• 東芝レビュー 76巻1号(2021年1月)

特集:CPSテクノロジー企業の実現に貢献するデジタル生産技術

デジタル革命がもたらす環境変化は,東芝グループにとって大きなチャンスです。そこで,製造業として長年培ってきたフィジカル空間での強みと,産業分野のデジタル化を推進するサイバー技術を融合させた,CPS(サイバーフィジカルシステム)の実現を目指しています。そのためには,バリューチェーンをスルーした,あらゆる業務プロセスでの生産性向上や,それらの有機的連携が重要です。この特集では,進化の著しいICT(情報通信技術)・センシング・分析・シミュレーション技術を活用したデジタル生産技術と,これを使った業務プロセス変革の取り組みを紹介します。

特集:CPSテクノロジー企業の実現に貢献するデジタル生産技術

中川 泰忠・秋山 靖裕

東芝グループは,2000年度に提唱した“デジタルマニュファクチャリング”のコンセプトや実践で得た知見を基に,進化の著しいICT(情報通信技術)やネットワーク,センシング,分析,シミュレーションなどの最新技術を活用した“デジタル生産技術”の開発を推進している。

生産技術は,これまで主に生産計画・管理や製造分野に適用してきたが,更にそのミッションを,営業から据え付け・保守まで,全ての業務プロセスにおける生産性向上に拡大し,再設定した。デジタル生産技術を駆使することで,バリューチェーンをスルーした業務プロセスの変革を展開している。

西田 俊介・松下 博史・竹井 義博・高垣 誠司

受注設計型の製品開発において,顧客満足度,提案スピード,及び品質を向上させるには,あらかじめ準備した互換性のあるモジュールを活用するモジュラーデザインの適用と,モジュールの組み合わせにより顧客要求に合う製品構成と見積もりを自動で作成するコンフィグレーターの導入が効果的である。

東芝グループは,受注設計型の大規模システム向けに,製品仕様の評価指標とDSM(Design Structure Matrix)を用いたモジュラーデザイン手法を確立し,それに対応したコンフィグレーターを開発した。コンフィグレーターは,顧客への提案スピードを重視して禁則を考慮した未確定仕様の自動設定と概略仕様だけで見積もり可能な機能,及びデータを階層構造にして仕様値とモジュールを関連付けるルールのメンテナンスを容易にする機能を備えている。これを起点に,営業,設計,生産,据え付け,及び保守の情報をつなぐことで,業務プロセス全体のリードタイム短縮と品質向上が可能になる。

梶川 真紀・木谷 智之

近年,様々な製品の開発リードタイムが短くなっている中で,適正な機能・性能・コストなどを実現するには,設計など開発上流段階でのコストの作り込みや,協業している部品サプライヤーとの連携強化が必要となっている。

東芝グループは,材料・加工・組み立てに関わる様々な情報を形式知化したデータベースや,製品や部品などのコストとそれに関わる要素の関係を統計的に分析する手法などを整備し,開発上流段階でコスト削減施策を効率的に創出できるようにした。また,これまで培ってきたモノづくりの知見を生かして原価構造をモデル化する手法も活用するなど,コスト変動を効率的に可視化できるコストエンジニアリング手法を体系化して展開している。

岡 一廣・蚊戸 健浩

東芝グループは,製品の設計や,生産,出荷などの生産ラインの業務プロセスを変革するため,生産シミュレーションや生産スケジューラーといったエンジニアリングツールの開発及び導入を進めている。

生産シミュレーションは,生産ラインの3次元(3D)モデルを構築して製造工程や,人員配置,設備レイアウトなどを並行検討できるツールであり,各種データを一元管理することで,計画変更が生じても迅速なライン適正化が可能となった。生産スケジューラーは,製造現場や据付・保守現場での作業計画情報をデータ化して生産計画を自動作成できるツールであり,各業務プロセス間での円滑な情報連係が可能となった。これらのツールの活用により,生産ラインの構築から量産開始までのリードタイム(LT)短縮や生産管理のための工数削減が期待できる。

小竹 正弘

社会インフラ分野では,製品コストにおいて現地での据付・保守作業の比率が高くなる傾向から,コストの削減には企画・営業から,据え付け,保守までを含めたプロセス変革の必要性が高まっている。

東芝グループは,社会インフラ製品の据付工事や保守点検作業での生産性・品質向上を目的に,製造現場で培ってきたIE(Industrial Engineering:生産工学)やデジタル生産技術の適用を図ってきた。今後のO&M(Operation and Maintenance)事業への展開も視野に,計画の適正化,生産性の改善,及び作業の標準化の三つに分類して技術開発を行い,幅広い製品群に適用するソリューションを様々な現場に展開している。

坂井 哲男・織田 達広

東芝グループは,生産性向上を担ってきた熟練者に代わり,CPS(サイバーフィジカルシステム)技術を活用して様々な製造プロセスを自律制御するシステムを開発している。これらのシステムは,加工点のモニタリングから得た情報をAI・物理モデル・プロセス知識を用いて分析し,製造設備にフィードバックして制御を行う。

レーザー溶接では,加工点画像からAIが抽出した特徴量に応じて溶接条件を制御することで,安定した溶接を実現した。成膜プロセスでは,装置へ流入する気流のセンシングデータを基に装置内部の粒子数や気流の速度ベクトルを予測し,膜厚分布を均一に制御できた。

浪岡 保男・前川 卓也

東芝グループは,モノづくりCPS(サイバーフィジカルシステム)の一環として,製造現場で作業者の行動をデータで取得するIoP(Internet of People)の仕組み構築を進めている。今回,事前に教師データの準備が不要な,繰り返し行われる工程からその要素作業を自動で抽出できる手法を開発した。この手法では,作業を観測したセンサーデータから特徴的な波形を自動的に複数選定し,それらの特徴的波形の間にある時間的な構造を推定した。また,要素作業の開始時刻はパーティクルフィルターで探索した。実際の製造工程で取得したセンサーデータを用いて要素作業を推定した結果,F値(注1)が平均で0.83という高い推定精度で推定できることを確認した。

 

(注1)推定性能の評価に用いられる指標で,値が1に近いほど推定精度が高い。

一般論文

髙田 正彬・西川 武一郎

近年,プラントや工場では,製造ビッグデータの活用により,製品不良の要因を特定して歩留まりの向上を図っている。しかし,サンプリング検査などでデータに多くの欠損値が含まれると,要因解析が計算量・精度の両面で困難になる場合がある。

東芝グループは,大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 統計数理研究所(以下,統計数理研究所と略記)と共同で,自動的に変数を選択しながら回帰モデルを推定するスパースモデリング技術をベースに,多くの欠損値が含まれるデータから高速・高精度に要因解析を行えるHMLassoという手法を開発した。その結果,これまでの先端的な手法と比べて推定誤差を約41 %削減できることを確認した。この手法により,多くの欠損を含んでいても不良要因の同定が可能となり,製造現場の生産性・歩留まり・信頼性の向上が期待できる。

上滝 直樹

東芝エネルギーシステムズ(株)は,二酸化炭素(CO2)排出量の削減に向け,再生可能エネルギー由来の水素の導入拡大に向けた関連技術の開発を推進している。

その一環として,環境省の「地域連携・低炭素水素技術実証事業」において,北海道・釧路市・白糠町と連携し,小水力発電を電源とする水素の製造から,貯蔵,配送,利用に至るまでの低炭素な水素サプライチェーンの構築と実証を行った。2018年6月から2020年3月までの実証期間で収集したデータを基に試算した結果,評価対象の3需要家施設の合計で約15 %のCO2排出量を削減できたことを確認した。

成瀬 浩輔・青木 泰浩・桑原 雅夫

長年にわたって社会問題となっている交通渋滞は,ICT(情報通信技術)やAIなどの最新技術を活用して抑制していくことが期待されている。

 

東芝インフラシステムズ(株)は,国立大学法人 東北大学と共同で,AIの一種である機械学習手法を交通工学的な知見に基づいて活用し,高速道路の渋滞を予測する技術の開発を進めている。今回,過去の車両感知器データを用いて,高速道路のボトルネック区間における120分先までの渋滞を予測する機械学習モデルを構築した。構築した予測モデルで3段階の渋滞度の予測性能をF値(注1)により評価し,10分先,60分先,120分先の値としてそれぞれ0.796,0.720,0.637を得るとともに,その時間的変化も緩やかであることを確認した。今後は,より長期的な予測も行うことで,予測モデルの実用化に向けた検討を進めていく。

 

(注1)機械学習などの予測性能評価に用いられる指標。値が1に近いほど予測の精度が高い。

本島 大地・宮本 理恵・百武 博幸

製造業では,フィジカル空間のフィールド機器から出力される多様で膨大なデータを収集し,サイバー空間で分析して新たな価値を創出するCPS(サイバーフィジカルシステム)の構築に関心が集まっている。それに伴って,プラント設備や工場の製造ラインなどの基幹である制御システムには,通信トラヒックの増大によるクラウドシステム負荷の軽減や,現場(エッジ)で求められるリアルタイムなデータ処理に対応する自律分散型データ処理が可能なエッジコンピューティングの役割が求められている。

東芝インフラシステムズ(株)は,次世代制御システム用に通信トラヒックの更なる削減とリアルタイム性能の向上を図った産業用コントローラーの後継機種として,“ユニファイドコントローラVmシリーズtypeS”(以下,typeSと略記)をリリースした。typeSは,大容量データに対応できるハードウェアリソースを持つIoT(Internet of Things)対応コントローラーとして,エッジリッチなCPSを実現できる。

長谷川 浩司・平松 亮介・碓井 大地

熱間等方圧加圧(HIP)焼結は,焼結品の内部欠陥の除去と緻密度の向上を目的とした高温・高圧な加工法で,セラミック材料の性能・品質に影響する重要なプロセスである。しかし,HIP焼結プロファイル(焼結条件依存性)をあらかじめ実験で確認しておく必要があり,実験回数を減らして開発期間を短縮することが課題である。

東芝マテリアル(株)は,セラミック材料のHIP焼結プロファイルをシミュレーションによって効率的に予測するHIP焼結予測技術の開発に取り組んでいる。今回,モンテカルロ焼結シミュレーションを使って,必要な焼結制御因子を比較的容易な実験合わせ込みから導出し,シミュレーションによるHIP焼結プロファイルの予測に適用できることを確認した。

R&D最前線

長谷川 光平

回路シミュレーションで、パワーデバイスの電力損失や動作波形の詳細な分析・評価を実現

パワーデバイスなどの部品は、電気製品の消費電力を大きく左右するため、使用状態を想定した比較評価が繰り返し行われます。

東芝は、パワーデバイスの開発効率と性能の向上を目指し、デバイスが搭載される電気回路に対して高精度に電力損失を分析できる回路シミュレーション技術を開発しました。この技術を用いることで、実際の回路では測定しにくい、任意のポイントでの電圧・電流波形をシミュレーションでき、電力損失の要因を定量的かつ詳細に分析・評価できるようになりました。

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