第1回 「考える人事」から「問う人事」へ
AI時代に、人事の役割は根本から変わる
2026.9.25
AIが変えるのは業務効率だけではない。AIの普及で人事部門の役割はどう変わるのか
人事部門に、静かな、しかし大きな変化が訪れています。
それは、単に「AIを使えば業務が効率化できる」という話ではありません。評価データの集計が早くなる、資料作成が楽になる、問い合わせ対応を自動化できる。もちろん、そうした効果はあります。しかし本質は、もっと深いところにあります。
AIは、人事の役割そのものを変えようとしています。
これまで人事部門は、制度設計、評価運用、労務管理、人材データの管理、研修運営など、幅広い業務を担ってきました。そこでは、知識があること、正確に処理できること、経験に基づいて判断できることが、大きな価値とされてきました。
しかし、AIが普及することで、その前提が変わります。
分析や情報整理が誰にでもできる時代へ
これまで「できる人」だけが持っていた分析力、言語化能力、情報整理力、資料化能力が、誰でも扱えるものになっていくからです。複雑な情報を整理する。論点を抽出する。仮説を立てる。文章にまとめる。こうした知的作業の多くは、AIによって大きく補完されます。
つまり、AIがもたらすのは格差拡大ではありません。むしろ、知能の均質化です。
これまで一部の優秀な人だけができていたことが、AIを通じて多くの人に開かれていく。すると、「知っている」「早く処理できる」「きれいにまとめられる」といった能力だけでは、差がつきにくくなります。
人事の世界で考えると、これは非常に大きな変化です。
たとえば、評価結果を集計する、異動候補者のリストを作る、エンゲージメントサーベイの結果を分析する、研修受講率をレポートする。これらは、従来であれば一定の経験やスキルが必要でした。しかしAIが入ることで、作業そのものは短時間で実行できるようになります。
AIは答えを出せても、問うべきことは決められない。AI時代における人事の新たな価値は「問い」にある
では、人事の価値はどこに残るのでしょうか。
答えは、「問い」にあります。
AIは答えを出すことが得意です。しかし、何を問うべきかを決めるのは人間です。ここが、AI時代における人事の本質的な役割になります。
たとえば、「離職率を下げるにはどうすればよいか」とAIに聞くことは誰でもできます。しかし、本当に重要なのは、その一歩手前です。
組織課題を捉え、問いを設計する力が求められる
なぜ特定の部署で離職が増えているのか。
それは上司との関係なのか、評価制度への不満なのか、キャリアパスの見えにくさなのか。
離職するのは中堅層に偏っているのか、高評価者ほど辞めているのか。
もしそうだとするなら、評価と処遇、配置、育成のどこに構造的な問題があるのか。
このように、組織の状態を理解し、仮説を持ち、AIに投げかける問いを設計できるかどうか。ここに、人事の新しい価値が生まれます。
「考える人事」から「問う人事」への転換
これまで人事は、「考える存在」でした。制度を考える、評価を考える、配置を考える、育成を考える。
しかし、これからはAIもまた考える存在になります。分析し、推論し、仮説を立て、文章にまとめる。これまで人間だけが行っていた「思考」の一部が、AIによって外部化されていきます。
では、人間は何をする存在になるのか。
それは、「問う存在」です。
答えを出すのはAI。
しかし、何を答えさせるのかを決めるのは人です。
どの問題を解くべきかを決めるのは人です。
その答えをどう受け止め、どう使うかを判断するのも人です。
この転換は、人事部門にとって非常に重要です。
評価業務における人事の役割はどう変わるのか
評価制度を例にすると、これまで多くの時間は、評価の回収、集計、分布確認、資料作成、会議準備に費やされてきました。しかしAIがこれらを支援するようになると、人事に残る仕事は変わります。
処理ではなく、制度の目的を問うことが重要になる
「どう集計するか」ではなく、「そもそも何を評価すべきか」。
「どう分布を整えるか」ではなく、「この評価軸は事業の未来に合っているか」。
「評価結果をどう処理するか」ではなく、「評価を通じてどんな組織行動を促したいのか」。
このような問いを設計することが、人事の中心業務になっていきます。
知識を持っているだけでは差がつきにくくなる。人事の専門性は「知識」から「知識の活用」へ
同時に、「知識を持っていること」の価値も変わります。
かつては、労働法制に詳しい、評価制度のトレンドを知っている、他社事例を豊富に持っている、といったことが人事の専門性として評価されてきました。もちろん、知識が不要になるわけではありません。しかし、知識を持っていること自体の価値は相対的に下がります。
なぜなら、情報はAIが提示してくれるからです。
必要な制度例も、関連する論点も、一般的なフレームワークも、AIが瞬時に出してくれるようになります。
自社の状況に合わせて知識を設計し直す
これから価値になるのは、知識そのものではありません。
その知識をどう使うか。
どの知識とどの知識を組み合わせるか。
自社の状況に合わせて、どのように解釈し、設計し直すか。
つまり、人事に求められるのは、「知識を持っている人」ではなく、「知識の活用方法を設計できる人」としての役割です。
プロンプトの質は思考の質で決まる。AI活用の成果を左右する「問いの質」
AI時代の人事に必要なのは、AIに負けない知識量を持つことではありません。AIを使って、より良い問いを立て、より良い判断につなげることです。
プロンプトの質は、単なる入力テクニックではありません。
それは、思考の質です。
問いが浅ければ、AIの答えも浅くなります。
問いが曖昧であれば、アウトプットも曖昧になります。
逆に、問いが鋭ければ、AIは人事の意思決定を大きく支える存在になります。
人事はAIを使って組織の未来をどうつくるのか
AI時代に、人事がまず向き合うべきこと。
それは、「AIで何を効率化するか」ではありません。
AI時代の人事は「問う存在」になる
自分たちは、何を問うべき存在になるのか。
どの問いを通じて、組織の未来をつくるのか。
そこから、人事の進化は始まります。
次回予告
次回は、タレントマネジメントや人材データ活用の現場に目を向けます。データはある。システムもある。それでも意思決定につながらないのはなぜか。AIが人事業務の構造をどう変えるのかを考えます。
株式会社東芝
データ事業推進部
データプラットフォーム推進担当
エキスパート
有賀 龍
※記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2026年9月時点のものです。

