ハノーバーメッセ2025に見る製造現場における生成AI活用最前線
イノベーション、経営
2025年7月3日
毎年ドイツで開催され、世界各国から製造関係者が集結する最大規模の産業見本市「ハノーバーメッセ」。これまでDiGiTAL CONVENTiONでは、本展示会の模様や最新技術の動向、各企業の取り組みなどについて詳しく紹介してきた。今年は、製造業の生成AIの具体的な活用が進み、派手さはないものの地に足の着いたショーケースが目立った。
今回は、現地を視察した、ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI)の中島一雄氏と、東芝ユニファイドテクノロジーズ 代表取締役社長の岡庭文彦に、本ウェブメディアアドバイザーの福本勲が話を聞いた内容を2回に分けて紹介する。
右:ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI)インダストリアルIoT推進統括 中島 一雄氏
左:東芝ユニファイドテクノロジーズ株式会社 代表取締役社長 岡庭 文彦
製造現場での生成AI活用の具体例が目白押し!地に足が着いたショーケースに
福本:
まずハノーバーメッセ2025のトピックスについて私からお話しします。今年は出展社数が約1,200社のドイツと約1,000社の中国だけで全体(約4,000社)の半数を占めたことが話題になっていました。今回初めて「AI in Industry」というキートピックスが掲げられましたが、全体の内容は昨年と比べて地味になった感じがしました。未来感のあるものよりも、すぐに使えそうな生成AIの展示が増えてきたようです。つまり「地に足の着いたショーケース」が増えてきた印象です。また開催時期にトランプ米大統領の「関税砲」が発令されたので、欧米諸国やパートナー国のカナダが一丸となって対トランプでまとまっていました。
中島:
確かに前夜祭がテクノロジの祭典というよりは政治ショー的になっていましたね。「自由貿易を守れ」ということで盛り上がっていました。私は新しい製品やソリューションを追うよりも、RRIの観点から欧州がどのように協調領域を形成しているかという点を主に追っていましたが、展示の裏側では、各国の仲間づくりの動きが多かったように感じました。欧州はイニシアチブを取ろうとするだけではなく、他国とのパートナー作りを行う意識が強くなっていると思います。
福本:
そういう意味で昨年とは様相が違っていましたね。技術面に話を戻すと、生成AIが利用しやすくなり、それを活用した製造現場のサービスを作りやすくなったのではないかと思います。プログラム作成から、製品検査、機器操作支援、マニュアル作成、教育・トレーニング、サポート・メンテナンス、生産情報統合まで、多くの具体的な活用例が見られました。
例えば、プログラミングが容易になり、自然言語や手書きのポンチ絵といったデータを組み合わせたマルチコンテキストでの入力に基づくプログラム作成の対応や、マルチエージェントの進展が見られました。これまでは得意技を持つエージェント同士で議論させて効率的に課題解決させる取り組みがありましたが、今回はエージェントが階層化され、マネジメントエージェントが下層の各エージェントに指示をしながらプロジェクトを進めていくという取り組みが見られました。Siemensブースでは、ロボットがロボットを製造するデモ展示が行われていたのですが、各作業の指示をロボットや機器に対して行うエージェントと、それらを統率するマネジメントエージェントで役割を分けていました。全体を制御するマネジメントエージェントが、レシピや人の発話内容からどんなロボットをつくるのかを紐解いたうえで、機械やAGV(Automatic Guided Vehicle:無人搬送機)などをコントロールするエージェントに対して指示を行いながらプロジェクトを進めていました。
岡庭:
私は昨年(2024年)もハノーバーメッセを視察したのですが、昨年はどのブースでも生成AIを大きく取り上げていました。今回は冒頭で福本さんが触れたように、既に生成AIがしっかりと根付き、どのようにうまく使えるかという目線で、ショーケースの一部として当たり前に展示されている感じがしましたね。
特に面白かったのは、Microsoftブース内のSchneider Electricの展示です。仕様書に基づきPLC(Programmable Logic Controller)のプログラムコードの生成を「Automation Copilot」(Schneider ElectricがMicrosoftと連携して提供する生成AIサービス)が行うというショーケースなのですが、Copilotが流用元となる仕様書やプログラムコードを探してプログラムの骨子を作り、人との対話によって形を整えていくといった、生成AIを用いてアジャイル型の開発手法で開発していくものでした。生成AIはアジャイル開発との親和性が高いという印象を持ちました。
福本:
私も同感です。従来のウォーターフォール型でなく、生成AIが過去に作ったプログラムから流用できそうなものを組み合わせて、とりあえず生成し、それを徐々にブラッシュアップしていくという手法ですね。ChatGPTが登場した時に驚いたのは、継続的にコンテキストを汲みながら対話ができることでしたが、その効果がプログラム生成にも寄与しています。もう1つ感じる点は、AIでプログラムを生成するなら、プログラミング言語は人間に理解しやすいものである必要はないということです。
岡庭:
そうですね。PLCではラダー言語(リレー回路を記号化して梯子のような図形で表したプログラム言語)が人間の視覚的には分かりやすいのですが、メーカーによる方言が多くて生成AIでは作りづらいのです。まだ日本や米国はラダー言語が主流ですが、欧州ではC言語ライクなST(Structured Text)言語に移行しています。人間が使う場合はコードを読み解く手間はあるものの、機械的に出力しやすいというメリットがあります。
福本:
ドイツLohグループの電気設計CADメーカーであるEPLANは、同じくLohグループのRittalとともに制御盤の部品配置の自動化を目指してきたのですが、生成AIにより実現できるようになってきています。生成AIを活用するにはデータのクレンジングや構造化が重要になります。同社のEPLAN Data Portalという各電気設計部品メーカーの部品データを提供しているポータルサイトでは、部品の形状や定格情報などのデータが標準フォーマットで構造化、タグ付けされた形で保持されています。そのため、生成AIが制御盤の筐体に適した部品の配置や、仕様変更時にどこまで遡る必要があるのかといった情報をレコメンドするデモも行っていました。
さらに面白かった点はARの活用です。制御盤にタブレットをかざすと、背後にある制御盤の回路図や設計図がタブレットに表示されるというもので、サービスエンジニアが現場で故障対応やメンテナンスを行う際に役立ちそうでした。
見えてきた生成AI活用の課題~どのデータを使って何を行うべきかを考える
福本:
生成AIの新たな活用例では、Beckhoff Automationの展示もユニークでした。AIモデルと外部のデータやサービスを連携するためのオープンな標準プロトコルであるMCP(Model Context Protocol)ベースであり、クラウドやエッジなどさまざまなAIエージェントと接続できるようにしていました。
岡庭:
AIエージェントを活用したソフトウェアPLCの開発環境を提供するTwinCAT 3 CoAgentを使ったデモを紹介していましたね。各種生成AIのエージェントが外部にあり、標準インターフェースだけを作って活用していました。MicrosoftのVisual Studioのアドオンとして提供され、シームレスにAIが活用できる環境になっていた点が良かったです。
福本:
同社のソフトウェアPLC はWindows/Linuxベースで制御しているとのことで、Visual Studioで開発できることが特徴でした。仕様書やチャットでの仕様指示によって、ST言語の生成が行えるようになっていましたね。それからリニア搬送装置に異常が発生した時に生成AIに原因を尋ねると、どのセンサー情報を見ればよいかを考えて調査し、結果を返してくれるというデモも行われていました。ただし、これを実現するには各メーカーのエラーログやマニュアルなどを用意しなければなりません。前提としてユーザー側が生成AIを活用するためにどの情報が必要で、どの情報を保持しているかを含めて考えることが求められます。
岡庭:
情報をLLM(Large Language Models:大規模言語モデル)に学習させることなく、RAG(Retrieval Augmented Generation)として情報を保持しておき必要に応じて参照するという活用方法も増えてきました。クラウド上のLLMを利用すると、自社の独自情報まで学習されてしまうので、それを避けるためにメーカー側はRAGを使いたいわけです。ただ、おっしゃる通り、ユーザー自身がどんなデータを持っているのかを把握しておく必要があります。メーカーにはメンテナンス情報も多くあり、それらをどう活用していくのかが大切ですね。
中島:
今回のハノーバーメッセではそのせめぎ合いが面白くて、どの範囲のデータを使うべきかという課題が挙がっていました。自社だけでは多くのデータを集められませんので、ある切り口では業界横断でデータを集めたほうが質の高いデータをたくさん蓄積できます。ただ企業によって提供データの貢献度が異なるため、不公平感や価値配分をどうするのかという懸念が生じてしまいます。欧州では自動運転の安全性を市場に認知させるために自動運転のデータを持ち寄って検証したトライアル事例があるそうですが、そういった競争領域ではないところであれば、皆で協力して活用したほうがよいとなるのでしょう。
Catena-Xなどのデータスペースでデータをつなげて活用することは賛同されているのでしょうが、大事なのは皆が納得するような公平性のある活用ストーリーをつくれるかということだと考えています。今回は、この欧州の自動運転以外にはあまり目ぼしい事例は見られませんでしたが。
福本:
生成AIと連携したソリューション展示を見ていると、欧州の製造現場ではデジタル化が進み、ブルーワーカーが生成AIなどに作業を指示される世界になっていくという印象を持ちました。日本ではカイゼンを現場で進めるため、現場の作業者はホワイトワーカーであるという見方もありますが、少子高齢化が進むと、「考える現場」が永続的に続くとは限りません。そういう状況では生成AIに指示されることが嫌でも、その流れに逆らえないかもしれません。
日本の製造業は、明確に言語化されていなくても現場のカイゼン活動により成果を出してきました。最近はきちんと言語化して使えるようにしていく取り組みが広がっているようですが、それは欧米のようにトップダウンでシステムを設計し、それを現場に落とし込み、従業員や将来的にはロボットが働くという前提で導入されるようなアプローチではないと思います。日本では、現場が一緒に考えていろいろな発見をしながらカイゼンを試みるというアプローチでデジタル化や自動化を進めないと、うまく行かないと思います。
岡庭:
まったく同感ですね。すべての製造現場が生成AIやロボットで自動化されてしまったら、本当にカイゼンができるのか、すごく疑問に思うところです。私は計装制御部門の技術者として製造現場の自動化を進めてきましたが、すべてが自動化されると技術の進化が止まってしまうのではと危惧してきました。それでお客様には「1本だけは人手のラインを残したほうがよい」とお伝えしてきました。生成AIが自らカイゼンを考えてくれるのであれば問題ないのですが、それまでやったことがないところでのカイゼンを導き出せるのかどうかは分かりません。ブルーワーカーの世界は基本的に自動化ができますが、生産技術的な部分まで自動化できるのかどうか。そこが問題ですね。
東芝ユニファイドテクノロジーズ株式会社 代表取締役社長 岡庭 文彦
データ連携基盤の構築の加速と広がり~信頼性の高いデータ流通によるAI活用の進化
福本:
ここからは欧州で推進されているデータ連携基盤について中島さんにお伺いします。製造業向けのデータ連携基盤Manufacturing-Xを中心に、業界別のサブプロジェクトとしてCatena-XのほかFactory-X、Aerospace-Xなどがありましたが、Robot-X、Energy Data-Xなどに広がっています。また、昨年までCatena-XのSME(Small and Medium Enterprise:中堅・中小企業)向けの技術移転プロジェクトとしてTransfer-Xがありましたが、Manufacturing-XではScale-MXも登場しました。このようなデータ連携基盤の動向について教えていただけますか。
中島:
サブプロジェクトが多く登場し過ぎて、完全にはフォローしきれなくなっています(笑)。そのためRRIでは全体の傘になるManufacturing-Xや、その中心で動きが活発なFactory-Xを中心に追っているところです。ドイツだけの話でなく欧州でも同じ状況ですが、SMEにいかに広げていくかも重要になっているため、ドイツではNext Level Mittelstand(NLM)というSMEのデジタル変革を支援する取り組みも始めていますね。
これまでも欧州各地のラボを結びインダストリー4.0を推進する際に地場の人々と課題を捉えながら新技術を導入するLNI 4.0(Labs Network Industrie 4.0 e.V.)という組織があり、SiemensやSAPがキープレイヤーとなって推進していました。それなのになぜ今回新たにNLMを始めたのかというと、LNI 4.0で例えばアセット管理シェル(AAS:Asset Administration Shell:設備や機器、センサーなどの各種アセットのデータを相互接続・運用するための標準規格)を伝授しようとすると、そもそもデジタル化、デジタライゼーションができておらず底上げを図る必要があり、そのためには別のアプローチが必要になるとのことでした。そこでNLMは「SMEによる、SMEのためのアクティビティ」を志向しています。こちらの動向にも我々は注目しています。
福本:
それから各種データスペースでもAIを前提とした検討を始めており、EU AI Act(EU AI規制法)の枠内での高度なAIソリューション基盤にもなると話していました。もはやAIを無視できない状況になっているのでしょうか。
中島:
GAIA-XでもIDSA(International Data Space Association)でも、なぜ現在データスペースが必要なのかを示したドキュメントを多く出しており、その中で欧州が産業用途でAIを使うためにキーとなるのはデータスペースだと説明しています。AIを賢くするためには、クオリティの高いデータをしっかりと集められることがポイントになるため、データスペースというインフラを活用して信頼に基づくデータのやり取りをしよう、という文脈になっています。
福本:
データ共有圏づくりに向けたグローバル連携の動きについても教えて下さい。RRIは今回International Manufacturing-X Council(IMX Council)のブースで日本のテストベッドのデモ展示を行っていましたね。
中島:
IMX Councilは、「製造業はグローバルな営みであり、それを支える製造データスペースもグローバルでなければワークしない」という理由から始まった協議会です。約2年前から世界中に活動をアナウンスしてきましたが、今回のハノーバーメッセでは具体的なものを提示しようということで、各地域が参加してデモを行ったという経緯があります。
福本:
米国のCESMII(the Clean Energy Smart Manufacturing Innovation Institute:米国のスマート製造に関する国立研究機関)も参加していましたね。
中島:
CESMIIは、スマートマニュファクチャリングのための相互運用プラットフォームSMIP(Smart Manufacturing Interoperability Platform)を推進しているのですが、その中で情報連携のために使われているSMP(Smart Manufacturing Profiles)というOPC UA(OPC Unified Architecture)ベースの標準データモデル形式と、ドイツのアセット管理シェルを連携するという合意が1年前になされました。そのため、SMPとアセット管理シェルがつながることをグローバルにアピールする狙いがあり、今回のテストベッドにCESMIIが参加したわけです。
正式にテストベッドのデモを行うことが決まったのは開催の1ヵ月前のことで準備期間も短かったため、かなり削ぎ落とされた展示となりました。日本からは、データスペース間を繋げるためのコネクターと、アセット管理シェルでアプリケーションデータの受け渡しをするデモを行うことになり、一般社団法人データ社会推進協議会(DSA)の会長でもある東京大学の越塚登先生に旗を振っていただき、いくつかのメーカーに声をかけました。特にアセット管理シェル周りについては、時間のない中できちんとデモができるレベルまで作り込めたので、東芝の貢献は大きいと思います。日本としてもテストベッドをグローバルで進める経験値を積めたことは良かったですね。
福本:
中島さんは日独フォーラムやIMXのパネルディスカッションに登壇されていましたが、その中で日独のデータスペース連携について話されていましたね。
中島:
日本にはウラノス・エコシステム(企業・業界・国境をまたいだデータ連携・活用を目指す産官学連携のイニシアチブ)があることを認知してもらう必要があります。欧州では欧州のデータスペースの作り方が本筋のように言われがちですが、データスペースというのは世界中の各地域が抱える事情によってさまざまな作り方があってよいと考えています。
特に欧州のデータスペースシステムはかなりシンプルでオープンな作り方ですが、同時にユーザー側に求められるレベルが高く、企業の中でデータのマネジメントやガバナンスがきちんと行えていることが前提となっていると思われます。逆に理想や要求レベルが高いため、欧州は苦労しています。先に上げたNLMなども、その対策として考えられます。一方でユーザーに高いレベルを求めない場合は、ある程度システム側でサポートすることが必要なケースも出てきます。この辺りの塩梅は地域ごとに異なるわけで、データスペースが多様である、という前提に立つ必要があるのです。
それぞれがめざすデータスペースの姿や目的も異なり、一概に世界中で統一することが良いわけではないので、今回いくつかの講演機会で欧州の方々にも理解してもらえるようお話ししました。米国など欧州のルールに合わせることを良しとしない国もあるので、いろいろな形のデータスペースがあり、それらをどう繋いでいくかを議論することが大事なのではないかと思います。そのようなコンセンサスを取ろうとしている状況です。
中島 一雄氏
ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI)
インダストリアルIoT推進統括
富士通で光磁気ディスクやHDDの開発に従事。その事業が東芝とジョインし、東芝デジタルソリューションズの前身となる会社から、経営企画やM&A、マーケティングなどの業務を担当。政府のロボット新戦略を民間で推進するために設立されたロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI)に2018年から出向。ロボットと産業用IoTの両輪を推進するRRIで後者を担当し、ドイツと民間レベルでインダストリー4.0に関する日独連携を行っている。
岡庭 文彦
東芝ユニファイドテクノロジーズ株式会社
代表取締役社長
東芝に入社以来、一貫して府中事業所にて計装制御部門の技術者として、産業用コンピュータやPLC間などを接続する産業用ネットワーク機器を中心としたOTコンポーネントを担当。計装制御部門の技師長として、2023年に発足した製造業向けのITとOTのソリューションをワンストップで提供するスマートマニュファクチャリング事業部の立ち上げに関わり、クラウド型PLC「計装コンポーネント仮想化プラットフォーム Meister Controller Cloud」の開発を牽引。現在は、2025年4月に設立された東芝ユニファイドテクノロジーズで代表取締役社長を務める。同社は、グループ内のエンジニアリング人材を結集し、半導体から社会インフラまで幅広い事業分野でお客様のエンジニアリング課題の解決に向けたソリューションをワンストップで提供する。
- この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2025年7月現在のものです。
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