ハノーバーメッセ2026から見えた、Industrial AIの最前線
~自律型工場とフィジカルAIのショーケース~
イノベーション、テクノロジー
2026年7月23日
ドイツで開催され、世界各国から製造関係者が集結する産業見本市「ハノーバーメッセ」。毎年恒例の世界最大級のイベントだが、これまで本誌では、展示会の模様や最新技術の動向、各企業の取り組みなどについて詳しくフォローしてきた。今年は、AIエージェントを活用した製造業の自律化のデモ展示が各社で行われ、フィジカルAIの具体的な活用例もショーケースとして披露された。
今回も現地視察に赴いた、ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI)の中島一雄氏と、東芝 スマートマニュファクチャリング事業部 計装・制御システム 技師長の高柳洋一に、本ウェブメディアアドバイザーの福本勲が話を聞いた。
1.テーマは「THINK TECH FORWARD」~Industrial AIが自走モードに
福本:
毎年恒例のハノーバーメッセ対談をお届けします。本イベントは1947年から始まり、2027年に80周年を迎えるそうです。2026年の出展企業数は約2,900社、来場者数は約11万人と、コロナ前の半分に規模が縮小している点が気になります。今回のテーマは「THINK TECH FORWARD」、つまりテクノロジーの未来を考えるという主旨でした。目まぐるしく変化する世界情勢の中で、いかにビジネスチャンスを作っていくかというメッセージが多く見られました。
キートピックスは「Industrial AI」でした。展示の見どころとして、まずは製造業でIndustrial AIが自走モードに入ったことが挙げられます。AIが工場を動かすオートノマスファクトリー(自律型工場)のショーケースが示され、生成AIやAIエージェントが、フィジカルに向けて手足をつけてきたという印象です。
またディフェンステックのエリアも初めて設けられました。民生用の産業技術を防衛技術に用い、高度化した防衛技術を産業界にフィードバックするという流れがあります。また、各国の法律・規制に準拠しながらデータ主権の確保を目指すソブリンクラウドも注目を浴びていました。
それからソフトウェア・デファインドによるハードウェア依存からの脱却、PLCがソフトウェア化したバーチャルPLCのほか、ITで使われているDevOps(開発と運用のチームが連携して進める手法)をOTの世界にも導入することの必要性が訴求されていました。
またデータエコシステムが議論フェーズからいよいよ民間での利用フェーズに移行し、データが繋がることを前提にAIをどう活用するかという議論が始まっていました。データに関しては、「セマンティックス(データが持つ意味やその解釈方法)」や「コンテキスト(データが使われる背景や状況などの文脈)」といったメッセージが強く発せられていました。データの意味や文脈の部分が非常に重要になっており、それらを捉えたデータ統合基盤化の動きも見られました。
高柳:
この点については、制御システムの世界でも「オントロジー(物事の概念や関係性を体系的に整理した枠組み)」の辞書としてIECやISOが国際規格としてCDD(Common Data Dictionary:共通データ辞書)を策定しています。今一般に利用されているデータは、各社で種類も構造も違うし、フォーマットも異なるため、これらをすり合わせる必要があるのです。そこで各社のデータを自動的に文脈として意味付けして繋げる技術が業界で注目を浴びています。
2.民間技術が軍民両用化され、高品質な部品を迅速に提供できる体制に
福本:
今回新たにディフェンステックの展示カテゴリーが設けられましたが、その意義についてどうお考えですか。
中島:
ディフェンステックについては会場ではあまり情報を収集できませんでしたが、いろいろな地域で紛争が起きてドイツの部品メーカーが活況を呈しているそうです。これまで防衛向けの製品を作っていなかった企業も、品質をしっかりと担保した設計や製造を行う必要があるわけですが、それが極めて早く立ち上がった背景には、やはりインダストリー4.0で培ってきた技術があると思います。
福本:
オートメーション、トレーサビリティ、IT/OTセキュリティなど、民間で開発した技術がそのまま防衛産業に活用できると聞きました。だからディフェンステックと言っても、展示エリアは一般的なものづくりの展示のようで、普通の部品が製造工程で作られているように見えました。
高柳:
注意して見ると実は精巧な防衛機器などもありましたが、パッと見では防衛用の部品だとは分からず、一般の民生部品と同じように部品が並んでいるだけでしたね。
中島:
当然作るだけでなく、きちんと機能するのかをフィードバックしながら製品を改善しているようです。防衛というモチーフでなくても、例えば新型コロナや災害などの有事なら日本でも同じように、従来無かったものを業界全体で協力して迅速に立ち上げ、クオリティを改善していかなくてはならないことは起こり得ると思いますが、欧州では今それが起こっているわけです。
福本:
防衛産業にもソフトウェア化の波が広がっており、ソフトウェア・デファインド・ディフェンスについての講演もありました。自動運転のSDV(ソフトウェア・デファインド・ビークル)ではOTA(Over The Air:無線通信で車両のソフトウェアやデータの送受信を行う技術・仕組み)で運転データの収集やソフトウェアの更新をしていますが、そういう技術を防衛機器に適用することも技術的には可能です。
中島:
実は、世の中で標準化活動が始まったのは防衛領域からでした。防衛機器が壊れてもすぐに部品を交換できるよう部品の形状を統一する必要があったことから、標準化の概念ができたのです。近年のロシアのウクライナ侵攻を背景に、まさに同じことが繰り返されています。今回のディフェンステックの動きは、欧州の産業界が地政学リスクの影響を受けて、結果として技術が磨かれる状況に置かれていると捉えるべきではないでしょうか。
左:ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI) インダストリアルIoT推進統括 中島 一雄氏
右:株式会社東芝 スマートマニュファクチャリング事業部 計装・制御システム 技師長 高柳 洋一
3.Japan Industrial Parkで、オープンで中立的な分散型データマネジメント技術ODSを披露
福本:
次にJapan Industrial Parkについて伺います。今年もアビームコンサルティングの主催で、「Co-Creating the Future of Industry - From Japan's Technology and Dataspace Initiative」をテーマに、ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI)をはじめ国内の主要な団体や企業が出展しました。展示の目玉はODS(Open Data Spaces)でしたね。
中島:
ODSは、ウラノス・エコシステム(経済産業省が推進する産業イニシアティブ)のデータスペース(企業や組織の枠を超え信頼性を確保しながら安全にデータを共有・流通させるための枠組み)を、よりオープンで中立的な技術コンセプト・仕様に再定義したもので、世界共通で使えるように、各国からのコメントを受け付けるスタンスで提案しています。
福本:
国や組織ごとの多様性を尊重するとのことで、オープンでスケーラブルな分散型データマネジメントのテクノロジーコンセプトとして紹介されていました。外国人も熱心に耳を傾けていましたね。
中島:
隣のブースがドイツのPI4.0(Plattform Industrie 4.0:インダストリー4.0を推進するために設立された産官学連携の中核組織)だったこともあると思いますが、この種の日本ブースにドイツ人が押し寄せたことはかつて無かったことなので、今回はちょっと異例でした(笑)。「パネルのPDFファイルが欲しい」と依頼してきた方もおり、しっかりと内容を理解しようとする姿勢を感じました。
福本:
RRIは、Japan Industrial Parkでどのような展示をしたのですか。
中島:
これまでの展示とあまり変わっていませんが、我々は日独連携の取り組みを始めて10年も経つので、そういう長い歴史と実績があることや、IPA(独立行政法人 情報処理推進機構)やNEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)、IVI(一般社団法人 インダストリアルバリューチェーンイニシアティブ)といった日本の多くの団体と共に、国内産業やグローバル産業に貢献していることをアピールしました。
今年はODSをテーマにしていたので、その関わりについても紹介しました。事前にODSとの位置づけを共同出展の団体と協議したのですが、ここでは「Made in Japan」を前面に出すよりも、「世界と共に作っていく」というトーンにしています。欧州を中心に考えているIDSA(International Data Space Association)やGAIA-Xとの違いがアピールできたのではないかと思います。
4.ハードウェアをAIで動かすのではなく、“AIに手足をつけるもの”がフィジカルAI
福本:
注目のAIの話に入りたいと思います。今回はフィジカルAIの話題で持ちきりでした。
Microsoftブースでは、もちろん製造工程のショーケース展示もありましたが、Industrial Intelligence Unlockedをテーマに、AIが業務や組織の文脈を理解できるようにする情報基盤としてWork IQ、Fabric IQ、Foundry IQという3つのインテリジェンスレイヤーを紹介していました。Work IQは、例えば設計と生産技術の間など、組織・担当者間のやり取り・会議・ドキュメントなど業務データと組織の文脈(コンテキスト)を担う基盤であり、Fabric IQは、Microsoft Fabric(分析プラットフォーム)で連携(フェデレーション)した多様なデータに対し、ビジネス上の意味(セマンティックス)を付与するとともに、データ間の関係性をモデル化する役割を担い、Foundry IQは社内外のナレッジベースを横断的に検索・推論するグラウンディング基盤になります。
AWSもAIによる自律生産のショーケースを出していましたが、それを支えるフィジカルAIが現実世界の物理プロセスを直接動かすためのフレームワークが重要だと説明していました。フィジカルAIは既存のハードウェアをAIで動かすものでなく「AIに手足をつけるもの」であり、その手足の一つがアクチュエータや産業用ロボット、将来的にはヒューマノイドロボットになるということでした。
高柳:
Microsoftのインテリジェンスレイヤーも、AWSのフレームワークも、制御システムの業務データのオントロジー辞書を生成するようなものですね。フィジカルAIの定義は幅広いのですが、狭義ではAIの手足のアクチュエータの部分がヒューマノイドあるいは産業用ロボットになるということだと思います。
では、ヒューマノイドと産業用ロボットとの違いが何かと考えてみると、ヒューマノイドは人間の代わりに古い機械を操作し、産業用ロボットはダークファクトリー(完全自動化工場)のような人間が入らないような自動化ラインで使われるのに適しているのではないかと思います。ヒューマノイドは、人間と共存し人間が使っていた設備をそのまま使う場合に良いかもしれません。今、日本の製造現場では、昭和時代に大量導入したダイキャストマシンなど老朽化した設備をそのまま使い続けているケースがあります。最新設備ならインターネットに接続してCADデータから生産できますが、昔の機械ではそうはいきません。
こうした古い機械を人間の代わりに操れるようにすることが、ヒューマノイドが目指すべきことだと思います。そういう操作部分に手足がついていくイメージがフィジカルAIだと思います。手足の部分はいろいろな形のものがあるかもしれませんが、形の無いケースもあります。2025年のIIFES(オートメーションと計測の先端技術総合展)で東芝は「AI駆動PID(比例・積分・微分)制御」を参考出展したのですが、制御システムのPIDをAIで自動チューニングするので、これもフィジカルAIの一種かもしれません。
フィジカルAIの重要な点は信頼性にあります。AIが弾き出したパラメータを設定して、プラントが不安定にならないかという点が重要です。そのため「AI駆動PID制御」では、AIが算出したパラメータが安全であることの根拠を提示し、オペレーターが承認したうえでダウンロードする仕組みとして展示しました。
福本:
人間に残る仕事は、人間の判断が重要となるドメイン領域だと思います。いくらAIで現場の機械を高精度に動かせても、ハルシネーションのリスクは避けられません。だからAIの結果が正しいかを判断できるドメイン知識の高い人が現場には必要です。今後は、そういう高度人材が複数の現場を担当するようになるのではないでしょうか。昔なら一つの現場の専任でしたが、これからは複数のタスクを同時にできることが重要になるのではないでしょうか。
高柳:
同感です。実務を担当しながら同時にチームや部下のマネジメントも行うプレイングマネジメントは、1人では限界があります。マネジメントだけならともかく、作業方法まで人に張り付いて指導するのは大変ですからね。フィジカルAIによって、もっと広い範囲でラインや人の面倒を見られるようになると良いと思います。
ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI) インダストリアルIoT推進統括 中島 一雄氏
5.Industrial AIの世界で求められる協調領域と標準化
福本:
いろいろな展示を見ていると、AWSにもMicrosoftにもSiemensにも2つの共通点があることに気付きました。1つ目は、個々のAIエージェントは設計やものづくりなどいろいろな作業に特化しており、それらがデータを受け渡しながら連携し、その上位にあるオーケストレーターエージェントが下位のエージェントを統括するという点です。そして2つ目は、AIで操作するにしても、難しい判断などは最終的に人が担うという点です。
中島:
欧州ではIndustrial AIの世界における協調領域をどうしていくべきかに対してアプローチをいち早く提示してきましたね。日本企業ももはや個社のみで立ち向かうのは難しいと感じました。イベント内で行われた会議で発表されたドイツのAI戦略では、協調領域を四層で捉えています。第三層のIndustry-proven AI ModelsにおけるLanguage-orchestrated, physics-grounded, and sector-specific AI modelsにおいて、セクター特有の賢いモデルをみんなで協力して作っていくことが大事だと説明されていました【図1】。
© Plattform industrie 4.0
図1:Industrial AI – Driving Future Value Creation
出所:Plattform Industrie 4.0
https://www.plattform-i40.de/IP/Redaktion/EN/Standardartikel/industrial-AI-driving-value-creation.html
福本:
そこでは、データを提供せずに成果だけを得ようとする「ただ乗り(フリーライド)」は認めない、という点も強調していましたね。
中島:
別の会合では各企業との関係性をもっと噛み砕いて示していました。今AIモデルにはベーシックモデルと企業特化モデルがあります。Open AIやAnthropicなどがベージックAIモデルを提供し、それを使って各企業が独自のAIサービスとして提供しています。ドイツのAI戦略では、その間に1つ挟み、業界の協調領域において強い業界特化モデルを作ろうとしています。
ドイツ政府やPI4.0は、皆で協力して賢いAIを育て、各社がそれを使いこなしながら更に自社のノウハウをその上に足しこむことで、世界で戦っていけると考えています。プラットフォーマーがそれぞれAIモデルやサービスを提供するだけではうまく活用できないのではと感じます。
福本:
今回の展示では、複数の出展者が「AIが手足を持つ時代に、インターフェースを別々にするのはナンセンスだ」と指摘していました。シミュレーション、プログラミング、運用という一連の流れをメーカーの枠を超えて実現するために、新たなプラットフォームやOSを提供する企業も現れています。メーカー側のメリットにならないという声もありますが、ユーザー側から見れば極めて重要な動きだと思います。
高柳:
標準的なプラットフォームは必要です。私は昔から通信畑にいたので、マルチベンダーの通信環境が有用だと考えていました。東芝製のコントローラ間やコントローラとPCを接続するためのネットワークとしてTC-netを開発しましたが、SiemensのPROFINET、RockwellのEtherNet/IPなど、各メーカーが異なるフィールドネットワークを利用しており、それぞれ標準化の取り組みをしています。
メーカーは、ユーザーが同じネットワーク上で他の特徴的なデバイスに接続したいというニーズに応えるためにネットワークの標準化をしていますが、ネットワーク自体はあくまでデバイスの媒介役なので、本来は協調領域のはずです。そこで競争するのではなく、標準的なプラットフォームを活用しながら、メーカー各社が差別化されたデバイスづくりに専念すればよいと考えています。
インターフェースの標準化、特に脳であるAIと身体であるロボットとのインターフェースの標準化は重要ですね。先ほど防衛部品の交換をするのに標準化が必要という話がありましたが、AIは壊れなくても、ロボットは使っていれば必ず壊れたり老朽化したりするので、同じような規格で取り外しができないと困るでしょう。
既にエージェントAIの世界ではMCP(Model Context Protocol:AIと外部データ・ツールを標準化された規格で接続する共通プロトコル)が標準的に使われていますので、フィジカルAI同士の通信にも発展し、さらに、AIとロボットの間の標準的なインターフェースにも応用されるものだと思います。
中島 一雄氏
ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI) インダストリアルIoT推進統括
富士通で光磁気ディスクやHDDの開発に従事。その事業が東芝とジョインし、東芝のデジタル事業部門(旧 東芝デジタルソリューションズなど)にて、経営企画やM&A、マーケティングなどの業務を担当。政府のロボット新戦略を民間で推進するために設立されたロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI)に2018年から出向。ロボットと産業用IoTの両輪を推進するRRIで後者を担当し、ドイツと民間レベルでインダストリー4.0に関する日独連携を推進している。
高柳 洋一
株式会社東芝 スマートマニュファクチャリング事業部 計装・制御システム 技師長
1993年に東芝に入社。府中事業所の現マイクロエレクトロニクスシステム機器部にて制御システムのネットワークのハードウェア設計開発に携わった後、制御システム機器のマーケティングを担当。その後、産業用コンピュータ開発部、パワーエレクトロニクス・マイクロエレクトロニクス機器部を経て現職。技術者としては、産業用ネットワーク技術をバックボーンとしている。オートメーションと計測の先端技術総合展であるIIFES 2024・IIFES 2025の実行委員長として全体企画にも携わった。
- この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2026年7月現在のものです。
おすすめ記事はこちら
「DiGiTAL CONVENTiON(デジタル コンベンション)」は、共にデジタル時代に向かっていくためのヒト、モノ、情報、知識が集まる「場」を提供していきます。

