データ共有・連携がもたらす社会変革に向け、日本企業はいかに取り組むべきか(前編)~競争領域はハードウェアからデータ領域へ~

イノベーション、テクノロジー

2023年7月24日

データ活用による生産性の向上と新たな価値創出のために、今、欧州の製造業界ではデータ連携基盤の構築に向けた動きが進んでいる。競争領域がハードウェアからデータ領域に移り、企業や産業界、国などにおいても、分野を超えたデータ連携が求められるようになる中で、日本はどう取り組んでいけば良いのだろうか。データ連携基盤研究の第一人者であり、一般社団法人データ社会推進協議会(DSA)の会長でもある東京大学大学院 教授の越塚登氏に、本ウェブメディア「DiGiTAL CONVENTiON」編集長 福本勲が話を聞いた。
前編では、産業界におけるデータ共有・連携が求められる背景とその覇権をめぐる世界の動向、日本によるデータ基盤づくりの取り組み状況について紹介する。

東京大学大学院 情報学環 教授 越塚 登氏

OS、ユビキタス、IoT、データ連携などに取り組む越塚研究室

福本:
まず越塚研究室のこれまでの取り組みと、一般社団法人 データ社会推進協議会(DSA:Data Society Alliance)についてご紹介いただけますか。

越塚:
私の大学の師匠は、世界標準の組込みOSを中核とした様々なコンピュータの基盤技術を開発した「TRON」プロジェクトのリーダーである坂村健先生でした。そのため1980年代から1990年代は、OSのプロジェクトで研究していました。一口にOSといっても多種多様ですが、当時はパソコンをはじめ32ビットマイコン用のOSに高い注目が集まっていました。

その後、コンピュータが分散型システムに移行し、広域分散したオペレーションが注目され、更にユビキタス・コンピューティング、それが現在のIoTのような小さなコンピュータが分散するシステムへと進展していきましたが、そうした分野も研究していました。それがデータに関わった最初の取り組みになります。

だから私自身はデータの専門家というよりも、本当は普通のコンピュータ屋です(笑)。IoT関連でもプラットフォームシステムを研究しており、その大きな目的の一つは、データを集めることであり、その意味ではデータ基盤システムとも言えます。この研究を大学だけにとどまらず、法人化して行うことになり、坂村先生が立ち上げたYRPユビキタス・ネットワーキング研究所にも参画しました。

今はデータ連携基盤の研究開発や社会実装を全力で進めているところです。大学の研究室ではデータ系だけでなく、IoTの範囲を都市空間に広げたスマートシティや、農業・漁業のIoTなどもテーマとして扱っています。また5年ほど前に内閣府の「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」において、データ基盤の研究のとりまとめを担当することになり、日本全体の基盤の構築を目指そうという話になりました。

SIPプロジェクトと並行して、2年ほど前から一般社団法人データ社会推進協議会(DSA)をスタートし、私が会長を務めています。DSAは既に約150社の会員を擁しており、自治体や企業、教育機関など、国内の関係組織と連携することで、日本のデータ連携基盤を社会実装する仕組みづくりを進めているところです。DSAでは分野横断型データ連携を実現する「DATA-EX」に取り組んでいます。


社会や産業界において、データ共有・連携が求められる背景

福本:
日本ではSociety 5.0やスマートシティなど、データ駆動型社会に向けてデータによって生産性を高める必要性が訴求されており、また、サステナビリティの文脈からカーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーを推進する流れもあります。社会や産業界でデータの共有や連携が求められる背景について教えて下さい。

越塚:
デジタル分野の競争領域はハードウェアから始まりました。今も半導体をはじめとしてハードウェア領域の競争は続いていますが、その上位にソフトウェアの競争が出てきました。ソフトウェアの競争領域の対象は、最初はOSが中心でしたが、アプリケーションやサービスへと移り、さらにデータへと移行しています。下位のハードウェアレイヤーから、上位のデータレイヤーでの競争に移ってきたというのが背景の一つです。

二つ目として、2000年代から本格的なインターネット時代に入り、世界中のデータが流通し共有されるようになったことも背景として挙げられるでしょう。その影響はAIにも現れています。かつての第2次AIブームのエキスパートシステムは、人間の知識ベースを限られた専門家で構築しようとして限界を迎えましたが、インターネットにより世界中からデータを集めてビッグデータとして扱えるようになったことで、機械学習を現実的に行えるようになりました。さらに2006年にディープラーニングが登場したことが、AI発展の現実解になりました。

三つ目の背景はIoTです。IoTによって、フィジカル(現実世界)とサイバー(仮想世界)がセンサーとアクチュエータで繋がり、フィジカルのデータをサイバーに自動的に収集できるようになりました。データの最大のボトルネックだった、人手による入力がIoTで解消され、データの時代になったのです。

実際にデジタル技術の変遷を辿ると、20年ごとにパラダイムシフトが起きています。コンピュータが生まれたのは1940年前後で、20年後の1960年代はメインフレーム(汎用大型コンピュータ)によって世界最初のDXが起きました。50年代までは翌日にならないと分からなかったオリンピック競技の結果がリアルタイムで出るようになりましたし、銀行のオンラインシステムや航空機の座席予約システムなども生まれました。1980年代になるとマイコンやパソコンの時代になり、今度はWintel(Microsoft Windows & Intel)の時代になりました。私が学生だった当時は、Wintel以外にはありえないのに何故OSを研究しているのかと言われましたが、それが2000年代に入るとスマートフォンの時代になり、あれよあれよとiOSやAndroidといった新しいOSも登場し、本格的なインターネット時代に入りました。

これまではGAFAM(Google(Alphabet)、Facebook(Meta Platforms)、Apple、Amazon、Microsoft)が台頭してきましたが、今やOpenAI社のChatGPTが登場し、データにより大きな価値が生み出される可能性も出てきました。おそらく2020年代から「AIとデータの時代」になっていくと思います。これから20年間はAIとデータがペアになって世界を変革していくのではないでしょうか。


データ共有・連携基盤のイニシアチブを虎視眈々と狙う海外の動き

福本:
そのような状況で、欧州や米国や中国によるデータを巡る覇権争いも加速しているようです。欧州はクラウドコンピューティングやデジタルプラットフォームビジネスの分野においては、米国のGAFAMや中国のBAT(百度(Baidu)、阿里巴巴集団(Alibaba)、騰訊(Tencent))の後塵を拝しているとの危機感を持っており、データ基盤領域で覇権を握るために、ドイツやフランスなどを中心としてGAIA-Xプロジェクトを立ち上げました。自動車領域ではCatena-X、それを製造業全体に広げたManufacturing-Xも始動しようとしています。このような海外の動きをどう見ていますか。

越塚:
これらの動きは、インターネット黎明期の覇権争いと似ているような気がします。当時はユーザーサービスである通話サービスから、電話局のようなインフラ運用まで、電話会社が国ごとに垂直統合して独占的に扱っていました。それが、インターネットがオープンでグローバルな協調領域のインフラのプラットフォームになり、その上に多種多様なプレイヤーが競争的に提供するユーザーサービスの領域がつくられたわけです。この競争領域で最も活躍したのがGAFAMでした。今ではその協調領域を、インターネットのような通信パケットを送受信するプラットフォームではなく、データを共有・流通・連携するプラットフォームにしようという動きが出てきました。欧州はインターネットの上位レイヤーであるデータレイヤーにおいて、協調的でオープンなプラットフォームとして、GAIA-XやCatena-Xなどを構築して戦おうとしています。

福本:
欧州はデータ共有のための連携基盤をオープン戦略でつくることで、イニシアチブを握ろうとしているのですね。

越塚:
そうです。今の欧州のいろいろなデータ連携基盤の動きは、インターネット黎明期にばらばらだった多くのネットワークが徐々に連携されていった状況と似ている気がします。30年前を知る人が見ると、あの頃にネットワークレイヤーで行おうとしていたことを、欧州が土俵を変えてデータレイヤーで行おうとしていると思うでしょうね。米国は今でもデータレイヤーは競争領域とすべきだと言っていますが、日本の考え方は欧州に近く、データレイヤーは協調領域と考える方が大勢のようです。


動き出すと早い日本のデータ基盤整備

福本:
日本では、DSAがDATA-EXを進めたり、国や自治体や産業などが、いろいろなデータ共有や連携に向けた取り組みを始めていますね。

越塚:
日本の「データ元年」は東日本大震災の年だと思っています。東日本大震災の時、防災や災害にデータを使おうと試みて、上手くいったところもありましたが、そうでないところもだいぶ顕在化しました。それから政府の中でも反省があり、データの活用に本腰を入れ始めたのです。それでオープンデータの整備も始まりました。ただ日本と欧州とは少しやり方が違っています。日本では一般論はあまり考えず、すぐに手を動かして目の前の問題を解決するためのデータ基盤を構築しがちです。そのため日本には小さいデータ基盤が数多く存在しているのです。

福本:
大きなアーキテクチャを考えるのではなく、雨後の筍みたいにどんどんつくってしまっているという感じですね。

越塚:
以前、日本はオープンデータの整備が遅れていると言われていましたが、今や1,700以上の自治体のうち1,200自治体ぐらいがオープンデータに着手しています。いわば、1,200ものデータ基盤がある状況です。他にも、公共交通、農業、漁業などのデータ基盤が次々と立ち上がっていますが、では日本全体ではどうするのか、他の業界とはどう連携するのか、といったことは考えられていない気がします。欧州は、まず全体の枠組みを考えるのですが、その分手がなかなか動かない気がします。

福本:
欧州ではGAIA-XやCatena-Xもそうですが、先に大きな枠組みをつくることは得意なように思います。

越塚:
ただ欧州も一枚岩でないところもあるようですね。話し合いで進めていこうと思うと、欧州の枠組みから出られない仕組みになっています。これからどうするかという話では、欧州でデータ連携の標準化を推進しているIDSA(International Data Space Association)も、GAIA-XもCatena-Xも同じ状況ですね。ただ日本もまだこれからです。データ共通や連携に関するコミュニティをもっと大きくする必要があります。人数も欧州とは全然違うので、彼らの後塵を拝していると認識して欲しいですね。

東京大学大学院 情報学環 教授 越塚 登氏

データの時代は、身軽に動ける日本にチャンスをもたらす

福本:
欧州は、エコシステムを構築して、同じ思想の仲間を集めて、同時に物事をつくろうとするところは上手だと思います。

越塚:
その通りなのですが、欧州は欧州なりの宿命があり、EU内でデータ関係の取り組みを進めてもEUそのものに自治権がないとか、お金は出せても実際に基盤をつくる力はなくて、結局は各国政府が行わなければならないのです。そのために、いろいろなフレームワークが用意されているのですが、それが展開されると各国が利権を主張してうまくいかないこともあるようです。日本から見ると欧州は凄いなと思うでしょうが、その半面で彼らなりの苦しさもあります。

それは米国も同様で、欧州よりもっと苦しい状況でしょう。これまでのインターネットの世界は規制やルールを取り払って自由にしようという、米国が得意なことでした。しかし、データの時代に重要なことは自由だけではなく、その自由を支えるためにデータのトラストや個人情報の保護などの規範をつくることです。米国は州の独立性が高く、州をまとめるのは欧州の国々をまとめるよりも大変なようです。だからルールづくりが上手くできないのです。それで米国は苦しくなっています。中国も、国民のデータを持っているBATなどのテック企業に対する政府による規制強化の動きや、経済が下降して内政が厳しいため、そう楽観的な状況ではありません。

もしかしたら、今、一番身動きしやすいのは、日本なのではないかと思っています。日本国内なら、共通した規範を定め、法制度を確立することはやりやすいですし、これほど身軽でやりやすい国はないと思います。日本にチャンスが訪れている訳なのですが、なぜこのアドバンテージを活かさないのかと不思議に思いますね。

福本:
このチャンスを生かすためにも、「今がデータの時代である」と強くおっしゃっているわけですね。

越塚:
エストニアのような小さな国であれば小回りが効くので、すぐにデジタル政府もできるでしょう。しかし何億人レベルの規模感で身軽に動けるのは、もう日本ぐらいしかないと思います。データを積極的に活用し、世界に打って出る大きなチャンスが到来していると言えるでしょう。


越塚 登

東京大学大学院 情報学環 教授
1966年生まれ。1994年、東京大学大学院 理学系研究科 情報科学専攻 博士課程修了、博士(理学)。東工大助手、東大助教授・准教授を経て、2009年より現職。一般社団法人データ社会推進協議会会長、一般社団法人スマートシティ社会実装コンソーシアム、JEITA Green x Digitalコンソーシアム座長、気象ビジネス推進コンソーシアム会長など、さまざまな領域の研究を主導する。コンピューターサイエンスを軸に、近年はIoTやデータ基盤、スマートシティなどの研究に取り組んでいる。


執筆:井上 猛雄


  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2023年7月現在のものです。

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