ビジネス・産業分野でAIを普及させるために必要なこと(後編)
~AIソリューション・サービスの活用事例と、未来に向けたAIの可能性~

イノベーション、テクノロジー

2022年12月9日

東芝グループでAIの技術開発を牽引している古藤晋一郎に、ビジネス・産業分野におけるAI普及のキーポイントについてインタビューした内容の後編。
前編では、AIの技術トレンド、ビジネス・産業分野でのAI活用に向けた課題と、それらを解決する東芝グループの取り組みの話を中心に紹介した。後編では、AIソリューション・サービスの活用事例や、その先の未来にあるデジタルエコノミーやサーキュラーエコノミーといった社会構造の転換に向けて、どのように AIが新しい価値を創出できるのか、その可能性について聞いた内容を紹介する。

東芝 研究開発センター 知能化システム技術センター ゼネラルマネジャー
東芝デジタルソリューションズ AI技師長 兼 ソフトウェア&AIテクノロジーセンター ゼネラルマネジャー
古藤 晋一郎

東芝のAIソリューション・サービスによる、さまざまな分野での実用例

福本:
東芝グループは、これまでにアナリティクスやコミュニケーション、画像認識など多くのAIソリューションやサービスを提供してきました。ビジネス分野や産業分野でのAIの実用例について教えてください。

古藤:
最近の事例では、ファンケル様の「AIパーソナル角層解析」があります。店頭でお客様の肌の角層サンプルをテープで取り、その場でクラウドに画像を送って解析し、その結果に基づくカウンセリングを行うサービスです。従来同社が独自に開発してサービス提供されていた「角層バイオマーカー解析」は、一部の直営店舗と通信販売のみで提供され、解析に時間がかかっていたほか、特殊な解析機器が必要でした。そこで、東芝アナリティクスAI「SATLYS」を採用いただき、ファンケル様との共創により新たな仕組みを構築し、全直営店でのサービス提供を開始しました。SaaS型のAIサービスとしてSATLYSを提供しており、「SATLYS AI共通基盤」に実装した再学習とモデル更新の機能により、AIモデルの安定運用と精度向上を支援する仕組みとなっています。
また栗田工業様が排水処理設備の遠隔監視サービスとして提供を開始した、沈殿槽自動監視サービス「S.sensing TS」にもSATLYSを採用いただいています。同社は沈殿槽に超音波センサーを活用して排水の処理状態を可視化する技術を提供していましたが、異常が発生した際には熟練者が沈殿層の状態を目視して対処する必要がありました。そこで、SATLYSで異常検知と状態推定のAIモデルをつくり、現場に設置する端末(Edge PC)上で推論を行えるようにするとともに、AIモデルの維持管理を効率化するため、設備メーカー向けアセットIoTクラウドサービス「Meister RemoteX」によりEdge PCに遠隔でAIモデルを配信できるようにしました。
これにより迅速な原因特定と適切な処置が可能となり、排水処理の最適化と安定化を通じてCO2排出量と廃棄物の削減をはかっています。

福本:
今後のAIは経済的な価値に加えて、社会的な価値も同時に求められていくのかもしれませんね。

古藤:
そうですね。そのほか、東芝キヤリア様では、空調機などで使われるチラー(冷却水循環装置)の冷媒であるフロン類の漏えいを検知するためにAIが使われています。一般的にフロン類の温暖化係数はCO2よりもはるかに大きく、また、フロン類が漏れるとチラーの運転効率が落ちたりするので電気が余計に必要になります。センシングデータを使って、SATLYSでAIモデルをつくり、フロン類の漏えいを検知して早い段階で対処できるようにし、製品に搭載されています。
また、川崎技研様ではゴミ処理施設の「AIごみクレーン全自動運転システム」に採用いただいており(846KB)、ゴミの状態認識とクレーン自動制御の高度化にAIが一役買っています。生活ゴミには、いろいろな種類のゴミが混ざっており、上手くかき混ぜて焼却炉に送ると燃焼が安定しますが、従来までは熟練者が目視でゴミを攪拌する必要がありました。これらの作業を自動化しゴミを完全燃焼させるため、SATLYSで画像を分析してゴミの種類の分布を検出し、ゴミが均一になるようにクレーンを自動制御するシステムを構築しました。これにより、投入ごみの均質化を図り、安定した焼却を維持することが可能となります。

福本:
ビジネス・産業の分野でも、AIの実用化が徐々に進んでいるわけですね。


AIがデジタルエコノミーやサーキュラーエコノミーを後押しする可能性

福本:
デジタルエコノミーの発展に向けたAIの可能性についても議論したいと思います。今年のハノーバーメッセでは、シーメンスなどのドイツ企業が「AIやマシンラーニングがインダストリー4.0にも重要な役割を果たす」と主張していました。知能化と自律化を進めるために、エッジやクラウドを併用し、製品ライフサイクル全体でCPS(サイバーフィジカルシステム)を回していく上で、AIはどのような役割を果たしていくのでしょうか。

古藤:
いまはAIが産業分野のデジタル化を加速していく段階だと思います。先ほどもお話ししたように、労働人口の減少に対応するために、人が行っていた作業をAIで置き換えていくDE(デジタルエボリューション)でのAIの活用です。
これが進んでいくと、AIが人やモノのデータから洞察を得て、新しい価値に変えていけるようになるでしょう。例えば、人が検出できる異常を機械で検出するだけでなく、人が検出できない複雑な事象をAIで検出し、原因を追究できるようになります。AIの活用は、単なる人の置き換えから、新しい価値を創出するDX(デジタルトランスフォーメーション)にシフトしていきます。
将来的なデジタル経済圏において、さまざまなデータが国を越えて流通するようになると、そのデータも大量で複合的になり、もはや人には分析できなくなります。そこでAIでデータを連携・統合させ、バリューチェーン全体で最適化していく必要があります。さらにサーキュラーエコノミーの世界になると、いろいろなものが繋がった中で最適化しなければならないので、シーメンスが主張するような話に近づいていくだろうと思います。

福本:
サーキュラーエコノミーでモノをリユースする際に、原材料調達からリサイクルに至るまでの情報がすべて入った「DPP(デジタルプロダクトパスポート)」のようなテクノロジーが登場すると、やはり人で対応することが難しくなりますよね。

古藤:
人の能力の限界を超えるところで、AIが活用されるようになります。量子技術も同様ですね。それから最近Web3.0が流行ってきていますが、これまでの中央集権的なネットワークでは厳しい時代になり、自律的な新しいネットワーク・アーキテクチャーと連携し、AIが活用されるようになっていくと思います。
東芝グループはモノの循環に寄与する企業であると自負していますが、サーキュラーエコノミーも重要なキーワードになると捉えています。これからの時代は、製造やサプライチェーンの最適化、部品や製品のトレーサビリティ、廃棄物の抑制と再利用が重要になります。最適な設計、設備の故障予兆、在庫管理、需要予測に基づく生産管理など、いろいろなことに個別に取り組んでいますが、これらをしっかり連携させることで、サーキュラーエコノミー全体の最適化ができる時代になると考えています。
東芝デジタルソリューションズのサプライチェーン・プラットフォーム「Meister SRM ポータル」のように、サプライチェーンを繋ぎトレーサビリティを行うエコシステムが拡がっていけば、全体最適化を進められます。さらに、こういうところでAIや量子技術を組合せると、サーキュラーエコノミーの大きな力になっていくでしょう。

福本:
カーボンニュートラルという面では、AIはどのように貢献しますか。機械学習の導入だけでも、多くのメーカーが機械で制御してきたことを効率化できそうですね。

古藤:
いまは温室効果ガスを出さないとか、排出したガスを回収するとか、いろいろ議論されていますが、最終的にはガスの排出量を抑えていくことが大きなポイントになると思いますので、AIによって機械設備の運転を効率化できるようになれば、これもカーボンニュートラルに繋げられると思います。


量子コンピューティングの世界も視野に、AIのユースケースを探索

福本:
ところで、東芝が注力している量子コンピューティングの世界も、AIの利用や普及に関係してくるのでしょうか?

古藤:
量子コンピューティングには、「量子アニーリング型」と「量子ゲート型」があります。「量子アニーリング」は組合せ最適化に特化したもので、「量子ゲート型」に先行して実用化が進んでいます。東芝では、量子コンピューターの研究過程で発明された「シミュレーテッド分岐アルゴリズム」により、既存の計算機を使用して複雑で大規模な組合せ最適化問題の高精度な近似解(良解)を短時間で得ることを可能とする量子インスパイアード最適化ソリューションSQBM+を提供しています。一方、「量子ゲート型」の計算機は、1ビットに複数の情報を載せて、大量の計算を瞬時に行う技術です。当面は実現が難しいだろうと言われていましたが、IBMやGoogleなどが実機として動くものを開発しクラウドで提供されるようになってきました。まだビット数が少なく、ノイズも大きいという課題が残っていますが、2030年ごろには一部実用化される可能性があり、具体的に何に使えるのかということが議論され始めています。量子を使った暗号や最適化、機械学習、シミュレーションの高度化など様々な活用が考えられていますが、その有効性を見極めていく必要があります。
我々も量子コンピューティングを利用した機械学習(QML:Quantum Machine Learning)など、量子コンピューターとAIを組合せたユースケースを探索しています。東芝グループでも、2030年までに量子コンピューターを使える多くの人材を育成していかなければなりません。また、それをお客様にどう提案していけるのか、そのケイパビリティを会社全体で高めていくことが求められています。


高品質で安定性がある優れた日本製AIの強みを将来に向けてしっかりと訴求すべき

福本:
そういった中で足元の状況としては、やはりAIの品質向上が重要になってくるかと思います。AIによる品質管理の高度化に向けた取り組みについて最後にお聞きしたいと思います。

古藤:
ディープラーニングをきっかけにAIが爆発的に進化してから、いろいろな問題が起きてきました。アップロードされた写真に対して人工知能が自動的にタグをつける機能が、人をゴリラとタグ付けしたり、自動運転で死亡事故が起きたりと、AIの弊害も社会的に問題になっています。このような状況を受けて、欧州では、ある種の法的な規制の話が出てきました。非常にリスクの高い領域ではAIの使用を禁止しようという意見までありますが、規制を強くし過ぎるとAIのメリットを享受できなくなります。
我々は、いかにコストを抑えながら、高品質なAIを提供できるのかという点が大切だと考えています。そのために、学習データのバイアスを除去する技術や、学習モデルの頑健性を向上する技術、AIの判断や根拠を説明する技術などを使って、高品質のAIをリーズナブルに比較的短期間で提供していけるように取り組んでいます。
日本では、欧州のようにAIを法律でガチガチに固めたくないという意見も多いため、いわゆるソフトローでやっていこうとしています。どちらかというと性善説に立った形ですが、欧州の法規制が世の中のスタンダードになる可能性もあるので、そこをしっかり見ながら進めていかねばなりませんね。
やはり日本の製品・サービスにとっては、品質が重要なポイントになると考えており、だからこそ日本製のAIを高品質で優れた安定性があるものにしていくため、しっかりと取り組んでいくべきだと思っています。我々は法規制があるなしに関わらず、品質の高い安定したAIを提供することを1つの大きな軸にしたいと考えています。

福本:
AIの品質を担保するには、データ自体の品質も保証しなければなりません。だからこそ、従来の品質とは定義も少し変わってくるように思います。

古藤:
基本的にITの開発品質とは異なる軸で捉える必要があります。データ自体のバラツキも見なければなりません。例えばモデルの認識精度が95%だったとして、残りの5%に該当するデータをどう処理するかも考慮した上で、システム全体としての安定性を維持しなければなりません。外部環境の変化に対する頑健性を評価する技術や、運用時のモニタリング技術なども駆使しながら、総合力としてAIの品質を高めていく必要があるでしょう。

福本:
そうなると、単純にAIの技術だけの話ではなく、ビジネスもプロジェクトも理解できる人材が重要になりますね。AIリテラシーとビジネススキルの両面を持ち併せた人材や、顧客の課題とAI技術のマッチングをコーディネートして、データの取り扱い方や周辺ソフトウェアも含めて、横断的に提案・サポートできる人材の育成が大切ですね。本日はありがとうございました。

古藤 晋一郎
株式会社東芝 研究開発センター 知能化システム技術センター ゼネラルマネジャー
東芝デジタルソリューションズ AI技師長 兼 ソフトウェア&AIテクノロジーセンター ゼネラルマネジャー

1992年 株式会社東芝入社、研究開発センターにて映像符号化、デジタル画像処理、医用画像処理、工場向けAI活用などの研究開発を推進。2017年から東芝デジタルソリューションズにて、東芝アナリティクスAI「SATLYS」を立ち上げ、2020年より株式会社東芝と東芝デジタルソリューションズを兼務し、最先端AI技術のプラットフォーム化と産業応用を推進している。

  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2022年12月現在のものです。

執筆:井上 猛雄


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