ハノーバーメッセ2024から見たドイツの状況と日本の課題(後編)
~グローバルな産業データ連携の時代を見据え、日本の製造業が取り組むべき課題~

イノベーション、経営

2024年7月30日

ハノーバーメッセ2024に関するインタビューの後編。前編では、ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI)の中島一雄氏と、東芝デジタルソリューションズ スマートマニュファクチャリング事業部長の甲斐武博に、同展の今年のトピックスについて話を聞いた。
後編では、Manufacturing-XやFactory-Xなどのデジタルデータ連携基盤の動向、エンジニアリングチェーンデータのデジタルツイン連携、製造現場での生成AI活用などについて、展示内容を踏まえて議論を深めつつ、今後の日本の製造業の取り組み課題について話を聞いた。

株式会社 東芝 執行役員
東芝デジタルソリューションズ 取締役 スマートマニュファクチャリング事業部長 甲斐 武博

アップデートされるデジタルデータ連携基盤の動きをどう捉えるか

福本:
ここからはインダストリー4.0の最新動向について深掘りしたいと思います。まずデータ連携基盤については、Manufacturing-Xが中心となり、そのサブプロジェクトとしてCatena-Xが位置づけられ、新たにAerospace-Xなど業種別のものが出てきたほか、ショップフロア(製造現場)の取り組みを製造業横断で行うFactory-Xが登場しました。垂直方向と水平方向の両軸でデータ連携基盤が広がるイメージと捉えていますが、いかがでしょうか。

中島:
これについては、まだ答えが出ていないのではないでしょうか。もちろんFactory-Xには、Catena-Xに参加する企業も含まれています。ある程度のフレームをCatena-X側で作って、Factory-Xでも利用できるところからどんどん進めていく方が良いということでしょう。

Catena-XとFactory-Xのユースケースを見ると、同様のものがいくつかあります。Catena-X 側のユースケースをFactory-X側に移していくのか、それともCatena-X側である程度トライしてからFactory-X側に情報をフィードバックするのか、まだ見えていませんし、現時点では水平/垂直の展開も分からない状況だと思っています。

福本:
Factory-Xでは11のユースケースを出していましたが、具体的にどう解決するのかという話がほとんどありませんでした。追加で何かご存じの情報があれば教えて下さい。

中島:
発表された以上の情報は把握していませんが、Factory-X はSAPとシーメンスが中心となって相当なマンパワーで当たっています。コア企業が47社で800人ぐらいが関わっており、30か月で120~130億円ほどの補助金が出ています。公募要件に中小企業が3割という縛りがあるため、小企業から大企業まで幅広く選ばれ、いろいろな意見が反映できる建て付けになっているのだと思います。

福本:
相変わらず凄い話ですね(笑)。甲斐さんは、Manufacturing-Xが中心になったことや、新しく出てきたFactory-Xに関しては、どのような見解をお持ちですか。

甲斐:
前に触れましたが、ユーザー企業の立場から見ると「またか」という感じです(笑)。Factory-Xにもカーネル(オペレーティングシステムの中核となるソフトウェア)と基本サービスとユースケース、データスペースがあり、そのスコープは機械系が中心になっています。一方でManufacturing-Xは、Factory-XやCatena-Xなどのデータスペースパートナーの上位概念又は中心として位置付けられていますが、カーネルや基本サービスはFactory-Xのものを使おうとしているように見えます。どこで落ち着くのかウォッチしていきたいと思います。

さまざまな業界の力関係から複数のデータスペースが存在するのは仕方ありませんが、それらをセキュアに相互接続できる仕組みをいかに提供するかがポイントになるでしょう。ユーザーがデータスペースへのコネクタを使ってデータをやりとりしたり、データを変換したりしながら、データ主権が保護されて安心してビジネスができる環境にすることが大切です。もう1つは先ほど少し話題に挙がりましたが、デジタル・ケイパビリティが不足する中小企業をどうサポートするのかという点でしょうか。


エンジニアリングチェーンデータをデジタルツインで繋ぐ重要な意味

福本:
エンジニアリングチェーンデータを一貫して繋ぐ話は、本ウェブメディアの前回の対談テーマにもなりました。今回のハノーバーメッセでは、マイクロソフトがシーメンスと組んで、過去の3D設計に基づいて自然言語で要求事項を入力するとCopilotが新しい設計を提案し、BOMや3Dデータを作ってくれるというデモが行われていました。これは情物一致が大前提になっています。

しかし、まだ日本では3Dで設計したデータを2Dに落として発注している企業もあり、市場に流通する製品と元の3D設計に齟齬が生じている場合もあります。そのようなデータをいくら食わせても意味がなくなってしまうので、きちんと情物を一致させなければいけません。デジタル・トレーサビリティを行う際も同様です。私は唯一の3Dデータやデジタルツインでエンジニアリングチェーンを管理することが重要になっていくと考えていますが、日本ではあまり上手くいっていないように感じています。

甲斐:
確かに3Dデータの活用については昔から課題になっていますね。調達や生産、保守などの工程において追従できていないという事実はあると思います。3Dデータの活用シナリオに関しては、生産形態によっても異なる部分があるので、デジタルツインありきではないと思いますが、デジタルデータによるバリューチェーンを横断したトレーサビリティは必要ですね。

デジタルツインへの期待は、市場に出た個々の製品の稼働情報や利用情報が設計へフィードバックされ、顧客の使い方から製品を進化させることが可能なソフトウェア・デファインド化の動きが広がり、コネクテッドの世界でサービスを提供していく循環が加速することだと思います。

中島:
データスペースのようなものが出てくるにしても、その上で各社がどう競争領域として価値を出せるかという点が肝になっていくでしょうし、それにも繋がる話ですね。

甲斐:
そのためのインフラとしてデータスペースを利用できれば、企業は自社の競争領域であるサービスの領域に集中できます。


製造現場での生成AIのユースケースの広がりと、もたらされる変化

福本:
次に生成AIの話題ですが、昨年と比べるとサービスとしてローンチできるレベルのものが出てきました。ベッコフではTwinCAT Chatという、生成AIによりチャット形式でプログラミングコードを自動生成するソリューションのデモが紹介されていました。マイクロソフトもKUKAと連携したロボット制御のショーケースで、自然言語で制御を変更したい内容を入力すると、生成AIが制御系の関数をこう変えた方が良いといったレコメンドをして、実装もシミュレーションもやってくれるものを展示していました。このようにインタラクティブなコミュニケーションでレコメンドや自動化を行う生成AIソリューション、サービスが非常に多く見られました。

関数の綴りなどは生成AIが直してくれるので問題ありませんが、効率の悪いプログラムは人が見て直さねばならないような場合もあると思います。そういった役割分担になると、ルーチンワークは人が行わずに済むようになるでしょう。一方、生成AIに任せるタスクは、ある程度標準化しておく必要があります。生成AIが製造現場にもたらす変化について、どのようにお考えでしょうか。

中島:
日本の製造業は、現場でいろいろな知恵や気付きを変革の原動力にしてきた経緯があります。AIやロボットの活用が進み現場から人が減っていくと、カイゼン活動が消えてしまうのか、それともロボットやAIがカイゼンしてくれるのか、と気になりました。ハノーバ―メッセでいろいろな生成AIの展示を見て、生成AIにより言葉でいろいろな状況を把握できるようになったり、最初は調査をしたり指示を出したりすることから始まるでしょうが、最終的に製造現場がどのように変わっていくのか、そして日本の製造業が昔から得意だったカイゼン活動がどのように変容するのか、という点に興味があります。

甲斐:
いわゆる大規模言語モデル(LLM)は分かりやすいため、普及しやすいのだろうと思います。マイクロソフトのブースでシュナイダーエレクトリックが紹介していた製品は、シーケンスのラダープログラムを自動生成するものでした。「これはシュナイダーエレクトリックのPLCでしか使えないのか」と訊ねると、「標準化しているので一応他社のPLCでも使えるが動作確認は必要」とのことでした。同社のPLCでもラダーをノーチェックで実装することはありえないと思うので、今は誰もが生成AIの有効性を検証している段階なのでしょうね。

AIで本当に効果を出すなら、完全に人の関与をなくせる領域を見つけることが肝心になります。そうなると、目利きがいて、上質なデータとモデルを持つ企業が、AIの活用やソリューション・サービス提供にも有利になります。人間の作業をAIに置き換えるために標準化を行うことも重要だとは思いますが、それはそのうち選別されていくのかもしれません。ただ労働力が足りなくなる中で、AIに頼らざるを得ない領域は必ずあるので、生成AIだけではなくマシンラーニングなどのAIを含めた最適配置と全体設計が重要になるでしょう。

今回のハノーバーメッセでは、生成AIの参考になるユースケースが多く展示されていて興味深かったです。東芝デジタルソリューションズも、生成AIにより現場業務を効率化しビジネス変革を支援するソリューションの提供を進めているので、参考にしてもらえると嬉しいですね。

福本:
カーボンニュートラル・プロダクションの展示は多く見られましたが、具体的にどう炭素を減らすのかという解決策について私の中では響いたものがありませんでした。

甲斐:
水素や洋上風力などのクリーン/再生可能エネルギーの展示はありましたが、確かにカーボンネガティブ系のものは見当たりませんでしたね。まだCCU(Carbon dioxide Capture and Utilization)やCCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)といった、CO2の回収・貯留・利用に関する技術で貢献する企業は少ないようです。東芝はそういう分野の事業を進めていますし、貢献できるのではないかと思っています。

左:株式会社 東芝 執行役員
  東芝デジタルソリューションズ 取締役 スマートマニュファクチャリング事業部長 甲斐 武博
中:ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI) インダストリアルIoT推進統括 中島 一雄氏
右:DiGiTAL CONVENTiON編集長 福本 勲


グローバルな産業界のデータ連携の動きに対して、日本はいかに対応すべきか

福本:
RRIとドイツの間で情報共有や連携をしていく中で、特に取り上げたいことや読者に伝えたいことがあれば教えて下さい。

中島:
昨年あたりからドイツとのパイプがより太くなり、会合の頻度も増えてきました。日本と何か一緒にやりたいというメッセージが伝わってきますが、そこにはいろいろな思惑もあると思っています。Manufacturing-XやFactory-Xの公募要件の中に、グローバルでの利用が明記されていますから、30か月後にプロジェクトが終わってレポートを出す際に、他国や他地域との連携実績を残そうとしています。また中国との関係もメルケル政権の頃とは状況が違ってきたため、アジアにおいては日本との関係を重視しているのかもしれませんね。

現在RRIはドイツとの専門家会合を、標準化、産業セキュリティ、ビジネスモデル、データスペースの四分野で進めており、コミュニケーションが非常に密になっています。いろいろな裏付け情報を得られるので、とても有益な機会となっています。一方で、ドイツ側の話にすべて賛同するわけにもいかないので、そこは日本としてどうしたいのかをしっかり主張していくつもりです。

福本:
将来的に、産業界のデータがグローバルに繋がる世界ができ、莫大なデータがAIなどの新たなテクノロジーで活用される時代になっていくと想定すると、それに向けて日本には何が必要でしょうか。そういう未来をどう捉えればよいでしょうか。

甲斐:
先ほどお話しした通りCatena-XもFactory-Xも、当たり前に全ての企業が利用する状態には達していないと思いますが、グローバルでデータが繋がってビジネスを展開する時代の到来に向けて、各企業が然るべき準備をしておくこと、東芝デジタルソリューションズの立場からはユーザー企業が慌てずに済むようなソリューションを提供することが大事になると思います。

ものづくりの本質の部分では、改めて日本の強みを見つめ直す必要があるでしょう。今回、初めてドイツに行って感じたのは、日本のきめ細やかさでした。ドイツと比べると、そういう点はやはり日本の方が優れていると実感しました。日本は顧客に対する気配りがあるので、ものづくりも負けないし、そういった強みをデジタルを活用することでより一層高めて競争力を維持し、再び強い日本を取り戻したいですね。

中島:
日本人は、自分たちができていて海外ではできていないこと、あるいは海外ができていて日本ではできていないことを、上手く表現しきれていないのかもしれません。当たり前だと思っていることも、海外と異なる部分に気づいて、それを言語化する努力も必要ですね。

福本:
お二人の話から、日本企業は真の意味でのコアコンピタンスを見誤ってはいけないと非常に感じました。最後になりますが、東芝グループは今後どう対応していけばよいのでしょう。東芝デジタルソリューションズのスマートマニュファクチャリング事業としてどう取り組むのかも教えてください。

甲斐:
東芝グループとしては、「人と、地球の、明日のために。」という経営理念に基づき、地球環境や社会に貢献していくことが重要だと思っています。東芝は、カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーに関連する技術開発や実証プロジェクトへの参画を加速するため、2023年9月にドイツのデュッセルドルフに新イノベーション拠点「Regenerative Innovation Centre」を開設しました。拠点名の「Regenerative(リジェネラティブ、再生)」という言葉は、サステナブル(持続可能)を超えたポジティブな取り組みにより、地球環境や社会に貢献していくという考え方を表しています。

東芝デジタルソリューションズでは、既にデータスペースやアセット管理シェル(AAS)について、準備を整えています。カーボンフットプリントについても、JEITA(一般社団法人電子情報技術産業協会)のGreen x Digitalコンソーシアムの実証実験への参画などを通して、サプライチェーン上のCO2データの算出・連携機能を開発しました。バッテリーパスポートへの対応も、東芝グループ自身が然るべき時に備えて準備していますが、それだけでなく、製造業のお客様が本業に集中しつつビジネス変化に追従できるよう、最新のソリューションをタイムリーに提供することも使命だと考えています。

中島:
東芝はこれまでも未来を見据えながら取り組みを進めてきたのですが、ソリューションやサービスをお客様に提供するだけでなく、ビジョンで共感する仲間を増やすことにおいても、リーダーシップを発揮いただければと思います。

福本:
グローバルの視点でみると、東芝はまだまだビジョンなどのアピールが足りていない気がしますが、いろいろとやれることがあると感じました。


中島 一雄氏
ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI)
インダストリアルIoT推進統括

富士通で光磁気ディスクやHDDの開発に従事。HDD事業が東芝とジョインし、東芝デジタルソリューションズの前身となる会社から、経営企画やM&A、マーケティングなどの業務を担当。政府のロボット新戦略を民間で推進するために設立されたロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI)に2018年から出向。ロボットと産業用IoTの両輪を推進するRRIで後者を担当し、ドイツと民間レベルでインダストリー4.0に関する協力を行っている。

甲斐 武博
株式会社 東芝 執行役員
東芝デジタルソリューションズ株式会社 取締役 スマートマニュファクチャリング事業部長
東芝インフラシステムズ株式会社 取締役 スマートマニュファクチャリング事業部長

2023年4月に発足したスマートマニュファクチャリング事業部で事業部長を務める。同事業部は、製造業向けソリューション「Meister Factoryシリーズ」などを提供する東芝デジタルソリューションズに、東芝インフラシステムズの計装部門が合流してできた部門。製造業の現場から経営まで企業活動全体のデジタル化実現に向け、データ収集、可視化、自動化に加え、戦略立案・実行までのトータルサービスをワンストップで提供。

  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2024年5月現在のものです。

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