AI活用で新たな冷媒漏えい検知システムの構築を実現
データ分析から構築・運用までトータルで提供する
東芝アナリティクスAI「SATLYS™(サトリス)」

 業務用の空調システム機器や冷凍機などの開発・設計・製造を手掛けている東芝キヤリア株式会社。法改正をきっかけに、AIを活用した冷媒(フロン類)の漏えいを検知するシステムの研究開発を進め、業界として初となる冷媒漏えい検知システム注1の構築を実現した。計測データから漏えいを検知するAIモデル実装に活用されているのが、東芝グループの「ものづくり」の知見と実績を活かした東芝デジタルソリューションズのAIサービス「SATLYS™(サトリス)」だ。


Before

2013年にフロン排出抑制法注2が改正され、業務用の空調機器や冷蔵・冷凍機器などを導入した機器のオーナーに対して、機器の点検やその記録、冷媒漏えい量の報告などが義務づけられたことで、導入顧客の負担軽減が課題として浮上。これをきっかけにAIを利用して冷媒の漏えいを遠隔検知できる仕組みを構築するプロジェクトをスタートさせた。

After

東芝アナリティクスAI「SATLYS」と遠隔監視システムを活用し、対象機器の選定から最終的なAIモデルの実装までを東芝デジタルソリューションズと共に推進。新ガイドラインに準拠したソリューションとして、製品への実装を実現した。

CPSに取り組む中で「モノ売り」から「コト売り」へ


 東芝キヤリア株式会社は、1999年に東芝の空調・設備事業部と米国キヤリア社の合弁会社として誕生し、空調・熱源に関わる製品・システムのワンストップソリューションを提供し、空調・冷凍機器市場を強力にリードしている。

 同社は、実世界(フィジカル)のデータをサイバー世界で解析・分析して知見を獲得し、実世界での新たな価値創造につなげるCyber-Physical Systems(CPS)に取り組み、IoTやAIなどの技術を駆使して、従来の機器販売型の「モノ売り」から、顧客へソリューションサービスとして、長期的な価値を提供する「コト売り」につなげていくビジネスモデルへの変革を進めている。また、環境への影響が大きい空調機器などのソリューションを扱っているだけに、環境負荷軽減に向けた脱炭素への取り組みにも積極的だ。

 そんな同社が新たな技術研究に取り組むきっかけとなったのが、2013年に改正されたフロン排出抑制法だった。この法改正では、冷媒としてフロン類が使われている業務用の空調機器や冷蔵・冷凍機器などを利用する事業者に対して、冷媒の漏えいを防ぐために機器の点検やその記録、漏えい量の報告が義務づけられた。
 この法改正をきっかけに、顧客である事業者の点検業務の負担を軽減する「冷媒漏えいの自動検知」や、運転効率の低下がもたらす消費電力増加や性能低下を予防する「(漏えいの)早期検知」を目指した、新たな技術開発のプロジェクトをスタートさせることになった。

法改正をきっかけに、冷媒漏えい検知システムの開発に着手


 「チラーと呼ばれる冷媒を使った冷却水循環装置を備えた大型の機器では、わが社は国内最大級のシェアを誇っています。そのため、我々のお客さまにおける冷媒漏えい管理の運用負担を少しでも軽減する方法はないものかと考えていました」と東芝キヤリア株式会社 技術統括部 コアテクノロジーセンター 次世代技術研究開発担当 スペシャリスト 小牟禮 信哉氏は当時を振り返る。
 当初、冷媒の漏えいを検知するために、同社が長年培ってきた知識や経験を駆使して挑戦したが、空調機の複雑な特性を考慮したアルゴリズム構築の難しさが明らかになる。「機器内部で複雑な制御が行われており、機器内で検出するデータだけで単純に冷媒が漏えいしたか否かを判断することはできません。季節や設置条件なども含めた俯瞰的な視点が必要で、これまでの物理的なアプローチだけでは難しいと考えました」と小牟禮氏。
 そんな総合的なデータを判断する仕組みとして検討したのが、当時注目され始めていたディープラーニングによるAI技術の活用だった。「熟練者のノウハウで異常傾向を見つける総合的判断がAIを活用することで可能になるのではと期待し、東芝デジタルソリューションズに相談しました」と小牟禮氏は語る。

東芝キヤリア株式会社 技術統括部 
コアテクノロジーセンター
次世代技術研究開発担当 スペシャリスト
小牟禮 信哉氏

製品に対する技術的知見と、熟練者の役割として期待したAI技術


東芝デジタルソリューションズ株式会社
ソフトウェア&AIテクノロジーセンター エキスパート

磯部 康之

 「東芝デジタルソリューションズには、以前からAI技術の提供だけでなく、全国に展開するチラーのデータを遠隔管理できる基盤づくりに協力してもらっていたので、我々の製品に関する理解も十分でした。」と小牟禮氏。デジタル技術の知見に加え、ものづくりの東芝として同社製品に関する技術的知見がすでに備わっていたことは、AIを活用した開発を進める中で大きなポイントだったという。
 「当時はディープラーニングが注目され、私たちも先行的な技術として研究開発を進めていました。熟練者の経験やノウハウを駆使しないと対応できない複雑な課題に応えられるのは、まさにディープラーニングだと考え、我々としてもぜひご一緒したかったのです」と語るのは、東芝デジタルソリューションズ株式会社 ソフトウェア&AIテクノロジーセンター エキスパート 磯部 康之だ。
 こうして、新たな付加価値として製品に実装するためのAIを活用したサービスへの基礎研究として、2017年度から東芝デジタルソリューションズとの共創による開発に取り組むことになった。

共創によってAI技術の実装を実現、環境負荷低減にも貢献


 実際のプロジェクトは、実装対象となる製品検討や最終的な目標設定からスタートし、既設設備からのデータ収集などを行ったうえで、AIモデルづくりに着手。丁寧なデータの解析と数多くの試行錯誤を経て、2022年5月に、AIを活用した新たな冷媒漏えい診断技術と、遠隔監視システムを組み合わせて冷媒漏えい検知が可能な熱源機の新製品をリリースした。この製品は、2021年に一般社団法人 日本冷凍空調工業会が策定した、フロン類の漏えい検知に関するガイドラインJRA GL-17注3に準拠した、チラーとしては業界初となるものである。
 この製品は、遠隔監視により冷媒漏えいが検知できることで、ユーザー側に義務付けられた点検業務をサポートし、顧客の負担軽減に大きく貢献するソリューションとなった。同時に冷媒漏えいの早期発見によって、機器の効率低下を最小限におさえながら、冷媒漏えいによる温室効果ガスの排出を抑制してカーボンニュートラルにも貢献するなど、多くのメリットが期待できるという。

 今回採用した東芝アナリティクスAI「SATLYS」は、上流工程の目標設定からデータ収集手法、AIモデルの開発、システム構築までを含めたトータルサポートを提供する共創型のサービスだ。「当時、AIに関して我々は知識が浅かったので、分かりやすい言葉で詳しく教えてもらうことができ、とても助かりました。また、製品の特徴を捉えたうえで特性を理解し、満足のいくAIモデルづくりができました。AIに関する技術力はもちろん、ものづくりにおける東芝の豊富な知見により、AIモデルを製品に組み込むことができました」と小牟禮氏は高く評価する。

 一方で、プロジェクトそのものは決して平たんな道のりではなかった。設置されている機器には個体差があり、それらを補正して精度を上げる必要がある。期待した結果が得られず、原因究明のため何度もミーティングを重ね、トライアンドエラーを繰り返しながら常に目標に向かってプロジェクトを前進させ、製品化にこぎつけたという。

 最初のAIモデルを2か月ほどで作成し、実際の製品で検証を重ねながら、半期ごとに新たなAIモデルを作成して精度を高めていった。「AIモデルづくりそのものに膨大な時間をついやすのではなく、スモールスタートで始められたため、試行錯誤もしやすかった」と小牟禮氏は評価する。

獲得したAIの知見をもとに新製品開発や既存製品への応用も


 今後も同社が手掛ける製品には、この冷媒漏えい検知の仕組みの実装を検討しているが、これから新たに市場投入される新製品については、当然事前のデータがないため、どうアプローチしていくか検討を進めているという。「データがない状況でも、一度作成したディープラーニングのモデルを新製品にチューニングすることで、うまくサービスに組み込めるような環境づくりを進めています」と小牟禮氏。今回のプロジェクトのなかで獲得したディープラーニングの知見を活かしていきたいという。

 また、従来製品ですでに現場に設置済みの機器についても冷媒漏えい検知のニーズが高い。「導入済み製品の基板を入れ替えるのは現実的ではありません。遠隔監視などから得られるデータをクラウド上で分析し、既存製品についても冷媒漏えいが検知できるような仕掛けを作っていきたい。そこではクラウド技術が非常に重要になるので、引き続き東芝デジタルソリューションズとの共創により、仕組みづくりを進めていきたい」と小牟禮氏は意欲的に語る。

 技術や経験の伝承が課題となる昨今、AI技術を活用して遠隔からでも熟練したエンジニアと同等の判断ができる仕組みづくりに対するニーズはますます高まるだろう。この冷媒漏えい検知の仕組みをひとつのモデルケースとして、異常を検知する前の故障予兆など、さらなる新たなサービスモデルを共創によって作り上げていきたいと、小牟禮氏は今後の展望を語った。

 同社が目指す「コト売り」へのビジネスモデル変革に向けて、今後も東芝デジタルソリューションズはさまざまな形で強力にバックアップを続けていくことだろう。

注1:2021年11月時点、モジュールチラーにおいてJRA GL-17に対応したシステム(東芝キヤリア調べ)

注2:フロン類の使用の合理化及び管理の適正化に関する法律

注3:業務用冷凍空調機器の常時監視によるフロン類の漏えい検知システムガイドライン

SOLUTION FOCUS

東芝アナリティクスAI「SATLYS™(サトリス)」

東芝アナリティクスAI 「SATLYS™」は、東芝の「ものづくり」の実績から得た知見をAI技術に集大成し、高精度な識別、予測、要因推定、異常検知、故障予兆検知、行動推定などを実現します。
お客様との共創を通して、AIモデルの設計・学習およびAI推論サービスの構築を行い、検査データ、センサーデータ、業務データ、行動データなどの解析により、生産性向上や業務効率改善を行います。

この記事の内容は2022年4月に取材した内容を元に構成しています。
記事内における数値データ、社名、組織名、役職などは取材時のものです。

COMPANY PROFILE

会社名
東芝キヤリア株式会社

設立
1999年4月

代表者
取締役社長 久保 徹

本社所在地
神奈川県川崎市幸区堀川町72番地34

事業概要
業務用及び家庭用の空調システム機器、換気扇、冷凍機、給湯関連機器等の開発・設計・製造・販売

URL
https://www.toshiba-carrier.co.jp/index_j.htm