ハノーバーメッセ2024から見たドイツの状況と日本の課題(前編)
~ハノーバーメッセ2024の主要トピックス~
イノベーション、経営
2024年7月29日
インダストリー4.0のコンセプトが2011年に発表されて以来、デジタル製造技術の進捗確認の場となっている「ハノーバーメッセ」。毎年ドイツで開催され、世界各国から製造関係者が集結する最大規模の産業見本市だ。本ウェブメディア「DiGiTAL CONVENTiON」では、昨年に引き続き本展示会についてご紹介する。今年の展示会の模様や最新技術の動向、各企業の取り組みなどについて、現地に出向いて同展の視察やドイツの企業・団体の動向調査を行ったロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI)の中島一雄氏と、東芝デジタルソリューションズ スマートマニュファクチャリング事業部長の甲斐武博に、同じく同展を視察した本ウェブメディアの編集長 福本勲が話を聞いた。
【後編はこちら】
左:ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI) インダストリアルIoT推進統括 中島 一雄氏
右:株式会社 東芝 執行役員
東芝デジタルソリューションズ 取締役 スマートマニュファクチャリング事業部長 甲斐 武博
ハノーバーメッセ2024のテーマと、今回の目玉となったトピックス
福本:
今年もハノーバーメッセについて対談を行いたいと思います。2024年のメインテーマは「ENERGIZING A SUSTAINABLE INDUSTRY(サステナブルな産業の振興)」でした。約60ヵ国・4000社の企業が出展し、日本企業や日系企業も32社が参加しました。来場者は約13万人で、世界から最先端の製造技術の視察に来ていました。
今年、特に目立ったのは生成AIの展示で、マイクロソフトとの連携が多かった印象です。また、Catena-X(自動車のサプライチェーン全体でデータを交換・共有するためのアライアンス)が、Manufacturing-X(製造業のデータ共有基盤構築に向けた構想)のサブプロジェクトとして位置付けられ、新たに、製造業を跨いで製造現場の共通課題を解決するための取り組みを推進するFactory-Xや、航空機製造業界のサプライチェーンのデータ連携基盤構築に向けた取り組みを推進するAerospace-Xなど業種別や階層別のサブプロジェクトも紹介されていました。そのほか、IEC61499(異なるベンダー間で使用できる標準化されたオートメーションレイヤーを構築するための相互運用性と移植性に対応する国際規格)ベースでPLC制御を行うソフトウェア・デファインドの話も出ていました。このあたりの全体のトレンドをどう見ていますか。
中島:
今年のハノーバーメッセでは全く新しいトピックスと言えるものは少なかったと思います。データ連携については、昨年は自動車のバリューチェーン全体でデータを共有するCatena-Xを広めるための訴求が目立ちましたが、今年は社会実装の段階に入ったという認識で、現在できていることが淡々と説明されていました。展示自体は地味でしたが、行っていることがきちんとアピールされていたという印象です。ただ生成AI関係は、よりプロダクトに近いものが増えていました。
甲斐:
私は初めての視察だったので、欧州と日本の展示会の違いを感じました。国内の展示会は、自社のソリューションや技術の魅力を強くアピールすることが中心ですが、ハノーバーメッセは、どのような企業と協業してエコシステムを作るかという点がアピールポイントになっていました。欧州らしいとも言えますが、今後は国内でもそういった取り組みが加速すると思います。生成AIに関しては多くのユースケースが出ていて興味深かったです。また、再生エネルギー分野での水素活用も目立っていました。出展企業をよく見ると、中国企業が多かった点も気になりました。
福本:
甲斐さんがおっしゃられるように、確かに欧州と日本ではイベントでの訴求ポイントに違いがありますね。ハノーバーメッセでは、各社がコンセプトを中心に訴求しエコシステムについて語っているため、SAPもシーメンスもシュナイダーエレクトリックも、主張していることが似通っているとも感じます。
中島:
私も同じように感じていました。欧州も昔は自社製品を強くアピールしていましたが、最近はどのような枠組みで一緒にやっているかという話が増えています。中国企業の話がありましたが、ハノーバーメッセの国別出展社数では中国が圧倒的に多くて、ドイツに続いてナンバー2になっています。
甲斐:
中国はCO2の回収技術などの特許の数もすごく伸びていますよね。
日中韓のデジタルデータ連携基盤構築のアプローチの違い
福本:
韓国企業の出展も多かったですね。彼らは、GAIA-XやCatena-Xと同様のコンセプトを打ち出しており、それにより欧州のバッテリーパスポートに対応すると説明していました。日本の独立行政法人情報処理推進機構(IPA)もデータ連携基盤の「Ouranos Ecosystem」を進めており、Catena-X Automotive Network e.V.と、自動車業界向けデータ共有の概念実証(PoC)に関する基本合意(MOU)を結んだことをハノーバーメッセの初日に発表しました。PoCのMOUというのは少し分かりづらいのですが、日本は直接ドイツに倣って連携する中国や韓国とは異なり、敢えて異なるものを作り後から連携するアプローチになります。この違いについてどう思われますか。
中島:
韓国は昨年から国際会合で「ドイツや欧州が人と金と時間を投資して作ったものは役立つと判断しているので、そのまま活用します」と明言しています。自分たちで異なる仕組みを考えて、インターフェースを調整するよりも、使い方を考えたいということです。最終的に基盤はコストを多くかけるべきところではないため、合理的に考え方を割り切っているようです。
規制への対応は短時間で行わなければならないし、しかも産業全体に関わるので大きなインパクトを受けてしまうという課題があります。GAIA-XやCatena-Xのようなスキームで進めると仕組みはシンプルで良いのですが、その分、参加企業にはそれらに連携するためのレスポンシビリティが必要になります。ですが、今の日本企業の多くは、自社内のシステムで必要なデータを集め外部とやり取りするシステムができていないので、いきなりCatena-Xで連携してくれと言われても付いていけない企業が出てきそうです。そこで日本のOuranos Ecosystemでは、参加企業が苦労しそうな部分をOuranosのシステム側に寄せており、企業は必要なデータを登録だけすればよい仕組みにしています。短時間で多くの企業がきちんと動ける仕組みにするには、システム側でかなり面倒を見る必要があるわけです。Ouranosのようなアプローチは1つの方法だと思っています。
ただ、長期スパンでは、特定の用途のために作ったものは汎用性があまりないので、他の規制対象が出てきた時に対応したり、他業種と連携して新たなバリューを出すには作り込みが大変になるでしょう。そういうことまで目指すならば、Catena-Xなど欧州のアプローチのようにシステム側を軽くして、いろいろなベンダーにアプリを個別に作ってもらい、参加企業は自社システムのデータを外部のデータスペースにコネクタで繋げるようにしてもらう方がよいかもしれません。
いずれにしても、自社のシステムからデータを出し入れする部分は、日本企業も避けて通れないわけです。一概に今日の姿を見て両者を比べるだけでなく、日本では特にユーザー企業のデジタル・ケイパビリティが弱いという前提条件から見て、どのようなアプローチが良いのかという点を段階的に考えていかなければいけないでしょうね。
ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会 インダストリアルIoT推進統括 中島 一雄氏
デジタルデータ共有のためのManufacturing-Xとサブプロジェクトの動向
福本:
今回、重要なサブプロジェクトの一つにGAIA-X 4 PLC-AAD(Product Life Cycle-Across Automated Driving)もありました。自動運転機能のプロダクトライフサイクルをサポートするオープンで分散型のデータエコシステムです。自動運転の信頼性と安全性を確保するために、広範なソフトウェアとハードウェアのコンポーネントを管理しますが、システム思考で細分化しながら全体像を見ていく動きになってきたとも考えられます。
中島:
その動きについては非常にアグレッシブだと思いました。Factory-Xでも11のユースケースがあり、最初に出てくるのが、Integrated Toolchains and Collaborative Engineering(統合ツールチェーンとコラボレーション・エンジニアリング)です。ERPから始まってPLMやCAD/CAMなどの多くのツールをシームレスに繋げていくこと、あるいは各カテゴリーをデータ連携させ、ユーザー企業の利用を前提に違った形に変えようとしています。各エリアで強みを持つ企業でさえ、自身を変えるためにドライブをかけている点は要注意ですね。敢えて次に向かって変革し、その中心に必ず自社が存在するようにすることが、彼らにとって極めて重要なことなのです。
福本:
Manufacturing-Xとさまざまなサブプロジェクトとの関係性について、甲斐さんはどう見ていますか。
甲斐:
ユーザー企業の目線では、これらはビジネスエコシステムを構築するためのインフラであると見ています。企業にとっては、自社の出入口に意識を集中しておけば、やりたいビジネスを安心して進められる環境があればよいのです。そういう視点では、昨年は自動車業界でCatena-Xの運用団体であるCofinity-Xや、Manufacturing-Xのコンセプトが発表され、今年は機械系ベンダーが取り組みを推進する製造領域のFactory-Xに焦点を当てており、企業側は多少混乱しているのではないでしょうか。新プロジェクトが毎年登場し、前年のコンセプトやスタンスが少しずつ変化しているようにも見えるので、社会実装の観点からはまだ道半ばといった印象を受けます。
中島:
そもそも昨年Manufacturing-Xが発表された時、我々もよく理解できませんでした。ただ、彼らはManufacturing-Xが「傘」になると表現していました。Catena-Xがあり、その横にManufacturing-Xがあるわけではなく、Catena-Xの基本構造の議論がだいぶできてきたので、そのエッセンスを使いながら他業種で使えるものを全体として広げていくのがManufacturing-Xという説明でした。昨年の彼らのプレゼン資料の中でも、Manufacturing-Xの下にCatena-XやFactory-X、Aerospace-Xが存在していたので、そういう意味では以前から描いていたことを徐々に着手してきており、それほどブレはないのかもしれません。
福本:
彼らは中堅・中小企業(SME)がコストをかけずに参加できる仕組みにするとずっと言い続けてきましたが、まだ具体的にどうなるのかは見えてきていない気がします。
中島:
その点ではCatena-Xでも苦労しているようです。先ほど多くの日本企業で社内システムやデータ体系の整備ができていないと話しましたが、それは日本だけの話ではなく、欧州にも同じ課題があります。そこで昨年からCatena-Xの中にパートナーコンサルグループができ、SMEからの相談を受ける取り組みを行っています。どのようなケースでCatena-Xを使おうとしているのかというところから始まり、どのような社内システムで、どこにどのような形でデータがあるのかを確認し、その上でどこにコネクタを実装すべきかといったことまでをアドバイスしているようです。
福本:
今回のハノーバーメッセでは、AirbusがAerospace-Xの説明をしていたので、以前から進めているSkywiseはどうなったのかと訊ねたら、「Skywiseは我々にとっては都合がよい Centralized(中央集権型)な取り組みだったが、やはりGAIA-Xのように Decentralized(非中央集権型)でオープンな仕組みの方が、OEM以外のサプライヤーにとってもメリットになる」と主張していました。
中島:
Airbusも、本社のフランスとドイツとでは違う思惑があるのかもしれません。これは私の憶測にすぎませんが、ドイツ政府が欧州の航空機業界の動きの主導権を握りたければ、ドイツ発祥のAerospace-Xを立ち上げたいと考えるはず。傍から見れば、なぜいまAerospace-Xなのかと思ってしまいます。既にAirbusがSkywiseという凄いものを作っているわけですから。
甲斐:
先ほど多少混乱しているのではと話しましたが、それはいろいろな利害関係があり、業界がパワーバランスで動くためでしょうね。恐らく今後もまた複数のデータスペースが立ち上がるでしょうが、それらの相互接続を前提に準備を進めておけばよいと思います。
中島:
特に日本の場合は、まずはどうしても対応しなければならないデータ連携を、Ouranosなどでどんどん進めていくことが重要です。残りの部分は、自社システムの改修を相当考えなければならないし、そこに投資する強いモチベーションがないと動けないでしょう。その動きを業界全体でまとめていくことはさらに難しく、現実的には先進性のあるビジョンを持つ企業が集まって先に動いていくことになると考えています。
データ連携の仕組みとしてのDPP/バッテリーパスポートの対応状況
福本:
デジタルプロダクトパスポート(DPP)やバッテリーパスポートについても触れたいと思います。SAPはデジタルツイン・エコシステムのショーケースで、EUバッテリー規則に従って、二次元バーコードからトレーサビリティやカーボンフットプリントなどの構成情報を参照できるようにしていました。シーメンスに至っては「ハードもソフトも認証機関と連携して、国への報告も肩代わりするから全部うちに任せれば大丈夫だ」と言っていました。多くの企業が現実的なサービスを出しているようでしたね。
甲斐:
各社とも当然のようにサービス提供しているという印象ですが、そのあたりは腹落ちして規制などの動きに対応する準備として実装を進めているのでしょう。まだそれらを使うケースは少ない段階でしょうが、規制や取引条件、カーボンフットプリントへの対応が必要になるにつれて、今後の活用が加速すると思います。
中島:
規制の方は、どの範囲に影響を及ぼすのかを、とにかく早く把握することが最も重要です。エコデザイン規制はリリースが延びてしまいましたが、対象品目は元々はバッテリーとテキスタイル(繊維)と電子機器と言われていたのが、範囲が広がるのではという情報もあり注意が必要です。日本の産業への影響範囲が拡大してしまう可能性もあるので、規制の最新の動きを早く把握しなければなりません。
また、DPPやバッテリーパスポートにしても、データスペースにしても、アセット管理シェル(AAS:Asset Administration Shell)と一緒に語られるケースが増えて、これらも非常に上手くハマっていますね。AASを積極的に使ったDPPのことをDPP 4.0と呼んでいるのですが、AASベースにすることでドライブがかかると思います。そうなってくると、AASの扱いに長けて活用できるベンダーが活躍する領域が広がるでしょう。ドイツではシーメンスなどがAAS押しなので、いろいろなところでAASのメリットを強調しています。
AIが進化しているため、質の良いデータを揃えることがポイントになる、とCatena-Xの担当者も説明していました。AASならメタデータも付いて管理しやすい形でデータが整備されていくため、AIを積極的に使う際の重要な枠組みになる可能性があります。元々彼らがそこまでのストーリーを考えていたかどうか分かりませんが、結果的にデータを上手く整理する発想が、今のデジタル化のトレンドの中でぴったりとハマった感じがしますね。
後編はこちら(この記事は前編です)
ハノーバーメッセ2024から見たドイツの状況と日本の課題(後編)
~ハノーバーメッセ2024の主要トピックス~
中島 一雄氏
ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI)
インダストリアルIoT推進統括
富士通で光磁気ディスクやHDDの開発に従事。HDD事業が東芝とジョインし、東芝デジタルソリューションズの前身となる会社から、経営企画やM&A、マーケティングなどの業務を担当。政府のロボット新戦略を民間で推進するために設立されたロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI)に2018年から出向。ロボットと産業用IoTの両輪を推進するRRIで後者を担当し、ドイツと民間レベルでインダストリー4.0に関する協力を行っている。
甲斐 武博
株式会社 東芝 執行役員
東芝デジタルソリューションズ株式会社 取締役 スマートマニュファクチャリング事業部長
東芝インフラシステムズ株式会社 取締役 スマートマニュファクチャリング事業部長
2023年4月に発足したスマートマニュファクチャリング事業部で事業部長を務める。同事業部は、製造業向けソリューション「Meister Factoryシリーズ」などを提供する東芝デジタルソリューションズに、東芝インフラシステムズの計装部門が合流してできた部門。製造業の現場から経営まで企業活動全体のデジタル化実現に向け、データ収集、可視化、自動化に加え、戦略立案・実行までのトータルサービスをワンストップで提供。
- この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2024年5月現在のものです。
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