ハノーバーメッセ2026から見えた、AI時代に日本の製造業が取り組むべきこと
~AIによる製造現場の変化に向けたチャレンジ~
イノベーション、テクノロジー
2026年7月27日
ドイツで開催され、世界各国から製造関係者が集結する産業見本市「ハノーバーメッセ」。今年は、AIエージェントを活用した製造業の自律化のデモ展示が各社で行われ、フィジカルAIの具体的な活用例もショーケースで披露された。前編では、イベントの概要や見どころ、製造業で自走モードに入ったIndustrial AI、そこで求められる協調領域と標準化などについて議論が展開された。
後編ではバーチャルPLCなどのソフトウェア・デファインドによる製造工程の進化やAI時代に求められるデータ連携の在り方などを中心に、ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI)の中島一雄氏と、東芝 スマートマニュファクチャリング事業部 計装・制御システム 技師長の高柳洋一に、本ウェブメディアアドバイザーの福本勲が話を聞いた。
左:ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI) インダストリアルIoT推進統括 中島 一雄氏
中:株式会社東芝 スマートマニュファクチャリング事業部 計装・制御システム 技師長 高柳 洋一
右:DiGiTAL CONVENTiONアドバイザー 福本 勲
前編はこちら(この記事は後編です)
ハノーバーメッセ2026から見えた、Industrial AIの最前線
~自律型工場とフィジカルAIのショーケース~
1.ソフトウェア・デファインド型のオートメーション基盤やバーチャルPLCで変化する製造現場
福本:
ここからソフトウェア・デファインド(SD)について、各社の動向を交えてお話ししたいと思います。
Schneider Electricは、オープンなSD型オートメーション基盤のEAE(EcoStruxure Automation Expert)とMicrosoft Azure AIを使って、人の居場所や人数を検知し、空調をリアルタイム制御して必要箇所に適量送風をし、サステナビリティでありながら快適性を確保するというショーケースなどを実施していました。昨年はMicrosoftと共同開発した生成AIによるPLCのプログラムコード生成サービスを出展していましたが、今年はソフトウェア開発のアシストだけでなく、更に設定変更までAIが担当する統合ソリューションに進化していました。SEW-EURODRIVEも、Orchestration Suiteという異なるメーカーのデバイスを一元管理できるマルチベンダー対応の SD型オートメーション基盤を出展していました。
Dassault Systemsは、3D UNIV+RSES(設計・製造からサプライチェーンまでを仮想空間に再現しAIと融合させたものづくりプラットフォーム)と、オムロンのオートメーションソフトウェアSysmac Studioとの提携を発表しました。この連携により、生産ラインを構築する前にサイバー側で設計・シミュレーション・検証して最適化した結果を、フィジカル側にフィードバックすることが可能になるとしています。従来のデジタルツインの議論は、フィジカル側の世界をどうサイバー側にコピーするかという点が中心でしたが、サイバー側の処理が先行する形になってきたことが興味深かったですね。
バーチャルPLC関連では、Siemensが目立ちました。従来の物理PLCとは異なり、VMWareなどの仮想環境やラップトップやデータセンターといった汎用コンピューティング環境の上で動作する、ソフトウェア化したPLCであり、もはやPLCがPLCの形をしているとは限らないわけです。昨年Audiの工場にバーチャルPLCを導入したと発表されましたが、AudiではバーチャルPLCをデータセンターに配置して複数のラインを統合的に管理しているとのことでした。
Beckhoff Automationは、バーチャルPLCはTwinCATをITの世界に持ち込み、DevOps(開発と運用のチームが連携して進める手法)をOTに適用するための中核技術であるとしています。VMwareなどの仮想環境であれば、従来のPLCのようなリソースの心配もなく潤沢なリソース環境で動かすことが可能になります。Phoenix Contactも同様に、バーチャルPLCについて、PLCをハードウェアから分離・抽象化しOCI(Open Container Initiative:コンテナ技術の標準仕様)準拠のコンテナを使って産業用コンピューターやデータセンター上で動かすことが可能なソフトウェアPLCであると説明していました。
各社の動きを見ていると、もはやPLCという形へのこだわりはなくなって、コントロールの定義も変わってきた印象です。
高柳:
バーチャルPLCは欧州が先行しています。CODESYSが牽引しており、Beckhoff Automationも同社製品をベースにソフトウェア化したPLCを開発したそうです。レイテンシーの問題があるので、数百マイクロ秒以下の高速制御では現場にハードウェアのPLCを置かないと制御が難しいですが、リアルタイム制御まで求められなければサーバー側にバーチャルPLCを置いて対応できるので、そういう使い方の棲み分けが求められるでしょう。
まだ日本ではこういったバーチャルPLCはあまり使われていませんが、既に我々東芝もクラウド型PLCとして「計装コンポーネント仮想化プラットフォーム Meister Controller Cloud PLCパッケージ typeN1」というサービスを展開中です【図1】。
図1:クラウド型PLC 「Meister Controller Cloud PLCパッケージ typeN1」
福本:
SiemensやSchneider Electricは、IEC規格に準拠しているPLCであれば、他社製であってもソフトウェア上で制御可能になると説明していました。このアプローチが進むと、欧州のラインビルダーはライン全体をソフトウェアで統合的にコントロールできるようになり、日本のPLCメーカーはハードウェア提供に限定されてしまう可能性があります。これは、日本の制御産業にとって非常にショッキングな話です。
高柳:
ドメスティックな日本国内ではまだハードウェアPLCがシェアを独占していますが、今後欧州などでバーチャルPLCに置き換わっていくと、そのインパクトは少なくないでしょう。もちろん、東芝のPLCはすべてIEC規格に準拠していますよ。
中島:
顧客にとっては、どのように生産ラインをコントロールできるかということのほうが重要ですから、最終的にはソフトウェア・デファインドで機能アップできるものを選択することになると思います。メーカーとして顧客がどちらに向かって動くのかを見極めることが大事ですね。
2.製造業向けデータ連携基盤Manufacturing-Xの民営化
福本:
ドイツが進める製造業向けデータ連携基盤Manufacturing-Xの話題に移りたいと思います。主なトピックスは、このサブプロジェクトが増えたこと、2026年から国の補助金が切れて民営化の動きが進むことです。このあたりを詳しく教えていただけますか。
中島:
Manufacturing-Xの配下には、Catena-XやFactory-X、Aerospace-Xなど複数のプロジェクトがあります【図2】。Manufacturing-Xは、2026年夏に3年間の公的補助が終わりを迎えます。それ以降は民間の運用に移行する形になり、いくつかのプロジェクトが実用フェーズに入るので、2026年秋から翌春にかけて大きな動きがあるでしょう。それを産業界が進めて、市場が本当に受け入れるかどうかで、方向性が明らかになってくると思います。
図2:Cooperation between the projects
出所:Factory‑X https://factory-x.org/manufacturing-x/
中島:
これまでCatena-XやFactory-Xなど複数のプロジェクトXが検討され、その経験を踏まえて標準的なプロセスがおおまかに完成しました。最初の1年ぐらいでユースケースを決めて協調領域としてデータスペースを利用するための要件出しを行い、次に基本的なデータモデルの構築に着手し、最終的にその結果が共通化したデータモデルや用語定義に反映される、という全体で約3年の流れが定着してきています。この標準的なプロセスが他のプロジェクトでも適用されています。
福本:
これらの多くのプロジェクトは、最終的にはCofinity-X(Catena-Xのユースケースの運用・採用を促進する目的で欧州の自動車業界などが立ち上げた合弁会社)を採用するのでしょうか。
中島:
かなりの企業がCofinity-Xを使うことを表明しています。参加者が安全に参加でき、正真性が担保されるという、データスペースの運営事業者としての要件にマッチしているからです。Cofinity-Xとしても多くのユーザーを抱えた方が採算が取れるため、そういう流れになるでしょう。もちろん企業側はCofinity-Xより低コストで同レベルのサービスが登場すれば、そちらに乗り換えるという話でしたが。
福本:
EU主導のクラウドエッジ基盤8ra(オーラ)についても教えてください。
米国のハイパースケーラー(大規模クラウド事業者)への依存から脱却し、欧州独自のデジタル基盤を確立するために立ち上げたと説明していましたが、現在の進捗状況はいかがでしょうか。
中島:
8raは低レイテンシー産業用途向けのクラウド–エッジ基盤であり産業用途に使われますが、BtoCで利用する発想は無いようですね。産業用途で使う際に、全てを8raで対応するには負荷が集中するため、あるタスクはオフロードして8raに上げないように制限をかけるとか、実用的に使える工夫を凝らしながら開発しているようです。
3.AI共同体構築の動きと求められるデータ用語の意味理解
福本:
Industrial AIでは業界横断でデータを集めてAIモデルを作り、フリーライダーは認めないという話や、8raではソブリンクラウド(データの保存場所、運用主体、適用される法規制などを自国の管理下に置き、外部や外国の影響を受けずにデータ主権を確保するクラウド環境)で事業展開するという話も聞きました。ディフェンステックでも経済安全保障の観点から、データやシステム、運用などを目が届く範囲で管理したいという思いがあるようです。欧州ではAI共同体のような考え方もあり、それが本当にうまく回ると、日本が個別の企業単位で戦っても不利になる可能性があります。
中島:
実はドイツ語にはsovereign(主権を有する)と似たような単語があって、英訳するとautonomous(自律的な)なのですが、どちらの意味で使っているのか注意が必要です。8raはどちらの意味で使っているのか判断が付きませんが。
AI共同体のような動きは国内でもあります。例えばGENIAC(Generative AI Accelerator Challenge:経済産業省とNEDOが推進する生成AI開発力強化プロジェクト)では様々な挑戦が始まっていますし、我々RRIも同様の議論を始めようとしています。日本も欧州の動きを徐々に気にかけており、意識せざるを得ないようです。どの領域なら一緒に協力できるのかを真剣に議論することが大事です。
福本:
欧州が強調している点は、AIとデータとインフラが一体であることです。それらがバラバラだと機能しないので、そこも大切ですね。
中島:
今回とても気になったのは、日本では「セマンティックス」「オントロジー」「コンテキスト」といった概念を、マニアックな専門家しか使っていない点です。ところが欧州企業では、誰もがその意味を理解したうえで日常的に使っています。データスペースでもIndustrial AIでも、データの“意味”や“文脈”を含めたデータ整備が前提になっており、欧州はそこを着実に進めています。日本も早急に着手すべきで、各社のCDOやCAIOがこうした概念を語り、積極的に議論できる状態をつくる必要があります。
福本:
AIが業務や組織の文脈を理解するための「インテリジェンスレイヤー」という考え方も、日本側ではまだ十分に理解が追いついていない印象があります。
中島:
それも結局、「セマンティックス」「オントロジー」といった英語の概念が腹落ちしていないことが原因だと思います。だからこそ、日本語として腑に落ちる和訳をつくる努力が必要です。明治初期に「経済(経世済民)」という言葉を生み出したように、産官学で協力して分かりやすい日本語を整備し、広めていくべきではないでしょうか。
株式会社東芝 スマートマニュファクチャリング事業部 計装・制御システム 技師長 高柳 洋一
4.現場主義の日本の製造現場がAIで自動化・自律化していくためには?
福本:
ハノーバーメッセ2026での展示をみると、オートノマスファクトリー(自律型工場)が現実味を帯びてきたようにも思いますが、日本の製造現場がAIを活用して自動化・自律化に向かっていく時の課題はどのようなものでしょうか。
中島:
やはりユースケースなどについての情報交流が足りないことが課題だと思います。先ごろ欧州のData Weekというイベントに参加してきました。投資プロジェクトの担当が集まり、ここでデータスペースやAI活用のユースケースを失敗例も含めて共有し合っていました。日本のカンファレンスでは各社の宣伝が中心になりがちで、貴重な失敗例も出てきません。Data Weekはそういうイベントとは趣が異なり、いろいろな交流から本当に必要な情報を互いに共有し合う姿勢があり、大変有意義でした。
高柳:
グローバルにみると日本の製造業は特殊だと思います。現場主義なので、上層部から「DXを進めろ」と言われても進みませんが、現場で人が指導し、生産性を上げる施策や訓練も含めて実践するIE(Industrial Engineering)的な手法ならば、誰もが一生懸命にやります。だから、いきなりデータをどうしろと言われても、現場では「やったふり」だけで終わってしまいます。
先ほど触れた当社のクラウド型PLCも、将来的には必要だと分かっていても、現場ではすぐ導入して使ってみようとはなりません。現場の命題は、ダウンタイム無く確実に機械を動かし生産性を確保することなので、新しいことに挑戦する余裕もないからです。先端ラインなどを作りそこで新しいものを導入して試す取り組みをしている大企業もありますが、日本の大多数の中小企業では時間も予算も厳しい。そういう状況を改善して打破することも課題の一つになると思います。
また日本の場合、中島さんのご指摘の通り、言葉の意味すら理解できないという実情を解決していくことが喫緊の課題ですね。ITとOTの世界では使う言葉も違うので大変です。OTの「実装」という言葉もITでは「デプロイ」になりますし、「プロビジョニング(必要な設定やリソースの割り当てを準備するプロセス)」も現場ではどういう意味?という話がよくあります。
福本:
日本のほとんどのCIOは、OTは自らの仕事ではないと考えているのではないかと思いますが、もうOT領域にもDevOpsが求められる時代です。現場ではDevOpsなんて分からないという人も多いと思うので、トータルで見る人がリードしないといけませんね。世界的にフィジカルAIなどAIの活用が進んでいく中で、我々が勝ち続けるには、今後ものづくりやエンジニアリングには何が求められるでしょうか。
中島:
RRIの立場で言うと、やはり協調領域の中に勝ち筋を見出すことでしょう。ハノーバーメッセ2026で行った日独のパネルディスカッションで、インダストリー4.0の産みの親であるガガーマン博士にお話しいただきましたが、ミドルパワーのドイツや日本がAIで世界のジャイアントと伍していく時に、協調領域をどう見極めていくかがポイントになると強調されていました。少なくとも各企業が点のまま丸腰で戦っても勝てません。納得性が高くかつ意味のある形で、面で戦う世界を構築できるよう、企業や業界横断で一緒に考えたいですね。
高柳:
日本は人手不足だと騒がれていますが、現場ではまだ結構人がいて年寄りも前より元気だから大丈夫、という認識かもしれません。だからAIの導入も、今は困っていないため進みません。ですが実際に困ってからでは遅いので、今からAIを積極的に活用した方が良いです。最近の若手はAIをよく使うようになりましたが、年寄りが使わないですよね。国がリスキリングを通じたキャリアアップ支援を行っていますが、それよりAIの講座をやった方が良いと思います。日本は現場主義のままで構わないので、そこにマッチするAIをメーカーも提供しなければいけませんね。
福本:
技術が発展するにつれ、人の役割も変わり、学ぶことも変わります。現状に則して変わっていくことが必要ですが、現場で役割変化を促すにはどのように取り組めばよいでしょう。
中島:
私はRRIに来てから、他社の話をたっぷり聞く機会が増えました。自社に留まり、同業他社との接触ルールについてのコンプライアンス教育を受け続けていると、その枠からなかなか飛び出せなくなります。リスクを認識した上でコンプライアンスに抵触しない形で、他社から面白い話を引っ張れるような人材が多く育てば、日本も変われるような気がします。これからは多くの人々と積極的に交流しながら、新しいものをつくれるスキルが重要になるので、そういう教育も大切です。
福本:
多くの国の人々と話をしていると、日本人は許可がないと動けない傾向があるように感じます。アメリカ人は「ダメと言われたこと以外はOK」という文化ですよ(笑)。
高柳:
日本では「難しい」というと「できません」という意味になりがちですが、海外では「難しいと言っているだけで、時間かかるかもしれないけれど、できないわけではない」と受けとめられます(笑)。日本人はそういう発想がないので、システムが変わっても自分のジョブやアプローチを変えようとは考えないのでしょう。
福本:
最後に、東芝グループはこれからの時代を生き抜くために、どう対応していこうとしていますか。
高柳:
東芝もフィジカルAIなどの技術を使って、ITとOTを融合した新しいシステムを開発し、お客様に提供していきたいですね。実は、我々は昔からそういう新しいことにチャレンジしてきた集団だと思っています。ただ、いつもちょっと早過ぎる(笑)。NAND型フラッシュメモリのように、ちょうど時代にマッチした製品はヒットしましたが、「早過ぎた物語」の中で埋没してしまった製品も数多くあります。新しいものを作り続け、売れるまで諦めずに継続して改善していくことも大事だと思います。
福本:
確かにそうかもしれませんね。本日はありがとうございました。
中島 一雄氏
ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI) インダストリアルIoT推進統括
富士通で光磁気ディスクやHDDの開発に従事。その事業が東芝とジョインし、東芝のデジタル事業部門(旧 東芝デジタルソリューションズなど)にて、経営企画やM&A、マーケティングなどの業務を担当。政府のロボット新戦略を民間で推進するために設立されたロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI)に2018年から出向。ロボットと産業用IoTの両輪を推進するRRIで後者を担当し、ドイツと民間レベルでインダストリー4.0に関する日独連携を推進している。
高柳 洋一
株式会社東芝 スマートマニュファクチャリング事業部 計装・制御システム 技師長
1993年に東芝に入社。府中事業所の現マイクロエレクトロニクスシステム機器部にて制御システムのネットワークのハードウェア設計開発に携わった後、制御システム機器のマーケティングを担当。その後、産業用コンピュータ開発部、パワーエレクトロニクス・マイクロエレクトロニクス機器部を経て現職。技術者としては、産業用ネットワーク技術をバックボーンとしている。オートメーションと計測の先端技術総合展であるIIFES 2024・IIFES 2025の実行委員長として全体企画にも携わった。
- この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2026年7月現在のものです。
関連リンク
おすすめ記事はこちら
「DiGiTAL CONVENTiON(デジタル コンベンション)」は、共にデジタル時代に向かっていくためのヒト、モノ、情報、知識が集まる「場」を提供していきます。

