ビジネス・産業分野でAIを普及させるために必要なこと(前編)
~ビジネス・産業でのAI活用を阻む壁と、それらを打破する東芝グループの取り組み~

イノベーション、テクノロジー

2022年12月5日

近年、AIが得意とする画像や音声の認識機能を活用し、産業やビジネスに適用する動きが活発になってきたが、ビジネスの変革につながるような新しい価値を生み出すには、乗り越えるべき壁もまだ多くある。こういった中で、東芝グループは、いかにして事業ドメインの製造業や社会インフラに対してAIを適用し、課題を解決していこうとしているのだろうか。東芝 研究開発センター知能化システム技術センターのゼネラルマネジャー、および東芝デジタルソリューションズのAI技師長、ソフトウェア&AIテクノロジーセンターのゼネラルマネジャーとしてAIの技術開発を牽引している古藤晋一郎に、本ウェブメディア「DiGiTAL CONVENTiON」編集長 福本勲が話を聞いた。
前編では、AIの技術トレンドと、ビジネス・産業分野でのAI活用に向けた課題、それらを解決する東芝グループの取り組みを中心に紹介する。

東芝 研究開発センター 知能化システム技術センター ゼネラルマネジャー
東芝デジタルソリューションズ AI技師長 兼 ソフトウェア&AIテクノロジーセンター ゼネラルマネジャー
古藤 晋一郎

AIの進化で顕在化する正と負の側面

福本:
まず最近のAIに関する技術の進化や利用動向について教えて下さい。AIで新しいアウトプットを生み出す一方で、詐欺や不正、フェイクニュースの発信などに悪用されるケースが出てきました。AIの進化とともに顕在化するリスクにはどのようなことがありますか。

古藤:
AIの利用は、画像や文字の認識など、もともと人が行っていたことを代替することから始まりました。ところが2010年前後にディープラーニングが登場してから、非連続な進化が起きました。従来の第1次AIブーム、第2次AIブームとは異なり、いまはブームを超えて、ビッグバンのような形で爆発的に広がり続けている印象を持っています。
ただし、福本さんが指摘された通り、負の側面も出ています。人の代替から、人が思いつかなかった洞察(インサイト)が可能になりましたが、負の面で社会問題も引き起こしており、それを受けて、いま欧州を中心にAIを規制する動きがあることも確かです。

福本:
法規制というと、何か問題が起きてから対処するという印象ですが、AIによってこれから起こり得ることを想定しながら進めなければならない難しさもあると思います。

古藤:
いまホットなのは欧州のAI規制法案ですね。規制対象として、個人情報保護のみならず、産業分野でのリスク回避についても議論されています。電気・水道・ガスなどの重要インフラで何かトラブルが起きると非常にインパクトが大きいため、そのような分野でのAI活用は「ハイリスクAI」と言われていますが、その分野での規制を強化しようということですね。交通事故が起きる前に信号機をつけるように、顕在化していないリスクに対して、あらかじめ手を打っていくという動きです。2021年に草案が出ており、2024年頃の施行を目指しているようです。ただベンダーの間では「少し規制が厳しすぎるのではないか」という意見も出ています。

福本:
一方、近年、AIの実用化が進んでおり、日常的に使われるようになってきました。例えば、機械翻訳の精度なども向上している印象があります。社会実装におけるAIの進捗状況について教えて下さい。

古藤:
ディープラーニングによって、大量なデータで学習すれば非常に複雑なものが認識できるようになり、いまは画像識別も音声認識や翻訳も、人の能力より高い性能でこなせるレベルまで来ています。ただし実際に産業へ応用しようとすると、学習データが少ないケースが散見されます。そのため最近では、少量の学習データで高精度なAIモデルを開発する技術も注目されています。そういう技術が発展することで、より多くのシーンでAIが使えるようになるでしょう。
また人間がやっていた認識や作業を自動化するところから、最近では「ジェネレーティブ AI」と呼ばれるように、クリエイティブ分野で画像・文書・音楽などを生み出せるようになってきました。その進歩がかなり衝撃的で、いろいろな事例が出ています。例えば、AIで500文字の文章を200文字に要約するような技術などもあり、ビジネスユースでも今後はAIが大きな影響を与えていくと思います。


ようやく導入が始まったBtoB領域やビジネス・産業領域でのAI利用

福本:
先ほどの音声認識や言語処理のような事例は主にBtoCの領域で使われていますが、BtoBの領域や産業分野ではどうでしょうか。PoC(Proof of Concept:概念実証)ばかりで実用化に至らない「PoC地獄」に陥っているというケースもよく耳にするのですが。

古藤:
東芝の事業ドメインでいうと、製造業や社会インフラ領域でのAI活用は徐々に増えています。人が行っていたことをデジタルで代替させる、いわゆるDE(デジタルエボリューション)に相当する分野でAIの活用が進んでいます。というのも、労働人口の減少と高齢化の問題が背景にあり、モノづくりのニーズに対して、作業員が足りないことに直面しているからです。
例えば、いま半導体の市場ニーズの増大に対応して量産化を進めようと工場が増設されていますが、求人を出しても人員が確保できない状況なので、AIを使って少ない人員で効率的にモノを作りたいという要望が出ています。まずはそういう分野で応用が進んでいます。
また社会インフラでも同様の課題を抱えています。高齢の熟練者が引退していく中で、メンテナンスすべき老朽化したインフラを点検する人材が不足している状況です。そこで効率的に点検するために、AIが導入され始めています。インフラ点検分野では、PoCから実用化へ進んでいくケースも増えつつあります。

福本:
ただ機械学習もディープランニングも万能ではなく、従来のルールベースのアルゴリズムを使う場合もあるかと思います。それぞれの特徴を活かし、どのようなケースで使うべきかについても理解しておくことが大事ですね。

古藤:
AIで仕事を代替する時は、人の精度と同等以上になれば置き換えるメリットがあるため、そこに明確な数値目標が出てきます。しかし何か新しいことにAIを使おうとすると、結果が予測できず、本当に性能が出るのか分からないこともあります。その場合は、いかにお客様の課題に合ったAIを提供できるかということがポイントになります。
従来のSI的なアプローチとは異なり、お客様の課題を聞いて適用できるAIを提案して評価する。それをフィードバックして改善するというように、コンサルタント的な仕事を行わなければなりません。そのため、東芝ではそのような人材を増やしているところです。

福本:
課題の本質が何であるにせよ、既存の手段では解決が難しい場合は、AIで解決できる可能性もあることを頭に入れておくべきですね。

古藤:
そうですね。例えば画像検査などで、ルールベースで分類した欠陥の画像を、さらに細かく調べる時は、ルールベースに加えて、ディープラーニングをハイブリッドで利用する事例も増えてきました。従来の技術に加え、新たなAIの技術を取り入れることで解決できる可能性も増えています。


ビジネス・産業用途において、AIの利用拡大や実用化を阻む壁とは

福本:
最近はデータドリブン経営や自動化にAIが必要不可欠なテクノロジーであるという認識も広まってきましたが、ビジネスや産業にAIを使う時に何か壁はありますか。

古藤:
我々は年間で100件近くのAIプロジェクトを回していますが、まだ壁に当たることも多いですね。特に検討がスタートできないケースも多くあります。実際にやってみないと分からないのがAIの本質的な性質です。そのため、装置産業ではAIの投資対効果の目標・仮説設定が難しく、投資判断に迷うことがあります。「AIに投資したら、いくら回収できますか」と聞かれても「やってみないと分からない」という話になれば、「それではできません」と断られてしまうこともあります。こういったお客様をどう取り込んでいけるのか。そこに今後のAI活用の壁があります。

福本:
やってみないと分からないというのは、AIがブラックボックスだからでしょうか。

古藤:
結果は出たとしても、期待する性能は出ないかもしれないということです。「AIで画像検査を自動化し、90%ぐらいの認識率が欲しい」と言われても、実際に何%になるのか、やってみなければ分かりませんから。そうなると、やはりスタートできないわけです。
AIはブラックボックスなので、特に社会インフラ系のお客様では「物理現象に基づく説明ができないものは使えません」と言われることも珍しくありません。AIにより結果が導き出されたプロセスが分からないため、結果を受け入れられにくいのです。また、AIは学習したデータに基づいてモデルがつくられるため、学習データとは異なる外部環境の変化が起こると追随できなくなる点も壁になりますね。

福本:
それは経時的なドリフト(何らかの予期せぬ変化によってモデルの予測性能が劣化していくこと)が起きるということでしょうか。

古藤:
そうです。変化が起こる時に、それに追随できる仕組みがないと、実はAIは使いにくいのです。AIの本質や使い方を十分に理解できているお客様は必ずしも多くはなく、どうしても自分が分からないことはやりたくないという内向きの方向に走ってしまう傾向もあると思います。

福本:
情報処理推進機構(IPA)の2021年の調査によると、AIの課題のトップが人材不足でした。いろいろと新しいテクノロジーの取り組みが進んでくると、次に人の問題が必ず出てきますよね。

古藤:
AIを開発できる人材というよりも、むしろAIを理解できるステークホルダーが重要な気がします。AI技術者は、東芝では2,000人を超えるまでに増えています。しかしユーザー側や運用側にAIに対する抵抗感があるので、少しずつ理解してもらうことが大切ですね。

福本:
先ほどの話のように経時的にモデルの予測精度が低下する可能性がある点を理解してもらうことも大切ですね。気温や湿度の環境変化や、対象自体の経年劣化、製造業でも個体差のようなものが出ると思うので、この辺も頭に入れながら導入しなければならない難しさがあります。

古藤:
これを「AIモデルの劣化」という言い方をしますが、AIが劣化するのではなく、周りが変化していくので、過去のAIモデルが使えなくなってしまうということですね。そこで継続的にメンテナンスして、変化に追随できるような仕組みが求められます。

福本:
作って終わりではなく、メンテナンスも重要ですね。その辺を理解されることが大事ですね。


AIの壁を打破するための取り組み

福本:
では、こういった壁を打破する東芝グループの取り組みについて教えて下さい。

古藤:
まず、やってみないと分からないという課題については、いかに簡単にトライできるかという点が重要になります。最適なAIモデルを自動学習する「AutoML(Automated Machine Learning)」という技術があり、これを使うと比較的ハイレベルなAIモデルを自動生成できるため、人手をほとんど介さずにデータさえあれば評価ができるのです。いま東芝デジタルソリューションズ内でAutoMLを運用できる環境を作っており、お客様の課題に対する評価を少ない工数で見定められるように準備しているところです。

福本:
これはPoC段階で容易にAIを利用できるようにする、という理解でよろしいですか。

古藤:
そうですね。導入時に筋が悪ければ、その先に進んでも時間の無駄です。その筋を見極めるところで、最適なモデルを簡単かつ短期間に選択できるようにするわけです。
また、AIのブラックボックスの壁については、欧州でAI規制法案の動きがありますが、単にAIの利用を規制するのではなく、AIの品質を定量的に評価して改善する仕組みや、AIの特性を理解する仕組みが重要になります。外部環境の変動に対してもAIの動作が頑健であるという性能を評価し、それを改善する技術や、ブラックボックスであるAIの判断や根拠を説明する技術、運用中に性能の変動をモニタリングする技術など、1つ1つの要素技術を用意しており、それらを使うことでAIの品質管理をしていける仕組みを作ろうとしています。

福本:
ある程度は説明できるようにするテクノロジーも用意しているわけですね。

古藤:
次の壁ですが、機械学習では、ビジネス上のKPIを確認しながら、ビジネスや外部環境の変化に応じてモデルを更新していく仕組みが必要です。極力これを自動化して、簡便にするのが「MLOps(Machine Learning & Operations)」の考え方です。いわばITの世界でいうDevOpsのAI版ですが、いま東芝のIoTリファレンスアーキテクチャーに準拠した形で、MLOpsプラットフォームを開発しています。これを活用すると、外部環境の変化に対して継続的に進化できるAIを比較的容易に提供できるようになります。

福本:
AIの人材やリテラシーに関してはいかがでしょうか。

古藤:
これは地道にやっていくしかないです。東芝グループでは、社内教育によって、AI技術者が3年前の750名から今年は2,100人まで増えました。AIの研究者だけでなく、既存のITエンジニアもリスキリングによってAIリテラシーを高めてきました。
お客様のAI理解も重要なポイントなので、外部向けにMLOpsやAIの品質などを説明するセミナーを開催しており、毎回、多数の方々に聴講していただいています。地道な活動ですが、こういうところでAIについて理解を高めていただこうと努力しています。また、ビジネスニーズとAIの技術をマッチングして提案するAIコーディネーターが、お客様の課題を聞いてAI活用を提案できる体制づくりも進めています。

古藤 晋一郎
株式会社東芝 研究開発センター 知能化システム技術センター ゼネラルマネジャー
東芝デジタルソリューションズ AI技師長 兼 ソフトウェア&AIテクノロジーセンター ゼネラルマネジャー

1992年 株式会社東芝入社、研究開発センターにて映像符号化、デジタル画像処理、医用画像処理、工場向けAI活用などの研究開発を推進。2017年から東芝デジタルソリューションズにて、東芝アナリティクスAI「SATLYS」を立ち上げ、2020年より株式会社東芝と東芝デジタルソリューションズを兼務し、最先端AI技術のプラットフォーム化と産業応用を推進している。

  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2022年12月現在のものです。

執筆:井上 猛雄


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