• 東芝レビュー 78巻4号(2023年7月)

特集:価値創造と生活圏満足を共創で実現するサービスデザイン

急速に変化する社会では,“モノ”や“コト”の提供販売からサービスの提供といった変化が起こり始めています。東芝テック(株)は,サービスプラットフォーマーとして,全てのステークホルダーに対して生活圏における満足度の向上を提供し,それが持続可能なサービスデザインとなることを目指しています。この特集では,これらの取り組みを紹介します。

特集:価値創造と生活圏満足を共創で実現するサービスデザイン

濱田 美樹夫・高梨 真里

東芝テック(株)は,業界シェアの高いPOS(販売時点情報管理)事業を起点に,製品を販売するビジネスからプラットフォームビジネスへの転換を目指している。リテール業界だけでなく,決済や,広告,物流など関連業界へも顧客基盤を拡大し,価値を提供するエコシステムを構築して,SDGs(持続可能な開発目標)達成への貢献と生活圏満足度の向上を実現する。

そこでプラットフォームビジネスへ転換し更に拡大するために,2022年10月にサービスデザインの専門家を集めた組織を設置し,ステークホルダーとの対話や共感獲得を通じて,共創活動をリードしている。また,サービス設計やビジネス検討を行う独自の手法開発,顧客や消費者との対話・課題発見・アイデア発想を行う共創の場を提供している。人財・場・手法の開発を通して,包括的に社会への価値提供を支える仕組み作りに取り組んでいく。

井阪 岳彦

世界各国の経済発展に伴い,持続可能な社会の実現を目指すことが,国際的に重要な流れになっており,リテール業界も企業活動の発想を“所有”から“共有・循環・再生”へ転換し,資源効率を高めていくことが求められている。

東芝テックグループは,サービスの構成要素を部品化してリテール事業者に提供することで,経済社会システム,ライフスタイル,技術といったあらゆる観点で,経済・社会・環境的課題を解決できるように,生活圏の満足度を高めることに取り組んでいる。

黒田 和代

現在の市場には,多種多様なサービスが続々とリリースされており,従来のように,製造者が立てた仮説に従って仕様を検討し,開発したサービスをリリースして終了する売り切り型プロセスでは,他社との差別化が難しくなっている。

そこで東芝テック(株)は,サービス提供に必要なシステムをモデリングするとともに,サービスデザイン手法に基づいてサービスのPDCA(Plan-Do-Check-Act)サイクルを顧客視点で回すことで,迅速かつ継続的に顧客に価値を提供するサービス設計プロセスを,検討・構築した。このサービス設計プロセスを適用し,顧客にとって真に価値あるサービスを創出して,差別化を図る。

寺野下 昌秀・上諏訪 吉克・原 法義

顧客の事業環境が加速度的に変化している状況においては,顧客との対話や共創により,顧客の課題に素早く対応していくことが求められる。そのためには,リリース後の情報収集や顧客へのフィードバックなどを基に,必要なサービスを設計していくことが重要となる。

そこで東芝テック(株)は,顧客に導入した全てのシステムや機器の運用状況をリアルタイムかつ一元的に管理し,俯瞰(ふかん)的に可視化することで,機器の管理・分析及び状況判断を支援するサービスオペレーションプラットフォームの構築に取り組んでいる。一元的にサービスを管理し続けることにより,サービスのリユース,リサイクルを実現でき,開発資源の削減を通じて,SDGs(持続可能な開発目標)の実現に貢献できる。

高橋 伸幸・原 法義

リテール業界では,慢性的な人手不足の状況にあり,働き方改革や自動化などに取り組んでいる中,新型コロナ,戦争による物価高騰,円安の影響を受け,更なる課題が出てきた。これら顧客の様々な課題を解決するためのサービスを迅速に提供する必要があり,そのためには自社だけでなくパートナーとの連携が不可欠である。

東芝テック(株)は,パートナーと共創・協働による新たな価値創出に向けたエコシステムを構築し,そのパートナーがグローバルリテールプラットフォーム“ELERA”を活用したソリューションの開発を迅速に行える支援システムを提供している。

一般論文

小林 大祐

深層ニューラルネットワーク(DNN)などを用いて画像から特定の物体を検出する技術は,生産性の向上や自動化・省力化のために使用され,重要性が高まっている。しかし,導入時に存在しなかった新規物体を検出するには, DNNに再学習させる必要がある。Few-shot物体検出技術は,数枚の画像があれば再学習可能だが,高速なハードウェアを使用しても数時間以上掛かっていた。

そこで東芝は,新規物体の画像から抽出した特徴ベクトルを活用することで,数枚の新規物体の画像と正解情報があれば再学習を不要にすることが可能な特徴ベクトル登録型Few-shot物体検出技術を開発した。更に,画像内の学習対象以外の物体の形状を自動的に学習する独自の自己教師あり学習方式を開発して適用し,新規物体の検出精度を従来手法より向上させた。

小畠 知也・山田 正隆

様々な要因によってデータが変化する実サービスにおいてAIを運用するには,継続的にAIモデルを更新することで変化に追従していく必要がある。しかし,AIモデルの更新は,モニタリングや再学習,AIモデル管理といった専門性の高いプロセスから成るため,多大な人的リソースを必要としていた。

東芝グループは,これらのプロセスを自動化して現場での円滑な実行を可能にする,MLOps(Machine Learning Operations)基盤を開発し,AIを適用したIIoT(Industrial Internet of Things)サービスの開発速度・品質の向上を図っている。このMLOps基盤を,プラントの異常予兆検知や製品の自動検査のためのIIoTサービスなどに導入し,AIの専門家でなくてもAIモデルの更新プロセスを実行してデータ変化に追従させることが可能であることを確認した。

細川 晃・張 瑞剛・長野 伸一

インフラサービス基盤における迅速な設計と機能拡張性を両立したサービス構築の実現に向け,マイクロサービスの活用が注目されている。API(Application Programming Interface)を介してやり取りされるデータの項目や単位が設備ごとに異なると,データに合わせてデータ取得機能や可視化画面を個別に開発する必要が生じ,迅速なサービス開発の妨げとなる。

そこで東芝は,数学的集合論を基礎として,クラス及びクラスが持つプロパティを定義する情報モデルを用いてマイクロサービスを標準モジュール化し,マイクロサービスの接続可否を情報モデルを介して自動判定するマイクロサービス連携技術を開発した。これにより,ニーズへの柔軟な対応と迅速なサービス提供が可能となった。

ジリエ アルマン

東芝は,インダストリアルIoT(Internet of Things)サービスTOSHIBA SPINEXのポータルサイトであるTOSHIBA SPINEX Marketplaceを提供している。TOSHIBA SPINEXが質の高い安全なサービスであることを訴求するためには,TOSHIBA SPINEX Marketplaceにも高い信頼性と安全性が求められる。

そこで,高い信頼性と安全性を担保する東芝IoT基盤サービスHABANEROTSを利用して,TOSHIBA SPINEX Marketplaceを構築することにした。この結果,最先端の情報セキュリティー,スケーラビリティー,及び可用性を備えたポータルサイトを,低コストで迅速に構築できた。

長谷川 光平・小林 伸次・高松 誠昇

上下水道システムなどのプラント設備の新設・更新工事では,稼働停止期間が短いことが求められる。しかし,プラント設備は大電力を扱うため,電磁ノイズによるセンサー装置類の誤動作・誤検出が発生しやすく,稼働開始までに時間が掛かる場合がある。

東芝は,設計式に基づいて磁気飽和を抑えるノイズ抑制回路の設計手法と,周波数特性に着目したモデルを用いて電磁ノイズを予測するシミュレーション環境を開発した。これらにより,プラント設備の電磁ノイズを工事前に予測して抑制し,電磁ノイズによる誤動作・誤検出を防ぐことで,稼働停止期間の短縮を可能にした。

濱向 洸生・芦川 将之

AI技術は,一つの技術が複数の分野で利用されることが見込まれ,東芝デジタルソリューションズ(株)もマネージドサービスとして東芝アナリティクスAI“SATLYS(サトリス)”を提供しているが,AIモデルを呼び出す部分のインターフェースが顧客によって異なり,顧客環境の構築のために,導入期間が長期化することが問題であった。

そこで当社は,顧客ニーズの高い映像系のAI要素技術に対し,ラッパープログラムによるインターフェースの統一化を図ることで複数用途への適用を可能にした映像解析AIモデルを開発し,SATLYS AIモデル提供サービスとして提供を開始した。これにより,AIサービス導入に要する期間を短縮することが可能となった。

遠藤 浩太郎・外山 春彦

仮想通貨ビットコインを起源とするブロックチェーン技術は,スマートコントラクトの誕生によりその適用領域が大きく広がりつつあり,更に幅広い分野での活用が期待されている。

そこで東芝グループは,利用者がスマートコントラクトを自由に作成することができる企業向けのブロックチェーンサービスを開始した。ブロックチェーンの本質を強化しつつも,一般のビジネス用途に配慮したアクセス制御と管理権限など,パブリックブロックチェーンとは一味違う技術を独自に開発し,高信頼で使いやすいブロックチェーンをマネージドサービスとして提供している。

R&D最前線

岡 佳史

“落としそう”や“落とした”を自ら判断し,適切な動作で物品を確実につかんで搬送するピッキングロボットを実現    

近年,物流現場での自動化・省人化の流れが加速しています。東芝は,物流現場で物品のピッキング作業を自動化するピッキングロボットを開発しています。多様な形状や保管状態の物品を確実に把持搬送するためには,不安定な把持や落下といった把持状態の変化を都度判断し,ロボットの動作に反映する技術が必要です。そこで,ロボットが物品をどの程度安定して把持できているかを定量的に推定し,安定性に応じてロボットの動作を制御する技術と,物品の落下を検出し,落下位置に応じた動作経路を再生成する技術を開発しました。その結果,重量物を含む28種類の物品について,ピッキング成功率が78.6 %から94.5 %に向上しました。

古谷 優樹

流体可視化で取得したデータから膜厚予測モデルを構築し,膜厚分布を制御して成膜プロセスの安定化に活用    

成膜プロセスは,電池や半導体など様々な製品の製造に使用されており,品質向上のために,基板上の膜厚分布をリアルタイムに予測・制御することが重要です。しかし,成膜プロセスは複雑な乱流挙動を伴うので,物理モデルを用いた予測が困難です。そこで,流体可視化と画像処理技術を用いて,乱流速度場と膜厚分布の時系列データを取得し,機械学習で乱流速度場から膜厚分布を高精度かつ高速に予測するディープニューラルネットワーク(DNN)モデルを構築しました。このモデルを用いて,乱流挙動から膜厚分布をリアルタイムに予測し,気流状態にフィードバックすることで膜厚分布を制御します。

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