特集:明日のモビリティー社会を実現する東芝の半導体技術
自動車は,環境との適合・安全な走行・利便性の追求という観点から,走行駆動系の電動化や,アクティブセーフティー,車内の快適性向上,インフォテインメントの充実など多種多様な側面から進化を続けており,半導体製品はこれらの進化を実現する上で重要な役割を担っています。東芝デバイス&ストレージ(株)は,長年にわたる製品開発を通じて培った技術力を生かして,自動車の電動化や,将来のモビリティー社会の実現に貢献する半導体製品を開発しています。
特集:明日のモビリティー社会を実現する東芝の半導体技術
森 太郎
川口 雄介・来島 正一郎・子井野 誠治
自動車業界は,CASE(Connected,Automated,Shared & Service,Electric)と呼ばれる四つのトレンドによって,電動化や,E/E(Electrical/Electronic)アーキテクチャーの進化,通信の高速化,車載サイバーセキュリティー強化など,技術的に大きな変革期を迎えている。
東芝デバイス&ストレージ(株)は,これらの変革のキーデバイスである車載用半導体製品を幅広く開発・提供しており,その機能と性能を継続的に向上させることで,CASEの実現及び将来のモビリティー社会の発展に貢献する。
松岡 裕磨・林 才人・吉川 大輝
自動車の電動化の流れは今後も確実に進むと予測されており,それに伴い車載用半導体の需要増大が見込まれている。このうち,電動車(xEV)のトラクションインバーター回路に使用されるパワーデバイスであるIGBT(絶縁ゲート型バイポーラートランジスター)は,車両の電費(バッテリー容量当たりの走行距離)の向上の観点から,耐圧要求が現在主流である750 Vから,今後は1,200 Vへと引き上げられることが予測されている。
東芝デバイス&ストレージ(株)は,このような状況に対応するため,2種類のSi(シリコン)-IGBTを開発した。750 V耐圧のIGBTは,裏面構造を最適化することにより,破壊耐量を保持しつつオン電圧(VCE(sat))とターンオフ損失(Eoff)のトレードオフを改善した。また,1,200 V耐圧のRC-IGBT(Reverse Conducting IGBT)は,RC化によりチップサイズを縮小しつつ,背反する逆回復損失(Err)を表面構造の最適化により改善した。
齋藤 圭太・塩谷 敏男
近年,地球温暖化と大気汚染への対策として,HEV(ハイブリッド電気自動車)やBEV(バッテリー電気自動車)に代表される環境対応車の導入が加速している。その航続距離延伸を担う電池監視システム(BMS)には,電圧検出や地絡検出に用いる半導体リレーなどの半導体部品が多数使用されており,性能向上に加えて小型化が要求されている。
東芝デバイス&ストレージ(株)は,電界強度分布の最適化により小型化したMOSFET(金属酸化膜半導体型電界効果トランジスター)を,従来製品の3/4のサイズに小型化したパッケージに搭載した車載用高耐圧フォトリレーを開発している。この開発品の信頼性を,1,000サイクルの温度サイクル試験及び1,000 hの高温高湿逆バイアス試験によって検証し,問題ないことを確認した。また,受光素子のレイアウトを最適化して最小開放電圧を従来製品の1.9倍に高めたフォトカプラーを開発・製品化し,半導体リレーの小型化・軽量化・低コスト化に寄与した。
川瀬 稔・角野 洋
自動車用の半導体は,実装後の自動光学検査(AOI:Automated Optical Inspection)により実装の不具合の有無を判定できる視認性が求められる。
そこで東芝デバイス&ストレージ(株)は,下面電極型パッケージの視認性改善に用いられるウェッタブルフランク(WF)構造を,小型パッケージに適用する技術を開発した。ダイシングテープやダイシングテープの貼り付け方式の選定などステップカットダイシングの最適化により,WF構造の形成技術を確立して,はんだの安定したフィレット形状を実現し,AOIでの視認性を高めた。この技術は,DFN2020(WF)パッケージとして製品化した。
寺本 隼人・高木 始・原田 繁
近年,持続可能な社会の実現に向けた取り組みの一つとして,自動車の電動化が重要視されており,各国・地域において,自動車の環境規制の強化と電動車(xEV)の普及が進んでいる。先進運転支援システム(ADAS)や完全自動運転(AD)では,高い信頼性やロバスト性が求められるため,電子制御ユニット(ECU)にはシステムの冗長化が必要になり,部品の搭載数が増大する傾向にある。
東芝デバイス&ストレージ(株)は,ECUの小型化に貢献する2in1パッケージのパワーMOSFET(金属酸化膜半導体型電界効果トランジスター)を開発している。放熱性や信頼性を向上させるとともにパッケージを小型化し,ハーフブリッジ回路の実装面積を,従来パッケージに比べて約41 %削減できることを確認した。
渡辺 宏樹・平山 敬之・會澤 敏満
カーボンニュートラル実現のための取り組みの一つとして自動車の電動化が進んでおり,電動化を支える車載モーターシステムは,小型で安価であることが求められる。車載モーターシステムの主要な構成部品であるモータードライバーも,小型化と低価格化が必要である。
東芝グループは,MCU(Micro Controller Unit)内蔵ゲートドライバーSmartMCD(モーターコントロールドライバー)™シリーズの一つとしてTB9M003FGを開発し,東芝デバイス&ストレージ(株)から製品提供を開始した。1シャントFOC(Field Oriented Control)への対応とVE(ベクトルエンジン)の採用で構成要素を削減することにより,小型化と低コスト化を図った。また,TB9M003FGを用いてBLDC(ブラシレス直流)モーターの1シャントFOCを構成すると,電流検出部の部品面積と部品コストを,それぞれ1/3に削減できる。
キム テウォン
車内のセンサーや,スイッチ,アクチュエーターなどの末端側の通信には,軽量化を目的として,LIN(Local Interconnect Network)やCXPI(Clock Extension Peripheral Interface)などを導入している。しかし,これらの通信では,末端側ICの異常検出時の通信制御,及びバス通信で発生するEMI(電磁干渉)ノイズの改善が,長年の課題となっている。
東芝デバイス&ストレージ(株)は,ICの異常を事前に検出する異常事前検出技術と,バス通信波形の電圧・電流の急激な変化を抑制したEMIノイズ抑制波形制御技術を開発し,次世代の通信用ICに適用した。これにより,ECU(電子制御ユニット)側から末端側ICの入出力を制御できるようになったとともに,約5〜15 dB(µV)のEMIノイズ削減効果が確認できた。
冨島 敦史・今泉 祐介・宮原 秀敏
自動運転・コネクテッドに対応する電子プラットフォームが急速に進化する中で,車両や車載ECU(電子制御ユニット)のノイズ耐性確保が最重要の課題となっている。その実現のために,半導体単体に対しても厳しいノイズ耐性が求められ,イミュニティーや静電気放電(ESD)耐性といったノイズ耐性を予測するシミュレーション技術の要求も高まっている。
東芝デバイス&ストレージ(株)では,半導体のイミュニティー及びESD耐性に対するシミュレーション環境を構築し,シミュレーション用モデルの開発・検証を行った。このモデルを用い,実際に半導体をシステム基板に実装してノイズ耐性を予測した結果,解析値と実測値がよく一致することを確認した。
伊藤 佑一・早乙女 一郎・高橋 清紀
自動車業界では,CASE(Connected, Automated, Shared & Service, Electric)と呼ばれる次世代モビリティーサービスへの変革が進められている。この中で,車載E/E(Electrical/Electronic)システムのサイバーセキュリティー強化が重要視されている。
東芝デバイス&ストレージ(株)は,“自動車-サイバーセキュリティエンジニアリング” ISO/SAE 21434(国際標準化機構規格/米国自動車技術者協会規格 21434)と“自動車–ソフトウェア更新エンジニアリング”ISO 24089に準拠した半導体サイバーセキュリティーエンジニアリング技術として,機能安全と両立を図る際に生じる手戻りを軽減するサイバーセキュリティーの要求決定手法,車両中の半導体レベルの脆弱(ぜいじゃく)性を分類して特定する手法,並びに運用フェーズのソフトウェア更新をセキュアに実施する手法を確立した。
一般論文
秋元 陽介・王 萍・藤原 直也
カーボンニュートラル社会の実現に向けて, CO2(二酸化炭素)を化学原料や燃料に変換するCO2資源化技術が注目されている。CO2資源化装置の高効率な運用のために,装置が排出する混合ガスに含まれるH2(水素)やCO2などの複数種類のガスのそれぞれの濃度(以下,混合ガス濃度と呼ぶ)を,高速に計測する必要がある。
東芝は,検量線の異なる独自のMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)熱伝導型ガスセンサーを複数個使用し,その出力電圧から混合ガス濃度を計測する技術を開発した。実証実験の結果,CO2・H2・CO(一酸化炭素)の混合ガス濃度を,ガスクロマトグラフィー(GC)と比較して150倍以上高速に,計測できることを確認した。
多胡 紀一郎・山田 真広・高尾 剛広
国営台湾鉄路股份有限公司(TRC,旧交通部台湾鉄路管理局)では,E200・E300・E400・E1000型電気機関車(以下,既存機関車4種と略記)を牽引(けんいん)機関車として,旅客列車及び貨物列車が運用されている。
東芝インフラシステムズ(株)は,TRCの既存機関車4種を代替するE500型電気機関車を68両受注・開発し,提供を開始した。E500型は,既存機関車4種の機能を1機種に全て包含して運用性・保守性を向上させたことが,最大の特長である。また,高出力で,主要な機器に冗長性を持たせて高信頼性を確保し,モジュールデザイン採用で保守性を更に高めた。旅客運用の運転支援に速度制御やホールディングブレーキを備え,同国の電気機関車で初(注1)の回生ブレーキを導入して環境負荷を低減できる。
(注1)2024年7月時点,当社調べ。
内藤 晋・田口 安則・中田 康太
大規模で複雑なプラントでは,設置されている数千点のセンサーから得られる膨大な時系列データを監視し,早期に異常を検知する必要がある。
そこで,東芝は,膨大な時系列データにまたがる複雑な関係を学習することで,プラントの状態変化の中に埋もれ,従来では捉えられなかった異常の兆候を早期検知する異常予兆検知AI「2段階オートエンコーダー」を開発した。この技術を用いて異常を早期に検知することで,異常や劣化の状態に合わせたメンテナンスが可能になり,CBM(状態基準保全)による効率的なプラント運用・保守と稼働率の向上が期待できる。
千葉 一輝・近藤 雄二・藤田 慎一
IoT(Internet of Things)向けクラウドデータベース(DB)であるGridDB Cloudは,契約ユーザーごとにCPUやディスクなどのリソースを占有するシングルテナント形態であり,高コストでも高い安定性を求める用途に適している。しかし,低コストで手軽に使えるDBサービスの需要もあり,そのようなニーズを満たすために,複数ユーザーでリソースを共有するマルチテナント形態が必要だった。
東芝デジタルソリューションズ(株)は,セキュリティーを強化しながら低コストのマルチテナント形態を実現するために,アクセス分離とリソース制限の技術を開発した。2023年12月から,マルチテナント形態のGridDB Cloudを提供している。
R&D最前線
井上 直樹
次世代EUVフォトマスクのハードマスク材料として検討されているTaOにALEを適用し,1 nm未満の高精度な加工を実証
半導体の微細化に伴い,フォトリソグラフィ向けのEUV(Extreme Ultraviolet:極短紫外光)フォトマスク製造では,1 nm未満の加工精度を実現可能なエッチングプロセス技術が求められています。東芝は,精密な加工制御が可能なALE(Atomic Layer Etching:原子層エッチング)プロセスを開発し,タンタル系酸化物(以下,TaOと略記)のエッチングに適用しました。その結果,精密制御に重要な,エッチングの自己停止現象が得られるとともに,1サイクルのエッチング量が1 nm未満である0.18 nm/サイクルを実現し,ALEによる精密加工制御の可能性を実証しました。
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