ハノーバーメッセ2025から見えた、ソフトウェア・デファインド化やクラウド化による製造工程の進化
イノベーション、経営
2025年7月9日
ハノーバーメッセ2025を視察した、ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI)の中島一雄氏と、東芝ユニファイドテクノロジーズ 代表取締役社長の岡庭文彦に、本ウェブメディアアドバイザーの福本勲がインタビューした内容の後編。前編では主に製造現場で進む生成AI活用について、具体的な展示内容を交えて紹介した。後編ではPLCのソフトウェア・デファインド化、クラウド化による製造工程のIT/OTデータ連携の動向や、膨大なデータと生成AIの活用の進展に向けた日本の製造業の課題について話を聞いた内容を紹介する。
右:ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI)インダストリアルIoT推進統括 中島 一雄氏
中:東芝ユニファイドテクノロジーズ株式会社 代表取締役社長 岡庭 文彦
左:DiGiTAL CONVENTiONアドバイザー 福本 勲
前編はこちら(この記事は後編です)
ハノーバーメッセ2025に見る製造現場における生成AI活用最前線
製造工程におけるPLCのソフトウェア・デファインド化とIT/OT連携の進展
福本:
今年のハノーバーメッセでは、SiemensやSchneider ElectricがバーチャルPLCについても言及していました。Siemensは開催初日にAudiと報道発表を行い、バーチャルPLCをAudiの工場に導入して製造現場の自動化を進めることで、製造プロセスを革新するとアナウンスしています。Schneider Electricは数年前からソフトウェアとハードウェアの分離・抽象化を進めていますが、今回は大豆ミルクの製造ライン全体をソフトウェアで制御するデモを行っていました。そのソフトウェアの一部でPLCを制御できるようになると話しており、しかもSchneider Electric製のPLCでなくてもIEC規格に準拠しているものであれば制御可能ということでした。
SiemensやSchneider Electricなどのラインビルダーは、上位側のコントロール部分を押さえ、ベンダーロックインするような世界を目指しているのかもしれません。
岡庭:
私は昨年のハノーバーメッセでSiemensがAudiとバーチャルPLCのPoCを実施していると聞いていたので、今年はそのフォローアップをしようとSiemensブースを訪れたところ、Audiの工場に導入したという発表がありました。Siemensはハードウェアを売るビジネスをしていたところを、ソフトウェア・デファインド化、バーチャルPLC化してサーバー上で制御できるようにしていましたが、今回展示していたものでは機能安全もソフトウェアで対応するという話でした。ただPLCの機能安全には冗長化(システムや設備を多重化し障害が発生しても機能を維持できるようにすること)が必要なので、どのように実現しているのか興味があるところです。
福本:
Audiの発表でもレイテンシー(遅延時間)の課題があるため、ソフトウェアPLCと従来型のハードウェアPLCを組み合わせて取り組んでいくと言っていましたね。
岡庭:
実は東芝もクラウド型PLC(計装コンポーネント仮想化プラットフォーム Meister Controller Cloud)を開発していますが、その方向性は同じです。ただしサーバーとクラウドでの違いがあり、サーバーのほうがリアルタイム性の確保は容易です。そこで東芝のクラウド型PLCも次はサーバー型を検討しているところです。
中島:
バーチャルPLCとは直接関係しないかもしれませんが、今回エッジクラウド系でミリ秒オーダーでレイテンシーを担保できる8ra(オーラ)という欧州委員会の先端研究プロジェクトが展示されており、クラウドから自動運転のデータを転送してシミュレートするデモが行われていました。また、Manufacturing-Xなどさまざまなサブプロジェクト名の下にこの8raのロゴマークが表示されていました。データスペースに流れるデータを分析したりフィードバックしたりする際に、共通インフラとしてこの8raを使おうとしているようです。OSSなので、Linux Foundationも8raを意識した動きを始めています。
リアルタイム制御を考慮した、クラウド・オンプレによるハイブリッドのアプローチ
福本:
AWSは数年前からクラウドによる電動自転車の製造工程ラインe-Bike Smart Factoryの展示を行っており、かなり進歩してきましたが、そんなAWSでもクラウドですべてを行うことは難しいと説明しています。先ほども話題になりましたが、実行系はレイテンシーの問題があるためオンプレミスで対応しつつ、デジタルツインなどを活用しながらスマートファクトリーを実現していくという、オンプレミスとクラウドとのハイブリッドなアプローチもあると考えています。
岡庭:
オンプレ・クラウドの連携ではAWS OutpostsというAWSのクラウドサービスをオンプレミス環境に拡張して使えるソリューションが面白かったですね。オンプレミスとクラウドがシームレスに繋がっていて、作業者が同一環境で使えるような使い分けは、これから必須になるものと考えています。
東芝が開発したクラウド型PLCも、リアルタイム性を確保するためにPLCの実行モジュールはオンプレミスのAWS Outpostsにデプロイし、データ連携や分析などはクラウドが担当するという棲み分けができるとよいと思います。将来的にMES(Manufacturing Execution System)もクラウド型になっていくでしょうが、MESでもリアルタイム性が求められる機能はあるため、そこはオンプレミスになるはずです。こういった機能分担をしながらオンプレミスとクラウドがシームレスに繋がっていくのでしょうね。
福本:
PLCやSCADA(Supervisory Control and Data Acquisition)、MESなどのデータをエッジ側で統合し、マルチクラウドでやり取りして、どのメーカーでも連携できるようなソリューションを出しているプレイヤーもいくつか登場していますね。
岡庭:
東芝のクラウド型PLCも、必ずしもクラウドで動かさなければいけないというわけではありません。クラウドで動けばどこでも動くので、使いたいところで使える「どこでもコントローラー」を目指して開発したわけです。
データ連携の進展に伴いサイバーセキュリティ対策も重要に
福本:
欧州サイバーレジリエンス法(CRA:Cyber Resilience Act)に対応せざるを得なくなることもあり、今回のハノーバーメッセでPhoenix Contactは、IEC 62443(制御システムのサイバーセキュリティに関する国際標準規格)のML3(Maturity Level 3)とPCERT(Product Security Incident Response Team)の認証を、全ての事業部門で取得したと発表していました。
欧州ではこれらの認証取得はセキュリティレベルを合わせる上で重要とされていますが、日本ではそれと比べて温度差があると感じています。OT/ITデータの連携や企業間のデータ連携が進む中で、セキュリティインシデントが発生すれば、サプライチェーンで甚大な被害を及ぼしてしまいます。この点はどうお考えですか。
岡庭:
難しい課題ですね。私自身がセキュリティに絡んだのは2000年ぐらいです。もともとDCS(Distributed Control System)、PLCなどのコントローラーは独自のOSやネットワークを使っていましたが、そのころからWindowsやEthernetに移行し汎用化に向かっていたため、セキュリティの脅威が高まっていました。そして、2010年にStuxnetによる制御システムへのサイバー攻撃が起きました。翌年の東日本大震災の影響もあり、日本でもセキュリティに対策を講じる必要があるということで、CSSC(Control System Security Center:技術研究組合制御システムセキュリティセンター)の設立に参画しました。
当時はまだIEC 62443が規格化されておらず、ISA(The International Society of Automation)系のEDSA(Embedded Device Security Assurance)という認証をCSSCの各メーカーで取得し、啓蒙活動などをして広げようとしたのですが、その認証を取るためにコストがかかり過ぎて上手くいきませんでした。しかも認証をとっても、攻撃者がアップデートしてくるので、それに対処していかなければなりません。このような中で、お金をかけられない中小企業が対応していくにはどうすればよいのかまで考えなければ広がらないわけです。
個人的にはIDS(Intrusion Detection System)などでネットワークの見える化ぐらいはしておき、何かあればアラートを上げられるようにはすべきだと思っています。異常が見えるようにさえなれば、駆除したいと思うようになると思うのですが。
中島:
米国企業では日常的に脅威にさらされており、彼らのセキュリティへの意識は日本と比べてかなり高いです。日本も経営層がセキュリティへ意識を向けるべきでしょう。ある意味では、セキュリティに関しても協調できる領域があると思うので、情報の見える化やアタックを受けたパターンの情報集積などは、もっと進めたほうが良いと感じています。インシデントが起きても隠さずに、それ自体が価値になるというマインドセットにすることも大事です。
ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI)インダストリアルIoT推進統括
中島 一雄氏
ハノーバーメッセでの動きから見た今後の日本の製造業の課題
福本:
これからは膨大なデータと、生成AIの活用によって、製造業の効率化や自動化のサイクルが加速されていくでしょう。その動きに向けて、日本の製造業が取り組むべき課題や解決策についての考えをお聞かせ下さい。
岡庭:
日本の製造業では、生成AI活用に不向きなラダー言語が主流となってきたため、生成AIを使いづらい状況が今後も続きそうな気がしています。生成AIがどんどん賢くなって人に代わってプログラミングを行えるようになる中で、その活用を妨げる要因をどうブレークスルーしていくかが課題になってくるでしょう。クラウド型PLCでPLCをソフトウェア・デファインド化することによって、クラウドでの生成AI活用との親和性が高くなるのではないかと考えています。
中島:
生成AIは、現在は産業用途では言語系や画像系で使われていますが、物理モデルの生成などにも適用が始まると聞いています。今回のハノーバーメッセでは見られませんでしたが、NVIDIAなどはフィジカルAIを提唱しています。ただ、そもそも膨大な資産が蓄積された言語や画像を超えたところで生成AIを使おうとした時に、いま我々が持つデータで事足りるのかがよく分かりません。そういう点も含めて、業界で何らかの方向性が見えてくれば良いと感じています。
RRIは、日本企業は協調領域をもっと効率的に利用すべきですし、そのためにも有効な協調領域を作っていくことが重要と考えています。とはいえ、企業としてこのデータは渡せないということもあるでしょう。その狭間で公平感を出しつつ、お互いにどう腹落ちして貢献し合い、それに見合う果実を得られるようにできるかが課題になるでしょう。
欧州にはフィロソフィーがあり、合意に基づく枠組み作りが得意で、点と点をつないで面を作っています。米国も特定分野に興味を持つと、ものすごいスピードで物事が進展します。そういった状況で、いかに日本企業が点で戦うのではなく、面で立ち向かえる仕掛けを構築していくのか、ということも依然として課題だと思います。
福本:
これらの動きや課題に対して、東芝グループは今後どう対応していけばよいでしょうか。
岡庭:
やはりハードウェアだけでなく、ソフトウェア・デファインド化してサービスを立ち上げていかなければならないと思います。OTの観点からいうと、先ほど触れた「どこでもコントローラー」のように、ソフトウェア・デファインド化してクラウド上でデータが繋がりやすくすることを目指しており、これが今後の流れに沿っていると考えています。AIでプログラムを生成しやすい環境にデータを持っていくことが求められるはずです。
また、東芝だけで進められる話ではないと感じており、どの企業と連携してエコシステムをつくっていくかも重要になるでしょう。
中島:
私は今回展示を行ったIMX Councilブースでのテストベッドで、東芝のスピード感ある判断と実力が活かされた姿を見ました。東芝には好奇心やノウハウを持っている人がたくさんいるので、さらに大胆に外の世界に出て力を発揮して欲しいと思っています。
中島 一雄氏
ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI)
インダストリアルIoT推進統括
富士通で光磁気ディスクやHDDの開発に従事。その事業が東芝とジョインし、東芝デジタルソリューションズの前身となる会社から、経営企画やM&A、マーケティングなどの業務を担当。政府のロボット新戦略を民間で推進するために設立されたロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI)に2018年から出向。ロボットと産業用IoTの両輪を推進するRRIで後者を担当し、ドイツと民間レベルでインダストリー4.0に関する日独連携を行っている。
岡庭 文彦
東芝ユニファイドテクノロジーズ株式会社
代表取締役社長
東芝に入社以来、一貫して府中事業所にて計装制御部門の技術者として、産業用コンピュータやPLC間などを接続する産業用ネットワーク機器を中心としたOTコンポーネントを担当。計装制御部門の技師長として、2023年に発足した製造業向けのITとOTのソリューションをワンストップで提供するスマートマニュファクチャリング事業部の立ち上げに関わり、クラウド型PLC「計装コンポーネント仮想化プラットフォーム Meister Controller Cloud」の開発を牽引。現在は、2025年4月に設立された東芝ユニファイドテクノロジーズで代表取締役社長を務める。同社は、グループ内のエンジニアリング人材を結集し、半導体から社会インフラまで幅広い事業分野でお客様のエンジニアリング課題の解決に向けたソリューションをワンストップで提供する。
- この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2025年7月現在のものです。
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