現場・企業・未来をつなげる東芝のスマートマニュファクチャリング事業(後編)
人手不足、熟練者の技術継承、既存設備の更新難。製造現場は、従来の現場改善の積み重ねだけでは、年々深刻化する課題に対応しきれない局面に入りつつあります。加えて、自然災害や地政学リスクなど予測が困難な事象に対するサプライチェーンの強靭(きょうじん)化や、脱炭素社会への転換が求められるなど、企業を取り巻く環境が複雑化しています。こうした状況の中で鍵となるのが、製造現場のデータや知見を分断せずにつなぎ、意思決定と改善のスピードを上げることです。今回は、製造業全体を俯瞰(ふかん)しながら、東芝のスマートマニュファクチャリング事業を技術面から牽引している技師長の岸原正樹が登場。製造業を取り巻く環境の変化と、当社のスマートマニュファクチャリング事業に対する考え方、事業の全体像について話を聞きました。後編では、前編で示した東芝のスマートマニュファクチャリングの考え方が、どのようにソリューションとして具体化され、現場や企業の変革につながっているのか、さらには今後どのような展開を目指していくのかを取り上げます。
(前編はこちら)
ビジョンから具体化する東芝のスマートマニュファクチャリング
―前編では、「現場がつながる」「企業がつながる」「未来につなげる」という3つのビジョンについて伺いました。それぞれのビジョンは、ソリューションとしてどのように具体化されているのでしょうか。
3つのビジョンは、スマートマニュファクチャリングの考え方を、現場や企業の活動に落とし込むための指針です。それぞれのビジョンのもとで、どのような課題に対して、どのような価値を提供していくのかを整理しています。1つ目の「現場がつながる」では、人や設備、工程ごとに分断されがちな現場の情報をつなぎ、日々の改善や判断に生かせる状態をつくることを目的としています。この目的に対して、作業や品質、工程の状態をデータとして捉え、現場で自ら状況を把握し、改善を回せるようにするための仕組みとして、Meister Apps商品を位置づけています。
現場作業の状況をデータ化して可視化する「Meister Apps 現場作業見える化パッケージ」は、人の作業効率の改善に向けた検討に活用できます。また、東芝独自のAI技術を用いて外観検査を支援する「Meister Apps AI 画像自動検査パッケージ」は、良品を不良品として扱う過検出を抑制し、再検査などの負担を軽減する役割を担っています。さらに、「Meister Apps 工程改善アシストパッケージ for SMTライン」は、工程全体を俯瞰しながら、改善の打ち手をレコメンドします。ルールベースに加え、AI技術を活用した分析・提案を組み合わせることで、現場の改善検討を支援します(図3)。
また、製造実行システム(Manufacturing Execution System:MES)と呼ばれる、製造現場で生産指示や実績管理を行う「Meister MES NEO」、さらに、MESを含む現場の設備・人・システムなどの様々な情報をものづくりデータ統合基盤で管理し、スマートファクトリーを実現する「Meister Factoryシリーズ」も提供しています。これらは、生産の計画と実績を一体で捉えながら、現場で得られる情報を経営判断に結び付ける基盤として位置づけています。個別の生産形態に応じた対応力や柔軟な運用は、パワー半導体や鉄道車両など、さまざまな現場での実践を通して磨いてきたものであり、各現場の実態に即した生産管理の高度化につなげています。
2つ目の「企業がつながる」というビジョンでは、企業や組織の垣根を越えて、判断に必要な情報を安全に共有し、活用できる状態をつくることを重視しています。この考え方に基づくのが、企業が保有するシミュレーションモデルやデータを、外部に開示することなく連携・活用できる仕組みを提供する、分散・連携型のプラットフォーム「VenetDCP」です。各社の知的財産や機密情報を守りながら、企業間での検討や意思決定を前に進められることが特徴です。実際に自動車業界で活用が始まっており、部品を持つサプライヤーと自動車メーカーが、それぞれのモデルを分散したまま連携できるようになったことで、設計の手戻りの削減や評価範囲の制約を抑えた検討を可能にしています。重要なのは、モデルを「見せずに、つなぐ」ことです。
また不確実性が高まる中においては、企業間のつながりを、平時だけでなく有事にも機能する形で整えておくことが重要になります。これを実現するための情報基盤として提供しているのが、サプライヤーとの情報共有やコミュニケーションを支援する「Meister SRM」と「Meister SRMポータル」です。これらの活用によって、調達業務に加え、BCP※1や環境、法規制への対応など、企業間連携を継続していくために必要な情報を可視化し、共有できるようになります。特に現在は、人権や環境への配慮といった社会的要請への対応や、高まるサイバーリスクへの対策が欠かせません。こうした背景を踏まえ、サプライヤーにおけるCSR※2・ESG※3およびセキュリティに関する対応状況を可視化し、継続的に把握する取り組みを推進しています。
※1 BCP:Business Continuity Planの略。災害や事故、サイバー攻撃などによる非常時においても、事業を中断させない、または速やかに復旧できるように、事前に対応方針や体制を定めておく計画のこと。
※2 CSR:Corporate Social Responsibilityの略。企業は事業活動を通じて、法令遵守や環境配慮、人権尊重、地域社会への貢献など、社会的責任を果たしていくという考え方。
※3 ESG:Environment(環境)・Social(社会)・Governance(ガバナンス)の略。企業を評価する際に、財務情報だけでなく、環境対応や社会的責任、経営の健全性など非財務要素も重視する考え方。
3つ目の「未来へつなげる」というビジョンでは、現在の取り組みを一過性の改善にとどめるのではなく、将来にわたって価値を生み続けられる形に進化させていくことを重視しています。この考え方のもと、工場やプラントにおいて設備やエネルギーの利用状況を継続的に把握し、長期的な運用や環境対応につなげる基盤として、アセットIoTクラウドサービス「Meister OperateX」を提供しています。また「Meister RemoteX」は、出荷した製品の運用データを活用し、製品の使われ方を進化させながら、その価値を継続的に高めていくための基盤です。運用状況を起点に、製品と顧客との長期的な関係を構築・維持し、新たなサービスの創出につなげていきます。例えば、制御盤をソフトウェアデファインド化したエレベーターでは、設定変更や機能追加を柔軟に行いながら、顧客の価値を拡大するために、運用とともに進化し続ける仕組みを実現していきます(図4)。
IT/OT・セキュリティ・AI適用に関する今後の方向性
―最後に、IT/OT、セキュリティ、AIといった観点から見たときに、東芝ならではの強みや差別化のポイント、そして今後目指す方向性について教えてください。
これまで見てきたように、東芝では、現場・企業・未来という3つの視点で、製造業の課題を捉え直しました。今後の方向性としては、個別の取り組みとして進めるのではなく、ITとOTを一体で捉えた取り組みに、セキュリティやAIなども含めた全体最適をより意識していく必要があります。単にITとOTをつなぐだけでなく、データの収集から可視化(見える化)、要因解析、予知・予測、最適化、そして自律化へとスマートマニュファクチャリングの成熟度を引き上げていく視点が重要です(図5)。
セキュリティについては、製造現場を支えるOT領域の多くで事業継続の担保が求められることから、設備を止めることができません。そのため、ITシステムのように停止や復旧を前提とするのではなく、設備の稼働を維持しながらリスクを抑えるセキュリティ対策が必要となります。東芝では、自社の工場で実践した経験をもとに、ネットワークの分離や監視、運用までを含めたOTセキュリティ対策を展開していきます。
また、サプライチェーン全体の連携が進む中では、ソフトウェアの脆弱性や不正侵入といった一社のセキュリティインシデントが、取引先を含む複数企業に波及し、各企業の事業継続に影響するリスクが高まっています。こうしたリスクに備えるには、各製品やシステムに含まれるソフトウェア構成を把握し、常時、影響範囲を迅速に特定できる状態にしておくことが重要です。東芝ではSBOM※4を活用し、脆弱性が発見された際に、その影響を受ける製品や取引先を把握し、企業間で連携した対応を可能にしていきます。
※4 SBOM:Software Bill of Materialsの略。ソフトウェアを構成するライブラリーやOSS(Open Source Software)、依存関係、バージョンなどを一覧化した「ソフトウェアの部品表」で、サプライチェーン上の脆弱性管理やライセンス管理の基盤となる仕組み。
AIについては、単なる業務の自動化にとどめず、現場や企業で求められてきた「判断」をどのように支援していくかがポイントになります。これまで熟練の技術者が担ってきた製品構造や工程、品質に関する判断をAIエージェントが支援することで、判断の質とスピードを高めていく。東芝が培ってきた現場の知見とデータをAIに学習させ、現場や企業間で活用できる形へとつなげていきます。
こうした取り組みの先に、フィジカルAIの実現も見据えています。海外に先行事例がありますが、実際に現場で使い続け、改善していく段階では、設備・作業・運用を熟知した日本の現場ナレッジに強みがある分野だと考えています。現場で蓄積された知見をデータとして整理し、データ基盤とAIで最適化した判断結果を設備や業務に反映することで、現場で活用されながら進化するフィジカルAIを実現します。さらに企業間でデータを連携する際も、すべてのデータを開示するのではなく、目的に応じて交換するデータを制御するなど、判断に必要な情報のみを共有することで、現場ナレッジを生かした持続的な連携と実践的なAI活用を支えていきます。
私たちが目指しているのは、製品そのものを売ることではなく、現場や企業がよりよい判断を行える状態をつくることです。データと技術、そして現場で培われてきた判断の考え方を組み合わせることで、製造業の変革を支えていきたいと考えています。
こうした考えのもと、目的を明確に定め、判断に効く情報を選択し共有できる仕組みをつくることが、今後のスマートマニュファクチャリングにおいてますます重要になると考えています。東芝は、社内での実践を通じて蓄積してきた知見を生かし、判断ロジックや共有すべきデータを整理し、相互運用する技術を組み合わせ、企業間の情報連携ソリューションへとつなげていきます。
(前編はこちら。現場・企業・未来をつなげる東芝のスマートマニュファクチャリング事業(前編))
岸原 正樹(KISHIHARA Masaki)
株式会社 東芝
スマートマニュファクチャリング事業部 技師長
これまで上下水道向けの監視システムや情報システム、エレベーターや空調などの遠隔システムなど、さまざまなシステム開発の現場を経験。現在は、スマートマニュファクチャリング事業部の技師長として、製造業向けソリューションに関する開発投資を主導。
- この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2026年7月現在のものです。
- この記事に記載されている社名および商品名、機能などの名称は、それぞれ各社が商標または登録商標として使用している場合があります。

