データ共有・連携がもたらす社会変革に向け、日本企業はいかに取り組むべきか(後編)~日本が壁を乗り越え、データ流通を促進するためにすべきこと~

イノベーション、テクノロジー

2023年7月26日

東京大学大学院 教授の越塚登氏へのインタビューの後編。前半では、社会や産業においてデータの共有・連携が求められる背景や、欧米中の状況とデータ覇権をめぐる動きなどを中心に紹介した。
後編では、データ共有・連携基盤の構築を阻む壁を乗り越え、データ流通を促進するための処方箋や、日本の製造業の今後の取り組み課題などについて聞いた内容を紹介する。

東京大学大学院 情報学環 教授 越塚 登氏

日本のデータ共有・連携基盤の課題は、投資の仕組みとビジネスモデル

福本:
データ共有・連携基盤の構築に向けて、多くの課題が挙げられています。データ共有のためには、オープン性・透明性・インターオペラビリティや、プライバシー・セキュリティなどが求められ、また、AIでよく言われるデータ品質の確保や、利便性の配慮なども課題とされています。どのような課題が重要だとお考えでしょうか。

越塚:
細かい課題はたくさんありますが、それらは何とかなることだと考えています。最も根本的な問題は投資の仕組みとビジネスモデルだと思っています。

データの時代と言っても、明日からみんながデータを使うようになるわけでなく、明日のデータ利用の増え方は「今日×1.001」ぐらいの小さなもので、それが毎日続いていきます。そうすると、いくらデータの時代だから「投資してください」と訴えても、「儲からないでしょう」とか「一体何にデータを使うのですか」と言われます。データの利用は明日突然に増えるわけではないけれども、資金は今必要なので、このギャップを誰が埋めるのかが課題になるのです。閉じた業界ならば多くの少額投資によって埋められますが、業界を超えた大きなものに投資する仕組みは、まだ日本にはありません。

それは政府でも同様で、業界よりもテリトリーが大きくても、複数の省庁が連携して同じインフラをつくることは滅多にありませんので、そこを超えた枠組みで日本が攻められると対応できるところがないのです。それで欧州はGAIA-Xの仕組みを構築して攻めてきているわけです。海外勢も日本の省庁が縦割りになっている弱点をよく理解しています。

福本:
今の話は、まさに日本の産業界における、データ共有や連携の「壁」そのものだと思います。企業間や業界横断の連携も、連携する仕組みというよりも、それ以前の問題のような気がします。

越塚:
日本には日本流のやり方があって、業界の枠組みや省庁の枠組みが強いというのは悪いことばかりではありません。業界の中に閉じている話であれば、仲間内では上手くやれるわけです。日本全体のデータインフラの中で、業界が分担する部分を厚くし、それを繋ぐところはなるべく薄くしたほうが良いと考えています。DATA-EXが担う部分は、巨大な中央集権型プラットフォームにするのではなくて、各分野ごとの太いシステムを官民が連携して薄く繋ぐことを考えています。


日本でデータ流通の壁を乗り越えるためには、データの取引所とマーケットが必要に

福本:
欧米は、日本と比べてデータ流通も含めてオープン思考だと思います。日本はクローズで、企業間でデータを連携しようという動きが鈍いようです。カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーなどのサステナビリティ領域においては、それほど隠さなければいけないデータが多いように思えませんが、その領域でも日本はクローズですね。

越塚:
DXでも同じ傾向があると感じますね。この背景には、欧米では階級社会的な傾向があるのに対し、日本は比較的フラットな社会であることが関係していると思っています。欧米のDXが上手くいく理由は、支配するオペレーション層と、言われた通りに働くワーキング層が分かれている、管理システムが作りやすいからです。データを使うことは管理することと上手く結びついており、データを使って何かすることに、欧米の社会はマッチしているのだと推測しています。

一方で、日本の組織構造では、上位層には大きな権限を持たせません。日本は上位層のリーダーシップがないと言われますが、それは個人の問題ではなく、組織的かつ文化的な問題です。従って、データを使って社員を管理するカルチャーはあまり日本には馴染まないと思っています。これが、日本でDXの進みが遅いことや、更にデータを使うことに積極的でなく、スムーズにデータが流通しない理由の一つではないかと思っています。

福本:
そのような壁を乗り越えて、データ流通を促進するために、DSAで実施している取り組みについて教えて下さい。

越塚:
今DSAの中で一番注力しているのは、データ取引市場です。無体物のデータに経済的な価値を持たせるためには、いくつかの条件があります。その一つが、すぐにデータを換金できることです。そう考えるとデータの取引市場が重要になります。そこが不十分だと、データに担保価値を持たせづらくなります。例えば、データを担保にしてお金を借りることはできないのではないでしょうか。確実に換金できるという担保要件を満たすためにはマーケットが必要で、これをつくることがデータ流通の重要な要件になります。


日本の製造業は、クローズ領域を見極めつつ企業間のデータ連携を進めるべき

福本:
少し話題が変わりますが、Manufacturing-Xなどの欧州のデータ共有・連携基盤についてはどうお考えでしょうか。欧州は自動車業界のCatena-Xを製造業全体に広げようとしています。GHGプロトコルのScope3までの対応や、サプライチェーンのレジリエンスを高める必要性なども説いています。これらの基盤はGAIA-X上に存在するので、GAFAMへの対抗という意味合いもありますが、グローバルサプライチェーンの変化や日本の製造業への影響も含めて、どう捉えていますか。

越塚:
もちろん製造分野もデータ流通の世界に必ず突入していくと思います。ただし、製造業はある程度成熟した業界なので、たぶん急激には動かず、徐々に動いていくことになるでしょう。いろいろなものがソフトウェア化しデータ化しているため、その方向には向かっていくと思います。

福本:
日本はものづくりが得意な国と言われてきましたが、熟練技能者である匠の暗黙知への依存も大きかったと思います。これも徐々にデジタルに引き継がれていくということなのでしょうか。

越塚:
そこは分けて考えたほうがよいと考えています。匠のノウハウや技術はコピーできないようにすることが重要です。コピーされてもいいものはデジタル化すれば良いですが、コピーされたくないものはうまく保全して、競争力として確保すべきでしょう。デジタル化して良いのは限界費用がゼロで、すぐにできるようなところです。製造業の匠の方々が言うには、鉄鋼などで本当にノウハウが必要なのは全体の受注額の5%程度で、残りの95%はデータを使って品質を保てるのだそうです。

福本:
その5%はクローズな状態で自社内に留めておく必要があり、そこを見極めてデジタル化しないといけないわけですね。

越塚:
日本でも閉じられた社内では、以前からデータの活用がかなり進んでいました。工作機械メーカーなどを見てもデータ化はできていますし、彼らのNC工作機械も全部データで動いています。問題はデータ化されていないことではなく、メーカーごとにデータが縦割りで壁があることでしょう。

福本:
ユーザーから見ると、ラインに異なるメーカーの設備があれば、この間を連携したいと思うのは当然ですが、ここが難しいわけですね。

越塚:
例えば台湾メーカー製のCADは、日本や海外の各メーカーの設備に対応しており、連携できるので使いやすいのです。だから日本メーカーは、このままの縦割りの状況ではいけないと思います。メーカー側のスタンスでは「そんな壁なんていつでも壊せるよ」と思っているかもしれません。しかし、そろそろやろうかと思ったら「時すでに遅し」になっているかもしれません。「そんなことはいつでもできる」と言って、やらない、という状況は、これまで何回も繰り返されてきた日本の典型的な負けパターンです。

福本:
今まで日本の製造業では、日本国内にそこそこのマーケットがあって、サプライチェーンも回っていましたが、少子高齢化などで日本市場が縮小してくると、より一層グローバルへの展開が求められるようになり、先ほどのドイツや米国のデータ連携の動きにも影響を受けることになるだろうと思っています。


データで自社の課題を解決できることを意識し、解決手法を考える

福本:
欧州でも米国でも中国でも、データ共有やデータ連携基盤づくりの動きが活発化しています。サプライチェーンがグローバルに広がる中で、この動きは無視できないと思いますが、日本はどう向き合って取り組んでいくべきでしょうか。

越塚:
データ流通を促進するには、まず政府はルールや法制度を整備しなければいけません。次に、DSAにはプラットフォームをしっかりと構築する役割があると考えています。一方で個々の企業には、そのデータを上手く使うためのテクニックが求められるので、それを学ぶことが一番大事だと思います。

企業側は、自らの課題を把握していても、それがデータで解決できると気付かないことが多いのです。その課題をデータで解決するための第一歩は、まずはちょっとしたテクニックがあればよく、大学で学ぶような20種類ほどのパターンを自社の課題に当てはめていくだけで様々な問題解決ができるようになると考えています。

一例として、私が研究しているスマートシティでの話を紹介します。最近ある都市で「データ駆動型スマートシティ」というテーマを与えられて、彼らが悩んだ末に袋小路に入ってしまったので、いったんデータやITから離れて仕切り直し、「街の最大の課題は何ですか」と問うと「タバコのポイ捨て」だと。データとは関係ないように思われますが、ちょっと思い当たることがありました。

米国のサンフランシスコやロサンゼルスで治安が良くなったのは「Predictive Policing(予測警備)」を導入したからです。GIS(地理情報システム)で時間ごとに犯罪発生率が最も高い地域のデータを割り出し、そこに警官を集中配備するだけで、犯罪を大幅に減らすことができたのです。犯罪は一見するとデータとは関係なさそうに思えますが、実際にはデータを利用することで劇的な効果が出ました。このような事例を知っていれば、タバコのポイ捨て問題でも、一番ポイ捨てが多いところに灰皿を設置したり、ポスターを貼ったり、人を立たせて注意すれば急激に減らせると想像できるでしょう。

このような事例は数多くあります。ただし、データをたくさん集めていざ活用しようとした時に、データが足りなくて使えないという話も聞きます。これは100個のデータが必要な時、残りの1個が不足していることが多いからです。99個あっても残りの1個がないと使えないのです。測れないものには大体パターンがあり、原因のデータをたくさん持っていても、結果のデータを持っていない場合が多いです。

福本:
産官学のデータ連携について、特に大学の立場からは今後どう進めていけば良いと思われますか。

越塚:
まず、教育や人材育成などで大学が貢献できると感じているので「ぜひ大学を使ってください」ということです。加えて、大学はニュートラルな立ち位置にあるので、企業だけでは進めづらい協調領域での組織やインフラの構築を行う際に、一つのピースとして利用いただくとメリットがあると思います。競合メーカーの社員が東大に出向し、一緒に仕事することは十分に可能です。そういう場として大学を使っていただくのが良いのではないでしょうか。

福本:
最後に東芝グループに期待することを教えてください。

越塚:
東芝には、デジタルだけでなく、フィジカルも含めた総合力があると思っています。以前、企業はデジタルだけで水平分業化していましたが、垂直統合しないとメリットが出せない時代になっていると思います。GAFAMですら垂直統合に向かっています。GoogleやMeta Platformsが光ケーブルを海底に敷設してデータセンター間を結ぼうとしているのも、垂直統合の現れでしょう。しかし、彼らはフィジカルのデータについてはまだ十分手掛けられていません。

事業領域は別でしょうが、以前から東芝は発電事業も持っています。世界から見れば日本の総合メーカーはかなりユニークな存在です。その垂直統合の力を生かすことに一番期待したいです。たとえ1%のバーチャルデータをGAFAMに握られても、まだ99%のフィジカルデータが世の中にあり、ブルーオーシャンの世界です。東芝や他の国内メーカーも、このチャンスを生かしてフィジカル領域でのデータ活用を進めて欲しいと思います。

福本:
フィジカルプレーヤーとしてのスタンスも大事にしたいと思っています。本日はありがとうございました。

右:東京大学大学院 情報学環 教授 越塚 登氏
左:DiGiTAL CONVENTiON編集長 福本 勲


越塚 登

東京大学大学院 情報学環 教授
1966年生まれ。1994年、東京大学大学院 理学系研究科 情報科学専攻 博士課程修了、博士(理学)。東工大助手、東大助教授・准教授を経て、2009年より現職。一般社団法人データ社会推進協議会会長、一般社団法人スマートシティ社会実装コンソーシアム、JEITA Green x Digitalコンソーシアム座長、気象ビジネス推進コンソーシアム会長など、さまざまな領域の研究を主導する。コンピューターサイエンスを軸に、近年はIoTやデータ基盤、スマートシティなどの研究に取り組んでいる。


執筆:井上 猛雄


  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2023年7月現在のものです。

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