労基法改正「先送り」の真相と労働市場改革のゆくえ ~ 人事労務担当者が、着手すべき制度の総点検~
現在、企業を取り巻く雇用環境は大きな転換点を迎えています。2019年に施行された働き方改革関連法は「施行後5年」の見直し時期を迎え、労基法関連については、2025年2月より労働政策審議会(労政審)で次期改正に向けた議論が開始されていました。しかし、「働きたい人がもっと働けるようにしたい」という高市総理の意向により、改正案の国会提出は、いったん見送られることとなりました。この動きに対し、労働政策審議会(厚生労働大臣等の諮問に応じて、労働政策に関する重要事項の調査審議を行い、労働政策に関する重要事項について、厚生労働大臣等に意見を述べることができる会議体)では、労働者・使用者委員の双方から、「労働時間規制緩和の検討を日本成長戦略会議で進めるためとのことだが、労働政策は公労使の三者構成がグローバルスタンダードであり、労政審が官邸の下請け機関になってはならない。」といった懸念の声があがっています。
【著者プロフィール】
北條 孝枝 ほうじょう たかえ
株式会社ブレインコンサルティングオフィス / APブレイン社会保険労務士事務所
社会保険労務士 メンタルヘルス法務主任者
略歴・経歴
会計事務所で長年に渡り、給与計算・年末調整業務に従事。また、社会保険労務士として数多くの企業の労務管理に携わる。
情報セキュリティについての造詣も深く、実務担当者の目線で、企業の給与、人事労務担当者へのアドバイスや、業務効率化のコンサル等に取り組むとともに、実務に即した法改正情報、働き方改革などの企業対応に関する講演も多数行っている。
2026年3月、議論の舞台は「労政審」から「官邸」へ
注目すべきは、2025年末に政府直下に新設された「労働市場改革分科会」の動向です。2026年3月11日に開催された第1回会合では、日本成長戦略会議との連携による、大局的な労働政策の在り方が鮮明になりました 。改正案の提出が「先送り」されたものの、より踏み込んだ「労働市場の流動化」と「生産性向上」をセットにした抜本的な制度改革に向け、2026年5月頃までに議論をまとめていく方針です。
労働市場改革分科会の新設
2025年12月24日開催の「日本成長戦略会議」で新設
「攻め」の人事戦略:裁量労働制の拡大と多様な働き方
高市総理が、政方針演説で言及した労基法改正に関する主な項目は、以下の3点です。
・裁量労働制の見直し
・副業・兼業の健康確保措置
・テレワーク等の柔軟な働き方
特に、政府が掲げる成長戦略において、裁量労働制の拡充は中心となるテーマの一つです。
■裁量労働制の次なるステップ
2024年4月の労基法改正により、M&Aアドバイザー業務の追加や本人同意の厳格化が実施されましたが、さらに柔軟な働き方を実現するため、対象業務のさらなる拡大や運用の見直しが議論されています。
裁量労働制は、実労働時間にかかわらず「労使であらかじめ定められた時間労働したもの」とみなす制度のため、賃金が労働契約で締結した額で固定されるため、長時間労働による健康被害を防ぐための厳格な要件(本人同意、同意撤回の手続き、苦情処理窓口、健康福祉確保措置、行政への定期報告等)が定められています。現行制度には、「専門業務型」と「企画業務型」の2種類があります。
裁量労働制とは
労働者を実際にその業務に就かせた場合、労使であらかじめ定めた時間労働したものとみなす制度のため、賃金は労働契約で締結した額で固定
◆専門業務型裁量労働制
業務の性質上、その遂行の方法を大幅に当該業務に従事する労働者の裁量に委ねる必要があるため、業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をすることが困難なものとして定められた20の業務が対象
◆企画業務型裁量労働制
事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務で、業務の性質上、これを適切に遂行するには、その遂行の方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要があるため、業務遂行の手段や時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこととする業務等
■副業・兼業の「通算ルール」撤廃へ
実務上の大きな負担となっていた「異なる事業主間での労働時間通算」による割増賃金算定について、健康確保は維持しつつも、割増賃金の支払いについては通算を不要とする制度改正が検討されています。これは外部人材の活用や、社員の自律的なキャリア形成を加速させる大きな一歩となります。
■テレワーク混在日のフレックス活用
在宅勤務と出社が混在する日でも部分的にフレックスタイム制を活用できるよう、現行制度の制約を解消し、柔軟な始業・終業時刻の選択を可能にする検討が進められています。
「守り」の基盤整備:強化される健康確保と労使対話
規制緩和が進む一方で、労働者の健康確保措置はより高い実効性が求められるようになります。
■勤務間インターバルの義務化への動き
現在は努力義務の「勤務間インターバル」について、義務化を視野に入れた検討が行われています。24時間営業の店舗等では、人手不足の拍車を懸念する声もありますが、先行して導入されている自動車運転業務や医師の事例を踏まえ、段階的な導入が模索されています。
■「13日超の連続勤務」禁止へ
4週4休の特例による極端な連続勤務を防ぐため、「13日を超える連続勤務をさせてはならない」旨の規定や、就業規則で法定休日を特定するよう義務付ける方針が示されています。
■過半数代表者の適正選出
36協定等の有効性を左右する「過半数代表者」の選出について、使用者の不適切な関与を排除し、その役割や選出プロセスを法律上で明確化する法改正も検討されています。
人事労務担当者が着手すべき「3つのアクション」
2026年5月から夏頃には「労働市場改革分科会」による取りまとめが予定されています。その後、労働政策審議会でも議論され、労基法改正案が2026年冬の国会に提出されることが予想されます。制度が施行されてから慌てるのではなく、今この「空白の期間」に以下の点検を行ってはいかがでしょう。
■「つながらない権利」のルール化
法制化を待たず、時間外の連絡自粛やシステムアクセス制限など、各事業場の実情に応じたルールを労使で協議を始め、従業員の満足度につなげていくことが考えられます。また、ルールを導入することで、セキュリティ面でも有効な対策となります。
■ 管理監督者の実態調査
本来は該当しない労働者が「名ばかり管理職」となっていないか 、健康福祉確保措置が機能しているかを含め 、制度改正を前に自浄作用を働かせることがリスク回避に繋がります。
■ 賃金算定ルールの見直し
有給休暇取得時の賃金について、時給制等の労働者が不利にならないよう「所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金」への原則統一を検討しましょう。2026年4月以降は、健康保険の被扶養者は、労働条件通知書(雇用契約書)等で、労働契約の内容により判断することとなりました。短時間・シフト勤務のアルバイトの従業員等で、1日の労働時間をはっきりさせていないケースでは、標準となる時間を約束し、労働条件通知書に明記していくことで、健康保険の被扶養者の範囲で働きたいニーズにも適切に対応可能となります。
変化を「コスト」ではなく「投資」と捉える
労働基準法改正の議論は、単なる規制の強化・緩和の枠を超え、企業がいかに多様な人材を惹きつけ、その能力を最大化させるかという「人的資本経営」の試金石となります。人事労務担当者の皆様は、2026年夏の結論を待たず、まずは自社の労務管理の「総点検」を開始していくことをお勧めします。
「13日超の連続勤務」禁止へ
4週4休の特例による極端な連続勤務を防ぐため、「13日を超える連続勤務をさせてはならない」旨の規定や、就業規則で法定休日を特定するよう義務付ける方針が示されています
過半数代表者の適正選出
36協定等の有効性を左右する「過半数代表者」の選出について、使用者の不適切な関与を排除し、その役割や選出プロセスを法律上で明確化する法改正も検討されています。

