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製品開発のプロセスを効率化!サイバー空間で企業間連携する未来のものづくり

製造業では、ソフトウェアを主導とする製品開発が増えてきています。その開発にあたり、設計・開発・テストのプロセスを変革する手法として注目されているのが、モデルベース開発(Model-based Development:MBD)です。モデルベース開発は、シミュレーション技術と融合することで、製造業の全体に浸透しつつあります。特に、自動運転車のような次世代モビリティの台頭により、一足早く大変革期を迎えている自動車業界での広がりが顕著です。東芝デジタルソリューションズでは、各部品におけるモデルベース開発を、製品の開発プロセス全体のさらなる効率化へと生かすために、異なるモデルや開発ツールをサイバー空間で結びつけ、多くのシステムが連携するシミュレーションを実現しました。この統合的なシミュレーション環境を構築する、分散・連成シミュレーションプラットフォーム「VenetDCP」を紹介します。


変貌する製品開発の現場


近年、製造業における製品開発は、従来のハードウェア主導による開発から、ソフトウェア主導による開発へとシフトしています。よく知られているところでは、自動車業界におけるEV(Electric Vehicle)やSDV(Software Defined Vehicle)、自動運転車といった次世代のモビリティ対応への取り組みがあります。その背景には、工業製品の機能に対する安全性の追求や、デジタルトランスフォーメーション(DX)、第4次産業革命といった社会的あるいは経済的な変革の推進、CO2の削減とそれに関連するエネルギー問題など、ミクロからマクロにわたるさまざまな社会課題への対応が、製造業の全体に求められている現実があります。

ソフトウェアシフトが急速に進んでいる次世代のモビリティ対応において、ECU(Electronic Control Unit)のアーキテクチャーが変化しています。ECUが搭載される数の上昇に伴い、自動車の開発全体に占めるソフトウェアのコストの割合も増えています。自動車1台に必要なソースコードの行数は、2020年には2億行となり、さらに2025年までには6億行に達するという予測もあるほどです。ほかの分野のソフトウェアと比較しても非常に大きくなっています

※参考:経済産業省(https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/daiyoji_sangyo_skill/pdf/005_04_00.pdf (PDF形式)(3.99MB)

このような膨大なソフトウェア開発を伴う次世代の自動車開発では、そのプロセスを大きく変える必要があります。従来の自動車開発の主体は、エンジンやトランスミッションのようなメカ(ハードウェア)でした。ECUやセンサーなどはそれらの付属部品という位置づけで、ソフトウェアは実機をベースとしたマンパワーによる開発となっていました。制御が単純な時代はそれで十分でしたが、高度なエンジン制御や自動ブレーキ、ADAS(Advanced Driver-Assistance Systems:先進運転支援システム)、コネクテッド機能などが強化された現在の自動車開発では、状況が異なります。ハードウェアには、ソフトウェアによる複雑な制御を前提とした設計が欠かせません。システムの全体を見据えた開発が求められる現在の自動車開発において、従来の手法でソフトウェア開発を行い、テストや評価の段階で設計や仕様への手戻りが発生すると、コストやスケジュールに大きな影響を与えてしまいます。

そこでこれらの課題に対する解決策として注目されているのが、シミュレーション技術の活用とモデルベース開発(Model-based Development:MBD)です。モデルベース開発の発想自体は、オブジェクト指向やUML(Unified Modeling Language)モデルによる設計・開発・テストにわたるプロセスの変革という形で、ソフトウェアを中心に広く産業界に浸透してきました。


製造業のDX:モデルベース開発の効果と課題


モデルベース開発とは、現象や振る舞いを数式などで定義した「モデル」を作成してシミュレーションを行い、製品を開発する手法です。シミュレーションを重ねて仕様の妥当性を十分に検証したモデルを基に、ソフトウェア(ソースコード)を自動で生成します。一方、従来の開発手法では、性能の企画からシステム設計、部品の試作とソフトウェアの開発までを行い、実機を組み立ててから検証していました。評価を行う「後工程」に重心を置いた従来の開発と異なり、設計の段階で事前の検証を十分に行う「前工程」に重心を置いたモデルベース開発によって、開発期間の短縮と開発コストの抑制ができるようになります(図1)。

ただし、モデルベース開発を導入すればすべての課題が解決するわけではありません。もちろん、設計の段階でシミュレーションによって機能や性能を確認できることは、開発の効率向上につながります。しかし、自動車業界をはじめとする製造業では、サプライチェーンが多層化していることがほとんどです。モデルベース開発によって、エンジンやブレーキ、ステアリングといった部品メーカーごとに開発の効率化が進んだとしても、その後、すべての部品を実際に試作して組み立て、実車で評価する方法では、試作と評価が何度も発生し、自動車の開発全体としては時間とコストがかかってしまいます。

そこで、東芝デジタルソリューションズでは、製品メーカーの最終的な実機での評価までをモデルを使って事前に行うことによる、開発プロセス全体の効率化を目指した取り組みを推進しています。これは各部品メーカーのモデルを集め(モデル流通)、複数のモデルを統合して行うシミュレーションで、「連成シミュレーション」もしくは「協調シミュレーション」と呼ばれています。(当社では「連成シミュレーション」と呼んでいます)

リアルな現場において、通常、各部品のつなぎ込みやシステムとしての組み合わせは、エンジニアの人手による作業に依存しています。すり合わせや作り込みといった作業と同様に、連成シミュレーションで使用するモデルを、ツールに取り込める形に都度変換して、配置する必要があります。


連成シミュレーションを可能にする仕組み


連成シミュレーションを実現するにあたり困難なのは、各社のモデルを結合することです。なぜなら、使っているシミュレーションのツールやバージョンが企業や組織ごとにさまざまなため、モデルを一元的には扱えないからです。各モデルの入出力を誤りなくつなぐ技術も不可欠です。そこで当社では、各社のシミュレーションツールを、直接ではなく、間接的に(分散して)つなげることで、モデルのデータの連携を容易にしています。

間接的につなげるために準備しているのが、各シミュレーションツールの入出力にあたる部分のインターフェースとして働く「バスコネクタ」という仕組みです。各シミュレーションツールで異なる形式を合わせる(変換する)役割を持ち、連成シミュレーションを統括する企業が定義した入出力の仕様を基に自動で生成されます。各社は、提供されたバスコネクタを自社のシミュレーションツールに組み込むだけで、ネットワークを経由して他社のモデルと連携したシミュレーションが行えるようになります。

現在、バスコネクタは、モデルベース開発ツールとしてスタンダードであるSimulinkのS-Function形式のほか、国際規格であるFMI形式をサポートし、さらには独自モデルへの対応に向けてAPI(Application Programming Interface)を提供しています。

FMI(Functional Mock-up Interface)は、モデル流通における共通のインターフェース規格として策定された国際規格であり、多くのシミュレーションツールが対応しています。そこでFMI2.0形式およびFMI3.0形式に対応し、多数のシミュレーションツールとの接続を実現しました。また、APIを利用することで、特殊なハードウェアやHILS(Hardware In the Loop Simulation)などとの接続も可能です。

当社は、複数のモデルを間接的に(分散して)統合したシミュレーション(連成シミュレーション)により、共同でデジタル試作を実現する環境として、分散・連成シミュレーションプラットフォーム「VenetDCP」を提供しています(図2)。


大切なモデルの保護と円滑な協業の共存


VenetDCPの活用により、ネットワークを介して他社と連携したシミュレーションが行えるようになりました。しかし、モデルには、製品の詳細データやノウハウなど、各社の機密情報が含まれているため、機密保持やセキュリティに関する課題があります。そこで当社では、各社の大切なモデルが他社に渡らない仕組みにしました。連成シミュレーションを行うにあたってバスコネクタを通して他社に提供するデータは、モデルの演算結果だけです。これにより、各社は安心して連成シミュレーションを行うことや、それに協力することができます。これは、取引先やパートナー企業との円滑な協業関係を維持する上でも重要な点だと考えています。

また、シミュレーションは、お互いに接続や実行の設定を事前に行うことで、自社のタイミングで他社のモデルを呼び出して実行することができます。モデルを提供する側の企業は、シミュレーションが行われている間中、実行マシンの前で待機している必要はありません。利用者の使いやすさの面も考慮した仕組みです。ここでも、セキュリティを考慮しています。モデルの呼び出しに関して、モデルを提供する側が制限できる仕組みを実現しました。これにより、他社から不本意な処理を行われないようにしています。

実際に、異なる拠点やツールにおいて、ネットワークを介した連成シミュレーションを実施されるケースも増えてきました(図3)。

VenetDCPは、すでに国内の大手自動車メーカーに採用されています。分散・連成シミュレーションの環境は、自動車のエンジニアリングチェーンにおいて、サプライヤーにも自動車メーカーにとってもメリットがあると評価されています。実際に、国内と海外の拠点とでシミュレーションをしたり、複数のシミュレーションを統合して行ったりするなど、有効に活用されています。


VenetDCPが支援する未来のものづくり


モデルベース開発は、今後の主要な開発スキームとしての注目度が高く、当社では、これから産業界全体でその導入が広がっていくことを期待しています。そしてこのモデルベース開発を取り入れた企業を、さらに効率的な開発へと導くのがVenetDCPだと確信しています。同じ企業の中でも、拠点間や異なるツール間のシミュレーションに役立つものだからです。もちろん、複雑なサプライチェーンを持つ日本の製造業においては、製品を企業や組織を超えて連携しながら開発するために、非常に有効なものです。当社においても、米国や中国のパートナーと連携した取り組みを進めるほか、最近では、エネルギーなど社会インフラに関連する企業から相談を受けることも増えてきました。VenetDCPは、進化を続けています。

モデル流通においては、国内外で各種団体が立ち上げられ、推進されています。当社は、モデルベース開発やモデル流通を推進する企業として、国内および欧州の団体活動へ参画しており、これらとの橋渡しなども担っています。世界における、モデル流通の普及に貢献していきます。

モデルをパートナー間で開示せずに、遠隔で統合的なシミュレーション環境を構築できるプラットフォームである「VenetDCP」は、世界でも先進的なものです。ものづくりが直面している課題の解決に貢献できる分散・連成シミュレーションで、東芝デジタルソリューションズはこれからも、製造業のDX推進と競争力強化を支援していきます。

  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2025年1月現在のものです。
  • この記事に記載されている社名および商品名は、それぞれ各社が商標または登録商標として使用している場合があります。

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