製造現場の知見を生かしてAIエージェントを活用するには(1/2)

イノベーション、テクノロジー

2026年3月6日

ChatGPTなどの生成AIが登場してから、その活用はさまざまなシーンに波及し、大波となって製造現場にも広がってきた。生成AIは、AIエージェント、AIマルチエージェントへと進化を続けており、製造ラインの中で作業者の業務プロセスにも組み込まれ、熟練者に依存していた業務や高負荷なタスクをAIに委ねる動きも現れ始めた。今回はAIエージェントが製造業にもたらす影響と革新について、マイクロソフト コーポレーションの鈴木靖隆氏と、東芝デジタルソリューションズの岡本賢司に、本ウェブメディアアドバイザーの福本勲が具体的な活用事例やソリューション開発の取り組みなどを交えて話を聞いた。

右:マイクロソフト コーポレーション 製造&モビリティ インダストリー シニアインダストリーアドバイザー 鈴木 靖隆氏
左:東芝デジタルソリューションズ デジタルエンジニアリングセンター スマートマニュファクチャリングソリューションビジネスユニットマネジャー 岡本 賢司

1.生成AIからAIエージェントへの進化と、製造現場での利用状況

福本:
初めにお二人の自己紹介をお願いします。

鈴木:
マイクロソフト コーポレーションの製造&モビリティ インダストリーという部門で、日本を中心としたアジアの製造業のお客様向けのインダストリーアドバイザーを務めています。マイクロソフトはどちらかというと、製品・サービスカットで営業がお客様に提案するケースが多いのですが、インダストリーに寄った話がしっかりできるようにということで、私が所属している組織があります。
私個人としては、複数の会社を経験し、最初は生産管理パッケージ、その後ERP等さまざまなソリューションを担当し、30年近く一貫して製造業向けの提案をやり続けてきています。2012年の日本マイクロソフト入社以降も基本的にずっとインダストリー畑で、製造業向けのソリューションデベロップメントやビジネスデベロップメント、更にはマーケティング活動など、日本の製造業向けに活動しています。

岡本:
私は東芝デジタルソリューションズ デジタルエンジニアリングセンターのスマートマニュファクチャリングソリューションビジネスユニットという組織で、製造業向けソリューション Meister シリーズなど製造業のバリューチェーン全体を扱う様々なソリューションの商品企画から開発、そして提案、導入、保守までを担当しています。東芝グループには実際の製造現場が複数ありますので、そこでの改善活動や改革の実践事例を生かし、製造業のお客様の課題に寄り添ったソリューションの開発、提供をしていくというのが我々の仕事です。

福本:
今回は製造現場でのAI活用について話をしていきたいと思いますが、まずAIの進化の流れや、生成AIとAIエージェントの違いについて認識を合わせておきたいと思います。
近年AIは、マシンラーニングやディープラー二ングで盛り上がってきましたが、特に2022年に生成AIが登場してから状況が激変しました。蓄積されたデータから新たなコンテンツを生成することができるようになり、創造性の発揮や業務の効率化を実現できるようになりました。一方で、様々な倫理的な問題も出てきました。
生成AIは賢い辞書のようなもので、人間がプロンプトで指示をすればインタラクティブに応答を繰り返します。AIエージェントは、人間の指示を待たず、特定の目的のために必要な複数のタスクを自律的かつ連続的に処理し、目的達成を支援するものだと理解しています。分かりやすい例としては、例えば会議を開催する際に、カレンダーを確認して候補日時を提示し、相手にメールを送って日程調整を行い、参加者への招待メールの送信やカレンダー登録までを、ツールを連携して自動でセットしてくれるようなイメージです。今どこまで実現できるのかは別として、AIエージェントはビジネスプロセス自体を変えるものだと捉えています。

鈴木:
AIによる大きな変化の一つは、自然言語で意図を伝えられるUIが普及し、業務の入口が広がった点です。ただし、実行できる範囲は権限や接続先、データ整備に依存します。
もう一つは、生成AIの推論能力が高まり、試行錯誤しながら手順を組み立てることが現実的になってきた点です。従来のコンピューターは、人間が指示したプログラムでエラーが出たら停止し、指示を待たねばなりませんでしたが、推論能力の向上に加え、ツール連携や実行制御が可能になったことで、AIエージェントがある程度自律的にタスクを遂行できるようになりました。

福本:
更に最近ではエージェントからエージェントに指示ができるようになり、それらのオーケストレーションも可能になりました。専門知識を持つ複数のAIエージェントが、大部屋会議のようなことをやってくれます。様々なAIエージェントが相互にリソースや情報を共有し、協調しながら意思決定やタスク処理をしてくれます。
ただ多くの会社のAIエージェントがあるため、今後は共通ルールがないとマルチエージェントが進展しないという話もあります。
製造業でのAIエージェントの活用はどのように進むとお考えですか。

鈴木:
生成AI、要は今のLLM(Large Language Model:大規模言語モデル)は、汎用性が高い一方で、製造の現場では用語・判断基準・工程の文脈が影響してくるため、そのままでは期待する精度が出にくいと言われることも多いのですが、RAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)や業務特化エージェントで“文脈”を与えることが精度を上げる現実解になります。製造業では生成AIをチューニングしたり、RAGを使いたいという流れになるのも自然なことです。日本の製造業が蓄積してきたナレッジを活用するという観点からも、RAGの活用からAIエージェントの活用にシフトする流れは理に適っていると思います。日本の製造業では、専門領域ごとの知見を関係者で丁寧に擦り合わせながら進めるケースが多く、そこにオーケストレーター役のエージェントが入りやすいと思います。

福本:
RAGを使いたい理由は、ナレッジを活用する時に、より自社に則した結果を得たいからですよね。もちろんハルシネーションを抑えたいという理由もあるでしょうが。

鈴木:
やはりハルシネーションの問題は大きいですね。あとは蓄積した自社のデータを安全に使いつつ、自社の用語やデータをもとに回答させるためにRAGを活用しているわけです。

福本:
ショーケースレベルで既にAIエージェントを製造現場で活用するPoC(Proof of Concept:概念実証)のデモなども目にしますが、具体的な事例をご紹介いただけますか。

鈴木:
国内でもいくつかのメーカーがPoCを積極的に進めていますし、先般のIIFESや国際ロボット展ではコンセプトレベルですが多くのデモが行われていました。一番印象深かったのは、AIエージェントが搭載された多関節ロボットが協調作業をしていて、トライ&エラーで相互に干渉しないように動くという展示で、オーケストレーションエージェントが、各ロボットのトライ&エラーをサポートし、ラインやショップフロア全体を調整していました。
2024年までの工場でのAI活用というとナレッジ活用が中心で、設備の保守点検や予防保全、品質などの観点から蓄えたデータからレポートを生成することが多かったのですが、2025年以降は徐々に人間に負荷がかかる作業の調整や処理の一部をリアルタイムで代替させるところまでPoCが進んできたという印象があります。

2.東芝での製造ノウハウを活用したAIマルチエージェントの開発事例

福本:
AI活用の概要と流れについて理解できたところで、東芝の製造業向けソリューションでのAIエージェント開発の取り組みについて伺いたいと思います。岡本さんから「Meister Apps 工程改善アシストパッケージ for SMTライン」と、AIエージェントの適用についてご説明いただけますか。

岡本:
このソリューションは製造現場の工程改善をデジタル技術で支援するもので、現在は、プリント基板に電子部品を取り付けるSMT(Surface Mount Technology:表面実装技術)ラインにフォーカスしたパッケージ商品を提供しています。
SMTラインでは、プリント基板に回路を印刷し、そこに小さな電子部品を載せて、リフロー炉を通して接着していく工程などがあります。近年は電子基板の少量多品種化により、SMT ラインでは生産ロットの切り替えに伴う段取り作業が頻繁に発生するようになっており、製品ごとに異なる条件設定や部材交換が求められるため、現場では迅速かつ的確な対応が必要とされています。
こうしたSMTラインで不良発生への対応など改善業務が必要になった際の課題としては、工程ごとに異なるメーカーの装置が混在しているため、それらの情報を収集して一元的に捉える必要があること。もう一つの課題は、熟練者でないとデータを見て何をどう改善すればよいかが分からず、ノウハウが属人化しているということです。今後のベテランの引退に備えて、ノウハウを残し熟練工に頼らずとも対応できるようにする仕組みが求められます。

そこで目をつけたのがAIエージェントでした。現行のソリューションではデータを収集・蓄積し、工程改善に関するデータを可視化しているのですが、このデータをAIマルチエージェントで上手く活用できるようにする取り組みを進めています。マイクロソフトさんにもいろいろと支援して頂いています。
AIマルチエージェントの構成は比較的シンプルで、作業員がSMTラインのダッシュボードの中から問題が生じている KPIをマウスクリックで指定して調査依頼を行うと、「計画エージェント」が分析計画を立案し、「分析エージェント」に分析を依頼します。そこで原因を特定するまで分析を繰り返した後、分析結果を「改善提案エージェント」が見て、過去のトラブルや対応策のリストなどから対策案を立案して作業員に返します。

生成AIにやらせようとすると、どうしても回答のブレが大きくなり、同じ質問をしても違う回答が出たりします。人間が質問して回答が返ってくる生成AIのインターフェースは非常に有効なので、これを上手く使って回答精度を上げられればと考え、AIエージェントを活用することにしました。AIエージェントならば、各AIエージェントが役割や知識の専門性を持ってやりとりしながら、回答精度を上げられるのです。
不良が発生した際に特定のKPI値について調査依頼を指示すると、AIエージェント側で現状の実装能力がどの程度低下しているかなども踏まえて、どのような分析をすれば良いかや分析の段取りを示し、分析結果に対する具体的な改善策を提示してくれます。例えば「デバイスの吸着エラー率が高くなっています。それはノズルのフィルターが汚れて落ちてしまうからでは?」というように原因を分析し、どのような対応をすべきかをアドバイスしてくれるわけです。
現行ソリューションで収集・蓄積したデータと、製造ラインの過去のトラブルや対応策、工程改善のノウハウを組み合わせて、これを実現しています。

福本:
この取り組みの中で、何か工夫したことなどはありましたか。

岡本:
まず人間がどのデータを見て原因をどう抽出し、どのように解決策を調べていくのかという手順を生成AIに覚え込ませ、その段取りに倣うように複数のタスクを順番に処理できるようにしました。
それから、このAIマルチエージェントを使う際には、人間は調べたいKPIを選ぶだけなのですが、その裏側では生成AIが対象データの期間や対象設備など多くの分析条件を指示したプロンプトを作って適用させ、精度を上げる工夫を凝らしています。ここで分析の計算ロジックまでを生成AI側に作らせると結果がブレてしまうので、計算ロジックプログラムを呼び出して計算させた結果をもらうようにしています。つまり、生成AIにまるっと処理させずに、システムと生成AIにやらせるべき部分のバランスを考えながら処理しています。「改善提案エージェント」では、過去のトラブルや対応策をどれだけ反映させられるかもポイントになります。また、回答形式のテンプレートを指示して出力を安定させるようにしました。
ここまでやると、人間のタスクを代替する仕組みにはなりますが、やはりデジタル技術をもう少し活用し、人間が分からない、あるいは人間ではやり切れないようなことまで実現できればと思っています。苦労したのは、回答精度と自由度のバランスをどう取るかという点です。人間のタスクを代替する方が精度は高いのですが、それでは生成AIの良さを消してしまう部分もあるため、このあたりのバランスを取るのが難しかったです。

3.まずは人間のプロセスの中にAIエージェントを組み込むことから!

福本:
人間がこれまで経験したことのないカイゼンまでAIエージェントが考えられるのかという議論もあって、そこがどう進展していくのかという点は気になるところですね。

岡本:
今はワークフローベースのAIエージェントが現実的な落とし所になっています。とはいえ、生成AIも急速に発展しているため、AI対人間の将棋対決のように、人間を超えるものになるかもしれませんね。

鈴木:
私も、たぶん将来的には可能になるだろうと予想はしていますが、今トライして成功しているケースを振り返ると、究極的に100%の精度を出すとか、人間が思いつかない発想を出すところまでは目指していないようです。どちらかというと人間が見きれないこと、負荷が高過ぎて見落としがちな部分などに活用する方が、現場の期待値と適合させながら進めやすいのではないでしょうか。「とにかくラクになるので一歩踏み出しましょう」ということだと思います。

岡本:
そうですね。まずは現場でやっていることを上手く代替することが第一目標だと思います。ベテランが引退し、新しい設備になって、やがて過去の資産が流用できなくなる時代が来るため、それをどう生成AIに学習させていくのか。人間が過去の事例やノウハウを生成AIに並行して覚えさせるのか、生成AIが自ら覚えて判断していけるようにするのかなど、将来的なAIエージェントの活用の方向性はまだ見えていないように思います。

福本:
AIなら一度覚えさせたことは基本的には忘れないので、前任者は知っていたけれども今の担当者は知らないことについて質問すれば答えをくれる、というような活用の仕方であれば、現時点で十分に製造現場の課題を解決できるでしょうね。

鈴木:
マイクロソフトでも最近の方向性としては、全ての仕事をAIに任せるのではなく、人間のプロセスの中にどれだけAIエージェントを入れられるのか?という発想で捉えています。

福本:
全てをAIエージェントでやるわけではないということですね。ただ、その割合が変化していき、人がやるべきと考えていた仕事がAIでもどんどんできるようになっていくと、更なるメリットが生まれると思っています。

鈴木:
AIに限らないことですが、新しいテクノロジーが出た時にそれを組み込む際には、どういうビジネスプロセスにするのかを先に考える必要があります。現行プロセスにそのままAIを組み込んでAIに代替させると、やはりギャップが生じます。この仕事をAIに任せられるように業務をどう変えていくか、という発想が先に来ないといけませんね。 

岡本:
これまでDXがなかなか進まなかったのも、既存プロセスが完成され過ぎており、現場はそれを変えたがらなかったという事情があったように思います。

鈴木:
国内では労働人口が減少し、ベテランがあと何年現場にいるかという課題はどの製造業でも同じことですから、少しでもAIに既存プロセスのタスクを任せ、人間はAIを管理して業務をラクにするという発想で、業務のやり方を変えていくと良いでしょう。まずAIを前提に業務デザインをちょっと変えていきましょう、と皆さんにご提案しています。

福本:
もう一つの発想としては、人間のインプットとアウトプットという一連のプロセスが変わっていく可能性もあるでしょうね。相手に何かを依頼する時に、依頼先のインプット用にアウトプットを作る必要が無くなるかもしれません。

鈴木:
データ寄りの話をすると、東芝さんの事例でも話されていたように、データはファクトとして蓄積することはもちろん大事です。それがなければ何も始まらないのですが、一方で岡本さんのご指摘のように、人間の振る舞いのところで、普通はこういう順番で物事を考えてファクトを見て判断する、という部分も大切です。マイクロソフトでは、「コンテキスト」とか「オントロジー」という言葉で表現します。
先日開催されたMicrosoft Ignite 2025(マイクロソフトが毎年開催している世界最大級のテクノロジーイベント)では「インテリジェンスレイヤー」の重要性を語り始めており、データのコンテキストだけでなくユーザーの業務や組織の世界観を理解するインテリジェンスレイヤーとして、「Work IQ」などの新たなIQ機能が発表されました。ファイル・メール・会議などの“データ”、個人のスタイルやワークフローといった“メモリ”、それらをつなぐ“推論”を組み合わせて、仕事の文脈を扱えるようにしていく、という方向性です。ファクトデータだけでなく、作業パターンや関係性、よく使う手順といった“仕事の文脈”を構造化していくことで、先ほどのワークフローを超えたところにも活用できるようになっていくはずです。

福本:
AIの適用領域を考える時は、過去のナレッジが使いやすいところから始める方がよいのでしょうか。

鈴木:
そうですね。先ほどのご指摘のように、何もないところから人間を超える発想を生み出すのは、もう少し先の話になりそうですから。

岡本:
日本の製造業は従来からドキュメント化を徹底してきました。この強みを活かせる点こそが、生成AIやAIエージェント導入における優位性につながると考えています。


  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2026年3月現在のものです。

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