で,効果シナリオを策定し,業務プロセス変革の視点に立ってデジタル化の施策を具体化するスマートファクトリー構築手法を体系化し,生産拠点に適用した。また,この一連の展開手法・ノウハウを,手順書や,施策事例集,ツールカタログなどとしてまとめるとともに,ものづくりIoT(Internet of Things)ソリューション Meister Factory シリーズと合わせて導入・展開することで,スマートファクトリーの実現を加速している。

一般論文

原田 康宏・山下 泰伸・阿左美 義明

カーボンニュートラル実現の一環として,稼働頻度が高く過酷環境下で使われる商用車両の電動化が求められている。東芝は,急速充放電・安全性・寿命に優れたリチウムイオン二次電池 SCiB™を製品提供しているが,大型商用車などに応用するには,更なる大容量化と超急速充電が必要である。

そこで,従来の黒鉛負極と比べて体積当たり2倍の容量を持ち,超急速充放電が可能なチタン(Ti)ニオブ(Nb)酸化物(TNO:Titanium Niobium Oxide)の負極を開発している。今回,製品化に向けて低コストNb原料を用いたTNO負極を開発し,公称容量55 Ahの大型電池セルをパイロット設備を用いて試作した。試作した電池は,リン酸鉄リチウムイオン電池相当の高いエネルギー密度,10分間で80 %充電可能な超急速充電性能,4,000回の繰り返し急速充放電で初期容量の95 %以上の電池容量を維持する長寿命,及び高安全性を持つことを確認した。

加藤 雅一・荻島 拓哉

量販店などで,POS(販売時点情報管理)機能を備えたショッピングカートの普及が始まっており,東芝テック(株)は,POS機能のほかに販促情報提供機能などを備えたカートPOSを製品化し,提供している。しかし,カートPOSに搭載されるバッテリーの充電作業の煩わしさが,人手不足という社会状況も相まって普及の阻害要因となっている。

当社は,カート置き場にカートを戻すだけで充電が可能な,磁界結合方式による独自仕様の20 W級ワイヤレス給電システムを開発した。送電回路には,145 kHzで動作する高効率な半波電圧共振回路を採用した。また,通常のカートと同様の収納形態で,各カートを正確に位置決めして高い給電効率を維持できるガイドレール機構を考案し,実用的な環境で20 Wの給電と75 %以上の給電効率を達成した。

吉岡 貴行・杉本 勇一・横田 俊介

インターネットによる通信販売やリモートワークなどにより生活様式が変化することで,公共交通機関利用の減少に伴う飲食・小売り・娯楽などの各種サービス利用の減少が想定されている。

そこで,東芝インフラシステムズ(株)は,乗車券のデジタル化技術を活用し,社会の様々なサービスのアプリケーションやWebサイトに組み込める“交通チケットオープン化プラットフォーム”(以下,交通PFと略記)を開発し,2023年4月から6月にかけて実施した現地実証実験で,コンセプト検証と課題抽出を行った。これにより,サービス事業者が自律的に乗車券を使った企画立案や販促活動ができ,“サービス利用+移動”の促進による公共交通機関の利用拡大や沿線での経済活動活性化が期待できる。

佐野 雄磨・野田 玲子・濱向 洸生

インフラ設備の巡視・保守点検作業は,設備や機器などの撮影や,撮影位置の記録など多くの作業を点検員が手作業で行っており,大きな負担になっている。

 東芝グループは,保守点検作業の自動化・省力化を目指し,一般のカメラで撮影した1枚の画像から,画像と図面上の位置とを対応付ける位置認識AIと,異常や異常につながる変状箇所を高精度に検出する不特定変状検知AIとを組み合わせ,画像,撮影位置,及びひび割れなどの変状を一括管理できる点検情報管理AIを開発した。更に,点検情報管理AIの実証環境をクラウドシステム上に構築し,様々な現場で点検情報管理AIの有効性を手軽に確認できるようにした。

R&D最前線

上田 隆司

空間的・時間的に細分化した局所風況を予測して,強風時における鉄道の運転中止・再開,及び再開前点検の計画を支援    

近年,地球温暖化に伴う気候変動によって,台風や集中豪雨などによる気象災害が増加傾向にあります。このうち強風は,鉄道輸送・道路運行といった社会インフラや,今後普及が予想されるドローン運航などに,深刻な影響をもたらすことが想定されます。

東芝エネルギーシステムズ(株)は,約20 mの単位で10分から8時間先までの風速を予測し,時間ごとの強風域をダッシュボード上に可視化する気象防災システムを開発して,鉄道会社向けに情報提供サービスの試行を始めました。強風が予測される場合には,早い段階から運転中止を計画して防災・減災を図り,強風通過後には速やかに運転再開して,社会活動を継続できるようになります。 

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