複雑化するサプライチェーンリスクをどう乗り越えるか―「共有の仕組み」がもたらす新たな競争力(2/2)
イノベーション、経営
2026年10月13日
右:DiGiTAL CONVENTiONアドバイザー 福本 勲
中:株式会社ローランド・ベルガー シニアパートナー 小野塚 征志氏
左:株式会社東芝 スマートマニュファクチャリング事業部 フェロー 矢野 令
4.サプライチェーンを横断してリスクを共有するには
福本:
サプライチェーンリスクマネジメントのユースケースにも触れたいと思います。グローバル製造業のリスクマネジメントの具体的な取り組みをご紹介いただけますか。
小野塚:
いろいろなリスクがありますが、災害系ではやはり自動車メーカーがグローバル的にも段違いに対策が進んでいます。もともと一次サプライヤーや二次サプライヤーぐらいまでは、どのサプライヤーがどこで製造しているかを把握していましたが、東日本大震災やタイの水害を経て現在は上流のサプライヤーも含めて全て把握するようになっています。何か問題が起きたら迅速にアラートが来るシステムを構築しており、平時でもサプライヤーがあるエリアに集中しないよう地理的な分散も含めて堅牢性を担保できているかなど、問題点をデジタルに把握する仕組みができています。
福本:
東芝の取り組みもご紹介いただけますか。
矢野:
我々の取り組みは3つあります。まずは、サプライチェーンに関わる多くの企業と連携できる仕組みをつくることです。当社では調達部門とサイバーセキュリティ部門から成るクロスファンクショナルチームで全社横断的に連携し、私も参加しながら取り組んでいるところです。そこでサプライヤーに対するセミナーや勉強会を開催し、今世の中で起きているサイバーセキュリティに関する最新情報を提供しつつ、一緒に取り組んでいきたいことを共有しています。もちろん東芝に製品を納めるサプライヤーに対しては、我々のセキュリティガイドラインを提供して対応していただいています。
また、サプライヤーのセキュリティスコアリングも実施しています。重要なサプライヤーについてはスコアをツールで算出し、一定スコア以下のサプライヤーには「こういうセキュリティ上の課題があるので、ご対応をお願いします」とコミュニケーションを取り、セキュリティ改善に向けて一緒に取り組んでいます。さらに、サプライヤーとの継続的な情報共有や改善依頼を支えるコミュニケーション基盤として、当社はサプライチェーン・プラットフォーム「Meister SRM ポータル」を提供しています。単発の調査で終わらせず、サプライヤーと改善状況を共有し続ける仕組みをつくることが狙いです。
小野塚:
欧州の事例ですが、ある消費財メーカーはIR部門も含めて連携しています。取引先チェックの管理項目には、情報セキュリティだけでなく、人権デューデリジェンスも含まれているからです。ほかにも脱炭素に向けた取り組みについての項目もありますので、サステナビリティ部門も関与しています。それらに取り組んでいることを企業の強みとして捉え、アニュアルレポートで示している企業もあります。そういうアピールをすれば、サステナブル銘柄としてランクインすることを知っているからです。
福本:
つまりサプライチェーンリスクマネジメントによって、企業価値を高めようとしているわけですね。
小野塚:
結果的に株価が上がりますからね。日本企業ではリスク対策をコストだと考えているため、できればお金をかけたくないようですが、むしろ欧州では企業価値を高める武器の一つとして考えており、IR部門もCxO(Chief x Officer)の管轄下に置いて対応しています。
福本:
もともと日本が「言わなくてもわかる」というハイコンテクスト文化だからかもしれませんが、企業でも書かれていなくても「やるのが当たり前」というところがあります。欧米は契約書が凄く細かいけれど、その代わり契約に書いていないことは一切やりません。デジタル化も同様ですが、日本ではサイバーセキュリティも「やるのが当たり前」という風潮があり、情報がうまく伝わっていないように感じています。
小野塚:
「やって当然」の「当然」が企業でも微妙に違いますし、しっかり担保できないこともありますよね。契約書に詳細まで載っていないことが圧倒的に多いため、経済産業省がIT文脈で制度設計をして明文化しているわけです。一方でグローバルサプライチェーンの世界では、特に大企業の取引先は国内に留まらず、欧米やアジアなどにまで広がっています。セキュリティ的に不安のある企業と取引することもあるかもしれません。日本での常識が通じないことも多いため、欧米の良い点を取り込み、取引条件をしっかり課すことを考えるべきでしょう。海外企業と横連携し、業界スタンダードをつくることも本来は積極的にやるべきですね。
福本:
日本は「そんなことは言わなくてもわかるだろう」というハイコンテクストな文化だから、海外と齟齬が生じる可能性がありますよね。
矢野:
そのような日本の文化的背景もあって、サプライチェーンの非対称性という課題があります。例えばルールメイキングでも、参加者全員がルールを理解して、ルールを守るだけの組織的能力があれば十分に機能します。しかし上流の町工場などのサプライチェーンまで含めると、なかなか上手くはいかない。そういう非対称性の中で、全員がサプライチェーンに参加するため、ルールをいかに守るのか、どうデータのやり取りをするのかという課題があります。もう一つはサプライチェーンの秘匿性です。一次サプライヤーは二次サプライヤーの情報をバイヤーに積極的に渡したくないのです。当然その先も同様にどんどん情報が隠されて、結果的にサプライチェーン情報が見えなくなります。
福本:
サプライチェーンの情報の透明性が低いということですよね。この理由もハイコンテクストと同じような話に帰結すると思います。
矢野:
サプライチェーンの情報が見えないところをAIなども使いながら見える化していかないとサプライチェーン全体の最適化は難しいだろうと思います。
5.AIにより広がる企業間ネットワークと新たなビジネス機会
福本:
将来的にAIの活用が増えていくと、サプライチェーンや企業間の取引にどのような変化が発生するとお考えでしょうか。
小野塚:
AI活用の最も画期的な点は、ソフトウェアデータに関して標準化しなくてもよい世界が現実味を帯びてきたことでしょう。特に日本は欧州と比べて標準化が進まず、情報共有や連携が難しかった。逆に言えば個社の独自性が強かったわけですが、データが自動で読み替えられるようになった瞬間、情報連携がすごく簡単になるはずです。言語の壁もなくなりますよね。情報連携が可能になることで、できることは飛躍的に増えていきます。それをいち早く使いこなすことでサプライチェーンを企業の競争力に変えることもできますし、サプライチェーンのプラットフォームを提供する側にも新たなビジネスチャンスが生まれ、相互に大きなビジネスの可能性が広がっていくのではないかと思います。
福本:
もちろんそれなりのリスクもあるでしょうが、最終的にリスクを回避する先にはビジネスチャンスが広がっているという理解でよろしいですか。
小野塚:
ええ。例えば、YouTubeができたことによって、いろいろなコンテンツを持つ方々は提供の機会が増えてインフルエンサーと呼ばれる人も登場しましたし、YouTubeのユーザーも新たな楽しみが増え、運営側も儲かり、それぞれがメリットを享受しています。同様に「サプライチェーン界のYouTube」のようなプラットフォームを作れば、ビジネスが広がっていくかもしれません。ただし、同様のプラットフォームが増えれば競争も激化します。そうした時にいち早く乗り換える決断も必要ですし、従来の個性的なやり方がコスト競争力の源泉だった企業はそこにしがみついたままだと競争から脱落するリスクもあります。
福本:
東芝の立場として矢野さんのお考えはいかがですか。
矢野:
技術面から考えると2つの軸があると思います。1つ目の軸は、小野塚さんのご意見と同様にデータ標準化が不要になること。その心はAI-Ready化です。現場にはセンサーなどの生データが多く、今はそれぞれバラバラのデータとして存在しています。それらのデータに意味付けを行い、AIで使える形に変換していくと、今度はシステムとシステムだけでなく、AIエージェントとAIエージェントが会話する形になります。AIによるデータの翻訳のほか不足データをAIが補完できるようになってくるので、AI-Ready化とAIエージェント化で、データ形式の違いを越えた連携が容易になると予想しています。
2つ目の軸は、いわゆるデータスペースの進展です。東芝が「サプライチェーンのYouTube」を構築できたら大変嬉しいのですが、ユーザーは必ずしもそこにデータを集めたいというわけではありません。取引のために必要最低限のデータを出しているからです。「データ主権」の観点では、自社データは手元に置いたまま必要な相手にだけ渡すという形でデータをやりとりできるプラットフォームとして、欧州のデータスペースのようなものが求められています。同様にサプライチェーンそのものがデータスペースになり、その中でデータのやり取りができる形をテクノロジーで支えていければ、リスクを抑えながら展開できるものと期待しています。
株式会社東芝 スマートマニュファクチャリング事業部 フェロー 矢野 令
6.複雑なサプライチェーンがAIで最適化される未来を見据えて
福本:
先ほど、企業や国ごとにも温度差があるという話も出ましたが、サプライチェーン全体を強化するためにはどのように仕組みをつくればよいのでしょうか。
小野塚:
繰り返しになりますが、一つは政府側でしっかり対応していくことだと思います。また、やはり業界内の取引が多いので、業界団体が取り組むべきテーマでもあると思います。現時点では、まだ業界団体ごとに温度差があるので、そこは政府が後押しして、強力なメッセージを発信していくことが非常に大切ですね。
矢野:
私も同じ意見です。個社では効果は小さいため、業界団体を通じた取り組みを推進していくと良いでしょう。サプライチェーンを構成する業界団体に対して訴えかけ、大きな流れを起こすことが重要です。実は私が経済産業省のウラノス・エコシステムの立ち上げに取り組んでいた時、業界団体に働きかけることで各社が動いてくれました。逆に業界団体に声をかけないと個社にも動いてもらいづらいため、彼らが推進していくことが最善だと思います。
もう一つは技術的な話になります。先ほどデータスペースの話題もありましたが、欧州ではコンセプトが先行し、実装コストや運用負荷、標準化など、実務的な課題への対処が障壁となっていることもあり、継続的な事業運営に向けた課題も残っています。データスペースは対等にデータを連携・共有する基盤のため、非対称性のあるサプライチェーンの中では、誰もが簡単に扱えるレベルのものではないからです。だから噛み砕いて平易に説明できる人材も育成しなければなりません。今は年齢に関係なく誰でもスマートフォンを使えているのと同様に、サプライチェーンのデータスペースも誰でも情報をやり取りできる使いやすい形にしていかないと使われないでしょう。大規模で機能も多いシステムよりも、軽量で誰もが手軽に使えるシステムによって、より広くサプライチェーンが繋がっていく。技術の進化なしには、サプライチェーン全体の強化もなかなか進まないでしょう。
福本:
特に日本の製造業では人間の俯瞰力で対応しようとする傾向がありますが、現状の産業規模やサプライチェーンの複雑性に対しては、人間の力だけでは耐えられないでしょうね。
小野塚:
確かにそう思います。ポイントはそれがどれぐらいの時間軸で進むかということです。サプライチェーンがAIやデジタルに置き換わる未来は必ず到来するはずです。人間がいちいち確認する世界でなく、どうすればAIで最適化されるのか。それが一体いつなのかという点が重要です。ただ私の見立てでは、残念ながら物の動きや管理は、人の動きや管理に比べて常に二十年ぐらい遅れているように見えます。
というのも、物流の最適化に関する変数は人流より圧倒的に多いからです。例えば荷物は固体だけでなく液体もあるし、その種類は多種多様でサイズも千差万別です。輸送環境も常温なのか冷蔵・冷凍なのか、運送手段も配送ルートも多く、その組み合わせは膨大です。それでも二十年ぐらいで最適化が実現できるでしょう。なぜ二十年かというと、チェスで人間がAIに負けた時に、将棋は駒を再利用できるなど変数が多く、極めて難しいと言われていたのが、技術の進展で二十年後にAIが勝てるようになりました。現時点で物流の最適化が困難に見えても、2035~2040年ぐらいを目途に新たなプラットフォームビジネスが立ち上がるのではないでしょうか。
矢野:
二十年という時間軸は夢がありつつも、現実味を感じる数字ですね。複雑性という観点でサプライチェーン全体を見た時、その複雑さはスペースシャトルの設計やスマートシティにおける大規模社会インフラを構築するような複雑さの規模感かもしれません。もはや人間の力だけでは追い付かないという点では福本さんのおっしゃる通りだと思います。人間の判断を支援する技術、それがAIになるのか量子コンピュータになるのか分かりませんが、具体的な技術が追い付くのは、それこそ2035~2040年頃と言われていますので、実現性として現実味のある話だと思います。
福本:
最後になりますが、東芝や東芝グループへの期待について小野塚さんにお話をいただけると嬉しいです。
小野塚:
御社には、長期的な視点でAIを活用してサプライチェーンを最適化するプラットフォームを開発していただきたいです。もちろん投資も技術も必要ですが、実のところ最後に問われるのは企業の信頼性、つまりトラストだと思います。社外秘の情報が競合他社に知られたら大変なことになります。だから現在そんな重要情報は企業も安易には渡せません。したがって、セキュリティをしっかり担保してくれる技術を持っているだけでなく、信頼のおけるグローバル企業であることが大切です。これができる企業の一つが御社だと思っています。ぜひサプライチェーン・プラットフォームの開発とともに、信頼感のある東芝ブランドを展開していただけると嬉しいです。それは単に企業価値の向上や、新しい収益機会になるだけではありません。残念ながら日本ではプラットフォーム化の動きが遅れているため、国際競争力をグローバルレベルまで引き上げてくれる基盤が必要です。そういったグローバル企業として、御社ならではの付加価値が創出されることを願っています。
小野塚 征志氏
株式会社ローランド・ベルガー シニアパートナー
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了後、富士総合研究所、みずほ情報総研を経て現職。サプライチェーン/ロジスティクス分野を中心に、長期ビジョンや経営計画の策定、DXやM&Aの推進、AI経営の実践、新規事業の開発、構造改革の実行、リスクマネジメントの強化をはじめとする多様なコンサルティングを展開。経済産業省「フィジカルインターネット実現会議」委員、国土交通省「総合物流施策大綱に関する検討会」構成員、内閣府「SIP スマート物流サービス 評価委員会」委員長、日本デジタルトランスフォーメーション推進協会「日本DX大賞」審査員などを歴任。近著に、『サプライウェブ -次世代の商流・物流プラットフォーム』、『ロジスティクス4.0 -物流の創造的革新』、『ロジスティクスがわかる』(いずれも日経BP)、『図解でスッと頭に入る物流』(昭文社)、『DXビジネスモデル -80事例に学ぶ利益を生み出す攻めの戦略』(インプレス)など。
矢野 令
株式会社東芝 スマートマニュファクチャリング事業部 フェロー
九州大学大学院システム情報科学研究科修士課程修了後、株式会社東芝に入社。IoTやクラウドを活用した、工場ラインの見える化など、スマートマニュファクチャリングに関わる開発などに従事。2022年、IPA傘下のデジタルアーキテクチャ・デザインセンター(DADC:現デジタル&AIシステムズ・デザインセンター)に出向し、企業間取引に関するデータ連携の仕組みづくりに携わる。また経済産業省のデータ連携プロジェクト「ウラノス・エコシステム(Ouranos Ecosystem)」の立ち上げにも参画し、カーボンフットプリントの情報をサプライチェーン企業間でやりとりするエコシステムのアーキテクチャ設計を担当。現在は、東芝の製造業向けソリューション「Meisterシリーズ」などにおいて、企業間のデータ連携とサプライチェーンセキュリティを支えるアーキテクチャ設計および商品企画に取り組んでいる。
- この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2026年10月現在のものです。
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