• 東芝レビュー 76巻3号(2021年5月)

特集:カーボンニュートラルの実現に貢献するエネルギーソリューション

世界的にカーボンニュートラルに向けた取り組みが進む中,電力業界は,再生可能エネルギーの導入拡大や,発電所の脱炭素化・二酸化炭素の利活用,発送電における形態の多様化・エネルギーの有効活用・オペレーションの最適化など,大きく変化しています。東芝グループは,エネルギー事業で培ってきた技術やノウハウにデジタル技術を組み合わせて,カーボンニュートラルの実現に向けた総合的なソリューション開発を行っています。この特集では,これらの最新技術を紹介します。

特集:カーボンニュートラルの実現に貢献するエネルギーソリューション

保坂 一志・小坂田 昌幸

世界レベルでのカーボンニュートラル実現を目指す中で,電力・エネルギー業界の貢献は必須のものと位置付けられる。カーボンニュートラルの実現には,様々な技術を駆使して多方面から総力を挙げて取り組んでいく必要がある。

東芝グループは,⑴主力電源化を進める太陽光発電,風力発電,水力発電,及び地熱発電(以下,太陽光,風力,水力,及び地熱と略記)などの再生可能エネルギー(以下,再エネと略記)による発電や,⑵火力発電所の脱炭素化や二酸化炭素(CO2)の利活用,⑶気象条件で発電出力が変動する再エネ(以下,変動再エネと略記)電源を受け入れる系統技術,⑷蓄電・蓄エネルギー技術としての揚水発電や蓄電池,⑸水素(H2)の利活用,⑹デジタル技術を駆使した発電所や電力の需給管理の最適運用・高度化などにより,カーボンニュートラル実現に貢献していく。

北村 英夫・岩浅 清彦・藤田 己思人

地球温暖化対策の一つとして,化石燃料や,バイオマス,ごみなどの様々な燃焼で発生する排ガス中の二酸化炭素(CO2)を分離回収し,地中に隔離・貯留するCCS(Carbon Dioxide Capture and Storage)及びCO2を有効利用するCCU(Carbon Dioxide Capture and Utilization)が注目されている。

東芝エネルギーシステムズ(株)は,CO2分離回収技術の開発を推進しており,化学吸収法を用いたパイロットプラントを(株)シグマパワー有明 三川発電所内に設置して性能の検証とともに,運転性・運用性・保守性の評価を実施してきた。蓄積した知見を基に,バイオマス火力発電所の排ガスからCO2を分離回収する世界初(注1)の大規模設備を建設・運用し,600 t/日以上の安定したCO2回収及び吸収液由来のアミン成分排出量の更なる削減を実証した。

(注1)2020年10月時点,当社調べ。

森 淳二・濱口 晃二・飯田 昭司

我が国では,固定価格買取(FIT)制度が2012年に開始されて以降,再生可能エネルギー(以下,再エネと略記)の導入量が増加してきたが,2050年までのカーボンニュートラル達成に向けて,更なる加速が予想される。その中で,水力発電は,最も利用されている再エネであり,太陽光発電(PV)や風力発電など気象条件で発電出力が変動する再エネが大量に導入された場合の調整力としても期待されている。

東芝エネルギーシステムズ(株)は,これまで多くの水力発電設備を開発し,国内外に納入してきた経験と技術を生かし,既存設備の効率的な活用に向けた水車や発電機の性能・機能向上とともに,気象予測などのAI技術や再エネの変動する電力とのバランシング制御技術などと組み合わせることで,電力系統の安定化に更に貢献できるシステムの開発に取り組んでいる。

都鳥 顕司・宮内 裕之

我が国は,2050年までに温室効果ガス排出量を実質ゼロにすることを目指している。こうした中,次世代太陽電池としてペロブスカイト結晶構造の材料を用いたフィルム型ペロブスカイト太陽電池が注目されている。結晶シリコン太陽電池に比べて軽量でフレキシブルな形状に対応可能なことから,従来設置できなかった場所への適用が可能になり,太陽光発電(PV)の発電量増加に貢献すると期待されている。

東芝は,ペロブスカイト層の成膜プロセスの改良などによって,大面積で高効率のペロブスカイト太陽電池モジュールの実用化を推進しており,今回,受光部サイズ24.15×29.10 cm,エネルギー変換効率(注1)14.1 %のフィルム型モジュールを開発した。また,適用先の一つとして,農業用ハウスをモチーフに設置形態を検討した。

(注1)太陽光エネルギーを電気エネルギーに変換する効率。

飯尾 尚隆・岡山 芙有子・谷山 賀浩

カーボンニュートラルの実現に向け,洋上風力発電の導入拡大が期待されている。これを実現するためには,設置場所での発電量予測のための風況調査や,洋上から陸上までの長距離を効率良く送電する技術などが必要になる。

東芝エネルギーシステムズ(株)は,その強みである風況解析技術や洋上から効率良く送電するための直流送電(HVDC:High Voltage Direct Current)システムの開発を進めている。風況解析では,これまでの陸上での経験も生かし,洋上風況計測や,数値流体解析(CFD)を用いて風車後流(ウエイク)の3次元構造のような風況を把握した。また,HVDCシステムでは,国内外での実績を生かし,洋上風力発電向けHVDCに適したモジュラーマルチレベル方式の自励式変換器(MMC:Modular Multilevel Converter)を開発するとともに,多端子HVDCで必要となる直流遮断器(DCCB:Direct Current Circuit Breaker)の試作器による電流遮断試験で大電流・高速遮断を達成した。

大田 裕之・水口 浩司・村松 武彦

2050年のカーボンニュートラル実現に向け,再生可能エネルギー(以下,再エネと略記)の主力電源化や,非化石系エネルギーへの転換,水素利用の拡大などへの取り組みが進んでいる。また,プラスチックなどの化成品を,排出された二酸化炭素(CO2)を原料として製造する技術への関心も高まっている。

東芝グループは,固定排気源からの排気ガスや大気中のCO2を再エネで電気分解(CO2電解)して一酸化炭素(CO)に変換し,再エネ由来の水素(H2)と合成して燃料やプラスチックなどの化成品を製造するP2C(Power to Chemicals)の実用化を目指して,技術開発を進めている。今回,CO2電解に用いる大型カソード電極を開発し,電極面積400 cm2で,CO生成ファラデー効率96 %以上と,良好な特性を得た。更に,この技術をジェット燃料製造に適用すると,化石由来のものと比べてCO2排出量を約80 %削減する代替燃料の製造が期待できる。

公野 元貴・矢吹 正徳・山下 恭平

近年,環境意識のグローバルな高まりから,カーボンニュートラルの実現に向けたキーテクノロジーの一つとして水素エネルギーの利活用技術が注目されている。特にその中でも,自動車,バス,及び定置発電用の燃料電池の更なる普及と用途拡大が期待されている。

東芝エネルギーシステムズ(株)は,純水素燃料電池システムの開発を進めている。最新の第3世代モデルである定置用燃料電池システムH2Rex™の100 kWモデルでは,現行の第2世代モデルに比べて40 %の小型化と67 %の低コスト化を達成した。MW級の大規模用途向けには,複数の100 kWユニットを統合的に運用するマルチMWモデルを開発し,実証試験によって高効率に運用できることを確認した。用途拡大に向けては,大型モビリティー用途向け燃料電池モジュールH2Rex™-Movの開発に着手し,船舶向け機種の基本設計を完了した。

林 祐希・志賀 慶明・進 博正

我が国では,再生可能エネルギー(以下,再エネと略記)の主力電源化に向けた一つの施策として,2022年にFIP(Feed-in Premium)制度(注1)へ移行する予定である。これにより,発電事業者には計画値同時同量への対応が課せられ,気象条件などで変動する発電量を正確に予測して計画値と実績値を一致させることが重要になる。

東芝グループは,このような市場環境に対応するため,再エネ発電量の予測技術と,不安定な再エネ発電量に電力需要を合わせ込むための運用技術を開発し,複数の顧客が求めるサービスを迅速かつ同時に提供可能なクラウド型サービスを開始した。太陽光発電(PV)の発電量予測と電力需要予測のサービス提供を実施しており,サービスのタイムリーな改善と拡大に取り組んでいる。

(注1)市場価格に一定のプレミアムが追加された価格で,発電事業者が市場取り引きを行う制度。

山根 翔太郎

電力業界を取り巻くビジネス環境は,大きく変化している。発電所の脱炭素化や再生可能エネルギー(以下,再エネと略記)の導入拡大による発電形態の多様化で,既存の発電設備資産の有効活用が求められている。

東芝エネルギーシステムズ(株)は,発電事業者が抱える様々な課題を解決するため,複雑な発電計画の作成を支援し,意思決定をサポートする発電計画最適化ソリューションを開発し,既にマイクロサービスの一つとして提供している。今回,従来よりも多種多様な運用制約を加味した中で,実用的な時間で発電計画の作成ができるとともに,火力発電設備だけでなく,脱炭素化に関連する規制を考慮したり,再エネの市場取引を有効活用したりできるように機能拡充を図り,発電設備の更なる価値向上を実現した。

一般論文

仲 義行・大平 英貴・高橋 信太郎

近年,最先端のAIモデルをミッションクリティカルな分野である社会インフラや製造分野に適用し,不具合発生の予兆検知や検査の省力化といった運用・保守の高度化や,新たな価値の創出に役立てることが期待されている。このようなAIモデルの高い信頼性を維持するには,AIモデルを搭載したシステム(以下,AIシステムと略記)の品質管理が重要になってくる。

そこで,東芝は,AIモデルの特徴を考慮した品質管理を実施するため,AIシステムに組み込まれるAIモデルの頑健性を定量的に評価する手法を開発した。従来のAIモデルの精度評価に,定量的な頑健性指標を用いた評価を加えて品質管理を行うことで,AIシステムの運用時の信頼性向上に寄与することができる。

柴山 武至・太田 邦夫・杉本 麻梨子

脱炭素化の観点から,世界の総電力消費量の約1/2を占めるモーターシステムの高出力・高効率化が求められている。

こうした中,東芝は,巻線を結線せずに引き出したモーターを,2台のインバーターで駆動するオープン巻線モーターシステムを開発し,製品化した。出力に応じてインバーターの駆動方法を切り替えることで,回路電流が従来に比べて小さく,回路部品コストも低減できる特長を持つ。今回,駆動方法に適した小型モーターを開発するとともに,インバーターが放射する電磁ノイズを従来方式より小さくできることを明らかにした。

R&D最前線

吉田 尚水

FAQ集から手軽に構築できる対話システムで,複雑なシナリオの作成を不要にする

ユーザーからの問い合わせを受ける窓口で,スタッフに代わってFAQ(Frequently Asked Questions)に答える対話システム(チャットボット)が使われるようになってきました。対話システムを使うことで,ユーザーはいつ問い合わせてもすぐに対応してもらえますし,窓口スタッフは負担を軽減できます。しかし,従来は,対話の進め方を表すシナリオを,FAQ集に基づいて手作業で作る必要があり,対話システムを簡単に構築することができませんでした。

そこで東芝は,FAQ集に依存しない共通シナリオと,FAQ集を共通シナリオに合わせて解析して検索用データベース(DB)を作成する手法により,FAQ集から自動で構築できる質問応答対話システムを開発しました。

高橋 宏昌

ロータリージョイントを採用してヘッドを小型化し,狭い場所へのアクセスを可能にした自動車車体のスポット溶接検査ロボットを開発

スポット溶接の検査は,作業者によるたがね試験や超音波を用いた非破壊検査が一般的です。しかし,それらは人手と熟練を要することから,検査の自動化への要求が高まっています。複雑なフレーム構造を持つ自動車車体を産業用ロボットで検査するには,狭い場所へアクセスできるヘッドが必要です。

東芝は,産業用ロボットのアーム中空軸内に,カプラント液(超音波を伝搬しやすくする接触媒質)の圧送用配管を収納し,ロータリージョイントを採用することで,従来に比べてアーム径方向のサイズが約60 %小さいヘッドを開発しました。実際の自動車車体による実証実験で,検査が必要な溶接点にアクセスできることを確認しました。 

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