• 東芝レビュー 80巻1号(2025年1月)

特集:カーボンニュートラル・デジタル社会における水力発電

水力発電は,古くから利用されてきた再生可能エネルギーです。太陽光発電や風力発電などと異なり天候による出力変動が少なく,安定した発電出力が特長です。揚水発電は,調整力・慣性力を持つため,カーボンニュートラル社会実現に向けての再生可能エネルギーの大量導入に不可欠な電力貯蔵設備としても,重要性が高まっています。この特集では,デジタルやAIなどの技術も活用した新しい水力発電への取り組みを紹介します。

特集:カーボンニュートラル・デジタル社会における水力発電

森 淳二・宮崎 保幸・長田 大

2050年のカーボンニュートラル実現に向けて,世界のエネルギー動向は急速に変化している。近年は,デジタル化に伴うAIの活用やデータセンターの設置により,電力需要の大幅増加が見込まれるなど,需要側の変化も著しい。水力発電は,安定に電力供給できる電源として,古くから世界で最も使われてきた再生可能エネルギー(以下,再エネと略記)であり,今後も増加が予測されている。揚水発電は,エネルギー貯蔵や調整力などの機能を持っており,持続可能な社会に向けて重要性が高まっている。

東芝エネルギーシステムズ(株)は,デジタルやAIの技術を駆使して水車や発電機の性能・機能向上を図るとともに,IoT(Internet of Things)や最適化技術を活用して,電力系統の安定化にも貢献する水力発電システムの開発に取り組んでいる。

中島 峻浩・川尻 秀之 ・中村 高紀

再生可能エネルギー(以下,再エネと略記)であり,かつ安定的な電力供給を支える役割を担う水力発電では,近年ますます高度化する性能要求に対応した最適な水車の短期間での開発が求められている。

東芝エネルギーシステムズ(株)は,流れ解析(CFD:Computational Fluid Dynamics)の代わりに,AIを活用して短時間で高精度に性能予測する技術を開発した。ランナでは,深層ニューラルネットワーク(DNN:Deep Neural Network)を用い,CFDの結果に対して誤差15 %以内の精度で予測可能なことを確認し,吸出し管では,CFDの結果を機械学習で置き換えたサロゲートモデルを用いて,精度を維持しながら開発期間を短縮した。また,ランナと吸出し管に相当する要素をCFDでモデル化し,それ以外の管路系全体を簡易的にモデル化可能な解析ツールである1DCAEで表現して連成解析することで,安定な運転の妨げとなる水車内部の流体振動を高精度に予測できることを確認した。

蓮沼 高明・中川 斉年・後藤 基伊

従来,水力発電用の水車製造では,熟練技術者による繰り返し作業などが必要であった。近年の労働力不足などに対応するため,熟練技術に頼らずに効率化と高品質化を両立させる新たな製造技術が求められている。

東芝エネルギーシステムズ(株)は,3D(3次元)データを活用して,効率的に高品質な水車機器の製造を可能にする技術を開発した。現地溶接による部品の変形に対応した対向面の3D形状データを取得して,NC(数値制御)加工に用いる技術を開発し,有効性を確認した。また,3Dデータを用いたシミュレーション技術の活用により,ランナ狭隘(きょうあい)部への溶射施工条件を明らかにして,特殊技能が不要な自動溶射施工技術を開発し,実用化した。更に,ランナの接合部の加工形状と設計形状との偏差を可視化する3D測定技術を開発し,従来は治具を使って手動で行っていた形状計測を不要にした。

金田 大成・利光 智圭・柏木 航平

可変速揚水発電システムは,電力貯蔵機能に加え,電力系統の優れた調整力が特長である。我が国の電源構成で,出力の変動する再生可能エネルギーが増加する大きな変化に伴い,その価値がますます高まっている。

東芝エネルギーシステムズ(株)は,2023年10月に電源開発(株)奥清津第二発電所2号機の可変速揚水発電システムを更新した。新たな技術で,二次励磁装置用変換器の損失を約26 %,体積を約37 %小さくし,起動も高速化した。システムは,電源構成に応じて柔軟に運用され,電力系統の需給バランス調整に貢献している。

浅野 剛義・石坂 智成・鈴木 裕道

地球環境問題や電力供給安定化などに対するスマートグリッドへの対応で,電力システムが劇的に変化し,電力ネットワークへの環境変化が求められている。そのような中,IEC 61850(国際電気標準会議規格 61850)の情報通信技術が制定され,既に変電システムでは適用が進み,発電システムにも適用が広がり始めている。

東芝エネルギーシステムズ(株)は,水車発電所の監視制御システムにIEC 61850の通信機能を実装したインテリジェント電子装置(IED:Intelligent Electronic Device)を開発し,関西電力(株)の水力発電所向けの監視制御ネットワークに適用した。

山上 俊輔・浦吉 大輝・上田 紘司

エネルギー関連の電気設備が直面する経年劣化や高齢化による人材不足などの問題を踏まえ,経済産業省は,「電気保安分野 スマート保安アクションプラン」を策定した。その中では,へき地に設置された水力発電所の保守管理に対する時間的・人的負担が大きいことが問題提起されている。

一方,東芝エネルギーシステムズ(株)は,エネルギー関連に特化したデジタルサービスとして提供しているTOSHIBA SPINEX for Energyを活用して,水力発電所の保守を支援するサービスの開発に取り組んでいる。今回,遠隔監視システムを構築するとともに,発電所内外の情報を収集するエッジデバイス,デジタル端末を利用した巡視点検システム,巡視点検を自動化する巡視点検ドローンなどを開発した。水力発電所巡視点検自動化の検証試験では,ドローンを用いて狭い通路や階段を含む設定経路を飛行し,点検対象のメーター類や油・水漏れリスクのある箇所を広範囲にわたって撮影できることを確認した。

高橋 友彰・広瀬 晃彦・川端 俊一

カーボンニュートラルの達成に向けて再生可能エネルギーが注目される中,水力発電は電力の安定供給と需給調整において重要な役割を果たしており,稼働率の向上が求められている。

東芝エネルギーシステムズ(株)は,水車発電機の故障や点検・補修による停止期間を短くするために,“オンラインPDモニタリングシステム”,及び点検ロボット・楔(くさび)補修ロボットを開発している。前者は,発電機の主要部品である固定子コイルの部分放電を運転中に検出する“非接触PDセンサー”の開発により,既設水車発電機への設置を容易にした。後者は,水車発電機の回転子をつり出さなくても,内部点検と楔打音不良箇所の補修ができるようにした。これらの技術により,水車発電機の計画外停止を防ぐとともに,点検・補修に掛かる時間を最小限に抑え,稼働率向上に貢献できる。

日向 剛志・福間 淳哉・吴 金水

東芝水電設備(杭州)有限公司(THPC)は,東芝グループの水力発電ビジネスの中国における拠点として2005年1月に設立されて以来20年が経過した。この間に最新製造設備の導入,設計・製造技術の向上,技術開発を進め,中国市場や日本を含む海外市場に多くの製品を供給してきた。

2024年11月に完了した新工場への移設では,工場レイアウトの見直しによる生産ライン間の移動時間の削減や,最新のIT(情報技術)の導入などを行ったことで,生産性が向上した。また,工作機械の製造能力を細かく分析し,移設タイミングを最適化することで,移設期間中も製品製造を遅延なく進めることができた。

一般論文

下川 真門

台湾高速鉄道は,我が国の新幹線技術を海外で適用した初の事例である。開業後15年以上が経過し,寿命を迎える部品があるため,交換・更新などが必要になっている。

東芝インフラシステムズ(株)は,全30か所の電気所に設置してある当社製配電盤(CRP:Control and Relay Panel)の更新を進めている。列車運行に影響を与えないでCRPの現地試験を実施するために,運用中の既設CRPと新設CRPを容易に切り替えられる切替盤を導入し,切替手順を確立した。また,中央指令所(OCC:Operation Control Center)と電気所をつなぐ伝送システムをシンプルなものに順次変更するため,既設と新設の伝送システムが混在しても同一画面で変電機器を管理できるFEP(Front End Processor)を開発した。これらを活用して,2024年7月までに3か所の電気所のCRP更新が完了した。

木本 真一・飯島 良介

ゲート電極をSiC(炭化ケイ素)表面の溝に埋め込んだトレンチ型のMOSFET(金属酸化膜半導体型電界効果トランジスター)は,セル構造の微細化によるオン抵抗の低減に寄与する構造として期待されている。しかし,微細化を進めると,プロセス難度の上昇や,しきい値電圧の低下などが顕著に現れることが問題であった。

東芝は,更なる微細化を可能にする新たなセル構造と,それを実現するための新たなセルフアラインプロセスを開発した。セルピッチを1.5 µmまで縮小し,チャネル長を0.28 µmまで短縮した結果,耐圧650 V級で特性オン抵抗を0.72 mΩcm2に低減できることを確認した。

加納 宏弥・大野 博司・岡野 英明・大野 啓文

製造工程の外観検査では,光学撮影技術を用いた自動化が進んでいる。しかし,曲面上の微小な凹凸は,従来の光学撮影技術では検出が難しく,熟練技術者の目視検査に頼ることが多い。

東芝グループは,ストライプ状の多色カラーフィルターと放射状に広がる照明光を用いて,曲面上の凹凸を画像の色の急峻(きゅうしゅん)な変化として捉える光学系を開発した。更に,色の急峻な変化を抽出することで,凹凸を自動検出する画像処理手法を開発した。これらを組み合わせた光学検査技術を,曲面形状の自動車用部品に適用して実証実験した結果,曲面上にある高低差数十µmの微小な凹凸が自動検出できることを確認した。

R&D最前線

羽原 寿和

MBSEによるシステム設計モデルを活用し,安全分野の分析手法と融合してアクシデントの要因分析を支援

より良い価値の実現に向けて,これまではつながりのなかったシステム同士でも連携が必要となる状況が増えています。この連携の不備が重大なアクシデントにつながる場合もあり,アクシデントの要因を洗い出し,対応策をシステム設計に反映する重要性は増しています。

そこで,システム全体を捉えて設計を行うMBSE (Model-Based Systems Engineering) の技術と安全分野の分析手法及び関連するノウハウを融合することにより,アクシデントの要因の洗い出しを効率良く実施し,開発の上流から品質を確保する仕組みを構築しました。

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